【空中遊泳クルージングアトラクション:アトモスボートへようこそ】
【反重力ボートに乗って素敵な空中散歩へ出かけましょう】
【当ボートは園内上空を約40分で一週いたします、途中お降りの方はボタンを押してお知らせ下さい】
【素敵な空中散歩をどうぞお楽しみ下さい……】
アトモスボートはエントランスホールを出てすぐ目の前にあるアトラクションだ。
カプセルベンダーを彷彿とさせる駅から押し出されてくる球形の反重力ボートは、園内を一週する遊覧船としての側面と、各アトラクションを繋ぐ交通手段としての側面を持ち合わせる画期的な乗り物だった。
旧世紀のレール上を周回するだけの乗り物と異なり、アトモスボートには明確なレールは存在しない。
そのため、来場者が望めば好きなタイミングで好きな駅に降りることが可能なのだ。
「これで園内を見渡せば、迷子も見つかるんじゃないかと思ったの」
滑る様にホームへ入ってきた半球体状のボートに飛び乗ると、イープルはそう言った。
言っていることは尤もだったが、ぬいぐるみの意見ではなくただの思い付きのようであったが。
ボストークもボートに乗り込むと、半球状のボートの内部から透明なカバーがせり出し、ボートはふわりと浮かび上がった。
「キャー、すごい、浮いたわよボストーク!」
はしゃぐイープルを尻目に、ボストークは箱型の身体の上部から長いアームを伸ばし、円形ベンチの中心で黙々とアトラクションの解説をしているコンソールの下部を探り、カバーで隠されていたソケットにアームの先端のプラグを差し込んだ。
【認証しました】
ボートにはお互いの位置や急な障害物の存在を確認し衝突を防止する機能がついている。
応用すればボートの真下の動体や熱源の感知も可能だ。
ボストークはボートとリンクすることでこの機能を自身の目として利用できるのだ。
「しっかり探すのよボストーク、どこかで泣いてるかもしれないわ」
イープルの言葉にボストークは不快音を発したが、それでもイープルが目視で探すよりは効率的だと自分を納得させた。
「……ボストークっ」
イープルの声にボストークが振り返る。
「この遊園地、広いのね!!」
一瞬ボートを墜落させてやろうかとボストークは思ったが、相手にするだけ無駄だと開き直った。
思えばイープルはまともに園内を廻ったことがなかったのだ。
一方で、イープルの人工知能が本当に幼女並みであることが先ほどからの行動の端々に現れているので、この反応はもう“ふつう”であると思っても差し支えないのだろう。
これが“ふつう”なのだと思えば、もう腹を立てることもなかった。
「でもね、遊園地って広いほど、誰も居ないとさびしいし、なんだか不気味と思わない?」
窓の外を覗きながらイープルは口を開いた。
「わたしたちはいつでもおしゃべりしてるからそんなにさびしくないんだけど、これでお客様がきたらきっとさびしいんだとおもうの」
突然の言葉にボストークは少し面食らった。
幼女の思考でありながら、その言葉になにか大人びたものを感じたからだ。
「もしかしたら、わたしたちもさびしいのかな。この遊園地のアトラクションも、さびしいんじゃないかな」
ドロイドの感情や価値観は、人間のそれと似ているようで非なるものであるという研究者の論文があった。
感情や個我というものは、経験を積んだ人工知能でも持ちうることが証明されているのは前述のとおりで、その研究者はさらにこう付け加えた。
ドロイドは、少なくとも人間でいうロマンチックな感情を持ち合わせることはない。
この研究者は、ドロイドの感情が経験の累積に対するレスポンス、すなわち“受動的な感情”であると説明した。
現実に対するレスポンスとしての感情を持ち合わせているから、ドロイドは総じてリアリストであるという見解だ。
ロマンというのはリアルに対する逃避であるとの持論から、研究者はロマンチックな感情を“能動的な回避運動”であると位置づけ、それ故にドロイドの感情にロマンは生じないと、そう考えていたようだ。
その論文が受け入れられたかどうかは定かではないが、少なくともボストーク自身にその理論は当てはまった。
ボストークはただただ自身のタスクを消化することを生業としていたし、一度として今日は休んでバカンスにいきたいなどと思ったことはなかったからだ。
イープルは、そんなドロイドである自分達に“さびしい”という感情があるのどうか、そう言ったのだ。
ドロイドの感情は、人間の言う感情とは恐らく違うのだろう。
何人も寄り付かない遊園地のアトラクションがさびしいと思うのではないかと考えるのは、人間的な感情を持つものの価値観だ。
ロマンチストは寂れたアトラクションに自分を重ねたとき、ああ、きっとさびしいんだろうなと考えるかもしれない。
リアリストは同じアトラクションを見て、人がいないから仕方ないと考えるだろう。
ボストークは後者だった。
しかしこのイープルというドロイドは、どうも前者の思考を持っているらしい。
本当に、このドロイドはドロイドとしての範疇にあるものなのだろうか。
ボストークはこのイープルと、また自身の存在について、あらぬ一言から考えさせられてしまった。
「ねぇねぇボストーク」
再びイープルが口を開いた。
よくしゃべるドロイドだ。
「あの観覧車って、なんか雰囲気ヘンじゃない?」
イープルが指差した先に、高さ30メートルほどのそれほど大きくない観覧車が見えた。
10基の黄色いゴンドラを下げた観覧車は、たしかにレトロフューチャーというにはレトロすぎるデザインだった。
たしかどこかから移設した古い記念物的なアトラクションで、運営に電力を使用する以外に特に管理する部分はなかったため、今まで気に留めることもなかったが、ボストークはイープルに言われて初めてそのアトラクションに違和感を覚えた。
「まぁ、いっか。迷子ちゃんどこかなぁ」
イープルはまるで猫のようだ。
すぐに興味がどこか別のところへ行ってしまう。
その猫という存在も、データベースで過去に見かけた程度だったが。
ボートで園内を何週も何週もするうちに、どっぷりと日が沈んでしまった。
もちろん何週したかをボストークは数値で覚えているが、回数は別に問題ではなかった。
何週もした、という時点で侵入者、もとい迷子が見つからなかったことは明白だった。
行為そのものの意味が問われる結果となり、ひとまずボストークとイープルはメインエントランスへと戻ってきた。
「……」
イープルはしょげたように黙り込んでいた。
省電力状態にある園内に夜の帳が降り始める。
「暗いじゃないッ!」
イープルが突然口を開いた。
「どーすんのよボストーク、暗いわ、雰囲気もムードもあったもんじゃないわよ!」
そういわれても、と反論する口を持たないボストークはただ黙っているだけだった。
「夜の遊園地が暗くてどうするの、怖いわ、不気味じゃない! あの子きっと怯えてるわ!」
もし侵入者が子供であれば、それは尤もかも知れない。
それにもし仮に侵入者が悪意ある存在だったとしても、暗闇の中よりは明るいほうが発見できる確立が高い。
しかし園内の電力事情に関してはボストークでも独断で何とかできるものではなかったのだが。
それを察したイープルが、園内に偏在するインフォメーションポストに駆け寄った。
「マザーチャイカに会いたいの」
イープルの声にインフォメーションポストが反応する。
『どうしたの、イープル』
ポストから浮かび上がった立体映像は、優しそうな老齢の女性の顔の像を結んで浮かび上がった。
マザーチャイカは中枢管理コンピュータの対外インターフェイスAIだ。
園内を常時監視し適切に運用することを生業とする中枢管理コンピュータは、単一の存在とは言い切れない数多くの演算機を並列に接続したコンピュータの集合体である。
これは過去の遊園地がすべて人員によって管理してきた部分、たとえばその日の空調の温度であったり、不人気なアトラクションの消費電力を抑えたりといった部分を単一のコンピュータに行わせるのが困難であったために大型化したものである。
こういった並列演算のシステムでは、無数にあるコンピュータのうちどれが何の演算を行っているのかというのは計り知れない部分がある。
尤も、なにか演算の必要があるものを片っ端から細切れにして適当に割り振っているのだから仕方の無い部分でもある。
マザーチャイカはそのコンピュータ群の元締めと考えて差し支えない。
例えば今この瞬間、園内アトラクションのうちどこが一番冷房を使っているのかという問いかけに、マザーチャイカは無数のコンピュータ群の中で細切れになっている回答を瞬時に取り出し、答えることができる。
いわば無数のコンピュータ達のスポークスマンなのだ。
「マザーチャイカ、園内がすごく暗くて迷子が探しにくいのよ。それにあの子、きっと暗くて心細いんじゃないかしら」
イープルの言葉に光の老女は少しだけ困ったような表情を見せたが、それもすぐ笑顔に変わってしまう。
『そうねイープル、それじゃあ、園内の省電力モードを解除しましょうか』
マザーがそう言うと同時に、園内が急に明るくなった。
省電力モードが解除されるのは、もう何年ぶりのことになるだろうか。
しかしボストークの心中は穏やかなものではなかった。
なぜ中枢管理コンピュータは、イープルの行動・発言を優先するのか。
そもそも園内のドロイドはマザーを介さなくても中枢管理コンピュータにアクセスすることが可能なはずなのに。
同じことをボストークが行えばマザーチャイカが顔を出すことはなかっただろう。
最新型のイープルがまだ園内ネットワークに組み込まれていない可能性も考えたが、再起動時にネットワークへの接続作業も間違いなく行っていたのでそれは否定された。
つまり、中枢管理コンピュータは明らかにイープルを贔屓しているのだ。
効率性の面からコンピュータが贔屓をすることなどありえるだろうか。
少なくとも、マザーチャイカがまるで娘か孫を見るような目でイープルが大喜びする様を見ているのは明白であった。
『ボストーク』
突然マザーチャイカがボストークに語りかけた。
『この子のこと、お願いね』
マザーの立体映像が掻き消えると同時に、ボストークはため息に似た不快音を発していた。
「行きましょうボストーク、もういっかいボートに乗りたいの」
イープルの相変わらずの調子にボストークが再び不快音を発した。
これは絶対に日暮れのパレードを空から見たいだけに決まっている。
「なによう、もしかしたら例のあの子がパレードを見に来るかもしれないじゃない」
それはたしかにごもっとも、だったのだが、やはりボストークはそれを詭弁としか思えなかった。
しかしマザーチャイカの顔を使ってまで中枢管理コンピュータに念を押されてしまった以上、他にどうすることも出来なかった。
【空中遊泳クルージングアトラクション:アトモスボートへようこそ】
【反重力ボートに乗って素敵な空中散歩へ出かけましょう】
【ただいま、大迫力の3D映像パレード“ファンタスマゴリア・サーカス”特別ダイヤとなっております】
【当ボートはパレード終了まで園内を周回いたします、途中お降りの方はボタンを押してお知らせ下さい】
【素敵な魔法のパレードをどうぞお楽しみ下さい……】
園内の中心にあるエネルギア・モニュメントタワーを中心に、立体映像の巨大なキャラクター達が楽しげに廻っていく。
マザーチャイカの顔をした優しそうな魔法使いが先導するパレードは、実体の無い立体映像であるがゆえに観客が道を開ける必要が無く、間近で観る事ができるのが最大の売りであった。
しかし今、そのパレードを観る観客はボストークとイープル、そして遺失物0001番という無味乾燥な名前をつけられてしまったかわいそうなクマのぬいぐるみだけであった。
パレード中には特等席となるアトモスボートは、三重のリング状に整列してお行儀よく回転していく。
この様子も端から見れば美しい光景だった。
尤も、今ではそれを観る者すらもいない。
「きれいねー、ボストーク」
イープルが瞳を輝かせながら言う。
「レノもきっと喜んでるわ」
聞いたころのない名前にボストークが疑問符を連想させる素っ頓狂な音を発した。
「レノよ、この子の名前。ほら、首輪のところにタグがついてるの」
イープルが指差したクマのぬいぐるみの首輪には、たしかに“Leno”と刻印された皮製のタグがついていた。
それが商品名なのか、本来の持ち主がちゃんと名づけたものなのかはさすがに判りかねた。
「レノ、ちゃんとお友達を探してね」
イープルの言葉には、なにかすこし悲しげなニュアンスが篭っていた。
「ねぇ」
窓の外のパレードから目を反らすことなくイープルが言う。
「こんなに綺麗で、キラキラしてるのに、どうしてこんなに寂しくなるのかしらね」
ドロイドであるイープルが、また“寂しい”という単語を発した。
しかし、ボストークはもうそれに対して不快音を発することは無かった。
観客の無い園内で屈託の無い笑顔を浮かべながら練り歩いていくあの立体映像を見て、何故だか寂しいという言葉にその様子を関連付けてもおかしくは無い、と感じたが故であった。
-Melody A.M.03:Sparks END-
最終更新:2011年04月21日 03:51