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ファンタスマギア異聞録-遺失物-

その晩の“さようなら”の言葉が、そのまま彼女の最期の言葉となった。

色恋沙汰の縺れが永遠の別れになろうとは、その不器用な獅子面の冒険者には想像もつかぬことだったのだろう。

ただ、男は彼女を純粋に愛していた。

だが、男は愛し方を知らなかった。

彼女にとって男は飽く迄も純粋な仕事仲間でしかなく、またそうあり続けたいものだったのだ。
不器用すぎた男にその乙女心が判るでもなく、純粋にその想いをぶつけ続けた。
不思議なことに何時もこういうときは女のほうが大人なのだ。
駄々をこねる子供の如き求愛に愛想を尽かした彼女はその夜、男を残して宿を去った。

変わり果てた姿で彼女が見つかったのは、その翌日のことだった。



「……寝たんだと思ったのに」

腕の中でその娼夫は囁いた。

「あんた、すごいな。三回も出してまだ寝ないのか」

「お前こそな」

「オレは寝てるだけだもん、まあ少し眠いけど」

娼夫は艶かしい手つきで男の胸板をなでる。

「すっげえ傷、冒険者だろ、こんなとこに入り浸ってていいのかよ」

「仕事前の景気付けだ、お前を抱くと調子がいいからな」

「ああアレ? どうなの、オレ抱くと傷が癒えるだのなんのって、自覚ねーんだけど」

「さてな」

獅子面の男は娼夫を無理やり抱き寄せ、その唇を舌でふさいだ。

「んぐッ」

太い指が痩せた娼夫のわき腹から薄い尻へと伸びていく。

応じるように娼夫が男の固い下腹部から指を滑らせると、まだねっとりと濡れたものが再び堅く熱を帯びていた。



男娼を多く取り揃えた店はこの冒険者が中継地点として好むこの街でも珍しく、その中でもこの店は小さく慎ましやかだった。
その店に売られてきたその娼夫は何を根拠にしたかは定かでないが、なぜか冒険者の傷を癒すという謳い文句が付けられていた。

事実、男はその娼夫を夢中になって抱いている間に全身に走る傷の痛みを忘れることができたのだが。
それが果たして彼の持つ力なのかと聞かれればおそらくは違うのだろう。

一晩のうちに四発もの種を腹の中に吐き出した男は日の出と共に身支度を済ませると、気絶したように眠る娼夫を一瞥して部屋を出た。

「旦那、お帰りで?」

「……」

ここの店主は口数が多いのが男にとって不満だった。

「旦那、そんなにアレが気に入ったんでしたら、どうです、アイツ買ってやってくれませんかね」

「……何?」

だがその日は店主の言葉に男は返した。

「あの生意気さでしょう、旦那ぐらいしかお得意さん居なくてね……旦那になら安くしときやすよ」



簡単な討伐依頼と踏んで色気を出しすぎたか。
半ば魔獣の巣と化していた廃村の奥に潜んでいた大物に油断した男は浅くない傷を負っていた。

その最奥に潜む敵は魔属に魂を売って魔獣を従えたという男だったが、冒険者にとってはただの浅はかな小心者でしかなかった。

「た、たす、け」

その身に魔を宿したとは思えぬ怯えた目で見る眼前の冒険者は、まるで血まみれの死神に見えたことだろう。

「た、頼むッ、これだ、財宝をやる、欲しいのは金だろうッ、これは俺の首より価値があるぞ!!」

同行していた口先だけの剣士は既に息絶えたらしい。
取り分は増えるが、問題は身体がもつかどうかだった。

「な、くれてやるッ、だから、あ……」

例えばそれが同行者のほうであったのなら、その財宝とやらに目が眩んだかもしれない。
しかしそれは男を逆上させるには十分な代物だった。

狼煙は上げた、あとは運良くギルドの連中が拾ってくれるのを待つしかない。

意識は空ろだったが、死ぬわけにはいかなかった。



あの日の朝。
彼女は酷く乱暴されてから殺されたようだった。
優れた魔法使いであった彼女も突然の奇襲には対応できなかったのだろう。

しかしながら、彼女が持っていた金品の類はそのまま残されたままだった。

なぜ空ろな意識の中で、こんなことを思い出してしまったのか。

理由は簡単だった。

彼女の所持品で唯一、奪われていたものがあった。

それが、あの魔属の男が財宝だとして見せた、奇妙な螺旋を描く腕輪だったのだ。



「……よお」

「なんだ、またあんたか」

娼館の部屋でようやく頭がはっきりと冴えてきた。

「……おい、あんた」

部屋に入ってきた娼夫が血相を変える。

「なんだよその怪我ッ、大丈夫なのか!?」

「……ん、ああ」

そういえば自分は何故ここに居るのだろう。
ここに来るまでの記憶は曖昧だったが、どうやら自分はまだ死んだわけではないようだった。

「血まみれじゃねえかよ、なんでこんなとこに……」

「ん……ああ、そうか」

「そうかじゃねえよ! 大丈夫なのか!?」

「……俺の荷物の中に薬一式と包帯が入ってる……」

男は脂汗を浮かべながら微笑み、こう言った。



「手当てしろ」



娼夫の手当ては思いのほか手際が良く丁寧で、男は舌を巻いた。

「……お前こそ、なんでこんな所で」

「ん、まあ、昔取った杵柄っていうか?」

娼夫は男の横に身を横たえると、乾いた血で黒ずんだ両手を眺めながら答えた。

「……洗わないのか」

「あんたのだったらいいかなって」

「汚いだろう」

「オレに数え切れないくらい種付けしてるヤツがどの口で言うよ」

「……」

「馬鹿、そんな身体でおっ勃ててんじゃねえよ、傷開くだろうが」

娼夫は二人の身体に毛布をかけながら呟いた。

「……身体、あちいぞ……化膿したらやばいんじゃないか?」

「……薬は飲んだ。一晩休めば大丈夫だ」

「丈夫に出来てるもんだ」

そう言いながらも娼夫は心配そうに男の肩に額を寄せた。

「……」

「……」

妙な静寂が包む。

「……おい」

「ん?」

「……キスしろ」

「お盛んなこって」

娼夫は身を起こし、男の豊かな鬣を撫でながら口付ける。
求め合うように舌を絡め合いながら、男はその大きな手で娼夫の手を包み込む。

「……どうせ俺以外の客ともこういうことするんだろう?」

男が囁く。

「……するよ」

娼夫が答える。

「求められればキスだってするし、手当てだってするし、おっさん以外の男の種だって仕込まれてる」

「……」

「どうした、オレのこと独占したくなっちまった?」

「五月蝿い」

「やめとけよ、いつ梅毒かなんかにかかって死ぬかわかんねえ身だ、それなりの関係でいさせてくれよ」

「……」

娼夫はそう言って再び男に口付けた。



不思議と、痛みが退いたような気がした。



「つゥッ!!!!」

朝日と共に激痛が押し寄せた。
無理に身を起こそうとしたのが祟ったらしい。

「おい、まだ寝てろよ」

娼夫の声。

「……もう一晩お前を買う金は無いぞ」

「あー、そのへんはなんとかなったから、気にするな」

その言葉が示すのは明白だった。
もう一晩分の宿泊料を肩代わりしたのだろう。

「おまえ……」

「おっさんのこと、気に入ってるんだよ。悪いかよ」

「……」

男は答えなかった。

「……包帯、換えるぞ」

娼夫がそう言いながら男の荷物を探ったときだった。

「……えっ」

「……?」

「おっさん、なんで、これ持ってるんだよ」

そう言って娼夫が取り出したのは、あの奇妙な腕輪だった。

「触るな」

「あ、うん、ごめん、そうだよな……」

娼夫は腕輪をそっと荷物の上に置いた。

「……それが何なのか、知ってるのか」

「あ、うん、ていうか……」

娼夫は目を泳がせながら答えた。

「信じてもらえないだろうけど、たぶん、これ、オレの」

「……」

「うん、だよな、証明する方法無いし……」

だが男は口を開いた。

「……いきさつを聞かせろ」

「いきさつ、かあ。そう言われてもなんだけど……」

娼夫は少し考えてから口を開いた。

「これ、竜の角なんだよ」

「竜の?」

「うん、昔は居たらしいんだよ、ていうか、少なくともオレが産まれた時までは」



竜は伝承の中でのみの存在、強いて言えば異界の者として物質界のものと関わりを絶った存在であると言い伝えられてきた。
異界にかつてより在り、そこから人の心を乱す魔属と違い、竜は人との関わりを嫌って異界へ消えていってしまったと言われている。

この腕輪は、羊のような角を持つ竜の一種が、かつて人と共に暮らしていたころに残したその角だというのだ。

竜と暮らしていた一族には、献身的に竜に尽くす対価として、その角が生え変わる時に産まれた子供に癒しの力を貸し与えた。
この腕輪はその力を行使するための媒介であり、その子供と対になって初めて真価を得るというのだ。

「オレもその腕輪を持ってて、ばあちゃんから話も聞いてた。けどそういうのを持ってるのが知れたら狙われるって言われて、誰にも話さなかったし、力も使わなかった」

「それが何故?」

「……馬鹿だったからさオレ、惚れた男が冒険者だったんだ、だから治療系の魔法使いの振りをしてお近づきになったってわけさ」

「……手当ての心得があったのはそのせいか」

「まあまあ、足手まといにはなってたけど、それなりにいいパーティだとは思ってたんだよなあ」

「……」

「オレが余計なこと言わなければ一緒に居れたかもしれなかったけど、そうおとなしくは出来なかった。それで捨てられた」

娼夫は寂しさを紛らわすようにベッドに座り、血の滲む男の包帯に触れる。

「腕輪はそのとき盗まれた。アレに治癒の力があるとでも思ったのかね。あっけなかったよ」

「……おまえは、なぜここに」

「自暴自棄になっちゃってさ、遊び狂ってたらすぐ金なくなっちまって。借金作ってこのありさまさ」

そう言いながら指を絡める彼の顔はまた娼夫の顔に戻っていた。

「……俺の知り合いに同じ腕輪を無くした奴が居てな」

「オレの仲間なのかな? そもそもその腕輪、オレのって決まったわけじゃないし」

「……確かめる方法ならあるだろう」

「……わかんねーよ、腕輪なくして随分経つし、悪用してたから力無くしてるかも」

「やってみろ、怪我人なら居るぞ」

「……そうかい」

娼夫は促されるままに腕輪を通した。

「さて、どーすんだか」

「……詠唱とかするんじゃないのか?」

「そういうんじゃないから。嘘ついてたときはいんちきの呪文となえてたけど」

言いながら娼夫は男と身を重ね、口付けた。

「治してーなって考えれば……治るはずなんだよ……」

鬣を撫でながら娼夫は言う。

「……なあ」

「……」

「もしオレが本物だったら……一緒に旅につれてってくれよ」

「……」

「なんでもするから、オレのこと、もう、おいてかないでくれ」

娼夫の目に涙が浮かぶ。

「……やっぱ、だめだな」

「……」

「……ごめん、やっぱり、嘘なんだ……」

娼夫は腕輪を外し、男から身を離すと、服をまとって立ち上がった。



「オレのこと、忘れてくれ」



娼夫はそのまま部屋を出て行った。

「……」

男は黙ったままだった。
そして先ほどまでは動くのもままならなかったはずの右手で顔を伏せた。

ただ、云うのが恐ろしかった。

失うのが恐ろしかった。

そしてそれは去ってしまった。



それから男は、店に来なくなった。



「ご指名だって?」

「ああ、もう部屋にいらしてるぞ」

「へいへい、客待たせちまって悪いね」

「いや……仕方ないさ、他の働き手は逃げちまったんだから」

冬になり雪が積もるころには娼館はずいぶんと寂れてしまった。
年季が残り離れられない娼夫は半ば働き手に徹するようになり、客からの指名もほとんど入らなかった。

「待たせて悪いね、ご指名……」

「よう」

座っていたのは、あの男だった。

片目は潰れ、傷は更に増えている。

それでも、間違いなく、あの男だった。

「……ッ」

言葉よりも前に涙が溢れ、それよりも前に身体が躍り出た。

「ばっ、かやろ……」

飛び込んできた娼夫の身体を、男の腕が抱きしめた。

「遅くなったな」

「……もう、逢えないかと思った……」

娼夫は嗚咽交じりの声で言う。

「……迎えに来たんだ」

「……?」

「お前を身請けするだけの金を作ってきた」

「……え」

「お前が欲しいんだ」

そう囁いた後に、男は娼婦の口に舌を捻じ込んだ。

「……んぁ」

「……俺の物になれ。誰にももう渡さねえ」

「……オレ、足手まといにしかなんねえぞ」

「……二度とは云わねえ、お前が欲しい。そのために身を張って来たんだ」

「莫迦野郎」

「……」

男は黙ったまま、娼夫の腕にあの腕輪を通した。

「傷だらけだ、手当てしろ」

「……ほんと、大莫迦野郎だよ、あんた……」

娼夫だった青年は、そう言いながら男の胸板に手を当てた。



「……でもオレ、あんたのそういう不器用なところが一番好きだよ」



-了-
 

最終更新:2014年04月21日 01:45