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ファンタスマギア異聞録-胎洞-


─我々は生存機械……遺伝子という名の利己的な分子を保存するべく盲目的に設計された機械なのだ。

C. R. Dawkins “利己的な遺伝子”





どれだけの時間を費やしただろうか。
未だに光は見えない。
腹は減ってきているし、それにこの洞窟全体に流れる重々しく暑苦しい空気が着実に体力を奪っていく。

男は生存を優先し、体にじっとりまとわりつく衣服の一部と大半の装備を捨てた。



この山岳地帯には古代魔法文明の魔導研究所が無数に遺されていた。
そこから採掘される魔導書は現代魔術の礎になったものであり、むしろ、現代魔術とはこれら古代の魔導書から再現されたものと言ってほぼ差し支えない。
冒険者達はこれらの貴重な書物を挙って奪い尽くし、今や現代魔術以上の価値をもつ古代魔導書には天文学的な売値がつくとされている。

特に“医療”に関する魔法は未だ多く隠されたままと言われていた。

冒険者たちの間でも、ある程度どの研究所が主体で医療系魔法を開発していたのかの目星はついていた。
しかし不思議なことに、そこを目指した冒険者は帰ってくることが無かったのである。
何か特殊な罠でも仕掛けられているのか、強力な魔物が潜み襲われたのか。

男は万全の態勢で冒険に挑んだ。
歳も若く、肉体もよく鍛えられ丈夫であり、場数も年齢相応には踏んできていた。

だが道中、崖を慎重に登りかけていた時、突然両手から力が抜け、男は谷底に転落した。
その直後の記憶はない。
気を失ってしまったからだ。

次に男が目覚めた時、辺りは暗闇だった。
一瞬視力を失った恐れも考えたが、何処からか微かに差し込む光で幽かに周囲を目視できたことに彼は安堵した。

だがやはり暗い。
谷底に苔でもむしているのか、周囲が柔らかくじっとり濡れているのだけは確かだった。
そして彼の優れた嗅覚は、辺りに立ち込める独特の“腐臭”で封じられていた。
他に転落し命を落とした動物か、はたまた同じ冒険者の亡骸でも腐っているのか。
腐鬼との遭遇も視野に入れ、男はその場を離れることに決めた。

生存するために。



眼が次第に闇に慣れていく。
狼頭の一族は暗闇を観る力を先天的に持っていた。
それにしても、この洞穴は極めて暗い。
加えて地熱が上がっているのかひどく蒸し暑かった。
だらしなく舌を垂らし、生臭い空気をしきりに呼吸しながら、男はひたすら前へ進む。
風が通る方へ、ひたすらに。

陰鬱な闇が延々と続く。
幸運にも道は一筋だった。
古の大蛇の通り道だったのだろうか、ならば山の何処かには出ることができるはずだ。

肩を圧迫する鎧を捨て、汗で張り付く肌着を捨て、空腹と疲労に霞む目を擦る。

その刹那。

洞穴の先に、何か青白い光が見えた気がした。

不思議と男の胸中に霞む不安が晴れた。

男は光を追って歩く。

幻光虫か、あるいは妖精かも知れない。

はたまた内部に巣食う捕食者の罠か。

どちらでもいい。

何かの気配と言うのは、それらが進入してきた入り口が何処かに在ることを意味する。

彼は短刀を片手に光を追う。

闇に慣れた眼に赤黒く濡らつくグロテスクな壁面が脈打つ。
そこに幾重にも並ぶ感覚器が男の肉体を値踏みする。
蔦のように垂れ下がる柔突起が触れるその四肢の強靭さに“彼女”は歓喜する。

その全てに、男は気づかなかった。



有史以前より存在していた奇跡の力、治癒の魔術を解析し、より発展した医療を行う研究がこの場所では行われていた。
人間がもとよりその身に宿す治癒の力に外部から魔力を共鳴させ、その働きを倍加させる。
この一連の反応の際、人間の細胞内では、独特の魔力共振のパターンが発生していることが発見された。
このパターンは少なくとも四つの信号に分類され、その四つが独特のならびで連続する。
その連続がわかっているだけで23パターンを二対、細部に微々たる差異はあれどすべての人の細胞が保有していることが判明した。
聡明な魔術師達はこれが人間を形作る設計図であると気づいた。

治癒の魔法がこの人間設計図に干渉し、壊れた部分を設計図通りに修復させているらしい。

研究はなおも続き、あらゆる生命のなかにも同じ様式の設計図が存在することが明らかになった。

ここで人は道を誤った。

奇しくもこの時、隣国の暴帝による唐突な侵攻により、研究所を保有する魔導大国は莫大な被害を被った。
彼らには短期間で暴帝が送り込む悪夢の軍勢に対抗できる戦力を調達する必要があった。

生物は固有の設計図により作られる。

ではその設計図に手を加え、鎧の騎士団を蹂躙する力をもつ魔獣を産み出し、兵隊として送り込めば。



制御を失った魔獣は見境なくすべてを破壊しつくした。

こうして文明はいちど滅び、世には魔獣が蔓延ることとなった。



自分を縛る枷から解き放たれた“彼女”は、大陸の地下でその肉体を際限なく成長させ、ただ静かに己に課された使命を黙々と遂行していた。
人為的に操作された“彼女”の設計図が命じるがままに成長し、必要な器官を新生させ、その身にあらゆる小さな隣人を寄生させてはその恩恵を甘受する。
そして時には必要なだけの獲物を魔力を用いて招き入れ、その骨肉のすべてを食らい尽くした。
そうして永い永い時間の間、“彼女”は度々来るその“機会”を盲目に待ち続けた。

“彼女”の器官内に満たされているその毒は、着実に男の脳神経を蝕んでいた。
視界に映る幻覚に誘われるがまま、男は“彼女”の奥へ奥へと進んでいく。

そして男は、その終点へとたどり着いた。

男の眼にそれは美しい女に見えた。

既に正常な判断を欠いている男の為に、“彼女”は妖しい色香を放つ。

空腹も疲労も忘れ、男の生殖器には熱い血液と獣の本能が注がれ、強く脈打っていた。

“彼女”が股を開き、扇情的な表情で誘う頃には、男は自分のすべてを恥ずかしげ無くさらけ出しており、腹に打ち付けるほどの劣情を反り起てながら歩み寄る。

荒い吐息に胸板まで揺らすほどの激しい動悸、それに合わせて脈打つ自らの生殖器を、まるで初めからそう定められていたかのように、“彼女”の内奥へと沈めていった。

“彼女”は震えた。

それは歓喜だった。

男はそれに応えるように、幾度と幾度とその太く絞まった大腿を打ち付け、本能が命ずるままに雄叫びを上げた。

その振動で乳房の如く垂れ下がる“彼女”の性感器が刺激され、その度に“彼女”は男を包み込むほど巨大なその生殖器を激しく痙攣させる。

それは、“彼女”の設計図が与える“報酬”だった。

巨大であるが故に“彼女”の感覚神経は殆ど鈍化しており、“彼女”はなんの刺激も得られることなく悠久の時を生きている。
その“彼女”にとって、生殖は何物にも替えがたい歓喜の瞬間であった。
その瞬間の為だけに彼女は優れた繁殖力を持つ雄を求め、誘い、結合する。
亡き国を護る戦力を産み出し続ける為に。

獣として女体を屠り、その本能、遺伝子の伝搬を成就するために、男は絶え間なく腰を振り続け、結果的に大量の精液を“彼女”の胎内に注ぎ込む。
放たれた約二億程度の精子群は男の設計図の半分を携えて、その片割れを求め闇のなかを進む。
歓喜に震える“彼女”の巨大な子宮の中には、およそ数万の邪悪な卵子がその到来を待ちわびている。
この後、強く優良な精子だけが卵子にたどり着き、魔を孕む異形の生命が形を成す。
そして“彼女”の母胎の中で、生まれた“それら”は互いに屠り合い、そうして最後に生き残った真に優良なものだけが、大陸中に張り巡らされた“彼女”の産道を通じて外の世界に放たれていく。
こうして誰にも知られぬ内に新しく“魔物”の仲間入りをした男と“彼女”の子孫達は、その名に違わぬ残虐さで人を襲い、食物を奪い、女子供を容赦なく凌辱しながら、自己の生存の本能を疑うことなく拡散していく。
利己的な遺伝子の伝搬の為に。



絶頂を迎えた時、男の脳は既にヒトとして機能する部分の大半を破壊されていた。
“彼女”はその肉壁に男の両手足を埋め込んで固定し、白目を剥いて痙攣する男の口と腸に養分を直接送り込む管を挿入する。
脳が破壊されてしまった以上、しばらくすれば男は死んでしまうのだろうが、それまでの間は胎内に精液を出来るだけ多く供給させる必要があった。
直腸を通じて腰椎から触手状器官が中枢神経に進入し、直接刺激することで男の肉体は強制的に生殖器を隆起させ、死の瞬間まで延々腰を振り続ける。
こうして男は“彼女”の為に利用される“器官”となった。
谷底の大母はこの新しい器官を慈しむように包み込み、だが、その本能に従うがまま、またこの場所にやって来る優良な遺伝子を持つ男の到来を再び待ち望むように、妖しい色香を放ちながらその膣のひとつを閉じた。



-了-

 

最終更新:2014年04月21日 02:02