ジェイク・ジェットソンという名を自らに付けた理由は、家族を新天地に送り届けた後は使い捨てロケットの様に誰も知らないところへ飛び去ってしまいたいという自棄の表れだ。
それでも家族がくれた自分の名前(ファーストネーム)を棄て去ることが出来ない自分の矛盾を、彼は今、いとおしくさえ思う。
回収された二人は同行した獣医トムの治療を受け、そのついでに“強い心的外傷を受け一ヶ月の静養とリハビリが必要”と“言うことにされ”、図らずも静かな休養の時を得た。
その間の動乱を考えれば、それは確かに必要なことだったのかも知れない。
第七ヘイヴンではやはり市民と企業の間で諍いが生じ、一部地域では武力衝突が発生している。
一部のギーグらが構築していたアンダーグラウンドなネットワークと別企業の思惑とが結び付き、若者たちを煽動した。
今はまだ大きな武力衝突に発展してこそ居ないが、企業間の緊張は今も尚増長し続ける。
一方で世界政府は、月からVELTEX経由で降り注いだ突然の救難信号に悩まされる。
彼らは月人類の末裔、肉体を捨てることを拒み続け隠れ暮らしてきた人々だった。
命がけで限られたリソースを分け与えながら生きてきた人々は、アラムのテロにより救われた。
月の中央電脳は破壊され、肉体を捨て諦観を続けてきたポストヒューマンには相応の滅びがもたらされた。
同時に地球にはアラムによる月文明の現状が知らしめられ、世界政府は彼らを決して無視できない状況にある。
だが彼らに関して言えば、状況は好転した。
第六ヘイヴンにしがみついていた企業連が、月面難民の受け入れを正式に表明したのだ。
彼らは一度地上に戻り、然るべき教育と衣食住を与えられ、そして時が来れば、月面の再開発の先達として再び旅立っていくことになる。
月の民ではなく、同じ地球に生きる者として。
アラムとヴィクターらが巻き起こした一連の動乱は、今だ終息することなく大なり小なりの影響を及ぼしている。
この混沌の中からいずれ新しい世界の形が見えてくるのだろうが、それはまだ先の話のようであった。
第六ヘイヴン013区画。
もはやディーゼルだけのものとは呼べないその部屋のブラインド越しに、柔らかな光が差し込んでいる。
ツェルベリウスの一件の賠償として新たなボディを巻き上げたジェイクは、ディーゼルの腕に抱かれて静かに寝息を立てている。
【NOTICE/LAURYN_NOLAND】
【Hi、ワンちゃん】
【>その呼び方やめてよ、ねーさん】
【可愛いから良いじゃない】
【ちょっとした業務連絡なんだけどいいかしら】
【>えー、おれたち療養中なんだけど】
【知ってるわよ、裏の事情まで】
【あたしだって共犯なんだからね、先生の診断書無理矢理通したんだから】
【>え、そうなの?】
【そう、だからひとつワガママ聞いてもらっちゃおっかなって】
ラウリンはディーゼルの否応関係なしに詳細なファイルを送りつける。
【EXUSIAの第七ヘイヴン定期パトロールに“やむを得ない事情”で一チーム分の欠員が出ちゃってね】
【そのままだと示しが付かないからって二人のお力をちょうだいしたいなって】
【>なんかねーさん、今日ちょっと変じゃない?】
【依頼主がウチのダーリンだからかしら】
僅かの間。
【>そうなんだ】
【言わなかったっけ、あたしの旦那、EXUSIA教導隊の隊長だって】
再び僅かの間。
【>そ、そうなんだ】
【二人にはEXUSIAの新入隊員として彼に同行してもらう】
【そうすると、ある区画で機密を知ってしまったが故にテロリストに襲われた“ことになる家族”がいるのでそれを保護】
【EXUSIA自前のセーフハウスに“護送したことにして”第七ヘイヴンを脱出】
【>な、なにそれ】
と、返信したディーゼルは少し考えた。
【>まさか、その家族って】
【荒事にならなければいいけど、この先その保証は無いじゃない】
【それに、ダーリンがあんなとこに付き合わせた二人に無償のままじゃ示しがつかないって】
ディーゼルは腕の中に眠る“恋人”の顔を見た。
【>うちの“ダーリン”のご機嫌次第かな】
またもや暫くの間。
【えっあっあなたたちそーいう】
【>気が向いたら連絡するー】
【-off line-】
接続を切ると、ディーゼルは軽く溜め息をついた。
果たしてジェイクはどう言うだろうか。
「ん」
「起きたか?」
「……おう」
そう応じたジェイクの顔に、ディーゼルは厳つい頭部装甲を押し付ける。
「……なにしてんの」
「だから舌があったらベロベロなめ回してやりたい所なんだよ」
「わーった、わーったから」
ジェイクは新しい体を労る様にゆっくりと身を起こす。
「今度からこうしてくれ」
そう言ってジェイクは、軽くコツンと口許をディーゼルの頬に当てた。
赤道上、ニューエデン人工島。
軌道エレベータVELTEXは、今も変わらず地球と宇宙とを結び、間もなく到着するであろう月からの帰還者を待ち続けている。
その根幹に眠るufabulumの内部には、幾人かの男たちが探し求めたあるものに関する一連のファイルが統合され、それを望む者へと開かれている。
それらがもたらす結末に関しては、今だ誰もが知り得ぬ場所にあるのだろうが。
電脳の海の深淵。
その場所には人間として生きることを最後まで望んだある男の叶うことなき願いが眠っていて、すでにそれが成就していることも気づかないまま、未だ見ぬ未来を夢見ている。
万人の胸の中にある、人としての願いとその行動。
いつか、それらのプリミティブな感情が何者にも邪魔されることなく、より良い形で花開く時を待ちわびながら。
久方ぶりに割れた雲の合間から陽光の降り注ぐなか、今だ空を諦められない一羽の鴉が新天地を探して飛び立っていく。
幾つかの願いを信じて。
【file//:6th_haven#EP"walking_in_the_rhythm".mnq>END OF LINE】
【folder:6th_haven>all file complete】
【>quit】
最終更新:2014年07月24日 23:08