2015/11/22 00:46 投稿
タナトス予測、2222年に国立科学研究所より発表されたこのリポートにより、おおよそこの世界の未来は決定付けられたと言っても過言ではない。
2444年に世界は激烈な環境汚染により人の住む事が出来ない煉獄と化すという悲劇の未来予測である。
世界の首脳機関はこれにそなえ広大な地下シェルターの開発を始めた。
そして2444年、タナトス予測の通り世界は激烈かつ爆裂な環境汚染により生命の活動を許さない死の世界へと変わり果てた。
人々は長年の下準備により完成した広大な地下シェルター【アンダーエデン】へと移住した。
家畜は人口調味料で飼育され、野菜はブラックライトで栽培された。
仮初の平和を取り戻したかに思われた人類であったが徐々に飢餓、化学調味料の人体への蓄積と言った食物問題をはじめとした諸問題が続々と表面化してきたのだ。
全世界が手を取りあい生存のため、ありとあらゆる対策を抗じた。
だがその抵抗も虚しく、もはや万策尽き果て世界は終焉に向かうしかない、いわばホスピスのような状況であった。
万策尽き果てた世界の最期の足掻き、それが
覇王ゲーム。
生きとし生ける全ての人類の中から、類まれなる唯一無二の圧倒的天才、この状況を打破する野生の救世主を見つけ出し、人類の舵をとらせるというプロジェクトである。
このプロジェクトにより運命の歯車は静かに回りだす。数数多の偶然が折り重なった末に辿り着いた必然。
これは誰よりも優しさを求めた一人の青年の復讐の英雄譚。
ダルシム矢野と言う男の誰のためでもない君だけのための英雄譚。
ダルシム矢野は幸福である。
アンダーエデンのスラム街に生まれ落ちた彼が己が境遇を嘆いた事は一度たりともなかった。
確かに明日食べるものにも事欠く貧困が苦にならなかったと言えば嘘になる。
両親こそ物心つく前に亡くなっていたが、気心の知れた仲間や最愛の妹と共に日々の生活を精一杯生きる、そんな生活にある種の充実感を覚えていたと言ってもいいだろう。
運命の歯車は未だ動かない。
国立科学研究所あらため覇王機関。
覇王ゲーム開催に伴い世界の英知の権化であるこの施設はその名称を変えた。この施設からすべては始まった。
覇王機関所長
『覇王ゲームにあたって彼には何としても参加してもらわなければならない。
それも自発的にだ。受動的参加では何の意味をなさないのは長年の研究で明らかになっている。しかしどうしたものか』
助手
『自発的参加には当然、内発的動機が必要となりますね。
なら、こういうのはどうですか。資料によると彼の家族は妹一人。
両親はすでに亡くなっています。友人も多く人望も厚いようですね。
スラムで仲間たちと手を取り合い生きてきた環境からでしょう、彼は何より平和を愛する正義感の強い気質に育ったようです。彼のこの性格を利用するのがよいのではないでしょうか』
覇王機関所長
『なるほど。…しかし人類のためとはいえ何の罪もない彼にこのような過酷な運命を強いるのは良心が痛むな』
助手
『ですが、人類という種の存続の為です。私たちは時に人の道を外れようとも為さねばならない使命があります。貴方もそれはお分かりのはずです。』
覇王機関所長
『ああ…そうだ。その通りだよ。ダルシム矢野君か…。
神に選ばれた故の試練とでもいえば少しは慰めになるのだろうか。
どうか…世界を救ってくれ。我々はそのために鬼になるのだから』
歯車はゆっくりと動きだす。
ダルシム矢野は不幸である。いつものように妹と朝食を食べ、いつものように家を出て、隣スラムまで荷物を届け、仕事を終えいつものように生まれ育った自分のスラムの入り口のゲートに立ち、いつもと違う光景を見た。
その結果、ダルシム矢野は不幸になった。スラムが燃えていた。
胃にズドンと鉛玉がつまったような冷たい感触が、頭にはボカンとはじけてしまったクラゲが水中んじ漂うかのような酩酊感が、ここは夢の世界であるかのような防衛機制をダルシム矢野に与えてくれる。
『違うそうじゃない。今僕がしなくてはならないのは…状況の確認。被害状況の把握だ』
ダルシム矢野は一瞬のうちに己が脳内に渦巻く甘美な現実逃避を投げ捨てゲートを駆け抜けた。
このスラムの人口は500人程度、就労率は7割ほどであり、その全員が飛脚を生業としている。
政府の工場で生産される人口調味料や合成野菜を各ジャンクヤードに運ぶ、その対価に配給を受け取る。
つまり、200人弱は取り残されている筈なのだ。女子供、老人が。この煉獄に。
彼らはどうなったのか。ダルシム矢野は煉獄スラムを駆け抜ける。
『よし、路上に人の姿はない。避難できたようだな』
結論から言うと生存者はいなかった。
スラムの中央、昨日まで女子供の憩いの場となっていた広場。そこへ辿り着いた、辿り着いてしまったダルシム矢野は眼前の光景が理解できなかった。
死体の丘。
大量の見知った顔の亡骸がミルフィーユのごとく積み重なっていた。
その丘の頂に、
『…嘘だろ』
彼女はいた。
『おい、何しているんだよ…』
彼のたった一人の家族。
『危ないぞ…おりてこいよ』
悲しそうな笑顔を浮かべた中身を失った肉の入れ物がそこにはおかれていた。
『はは…聞こえないのか。なぁ…
うわああああああああああああああああああああああああああああ
いもうとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう』
ダルシム矢野は完膚なきまでに失神した。
妹は絶望の世界で僅かな希望を見出し、力強く生きた。世界はそんな彼女を否定した。神すら汚すことのできない彼女の命を否定した。
この日、僕は世界を否定した。
最終更新:2021年10月25日 17:07