覇王ゲーム > 覇王ゲーム【STAGE2】

2015/12/07 00:20 投稿


気がつくと僕は闇の中にいた。
これが夢の中だと気づくのに時間はかからなかった。
なぜなら、妹や仲間たちが目の前にいるから。
僕にいつもと変わらない笑顔を向けているから。
夢と認識した瞬間、ダルシム矢野は深淵なる失神の底より覚醒した。
彼の目の前には失神夢の中と同じ悲しそうに笑う妹だった物が置かれた丘が依然としてそびえ立つ。

僕は思い出す。物心つく前に親は死に僕はずっと妹と一緒に生きて来た。
そして僕は思い返す。物心ついた後から妹はずっとあの笑顔を浮かべていた。
ある日、妹が独り言のように呟いたあの言葉を僕は今でも覚えている。

『皆が笑顔で笑える世界になればいいのにな…』

おかしなことを言う。笑っているなら、その時の顔は笑顔であるはずじゃないか。

僕は妹の笑顔を思い出す。
それは悲しそうな笑顔。矛盾した表情。ならばそれは笑顔ではなかったのだろう。
彼女は笑ってなどいなかったのだろう。
それは笑ったフリ、偽りの笑顔。
その理由は。僕は気付いていた。気づかないフリをしていた。
世界は爆裂なまでに、激烈なまでに強大であり、僕たちは痛烈なまでに、残酷なまでに無力だ。
だから…だからこそ…誰しもがどうする事も出来ないから、生まれながらに与えられた条件と能力で死ぬまで生きていくしかないと諦めていた
。そんな漆黒の世界でなお、かなわない夢のために抗う妹があまりに哀れであまりに不憫で狂おしいほどに愛おしかったから、僕は気づかないフリをしてきたのだ。

僕は彼女を哀れみたくはなかった。彼女にその感情を悟られたくはなかったから。彼女はきっと、僕が諦めてしまった世界で僕に哀れまれた希望をそれでも抱き続け抗っただろう。それは妹にとってきっと、 これまでよ りずっと辛いはずだから。僕は彼女の願いを、希望を拒絶してきたのだ。

僕は思いふける。
皆が笑顔で笑えるように。そのために妹は笑ったフリをしていた。
彼女の言う皆の中に彼女自身は入っていたのか。きっと、 きっと入っていた。そうじゃなきゃあんまりだ。
もし、誰かの幸せだけを希望に彼女がこの世界に抗っていたならそれは何て尊いんだろう。何て儚いんだろう。そして世界は何て…残酷なのだろう。

『皆が笑顔で笑える世界になればいいのにな…』

結局彼女は人生で一度も笑った事はなかった。
少なくとも僕の知る限りでは。彼女自身が知っていた限りでも。

冷たい風が吹き抜けた、僕は反射的に身震いをした。
そして日が暮れかけている事に気付き随分長い間、物思いにふけっていた事を自覚した。

死体の丘の頂に鎮座する躯の姫をダルシム矢野は穏やかに見つめ誰にも聞き取れない声で呟いた。

『世界は君の笑顔を否定しだ。そんな世界なら僕はいらないさ。
僕はこの世界を否定する。君の望んだ世界を僕は見たい。
そこでなら僕も笑顔で笑えるはずだから。
妹…僕は…覇王になる』

これは復讐の英雄譚、君だけのための英雄譚。



ダルシム矢野は立ち止まる。そして静寂かつ煉獄的な焔をその眼に宿し睨みつける。コンドル眼が猛禽的に睨み据える。
眼球コンドルが射抜く先にあるのは世界中枢機構要塞 大覇王ド一ム。覇王ゲ一ムの会場であり、世界の全ての中枢機関及び全ての主要人をその中に内包したアンダーエデンコアとすら呼ぱれる施設である。
ダルシム矢野は威風堂々と正面玄関からドームに入場し受付の前に仁王立つ。
覇王ゲームに参加資格はなく誰でもこの受付で選別テストを受ける事が出来る。だが現時点で3000万人の希望者がこのテス卜を受け通過者はわずか4名しかいない。合格率0.00001%を誇る完璧かつ絶壁な選択的透過性を備えた概念細胞膜がダルシム矢野の覇道の前に立ちふさがる。

受付女人間
『覇王候補人間テストを受けに来られたのですね。では、早速ですがテストを始めさせて頂きます。
テストは2種類ありますが、今回あなたにして頂くのは矛盾ゲームです。
ルールは単純かつ明快です。最初に私がある命題を提示します。あなたはその命題に対して矛盾を指摘して下さい。それに対し私が反論を行います。
命題フェイズ。矛盾指摘フェイズ。反論フェイズ。これを1セットとしまして3セットを終了するまでにあなたが1セットでも命題に対し反論不可能な矛盾を指摘する事に成功すれぱ選別テスト合格とし覇王侯補人間として覇王ゲームへの参加資格を得る事が出来ます。
何か質問はございますか』

ダルシム矢野
『4つ確認したい事がある』

ダルシム矢野
『1つ目はゲームの流れの確認。君が提示する命題に対し、僕は矛盾を指摘する。そして君が反論によって矛盾がないことを証明する。そしてそれぞれのフェイズは独立しており相手フェイズへの介入、例えば君の反論に対する反論を僕が行うと言った事は認められない。この認識で間違いないか』

受付女人間
『ええ、そうで御座います』

ダルシム矢野
『2つ目は反論の正当性について。君は反論によって矛盾がないことを証明する訳だが何を持って証明が完了したと判断するのだ。君の反論が終了した時点でそのゲームは終了し次のセットに移行する訳だろ。なら君の反論に穴があろうとも僕にはそれを指摘するフェイズはない。どうなんだ』

受付女人間
『…お気付きになられましたか。かなりのキレ者のようですね。認識を改めさせて頂きましょう。そうですよ。私が反論できた時点で、その 内容に関わらず反論は成功したとみなし、あなたの敗北が決定します。つまり、あなたは鉄壁かつ絶壁な完全矛盾を突きつける必要がありますね。そんな事が可能であればですが』

ダルシム矢野
(やはりな。反論に論理性や正当性がなくとも成功とみなされる。つまりは正攻法ではクリア不可能なクローズドラビリンス問題と言う訳か。それでこそ、この質問に意味が出てくる。)

ダルシム矢野
『3つ目の質問だ。君は毎回この矛盾ゲームを担当しているのか』

受付女人間
『…?いえ。先ほど申し上げた通り、選別テス卜は2種類用意されておりまして矛盾ゲームを私が担当するのは今日が初めてですが』

ダルシム矢野
(だろうな。これでこのゲームの核心的なカラクリは把握した。)

ダルシム矢野
『これが最後の質問だ。この矛盾ゲームをクリアした者はいるか』

受付女人間
『先ほどの質問といい何故ゲ-ムそのものと関係のない質問をされているのか分りかねますが、いいですよ。お答えしましよう。
先日、あなたの前にこのゲームを受験された方がクリアされたそうですよ』

ダルシム矢野
(この時点で矛盾ゲ一ムの必勝法は構築できた。だが実際にその方法を実践するとなると…。
僕にできるか…いや、これが最善なんだ。このゲームの唯一解。なら立ち止まるわけにはいかない。)

ダルシム矢野
『わかった。すまなかったな。質問は以上だ』

受付女人間
『ではゲームルーム【選別の間】 にご案内 します』

狭い通路を逝く2人。二人分の足音が薄暗い通路を灰暗い静寂を切り裂く。まるで世界に2人ぼっち。永遠に続くような静寂の果てに辿りつく。

受付女人間
『お待たせしました。 こちらです。 お入りください。 』

ブラックライトの間接照明。そこは不気味な4畳半ほどの生活感のない小部屋であった。2人はテ一ブルをはさみ相対し、座布団に腰かける。

受付女人間
『それではこれより選別テスト矛盾ゲ一ムを開始します』

後に語り継がれる、神話にまで昇華される戦いが、ダルシム矢野の世界改革の戦いが始まる…。

受付女人間
『私は人間である。さあ、矛盾を指摘して下さい』

(このクローズドラビリンスを突破するために僕がするべき行動は一つしかない…だが…)

ダルシム矢野
『くっ…君は人間ではない。人間とはそもそも人間が定義した概念にすぎない。つまり人間による観測が君を人間たらしめている。
君という個体のみが存在する隔離密室に幽閉した時、君を人間とみなす観測者は存在せず君は人間ではなく動物となる』

ダルシム矢野
(何をためらっている。何を思いとどまっている。こんな指摘は何の意味もなさないのは分りきっているじゃないか…)

受付女人間
『ここにはあなたがいます。あなたという人間の観測を以て私は人間であると世界に認識される』

第一セット、 反論成立。ダルシム矢野に残されたチャンスは残り2セット。

受付女人間
『ふふふ…少しはできる方だと思いましたが、かいかぶっていたようですね。
第2セットに移ります。あなたは人間である。さあ指摘フェイズですよ。矛盾を指摘して下さい』

(……策はある。後は僕の覚悟だけ。あの日誓ったはすだ、何を犠牲にしようとも僕は…世界を塗り替えると、妹の夢見た笑顔の世界を作ると…)

ダルシム矢野
『…僕はもう人間ではない』

受付女人間
『あなたは人間です』

第2セット反論成立。ダルシム矢野の二連敗。残るは最終セットのみ。
永遠とも思われた激烈を極めた激戦もついにその終着駅に向かう。ダルシム矢野の悲哀を、ダルシム矢野の覚悟をダルシム矢野の痛みを乗せて運命の貨物列車は終着駅に辿り着く。

受付女人間
『残念です。とんだ見込み違いでした。あなたが受付に来られた時、私はわすかながら感じたのですよ。人間離れしたオーラを。この世の絶望を知り尽くした悲しみのオーラを。何が何でも世界を変えると言った邪熱の覇気を。
ですが、もういいです。終わりにしましよう。私たちは人間である。さあ、早く終わらせて下さい』

ダルシム矢野
(どうして、どうして…僕はこんなにも弱い…。最初から攻略法は分っていた。分っていたじゃないか。それなのにどうして僕は覚悟すら決める事が出来ない。
哀れんでいるのか…彼女を否定することを…。ためらっているのか…彼女から奪うことを…。)

――クククッ実に滑稽だな。貴様は。再愛の妹の願いをまた諦めるのか。

うるさい ! お前は出てくるな !

あの日、死体の丘の前で世界を否定した時から僕の中から聞こえるこの声。全てを憎む、全てを蔑む侮蔑と絶望と悲しみに満ちたこの声。その声が僕にささやく。

――貴様の大切な物を否定した世界だ。もはや未練はないのだろ。

うるさい…

(分っていた)

――貴様は偽善者だ。理性によって感情を抑えこんでいる。世界を否定してなお世界に期待している。

うるさいっていってるだろ。

(…分っていたんだ。妹が絶望しても、それでも希望を見出した世界。
心の奥で、僕は世界を否定しきれていなかったんだ。妹の笑顔まで否定してしまうようで…)

――貴様はあの時望んだ筈だ。世界を作りかえると。あいつの望んだ世界をその手で作ると。俺はそのためなら世界を否定する。あいつの笑顔を否定する。貴様はどうなんだ。

ああー…そうだった。この声こそが僕の心の音。
本当は気付いていた。それでも僕は、妹が精一杯生きたこの世界を完全否定する事が怖かった。創世のための破壊が怖かった。妹の生きた世界をこの手で壊す事が怖かった。
だが彼女の望んだ世界を作るためには…

『僕はあいつの絶望を、悲しみを、あの偽りの笑顔ごと否定する!!』

『俺は矛盾を指摘する。貴様は人間である。だが俺は人間ではない。
世界を否定し破壊し創造する覇の権化だ』

ダルシム矢野はその刹那ネクタイを、漆黒のネクタイをするりと解き、流れるように、漂うように穏やかに、そして激烈的に、受付嬢の前にゾロリと歩み寄った。
そして暗漆黒のネク夕イを女の首に巻きつけた。

『このゲームは100%、挑戦者が負けるようにできている。俗に言うクローズドラビリンス問題。なぜなら屁理屈であれ反論された時点で負けが確定するからだ。
なら指摘フェイズ中に貴様を殺害すればよい。それだけのこと』

ダルシム矢野は感情の読みとれない無機質な声でそう呟く。

受付女人間
『ぐうぐ…な、何を言って…いるのお…そんな事…ゆ…ゆるされ…』

漆黒ネク夕イがまるで蛇のように彼女の首を締めあげる、ねじあげる。

ダルシム矢野
『許されるさ、ルール上、貴様を殺害してはいけない理由がない。
相手フェイズ中の介人行動は許されていないと貴様は言ったな。だが今は俺の指摘フェイズ中。問題はない。
それに俺の前にこのテストを受けた者が合格した。そして貴様は今回がこのテストを担当するのは初めて。この状況が全てを物語っている。今回と同様、貴様の前任者は殺害されたのだ』

なおもその言魂から感情はうかがいしれない。

受付女人間
『あ…ああ…そん…な…し、 しにたく…な…い』

暗黒ネク夕イに、ブラックアナコンダにねじり巻きつかれた首が、女の首が命乞う。絶望スネークに命乞う。しかし…

ダルシム矢野
『俺は貴様を哀れまない。もう二度と俺は迷わない。この世界に存在する全てを俺は否定する。貴様の…命を否定する!!』

ダルシム矢野がそう言い終えるや否やブラックアナコンダは女の首を万力的にねじり締めた。ブラックライトに照らされながら今まさに事切れようとする女の顔から苦痛にゆがむ女の絶望から、コンドル眼は決して目をそらさなかった。
一瞬とも永遠とも思われる静寂の果て、先刻まで確かに人問であったその肉塊はドスンとその場に崩れ落ちた。ダルシム矢野もまたその場に崩れ落ちる。ダルシム矢野は失神した。

ブラックアナコンダ
――ククク…それでいい。貴様は壊さなくてはならない。世界を…お前自身すらも…。

白き羽を持つ蛇、アステカ神話の風の神であるケツアル力トルは平和を運ぶと言われている。
ならぱ、この黒き翼を持つ蛇ブラックアナコンドルは一体何をダルシム矢野に運ぶと言うのだろう。

『矛盾ゲーム勝者、ダルシム矢野。これにて選別テストを終了する』

スピーカーからファンファーレと共にゲーム終了のアナウンスが流れた。
ブラックライトに照らされた部屋には死体と失神人間が2人きり。死体は苦悶の表情で目には涙がにじんでいた。失神したダルシム矢野のコンドル眼もまた泣いていた。
悲しそうに鳴いていた。

皆が笑顔で笑える世界になればいいのにな。

覇王機関・助手
『候補人間5号:ダルシム矢野、登録コ一ド:世界否定人間(ワールドディナイゼル)
やはり、いや当然と言うべきですね。そうでなけれは面白くない。矢野君、君は覇の項に立つにふさわしい存在だ。天才の中の天才と言ってもいい。
ぼかぁねぇ、そんな君を…壊したい!』



この日、僕は否定の先の深淵で悪魔と契約した。力の対価に自分自身さえも否定した。
僕の歩む覇道が血塗られたものであるならば、僕は魔王にすらなる。

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最終更新:2021年10月25日 17:08