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外野手、捕手。右投左打。
在籍:2006年~
背番号:8
愛称:「礒部やん」、「下呂の4カ月眠らない男」、「下呂の伊達直人」
打席に立つ礒部

人物

真のチームリーダーとしてシャークスを引っぱる寝ない男。
シーズン中は勝負強い打撃で頼りになる存在だが、オフシーズンに突入するとゴネゴネの銭闘を展開して、その印象をガラリと変える。
実はそのようにして得た年俸全額を児童養護施設の恵まれない子どもたちに寄付している。
2012年からは夜間の交通整理のバイトも始めて、昼はプロ野球選手、夜は交通整理員の顔を持つようになる。
無駄なことにお金は使えないため、ヘルメットは交通整理で被っているものを、バットも誘導棒に色を塗って試合に出場。プロ野球選手としてはSHINJO以来の発光物を装備していることになる。

プレースタイル

常に中軸を打つ打撃能力は非常に高く、率、本塁打はリーグ10傑の常連だが、対して打点が少ない。
打撃成績は1年ごとに上下する隔年選手のようだ。
守備、肩、足も悪くなく、センターを守ることが多かった。

エピソード

(2005年)
チーム発足に当たり能力と高年俸どちらをとるかで最後まで悩むことに。
一部の「要らない」コメントで死相が出始める。

2009年
この頃から目の下のクマが気になりだしたが、当初のクマは2ちゃんの悪口によるものだった。

2010年
人殺しの様な目つきをし始める。
最終戦で放ったサヨナラホームランは劇的で、辞任間際だったうんこちゃんのオーナー続行を決意させた。にも関わらず契約更改では4億9800万円を要求してオーナーの度肝を抜いてやった。

2012年
開幕戦から2連続を含む3つのダイビングキャッチを披露した上、逆転の3ランを放つ獅子奮迅の活躍。この頃から今年ですべてを終わらせようとしていたようだ。
鬼気迫った顔はSHINJOの遺伝子を受け継いだかのように。
5月には再び病床の少年へホームランの約束をして、これを果たす。
それまでも慢性の不眠が続いていたが6月からは本格的に寝ないことに決めたようだ。
不眠期間が2カ月に入ったころには感情失禁は日常茶飯事で体重は40kgも落ちてガリガリであった。
7月末にはどういう訳かツイッターも開始。
試合終盤、勝ち越しのランナーとして出るが、12時からのバイトのために早退。チームの勝利を首都高での交通整理中にラジオで知る。
日本シリーズ最終戦前日、初めて交通整理のバイトを休み約4カ月ぶりに布団の上で眠る。

球歴

2006年
主にセンターを守り、開幕当初は4番に座る。その後は3番を打ち、全試合に出場。
打撃好調を維持し続け、その年のオールスターにもチームから唯一選出されるなど、低迷するチームにあってひとり明るいニュースを届ける存在であった。
首位打者、最多安打を獲得する。

2007年
期待されて4番を任されるが開幕から不振が続き、夏場にケガで離脱。復帰後も再び負傷して大きく成績を落とす。

2008年
前半は4番に座り3割を越える打率で好成績を残す。アツイ入団後は3番に固定される。打率は落としたが初年度以来の本塁打25本を放ち、クリーンアップの役割を果たした。

2009年
ややスローペースでシーズンに突入したが、徐々に調子を上げて行った。3割には届かなかったがアツイと並ぶチーム最多の28本塁打を記録した。

2010年
開幕から打撃好調で自身2度目の首位打者を獲得する。

2011年
フル出場を果たすが、最後まで調子は上向かず、不満の残る結果に終わる。
2012年
前半戦はやや不振だったが、打順を5番に下げてからは緩やかに調子を上げて行った。
チーム課題だったアツイの後ろの打者不在を解消。ポイントゲッターとして貢献。79打点は自身最高。

年度別成績

年度 試合 打率 打数 安打 本塁打 打点 盗塁
2006 136 .340 523 178 25 74 0
2007 109 .269 423 114 13 54 0
2008 136 .305 547 167 25 74 0
2009 130 .296 533 158 28 76 0
2010 136 .327 544 178 31 77 0
2011 136 .283 558 158 23 67 0
2012 136 .303 534 162 28 79 0
通算:7年 919 .304 3662 1115 173 501 0

タイトル・表彰

タイトル
  • 首位打者:2回(2006年、2010年)
タイムリーを打ち、一塁コーチとグータッチ

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最終更新:2013年05月23日 21:36
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