第1幕:「冷製(パスタ)と蒸熱の間」
ギラギラと烈火の如く照り付ける白日の、情け容赦も無い炎熱が背中から嬲るようにゆっくりと舐め上げていく。それが白い砂に反射して町全体をぼんやりと浮き立たせていた。
「―――――蜃気楼、じゃないよなぁ。まさか」
その徒広い空間を、ひたすら突き進む影がある。砂の上に微かな足跡を残しながら。
もっと良く見ようとそこで足を止め、額の汗を拭いつつ目を細めた。しかし蓄積された疲労と明るすぎる光彩によって視界が霞む。仕方無く諦めて何気なく周囲を見渡せばふと、近くに白骨化した獣の骸がゴロリと転がっている事に気が付いた。
獣のものか、それとも―――――。
もっと良く見ようとそこで足を止め、額の汗を拭いつつ目を細めた。しかし蓄積された疲労と明るすぎる光彩によって視界が霞む。仕方無く諦めて何気なく周囲を見渡せばふと、近くに白骨化した獣の骸がゴロリと転がっている事に気が付いた。
獣のものか、それとも―――――。
「何なんだろうな。・・・取り敢えず、進むか?」
どの道もしあの町が幻影なら、彼等の仲間入りをする確率はグンと上がるという事になる。にも拘らず、さして緊迫感も無くともすれば何処か楽しげにすら聞こえる口調でさらりとそう言って、再び歩き出した。
「そうだな、あれが本物だった暁には」
ふらり、とまた砂の上に足跡を残して。
「飯だ。まず飯が食いてぇ」
後を追うようにヒュウと1つ乾いた風が吹いた。
足跡は消えていた。
足跡は消えていた。
「―――――冗っ談じゃねぇぞ」
呟いて、青年は小さく舌打ちした。
接客業である料理店の店員にに有るまじき言動を、しかし咎める者は誰もいない。それも当然と言えば当然か、青年の極めて控え目な自己主張はその場の大多数の人間によって作り出された喧騒に容易く呑まれてしまった。おそらくそれを聞きとれた者などいなかったのだろう。
それにしたって接客業としてのプライドはないのかプライドは、というお咎めの声の1つも聞こえてきそうなものだが本来作る方が専門なのだ、元よりそんなものは無い。
そしてその喧しさがさらに拍車をかけて、青年はより一層顔を顰めた。
接客業である料理店の店員にに有るまじき言動を、しかし咎める者は誰もいない。それも当然と言えば当然か、青年の極めて控え目な自己主張はその場の大多数の人間によって作り出された喧騒に容易く呑まれてしまった。おそらくそれを聞きとれた者などいなかったのだろう。
それにしたって接客業としてのプライドはないのかプライドは、というお咎めの声の1つも聞こえてきそうなものだが本来作る方が専門なのだ、元よりそんなものは無い。
そしてその喧しさがさらに拍車をかけて、青年はより一層顔を顰めた。
そもそもの話。
自身は忙しさのあまり昼食を取る事すら儘ならぬ中で何が楽しくて他人様の口に入るであろう、飯を作ってやらねばならないのか。不愉快だ、とこっそり摘まみ食いしようものなら店主である父親に厨房から放り出されてしまった。
こうして已む無く接客業に廻された訳だが、こうもぎゃあぎゃあと騒々しい中でオーダーを取ったり料理を運んだりと店内を往復する姿を想像してもらいたい。くどいようだが昼食を抜かした状態で、だ。
不愉快だ、と青年は再度舌打ちした。
太陽は真上に昇り、ジリジリと焦がすような灼熱の陽射しは洗濯物はよく乾くがしかし人間の水分までも瞬く間に蒸発さててしまう。さほど広くも無い店内は白々とした石造りの素朴なテーブルが所狭しと立ち並び、差し込まれるその陽射しは砂の地には少々不釣り合いな大樹が店の隣にでんと鎮座する事により、いくらか和らいだ木漏れ日の光が床に拡散してちらちらと揺らいでいた。
さて、町外れにぽつんと佇むこの小さな料理店にわざわざ足を運ぶ者は止まない。テーブルに負けず劣らず少し身動きをすれば肩と肩がぶつかってしまいそうな程、ぎゅうと一詰めにされた人々の声はそれでも活気付いていて、尚且つ穏やかだった。―――――約、1名を除いて。
吊り気味の眼は荒々しい色を載せ、むっつりと無愛想を決め込んだ表情が実際よりも少し幼く見せている。しかしその表情とは裏腹に、うまい具合に人波を避けては自分に課せられた激務を次々とこなしていく。愛想が無いとはよく言われるが、それでもその対応にそつは無い。
(・・・・・・いやいや、しかし何事も発想の転換だよな)
怒りを維持するにも結構なエネルギーを消費する。そう思ってなんとか怒りを鎮めようと懸命に己を持ち直そうと試みるも、下方から突然伸びてきた皿によって思考が逸れた。
「おっさん、御代わり」
「おっさ・・・・・・」
「おっさ・・・・・・」
さらに続いた言葉に何もかも全て吹っ飛ぶ。
「あれ、何だ若いお兄ちゃんじゃん。辛気臭い顔してるから、てっきりもっと年食ってんのかと思った」
声色から察するに、まだ随分と若い。そのからかうような口調にカチンときて、生意気なガキに説教の1つでもしてやろうと乱暴に皿をひったくってその主に向きなおった青年は、しかしその姿にぎょっとする。
そこに座っていた少年はその様子を見て一瞬きょとんとしたが、すぐに納得したらしくフッと笑って、ほんの少しクセのついた、猫っ毛である己の髪をくしゃりと掴んだ。
そこに座っていた少年はその様子を見て一瞬きょとんとしたが、すぐに納得したらしくフッと笑って、ほんの少しクセのついた、猫っ毛である己の髪をくしゃりと掴んだ。
「ああ、コレね。変わってるだろ。よく言われるんだ」
そこで暫し呆然としていた青年がはっと我に返る。
「あ・・・っと、悪い」
「別に謝る程の事じゃないさ。それに――――」
「別に謝る程の事じゃないさ。それに――――」
さして気にも留めていない様子でさらりと流した後、少年はにやりとまたからかうように目を細めた。
「俺はこれでも結構気に入ってるんだ。今のアンタみたいな顔をを見るのも含めて、ね」
「は・・・?」
「口が開いてるよって話。折角のイイ男が台無しだぜ?」
「は・・・?」
「口が開いてるよって話。折角のイイ男が台無しだぜ?」
ははっ、と少年は笑う。口を噤んだ青年はやはり不機嫌そうに顔を顰めた。
(こいつ、性格悪ぃ・・・・・・)
確かに少々変わってはいるが、『生意気なガキ』というのはどうやら訂正しなくても良さそうだった。