…何が聖地なものか。
空から降り積もる冬の使者―もっともこの地はいつも冬であるが―を忌々しげに取り払うと、漆黒のマントを深々とかぶった少年は立ち止まった足を再び前へと動かした。風はない。ただ静かに雪が降るのみである。それでも、限りなく真北に近いこの場所の夜の冷え込みは命を奪うような激しさである。もうすでに陽は傾いているのだから、命が惜しければ屋内にひっこむより他はない。
少年はマントから右手を出し、小さく聖なる印をきった。
すると、天より螺旋状の階段が降りてくる。淡く光るそれは、地上の物質のようには思えない。事実、魔法で作られたものである。その階段に足をかけると、溜息をひとつついて黒いマントの少年は天へ向かって昇って行った。
「そ…総司祭様っ!今までどちらに…!」
「ん…?遊びに行ってた。」
「ん…?遊びに行ってた。」
マントに付着した雪を払い落しながら、駆け寄ってきた僧侶の一人を軽くあしらう。マントが取り払われると現われたのは、黒髪、赤眼の少年―ヴァイスだった。
心底笑っているわけではないことがありありとわかる笑みに、僧侶は困った表情をしている。
心底笑っているわけではないことがありありとわかる笑みに、僧侶は困った表情をしている。
「ベルクはどこにいる?」
「ベルクさんでしたら、今は自室にいらっしゃるかと。」
「あ、そ。ゴメン聞いてみただけ。ていうかさぁ、総司祭って呼ばないでくんねぇかな。俺は蹴った筈だぜ?いいかー?神の前に人は平等。わかる?わからないなら教えてやる。いいか。ここに豆粒あるだろ。どっちが大きい?」
「そ…そう言われましても私には…」
「ベルクさんでしたら、今は自室にいらっしゃるかと。」
「あ、そ。ゴメン聞いてみただけ。ていうかさぁ、総司祭って呼ばないでくんねぇかな。俺は蹴った筈だぜ?いいかー?神の前に人は平等。わかる?わからないなら教えてやる。いいか。ここに豆粒あるだろ。どっちが大きい?」
「そ…そう言われましても私には…」
困り果てた表情がありありとわかる僧侶に、ヴァイスは今度は心から笑みを向ける。そして魔法で天秤を取り出すと、豆を乗せて見せた。
「そう。わからねぇな。だけどな、天秤に乗せると、おっとこっちに少し傾いた。こんなもんなんだぜ。見てねえよ、階級だとか、徳だとかよ。」
「ヴァイス様!それは…」
「あーあー、悪かったよ。だけどわかっただろ?俺みたいなのはそんな大層なモンには向かねーし、シンボルがどうしてもほしいならもっとふさわしい人がいるだろ。ルミネ司祭とかな。」
「ヴァイス様!それは…」
「あーあー、悪かったよ。だけどわかっただろ?俺みたいなのはそんな大層なモンには向かねーし、シンボルがどうしてもほしいならもっとふさわしい人がいるだろ。ルミネ司祭とかな。」
ひらひらと手を振ってそのまま廊下を歩いていく。
サガルマータに到達してから地元、聖地ガンダーラに戻ってきた時に元総司祭が突如、世代交代!とヴァイスに言い放った。それを断ったはずだが、もうすでに神殿内ではヴァイスが総司祭という肩書を持つ存在となっているらしい。
空中に浮かぶ神殿のガラス張り廊下の向こうには少し下に雲が見え、上空には満点の星空が見える。たしかに、この美しい景色を聖地と呼ぶ者は多いに決まっている。無論、神に祈りをささげるには申し分がない。
だが、それにしても。
サガルマータに到達してから地元、聖地ガンダーラに戻ってきた時に元総司祭が突如、世代交代!とヴァイスに言い放った。それを断ったはずだが、もうすでに神殿内ではヴァイスが総司祭という肩書を持つ存在となっているらしい。
空中に浮かぶ神殿のガラス張り廊下の向こうには少し下に雲が見え、上空には満点の星空が見える。たしかに、この美しい景色を聖地と呼ぶ者は多いに決まっている。無論、神に祈りをささげるには申し分がない。
だが、それにしても。
「俺、こういうのキライなんだけどなー…」
その気になれば、祈りを捧げるくらいどこでもできる。信じるものがあれば経典もいらない。いや、信じるための経典であって、それだけにすがりたいわけでもない。ヴァイスは存在するすべての宗教の経典に眼を通してきた。その中で、自分の信じることに最も近かったのがこの宗教だし、恩師もこの宗教の司祭だった。だが、それ以上はない。矛盾点を突けばいくらでもあげられるし、他の宗教に納得したことも多くある。だから、これだけを全てに生きる気は全くなかった。
それ以上に、信仰心に忠実に生きるとしたら、自分は存在してはいけないが、自殺も許されない、どうにもうまくいかなくなってしまう。
それ以上に、信仰心に忠実に生きるとしたら、自分は存在してはいけないが、自殺も許されない、どうにもうまくいかなくなってしまう。
「お?」
廊下の向こう側に顔見知りの姿を見つけた。ヴァイスは駆け寄っていく。
「おーッス!」
「ん?お、おお!お久しぶりですねえ。」
「ん?お、おお!お久しぶりですねえ。」
赤い髪、どこの貴公子かと見まがうほどの容姿端麗さは聖職者にするのが惜しいほどである。しかし、どこか自信の見え隠れする表情をしていた。
「おい、お前の噂聞いちゃったよ俺!」
「ん?私に関する噂ですか?んー、思い当たる節が多すぎますねえ。」
「ダウンバルトの町の明らかに酒屋の女の子たちと思われる子たちがさー『シンちゃんって、本名のあだ名かと思ったら神父様のシンちゃんだったのねー』って。コラテメっ、何女の子ナンパしてんだよ。」
「おや人聞きの悪い。私は世界中の女性に愛の説教を」
「いや、ほめてんの。お前みたいなのがいるから楽しいんだよ。」
「ヴァイスが物わかりのよい人でよかったですよ。」
「ん?私に関する噂ですか?んー、思い当たる節が多すぎますねえ。」
「ダウンバルトの町の明らかに酒屋の女の子たちと思われる子たちがさー『シンちゃんって、本名のあだ名かと思ったら神父様のシンちゃんだったのねー』って。コラテメっ、何女の子ナンパしてんだよ。」
「おや人聞きの悪い。私は世界中の女性に愛の説教を」
「いや、ほめてんの。お前みたいなのがいるから楽しいんだよ。」
「ヴァイスが物わかりのよい人でよかったですよ。」
それでは、と言って立ち去る僧侶の後ろ姿をみて、ヴァイスはゲラゲラと笑う。
ここは聖地なんかじゃない。信じることが同じ者が肩よせあって生きる場所なだけ。町や村となんら変わりない。
それなら。
それなら、ここを故郷として考えたって悪くない筈だ。
小さく笑うと、ヴァイスはまたマントをはおった。
帰ってきたときにすぐ話しかけてきた僧侶が、ベルクを連れてヴァイスの目の前に現れる。
ここは聖地なんかじゃない。信じることが同じ者が肩よせあって生きる場所なだけ。町や村となんら変わりない。
それなら。
それなら、ここを故郷として考えたって悪くない筈だ。
小さく笑うと、ヴァイスはまたマントをはおった。
帰ってきたときにすぐ話しかけてきた僧侶が、ベルクを連れてヴァイスの目の前に現れる。
「ヴァイス様!またお出かけなのですか。」
「ああ。遊びに行ってくる。」
「あぁぁあぁあダダダッダダダダダダダダメです!俺、知ってるんですよ!ヴァイス様は俺がいないと寂しくて泣きながらハイウェイカっとばしてるの!」
「そりゃお前だろ。爆音がうるせぇって苦情きてんだぞ。わぁったわぁった、お前もつれてってやるからさー。」
「ああ。遊びに行ってくる。」
「あぁぁあぁあダダダッダダダダダダダダメです!俺、知ってるんですよ!ヴァイス様は俺がいないと寂しくて泣きながらハイウェイカっとばしてるの!」
「そりゃお前だろ。爆音がうるせぇって苦情きてんだぞ。わぁったわぁった、お前もつれてってやるからさー。」
ベルクを肩に乗せて、再びヴァイスは旅に出た。
なんてことはない、(たぶん)ヴァイスの日常