羽根あり道化師

暁の婚礼

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ayu

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第六章・暁の婚礼



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 城の一室であたしは一人、机に向かっていた。
 硝子の万年筆をゆらゆらと所在無さげに揺らしながら、月光がそれに反射して輝くのをぼんやりと眺める。
 少しだけ、見惚れる。きらきらと輝くその様は、とても綺麗だと思ったから。
 …けれど、あたしの思考は違うところをさ迷う。

 満ちていた月が半分に欠けるまでという短い期間、あたしは一人の男性と共に城を飛び出した。
 鮮やかに輝く、綺麗な月のような瞳。
 絹糸のように滑らかな金色の髪。
 誰よりも、あたしを想ってくれた人。
 最後まで、あたしを守ってくれた人。
 そして…あたしのお兄様。
 本当に、美しい人だった。
誰よりも、優しい人だった。
 …あたしは明日、結婚する。
 相手は隣国、オーグランドの第三王子アレス様。

 通り名は――“鸚鵡”。


        ・

「…貴方が、“アレス様”…なの?」
「お初にお目に掛かります、マリア王女」
 あたしは思わず一歩後ろに下がる。首筋に緑色の翼の刺青を持つその人は、晴れやかに笑って一歩前に出て跪き、あたしの右手の甲に唇をあてた。
「そんな…貴方、どうして…」
「先日、国に戻ったんですよ。両親とも、それは喜んで迎えてくださいました。六年前に家を出た放蕩息子が、ようやく帰ってきてくれたと言って」
 クスクスと、楽しげに笑う。
「マリア王女。…いや、それとも“セレネ”とお呼びしましょうか?…あぁ、本当に、貴方は実にお美しい方だ。貴方の前では、どんなに美しい月の女神も霞んで見えてしまうことでしょう」
「…」
 あたしはただ無言で、青い瞳を見下ろした。
「今度こそお受けしてくださいますね、マリア王女。俺と、結婚して下さい」
「…手、離してください」
 再び手の甲に唇を寄せようとするのを制すると、アレス様はあぁ、と呟いて立ち上がった。
「本当に清らかな方だ。まるで真白な百合の花のよう。…ああ、そうだ。式のときには、貴方に良く似合う大きな白百合のブーケを用意させましょう」
「…百合は、嫌いなの」
 言い捨てて、あたしはその部屋を出ていった。





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