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羽根あり道化師
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羽根あり道化師

Mad Hatter

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ayu

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Mad Hatter.





――大変だ、大変だ!
 白うさぎは懐中時計を片手に、お城へ向かって走っていた。
――急がなきゃ、急がなきゃ! 女王さまに伝えなきゃ!
白うさぎはぴょこんと跳ねる。
――妖精たちが逃げちゃった! 女王さまに伝えなきゃ!
 誕生日じゃないパーティーをしていたいかれ帽子屋は、走り去る白うさぎを見てにやりと笑った。
 ああこれで、いかれた世界から飛び出せる。

 + + + +

 カツン、コツン。
 普段は人が通ることの滅多にない小さな通りを、僕は一人で歩いていた。僕の名前はオリバー。年は十七になるのだけど、平均よりちょっと小柄。
僕は帽子屋。洒落た帽子を小粋にかぶり、黒い皮靴をカツンと鳴らす。着ている物は三つ揃え。
 僕は空を見上げ、空を舞う恋人にほんの少しだけ微笑んだ。愛しい恋人の名は、クロエという。小さな恋人の背中には半透明のさらに小さな、小さな翼。銀色の髪は日に透けて、きらきらと眩しく輝いていた。
「クロエ、そろそろ降りておいで」
 そう言って空に向けて右手を伸ばした。
「イヤよ、もう少し楽しませてちょうだい」
「そろそろ戻らないと、誰かに見られてしまうよ」
 言うと、クロエはうっと言葉に詰まり、仕方ないわねとでも言うようにひらりと舞い降りた。
「…もっと自由になれば良いのに」
「無理だろうねえ、妖精は貴重だから。見つかったら、幾ら積んでも欲しいって人が後を絶たないだろうさ」
 つんと唇を尖らせてつまらないわ、とぼやくクロエの姿が妙に可愛くて、僕はくすりと声を漏らした。
「もうすぐ街につくからね。人のいない所ならいいけれど、それ以外はだめ」
 僕は自分の人差し指にちょこんと座る恋人に口付けの真似をして、帽子を取った。洒落た山高帽子はクロエのお部屋。中には、ふかふかと手触りのよい布が綺麗に敷き詰められている。
「さ、早く入って。誰かに見られてしまう前に」
「はぁい。あ、ちゃんと明るくして! 暗いのは嫌よ!」
 はいはいと呟いて帽子の中にロウソクとマッチを放り込んだ。これでよし。ロウソクをこすってマッチに付ければ、帽子の中には小さな明かり。
 ちょっとだけ、おかしな帽子。
 僕は不思議でおかしな、小洒落た帽子を売り歩く。
 妖精を飼う、高慢な金持ち達に。
 今日の行先は、人里離れた『ケグリ』という村。小さな村の村長さんが、本日のお客様。
 さてさて、どんな人やら。
 今日のお客は小さな村を統べる者。
 まったく、実に楽しみだ。

+ + +

「こんにちは、村長さん」
 営業スマイル。お代は商品の中に含まれています。ごめんね、僕の笑顔も売り物なんだ。
「やぁ、こんにちは。君が『帽子屋さん』かい? 随分と若いんだね」
 脂ぎった顔、でっぷり肥えた腹、ぎょろりと大きな瞳。そしてポマードで撫で付けられた薄い髪。まるでカエルみたいな村長さん。なんて不細工な作り笑いだろう、と僕はこっそり鼻で笑った。
 決ぃめた♪
村長さんは、カエルさん。
「そうだよ。今日は村長さんのために、とびっきりの帽子を用意するね」
「そうか、ありがとう」
 それじゃあうちの子を紹介するよ、とカエル村長は歩きだし、僕を自分の家へと案内した。
案内されたその先にあったのは、小さな村にはどうにもそぐわぬ大きな洋館。成金っぽい、と僕は心の中で呟いた。特に何が有名って訳でもないのに、村全体も若干寂れてる感じなのに、ここだけどうも世界が違う。ま、僕にはどうでもいいことだけどね。
「村長さんの妖精は?」
「そこにいるよ」
 広い部屋の中に、小さなお家。
……いるんだよねぇ、こうやって妖精を閉じ込めるやつ。少しくらい自由にさせてやれば良いのに。
それにしても、ドールハウスの中まで成金趣味のきんきらきん。中には、部屋の明るさに消えてしまいそうな小さな妖精の男の子。
「名前は?」
「アスラだ。良い名だろう?」
「そうだね。素敵な名前だ」
 しかしまぁ、こんなに綺麗な男の子に戦神の名を付けるなんて。まったくもってナンセンス。いやはや、不愉快な男だね。
「じゃあ、『帽子』を決めなきゃね。アスラ君をドールハウスから出して、二人きりにさせてくれない? 僕はいつも、妖精と話をしてから決めるんだ」
 カエル村長は一瞬いぶかしげに目を細めたが、終わったらすぐ呼ぶようにと言って妖精をドールハウスから出し、自分も部屋から出て行った。
「――さて、と」
 ドールハウスの中から出てきた妖精に僕はほほ笑んだ。
「こんにちは、僕はオリバー。君は?」
 妖精は驚いたように目を見開くと、ソプラノの小さな声で「ウィミィ」と呟いた。
「いい名前だね。薔薇の名前だ」
 少し微笑み、こくん、と頷く。
「僕にもね、妖精の友達がいるんだ。クロエって言う」
 言って、山高帽子を脱ぐと、すぐにクロエが出てきて僕の頬をピシと叩いた。
「『友達』じゃなくて、『恋人』でしょ? それとも、私が恋人じゃ紹介するのが恥ずかしいのかしら?」
「ごめんね。だけどどんな人が相手でも、恋人を紹介する時は照れてしまうものだろう? 許してよ。――騒がしくてごめんね。この子が、クロエだよ」
 かわいいでしょ? と小さく首をかしげて問うと、ウィミィはほんの少しだけほほ笑み、頷いた。金色の髪と空色の瞳がとてもきれい。少しはにかんで笑うその姿は、まるで少女のようだった。
「ところで、なんであんなカエルと住んでいるの? これは君の意思ではないだろう?」
「お散歩中に、捕まったんだ。やだって言ったんだけど、聞いてくれなくて。あの部屋は趣味が悪いし、与えられる食事も気持ち悪いし、でも逃げ出せないし……。僕はもう、ここから出られないんだって諦めていたよ」
 だからオリバーが来てくれてうれしい、とウィミィは言った。そうか、それならば話は早い。不思議の国への道を示してあげれば事足りる。
「じゃあ、お家に帰ろうか」
「……でも、道がわからないよ」
 悲しげにうつむくウィミィに、僕はにっこりとして小さな帽子を差し出した。
「君に、行くべき道を用意してあげる。この帽子には何でも入っているんだ。ティーポットやティーカップはもちろん、お菓子に時計、道しるべまで。すべては用意されてるよ」
「この帽子の中には何でも揃っているのよ。必要なものなら、どんなものでも」
 そう続けたクロエの言葉に頷いて、僕はもう一度ウィミィを見た。目をまん丸にして僕たちを見つめるその表情は、なんだか苛めたくなってしまいそうなほど愛らしい。
「それじゃ、カエルを部屋に呼ぼうか。話合いを、しなくちゃいけないからね」

+ + +

 ウィミィにドールハウスの中へ戻ってもらうと、僕は部屋にカエル村長を呼んだ。
「この帽子でどうかな? これで、外に出る時でもアスラ君と一緒に居られるよ」
「いいね」
 カエル村長はにっこりと笑う。
「お代は?」
「十シリング六ペンス」
「へぇ、随分と安いんだね」
 言いながら分厚い財布を取り出した村長に、僕はもう一言だけ口を開いた。
「――それと妖精の自由と君の命」
 その言葉に、カエル村長はえ? と一瞬固まった。そして不細工に顔を歪めて、ふざけたことを言うなと僕を怒鳴りつけた。僕は何もふざけちゃいないのにね。
 まぁいいや。
そう呟いて、僕はカエル村長の頭に帽子を被せた。ポマードで撫で付けられた髪が、帽子の中に収まった。
「僕はなんにもふざけちゃいないさ」
 にっこり笑って、カエル村長を見た。
「だってもともと、これが目的なんだからさ」
 ぎょろりと大きなカエルの目。
「妖精はもともと、不思議の国の産物なんだから」
ぎょろりと大きな、カエルの目。
「――ゲコッ」
 大きなカエルに、僕は笑いかける。そして床に落ちた財布から丁度十シリング六ペンスを抜き取り、後ろに放った。おっと、窓に当たってしまったみたいだ。パァン、とガラスのはじける音がした。
「十シリング六ペンスと、妖精の自由と、人間としての君の命」
 村長さんは、カエルさん♪
 僕はそう決めたんだ。
 だってさ、人間にしておくにはとても惜しい存在なのだもの。ほら、適材適所って言葉があるでしょう? 僕は村長さんに、一番お似合いの役目を与えてあげたんだ。
「妖精は、不思議の国へ。僕はも一度、妖精探しの旅へ行く」
 ウィミィをドールハウスから出して小さな帽子を差し出すと、踊るようにくるりと回って帽子の中へと入って行った。不思議な帽子は、不思議の国への道しるべ。きっとすぐに、あのいかれた国にたどり着くことだろう。
「ま、僕なら頼まれたって戻りたくはないけどね」
 呟くと、僕の帽子の中からクロエが飛び出した。
「次はどこへ行くの?」
「さて、どこだろうねぇ。……そんなことより、君も早く不思議の国へ戻りなよ」
 いやよ、とクロエは笑った。
「そんなことしたら、オリバーの方が困るんじゃないの? 女王と約束しちゃったんでしょ?」
「ま、ね」
 妖精たちをすべて帰すまで僕は戻らないよ、なんてね。僕はあの、いかれた国に帰りたくないだけなのに。
「私が帰らないでオリバーの傍に居れば、オリバーに帰る理由がなくなるでしょ? 私は協力してあげてるのよ」
 感謝しなさいよ? とクロエは高飛車に、つんと澄ましてそう言った。
「そうだね。だけど、僕だって君に協力しているんだ。愛してもいない子とわざわざ一緒に居て、恋人を演じているんだから」
 僕たちは互いに顔を見合わせ、にやりと笑った。
「これからもよろしくね、愛しのオリバー」
「こちらこそ頼むよ、クロエ」
 ――私はあなたの傍に居たいの。
――君がいれば、僕は帰らなくて済むんだ。
 出会ったころ、お互いに言った言葉を思い出した。なんてふざけた、共存関係。
 僕は帽子屋。
 Mad Hatter.
 いかれた国での生活には、ほとほと飽きてしまった。だけど、いかれてない国でのいかれた暮らしは、今までになく面白い。ああ実に、とても愉快だ。
 この道楽はしばらく止められそうにない。
 思いながら、僕は夕焼けの空を仰ぎ見た。
 今日もまた、大きな空はいかれてる。
ほら、ごらんよ。今日も真っ赤に笑っている。

――さぁて、今度はどこに行こうかなぁ。








END

『不思議の国のアリス』みたいなブラックな感じが出せればな、と思って。今年のテーマは『帽子』と『時計』でした。

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