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羽根あり道化師
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羽根あり道化師

1章 雨のち罪

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vice2rain

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1章 雨のち罪



豪華な、まるで城のように大きな屋敷の一室に、レイン・ドゥームイリスは居た。難解な語句にまみれた専門書を積み上げ、資料と写真の渦の中心部で胡座をかいて化石を弄繰り回している。表情は口元だけニヤつていてかなり怪しい。エルフであるにも関わらず彼の外観の特徴を上げれば長所など一つも出ないだろう。エルフという生き物は普通美形が多いのだが、彼はそれとは全く反対の容姿をしている。髪は癖の強い天然パーマで、元々は黒かったであろうそれを脱色し、パサパサになってしまったものが頼りなく額に張り付いていた。耳にはシルバーのチェーンになったピアスがじゃらじゃらとつけられており、ガリガリに痩せた(というよりはやつれたのではないかとすら見える)体格の割には必要以上に大きな黒いセーター(引き裂かれているような穴が無数にあった)、鎖やジッパーだらけのスラックス、腕にはまるで手錠のようなブレスレットなどという、俗に言うゴスパンクといったファッションをしている。その姿はまるで死神のようであった。目つきはものすごく悪いし(連日長時間にわたって資料を睨みつけている所為もある)不健康なまでに青白い肌と対照的に眼は血を撒き散らしたかのような緋色をしているではないか。なんと不気味な蒼と紅のコンテラストであろうか。この世界で赤は死を招く不吉な色であるとさえ言われているのに。

それでも彼にも取り得はある。彼はとても聡明で、特に考古学に関しては彼の上を行くものなどない。今まで調査を行ってきた遺跡の数は300を超えていて、その他にも地質調査・植生調査や化石発掘もそつなくこなし、どんな遺跡ののろいも恐れぬ彼の調査によって歴史の教科書は作られたと言っても過言ではないのだ。更に言えば、彼は研究チームなしでこれだけの所業を成し遂げている。彼の財力や能力をもってすれば調査員などは簡単に集まるのであろうが、彼はそれを嫌った。彼はたった一人の助手兼執事のエルフの青年、エルネスト・マックスと2人だけで調査を行っていた。

さて、つい先日まで行っていた化石発掘で掘り起こされた恐竜の化石を復元させたレインはエルネストを呼び出した。扉がギィと音を立てて開かれる。ノックはない。これは日常茶飯事である。レインはノックの音が嫌いだったから。雑然とした部屋に入ってきたのは、レインとは対照的に好青年だった。青い髪はまるで晴天の空を閉じ込めたかのようにキラキラと輝き、瞳はそれより少し深い蒼で、深海の水を流し込んだように瞬いている。が、表情は全くなく、生真面目な印象があった。そして、その印象を裏切らないようなまっすぐな声で彼は声をかけるのだ。

「フルーツパフェですか、バナナケーキですか、イチゴショートですか、アップルジュースですか、フルーツの詰め合わせですか、全部ですか?」

真顔で手帳を開きながら早口にそう言い終えたエルネストに、レインは振り向きもせず化石を突付いたり変な形に組み立てたりして答えた。

「どれも捨てがたいところだが、化石復元が終了しました。これからスヴァに向かいたい、ヘリを用意してください。」

エルネストは静かに頷くとレインを見据える。そして・・・

「自分でやりゃーいいじゃないスか。」
「・・・お前の暴言にはいつも不快にさせられますよ。」
「レイン様のお姿のほうが不快に決まってますァ。」
「・・・・・・まぁいいでしょう。あなたの暴言にはもう慣れた。ていうか、あなたなんなんですか、私のこと敬ってんの?!バカにしてんの?!どっちかにしてくんない、そろそろキレますよ!」
「否ですね、尊敬しているに決まってますよ。馬鹿にするのはスキンシップです!」
「あれ今目線が右上に行きませんでしたか。嘘か、嘘ついてんのか。」
「あっ!ほらほらこんなところでちんたらやっていましたら、また仕事が入ってスヴァにいけなくなっちゃうんですよ、きっと。」
「ちんたらやってるのはあなたですよ、エル!早くヘリを!」
「ったくよー、それくらい自分でやれよ。そんなんだからいつまでたっても自立できないんじゃないの。」
「早くっ!」

レインの華麗なる足さばきでの上段二段蹴りがエルネストにクリティカルヒットした。ドシャ、という音と共にエルネストは床に叩きつけられる。レインはさらに追い討ちをかけるようにうつぶせに倒れた彼の背中をかかとでぐりぐりと踏みながら腕を組んでいる。

「あいたたたた、本当レイン様ったら怖いんですから。ドSですか。」
「ふっ、愚問だな。私はまごうことなきドSですよ。早くヘリを用意しなさい、エル。」
「あいた、はいはい、わかりましたよぅ」

以上の会話がなされても、2人は決して表情を変えない。はたから見れば奇妙であるが、これがこの屋敷では普通だった。レインは必要な道具を持ってヘリポートへ向かう。いつもこんなとき、レインはジレンマを感じるのだ。自分に高い魔力があったのなら、移動魔法を使って遺跡調査に行けただろうに。レインのあらゆる技術はほとんどが天才的なレベルであったのだが、エルフの持ち味である魔術に関しては呪いを解く以外かなり低いレベルに留まっていたのである。だからこそ、エルネストがそれを補うためにいるのだが・・・。さて、ヘリポートに着くとそこには既にエンジンの掛かったヘリコプターが用意されていた。流石はエルネスト。仕事だけは速い。

「お待ちしておりました、レイン様。」
「早いな。エル、画材道具は持ちましたね?」
「ハイ勿論です。ところでオヤツはいくらまでですか!そしてバナナはオヤツに入りますか!」
「遠足気分か!オヤツなんか持ってくるんじゃないバッキャロゥ!バナナはオヤツにいれません。だから持ってくることを許可します!さあ、行きますよ!」

エルネストは元画家志望だっただけあって遺跡の細かい個所まで正確に描写する能力をもっている。これは資料作成にとても役立つスキルなので普段こうした不可思議な関係を保っているものの、レインは内心感謝の気持ちをもっていた。そして、もうひとつ。二人は幼いころからの友人であったし、ずっと同じ学校に通ってきた。レインが家族をなくしてからも、エルネストの家族に世話になっている。エルネストもまた、レインの一家には代々仕えていた研究者の一族の末息子であるからレインを信頼している。はたからみれば凸凹な二人だが、案外これでうまく回っているのだろう。

「ああ、いやになるな…屍がないっていうのは。」
「そうですね、きれいさっぱりなくなるということでしょうね。」

たどり着いた島は死の島と恐れられている様子など感じさせない。青い空、輝く波、白い砂浜に涼しい風。屍など転がっている様子もなく、静かに見える。しかし―

「!なんだ…?!」

突如二人の足もとから黒い影が浮かび上がった。見たこともないものに、二人は驚きをかくせない。いままで、立体映像などによるものは見たことがある。しかし、これは明らかに実体を伴っていた。
書物のなかにかたられているのみの異形のもの、魔物。
偽物ではないか?と疑いもしたが、その考えはあっさりと否定される。その証拠に、エルネストが片目を隠す長い前髪をおさえつけた。

「…っ」
「エル!くっ…私がなんとか対処します。あなたは下がっていてください。」
「す、すんません。余裕できれば俺も魔法で援護します。」

先に記述したように、レインは魔術の類が極端に苦手だ。この時代には存在しないはずの古の魔に触れるのは正直、レインとしても避けたい事態ではあったのだが助手であり仲間であり、そして幼馴染のエルネストを助けないわけにもいかない。レインは魔物に向かって勢いよく回し蹴りを放った。魔物はうめき声をあげ、怒りに眼を光らせる。と、鋭い爪がレインめがけてふりかざされた。それを軽いフットワークでかわし、今度はいくつもに連なっていたベルトにジャラジャラとぶら下げていたチェーンの金具をひとつ取り外し、魔物へ向けて叩きつける―鞭のようにそれは操られるが、威力はその比ではない。金属のチェーンであるから、それなりの重量であるはずなのだが、ファッションと護身用を兼ねていたチェーンは魔物にもかなりの打撃を与えたようだった。むろん、それにより魔物の怒りは増す。ものすごい勢いで突進してきた魔物の爪にチェーンが引っ掛かり、レインは一瞬隙を見せてしまった。

「レイン!」

エルネストの指先から炎がほとばしり、魔物を焼いた。詠唱の短い魔法だったために威力はそれほど強くはないが、今までの傷のために魔物の動きは止まり、そして無へ還っていった。

「あ…すんません。俺まぁた昔の癖が。給料カットですかね?」
「何をいまさら。暴言しほうだいしておきながら…。しかし助かりました。先へ進みましょう。」
「こっちのセリフっすよ。レイン様細いのによくあんなチェーン振り回しますね。いや、つかそれをジャラジャラつけて歩いてるのがまずありえねー。」

憎まれ口を叩きあいつつ、レインとエルネストは先を急ぐ。あまりのんびり歩いていては、魔物に気付かれて戦闘になってしまうだろう。遺跡入口付近は若干の魔物がうろついていたものの、無駄な戦闘を避けるために少し離れた場所から眠りの魔術をかけ、通り過ぎた。内部に入れば魔物の影は見当たらない。ぱったりと現れなくなったことに二人はむしろ警戒したが、罠らしき罠も見当たらない。

「…っていうか、人が入った跡とかないッスよねぇ…」
「この遺跡―スヴァは…入口がないという話だったのですが…。まったく探すこともなく見つかりましたね。不可解だ。魔物が出るために生還したものはないようですが、入口がないなどという噂は…?それに、特に行く手を阻むような仕掛けもない。」

レインは視線を落として思考を巡らせる。横でエルネストがなにやら罵倒する声がきこえるような気がしたが、それも全く耳にはいらなかった。

「おーいっ!レ・イ・ン・様っ!ここから先にはもう扉がないですよ。ここが最深部。」
「ん?あ、ああ…そのようですね。私、拍子抜けしています。何か壁画があるわけでもないし、古代文字の羅列もない…その台座の上にある本のみ、ということですか…」
「なんかガッカリっすね。レイン様、探してるものがあるんでしょう。それは探してたものなんすか?」

エルネストがその場に座り込みながらレインに尋ねる。その言葉に一瞬彼の、まったく表情のないはずの瞳が揺らいだようなそぶりを見せたがすぐに元に戻り、そして返事を返した。

「…いえ。時間の無駄です。帰りましょう…」

その言葉にエルネストはただ頷き、そして出口へと向かって歩き出す。その背をレインも追って、そして遺跡を二人は後にした。外に出てから、相も変わらず魔物は出現する。だいぶ戦いなれたのか、レインは特に苦労することもなくなってはいた。4匹目の魔物を葬ってからふと後ろを振り返ったとき、自分たちがとおってきたはずの遺跡への入り口が消えていることに気づき、フっと笑う。

「何か仕掛けがあったのでしょうかね…」

時間があればまた調べたい、と頭の中でも考えたのだが仕事は山のようにある。今は一度屋敷にもどり、この書を調べなければならない。レインは踵を返した。



「うーん、魔術書の一種ッスね…。こんな複雑なのはみたことないです。」
「やはりそう思いますか。」

光の差し込むテラスでリンゴをかじりつつ、レインは背後にいるエルネストの言葉に返事をした。魔術の施されているものだとわかった瞬間レインはエルネストに解析を託し、自らは呑気にティータイムをとっている。実際、レインでは歯が立たないことは明白だったからだ。

「お?この魔方陣なんだろ。解いていいですかね?」
「あー、呪ではないなら解いてください。」

心底どうでもいい、というような返事にエルネストはちぇー、と声だけ残念そうに言う。だが、表情が全く変わらないために真意はわからなかった。書物のとおりに宙に魔方陣を描き、記載されていた古代語の詠唱をしおえると、本から光があふれだして部屋を包んだ。轟音と激しい風が吹き付け、それらが収まったときにエルネストの耳にはレインからの怒声しか響いては来なかった。ティータイムをめちゃくちゃにされた側のレインとしてはたまったものではないらしい。しかし、足もとになにか黒いものが見えて、二人は言い争いを一度停止した。

「う……」

黒い物体がうめく。もともと本で埋め尽くされていた部屋だっただけに、それも本の下敷きになっていた。床には重い辞典すらも落ちているから、かなりの重量の本にひかれていることになる。
と、黒い物体がうごめいた。重そうによろよろと立ち上がったそれは、17歳ほどの年頃であろう、少年だった。黒髪に赤い瞳。耳がとがっていることからエルフの血をもつであろうことがわかる。服装は古代の文献や資料で目にしたことのあるような古い修道服。それも、真っ黒でまるで喪に服しているかのような印象を受ける。

「な…何をしたんです?エルネスト…」
「な…何をしたんでしょうねぇ、エルネストは…」

レインの問にもエルネストは茫然としながら、しかしふざけるのを忘れない。その二人を瞳にうつしたらしい少年は、年齢からは考えられないほど落ち着き払った笑みを浮かべ、そして頭を下げた。

「無事に見つけてくれたみたいだな。」
「あなたは一体?」
「俺はヴァイス、この本を作った張本人だ。俺を古い時代から召喚してもらうために作ったんだけど…。ちゃんと、あんたが見つけてくれてよかったぜ。」

顔を見合わせるレインとエルネスト。その様子を見て、ヴァイスは説明を始める。

「まあ、とりあえず話を聞いてくれよ。俺は古代の僧侶なんだが、この時代にふりかかる災厄の預言を受けたんだ。ドラゴンが天空から降りてきて、破壊の限りをつくす、ってね。だけど、それを止める奴らもちゃんと現れる。そんな話も聞いたんだ。で、だ。そのドラゴンが現れるのがあと少し先の話。そーなる前に俺を見つけてもらえるかどうか不安だったんだけど、大丈夫だったみたいだ。うん、あんたが勇者!任命!オメデトー!レインくん!エルネストくん!いやー、よかったねえ!大英雄の道は約束され」
「ちょっとまて。」

ひとりで勝手にテンションを上げていくヴァイスにレインの冷めきった瞳が釘をさした。表情のない言葉にヴァイスは眼を丸くし、レインを見る。

「なぜ私たちの名前を?」
「…あ、ヤベ。」
「なーんか怪しい。」
「あーうー…か、神からのお告げ…」
「明らかに今作ったような設定!」
「と、とにかくっ!俺はお前らのこと預言受けてるの!頼むよ~なぁ~…でなきゃこんな面倒なこと俺だってしない…」
「というかこいつが僧侶だとかいう話もうそくさいな…」
「どうします?」

あきれ顔の二人にヴァイスはため息をついた。そして―

「ドラゴンが現れてからじゃないと信じてくれないか?…人が、たくさん死んでからじゃなければ…」

先ほどとは打って変わって、静かに呟いたその言葉に二人はしばらく立ちすくんだ。しかし、静寂を破ってレインはその言葉に返答を返す。

「…わかりました。仕方ありませんね、信じてみましょう。私たちはいったい何をすればいいのか…それはあなたにまかせて良いんですね?」
「あ、ありがとう!助かるぜ!」
「ただし。」
「え?」
「私にはやらなければならないことがあります。それも許容してもらえるという条件をつけさせてもらいましょう。」

鋭い口調で続けられた言葉には何か切羽詰まった思いが宿っているように、ヴァイスは感じた。小首をかしげて続きを促すと、レインは視線を泳がせる。

「教えてくれないと困るじゃんか。」
「探し物、です。」
「探し物?」
「ええ。私はそれを探しながら今まで生きてきた…いまさらやめるつもりはないのです。」
「いーよ、別に。」

軽い返事に拍子抜けしつつ、レインは胸をなでおろした。その様子をさして気にすることもなく、エルネストはヴァイスに話しかける。その手にはガラスのチェスボードと駒とが納められていた。

「とりあえずチェスの相手でもしてくれませんかね」
「エル!空気読みなさい!」
「いいよ~」
「ヴァイスも!あなた何しにきたんです!」
「まーまー、詳しくは明日話すからさー!」

呑気に笑う少年と幼馴染に背を向けて部屋を出る。眼をこすったり頬を引っ張ったりしてみたが、痛みを感じるし、とくに夢であるような気もしなかった。愕然と肩を落としながらレインは歩く。当然だ、面倒なことに巻き込まれたからであった。


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