羽根あり道化師

車窓

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ayu

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車窓





例えば、窓に当たり何本もの筋を作っていく雨だとか、
後ろの方へと流れてく街並みだとか、
そういうなんでもない日常。
停留所ごとに止まり、
口を開き、
人を吐き出し、
飲み込み、
また口を閉じ、
また進む。
バスの腹の中で人々はお喋りに興じ、
読書で時間をつぶし、
眠りの世界に身をゆだねる。
例えば、お喋りに興じている人達の表情だとか、
読書をしている人達の思考だとか、
眠っている人達の夢だとか、そういう捉え難いもの。
バスの中は移り変わり、ころころと景色を変える。
耐え難い香水の臭いが鼻に付く。
バスに揺れは心地よく、夢か現か分からなくなる。
窓の外は雨に濡れて、黒く光っている。
日常的でなんの変哲もない毎日。捉え難い人々の感情。

何も見えない。

停留所でバスが止まり、人々を吐き出した。
色取り取りの傘が右に左に散らばっていく。
白のビニール傘、
赤のチェック柄の傘、
パステルカラーが広がる中に、一本の黒がやたらと目立つ。
一人になった。
他には、誰もいない。
次は終点。
いつもここで、たったひとりで外に出る。
傘はあるけど、雨に濡れて帰ることにした。
周りには、誰もいない。
ただ一人。
黒く光るアスファルトの道路は雨を弾き、足元を汚していく。
例えば、雨の優しい冷たさだとか、
土の柔らかな匂いだとか、
そういう静かなもの。
青い傘を持って、雨に濡れて外を歩く。
バスの中みたいな煩わしさは微塵もない。
しばらく、このままでいよう。
もうしばらく、この世界に身を浸していようか。




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