前編
16 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 21:19:07.78 ID:hfMbdPed0 [7/32]
「君は一体何を見ているんだい?」
彼女は空を見上げていた。
「………………何って…………………空…ですが?」
彼女の眠たげな翠色の瞳に映るのはスオムスの寒空。
「そうか……。」
でも、彼女が見ているものはきっと別のものだ。
「………。」
俺には到底知り得ない、ずっと遠くのものを見ている。彼女はそんな雰囲気を醸し出していた。
「隣………いい?」
俺に割り当てられたハンガーの仕事の休憩時間を彼女といっしょに過ごしてみよう。何故だか分からないけど、なんとなくそう思ったんだ。
「…………………どうぞ。」
彼女は気だるげにそう答えた。
これが、俺とジュゼッピーナ・チュインニ准尉の出会いだった。
17 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 21:24:12.27 ID:hfMbdPed0 [8/32]
俺「ふわぁ……。」
だらしなく欠伸が出た。昨日は出撃があったから、掃除が夜遅くまで終わらなかったからなぁ。
俺が今いるのはスオムス対ネウロイ戦線
最前線カウハバ基地のハンガー裏手にある大きな木の下。
この木の根っこは腰かけるのにちょうどいい形をしており、幹を背もたれにすると、とても快適なイスとなりうる。
俺「休憩時間はあと20分か…。」
ここを見つけて以来、作業の合間の休憩時間はいつもここで過ごしている。ハンガーの休憩室はオッサンが吸うタバコが臭くてしょうがないんだよな。
まだ18にも満たない俺にとっては、タバコなんて何がいいのか分からない。煙たいだけじゃん。
ここは、休憩時間を快適に過ごせる場所。ここを見つけたのは、
ジュゼッピーナ「………。」ボーッ
チュインニ准尉に
初めて出会った3日前のことだった。
俺「なぁ、君は一体何を見ているんだ?」
ジュゼッピーナ「…………何って…空ですが?」
ジュゼッピーナ・チュインニ准尉はいつも通りに空をボーッと見上げている。
この娘と会ったのはつい3日前。
休憩時間中に暇だったから基地の周りを散歩していた時、この木の下で今みたいに空を見上げるこの娘を見つけた。
19 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 21:29:04.37 ID:hfMbdPed0 [9/32]
俺「ええと……空に何かあるのか?」
ジュゼッピーナ「………ご覧の通り何もありません。」
俺「うん……そうだね…。」
出会ってからの3日間、俺は何度もこの質問をしてきた。
それに対するチュインニ准尉の答えはいつも同じ。
『ただ空を見上げているだけ。』
う~ん……そんなことはないと思うんだけどなぁ…。
ジュゼッピーナ「………。」
この娘は何か空とは違うものを見ている。そんな気がしてならないのだ。
この娘の故郷のロマーニャか? いや、違うな。
もっと違う………俺なんかじゃ想像することすら出来ないものを見ているはずだ。
俺「はぁ……まだまだ暖かくならないなぁ。」
ジュゼッピーナ「………。」
俺はそんなことを思いながら、チュインニ准尉の隣に座っている
21 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 21:31:37.32 ID:hfMbdPed0 [10/32]
日が当たる場所は限られているから、必然的に二人の距離は近くなる。
わずかに褐色の入ったカフェオレのような美しい肌と透き通るような翠眼を持つこの娘は、女性をあまり見たことがない俺の目から見ても美人だと分かる容姿をしていた。
平気に振る舞っているが、内心では気が気でない。
俺「………。」ポリポリ
ちょっと体を動かせば、肌と肌が触れ合う距離。女の子とそんな状態になるなんて、今までまったくと言っていいほど無かった。
だから…緊張してほとんど同じこと以外話せなくたってヘタレじゃないよな?
ジュゼッピーナ「………。」ボーッ
俺「休憩時間はあと10分か……。」
眠たげに空を見上げ続けるチュインニ准尉の横で、胸の鼓動が高鳴るのを抑えて休憩時間を浪費する。
それは、俺の日課となりつつあった。
22 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 21:36:08.91 ID:hfMbdPed0 [11/32]
俺「よっ! やっぱり今日もいたか。」
今日は久しぶりにカウハバ基地に大雪が降った。そのおかげで今日は朝からずっと雪かきをしている。
今は休憩時間だから、いつもの木の下にやって来た。
だろうとは思ったけど、こんな日でも君はいつも通り空を見上げているんだね。
ジュゼッピーナ「………。」ボーッ
俺「ほらほら、雪が積もっちゃってるよ。」
チュインニ准尉に積もった雪を払ってやり、部屋から持ってきたコートを被せてやる。
この娘はいつも通りロマーニャ軍の冬用軍服しか着ていない。
俺「まったく、穴拭中尉が心配していたよ?」
ついさっき聞いたことなんだけど、どうもこの娘は昔の記憶を忘れているらしい。
そんな彼女がこんな大雪の日にいなくなってしまったのだ。隊長が心配するのも当然だ。
ジュゼッピーナ「………。」
記憶がないのか……なるほど、チュインニ准尉のこのミステリアスな雰囲気の正体はそれか。
24 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 21:42:12.77 ID:hfMbdPed0 [12/32]
俺「空を見上げて、失くした記憶でも探しているの?」
柄にもなく詩的なことを言ってみる。
俺だって年頃の男なんだから、ちょっとくらい格好つけてもいいじゃないか。
それに対する彼女の答えは、
ジュゼッピーナ「…………ただ空を見上げているだけです。」
やっぱりいつもと変わらない。
ちぇー、つまんねぇの。人がせっかくカッコつけたんだから、乗ってくれてもいいのに。
う~ん………どうも、チュインニ准尉からは人間味を感じることが出来ないなぁ…。
ジュゼッピーナ「……………あの…。」
俺「?」
ジュゼッピーナ「……コート、ありがとうございます…。」
俺「………。」
びっくりして言葉が出なかった。
今まで、俺の質問に答えること以外は一切話さなかったこの娘がまさか感謝の言葉を口にするとは……。
何だよ……妖精か何かだと思っていたけど、れっきとした人間じゃないか。
26 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 21:48:08.36 ID:hfMbdPed0 [13/32]
俺「ハハハ…どういたしまして。」ニコッ
それが、嬉しかったから。何故だかとてつもなく嬉しかったから。
とびきりの笑顔をチュインニ准尉に向ける。彼女の瞳は空にしか向いていないから、俺の顔は目に入っていないだろうけど、それでもいいや。
そうしたいっていう俺の自己満足だ。
ジュゼッピーナ「………。」
今日は世界全体が真っ白だ。その中で、彼女の褐色の肌は一層映えて見えた。
ジュゼッピーナ「……あの…。」
俺「ん?」
ジュゼッピーナ「あなたは……寒くないの?」
俺「おうっ! スオムスっ子をなめるなっ!」
本当はかなり寒い。すぐにでもハンガーに戻りたい。
でも、これは日課だから。休憩時間をこの娘と過ごすのは日課だから。
それを疎かにしたら、調子が狂ってしまう。
ジュゼッピーナ「不思議です……。貴方が近くにいると、ちょっとだけ暖かい気がします…。」
俺「うん。俺もだよ。」
29 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 21:54:11.31 ID:hfMbdPed0 [14/32]
ジュゼッピーナ「私が見ているものを知ったら、貴方はどう思うの?」
俺「は?」
チュインニ准尉と出会って一週間が経った。
今日はこの前の大雪が嘘のような爽やかな晴天。今日も今日とてこの娘は眠たげに空を見上げている。
ジュゼッピーナ「私が見ているものが何かを知ったら、貴方は私のことを嫌いになりますか?」
視線を空に向けたまま、チュインニ准尉は表情一つ変えずに俺にそう問うた。
あの大雪の日以来、准尉とはちょっとずつ言葉を交わすようになっており、准尉から話しかけくれることも割とあったのだが……
こんなに意味不明な質問は初めてだ。
俺「えっと………君が見ているものを言ってくれないことには…。」
ジュゼッピーナ「それはそうですね。すいません、このことは忘れてください。」
准尉はそう言ったきりまた黙ってしまった。
う~ん……結局何が言いたかったんだ…?
でも、これだけは言っておこう。
俺「まぁ、たとえ君が何を見ていようとも、俺が君を嫌いになることはないよ。」
31 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 22:00:09.11 ID:hfMbdPed0 [15/32]
ジュゼッピーナ「………ありえません。私の正体を知ったら、貴方はきっと…」
俺「君が何者だろうと、友達のいなくて暇な俺に付き合ってくれている君を嫌いになったりはしないさ。」
俺の言葉を聞いたっきり、チュインニ准尉は何も言わなくなった。
彼女はいつもと同じように、眠たげに空を見上げ続ける。
俺「あっ……もうこんな時間か。それじゃあ、作業に戻るよ。またね。」
俺がそう言って立ち上がった時、
ジュゼッピーナ「………。」ニコッ
体中を電気が走りぬけた。
チュインニ准尉が………俺と目を合わすことすらしなかった准尉が、俺に笑いかけたのだ。
俺「……ッ!」ダッ
頬が熱くなるのを感じ、彼女に背を向けて走り出した。
ヤバイ、胸が苦しい。どうなってるんだこれは。たった1秒足らずしか見なかったのに、彼女の笑顔が頭から離れない。
いつもの生命を超越した何かのような眠たげな表情からは想像もつかない、子犬のような可愛らしい笑顔。
この笑顔が俺の頭の中をグルグル回り続けている。
ハァ……ハァ……どうしちまったんだ、俺は?
68 自分返信:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 23:12:17.78 ID:hfMbdPed0 [23/32]
俺「う~ん……ちょっとずつだけど、暖かくなってきたかなぁ。」
ハンガーの掃除任務の休憩時間、いつもの木の下で伸びをする。
3月になって、スオムスにも春がやってきた………はずなのだが…
俺「君は一年中あったかいロマーニャの出身だろ? この寒さは応えない?」
北欧のここスオムスはまだ雪も降り止まないし、気温もほとんど上がらない。
生まれも育ちもスオムスの俺なら微妙に暖かくなっていることも気付けるんだけど、余所から来た人は全然分からないだろうな。
ジュゼッピーナ「………私にはロマーニャにいた頃の記憶がありませんので…。」
俺「そ、そうだったなゴメン…!」
しまった……この娘には以前の記憶がないんだった…。
多分気にしてないだろうけど……悪いことしちゃったな…。
ジュゼッピーナ「…………貴方は寒さは平気なの?」
俺「ん~…平気っていうわけではないけど、もう慣れたからそこまで苦痛ではないね。」
俺達はお互い目も合わせずに言葉を交わしている。
傍から見たら奇妙な光景だろうな。
70 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 23:18:04.75 ID:hfMbdPed0 [24/32]
ジュゼッピーナ「…………そうですか。ずっとここスオムスに住んでいるんですか?」
俺「うん。俺の家はけっこうこの基地に近くてね。」
この娘は空を見上げていて、俺は足元に雪だるまを作っている。
昨日、チュインニ准尉の笑顔を見て以来、何故か准尉の顔を見るたびに顔が赤らんでしまうのだ。
下を見て雪だるまをシコシコ作るなんて、我ながら情けない姿だ。
ジュゼッピーナ「…………それで、この基地に?」
俺「そうだよ。家が近かったから司令さんにここで働かせてくれないか、って言ったらハンガーの掃除係として雇ってくれた。」
ジュゼッピーナ「………。」
俺「それにしても、急にどうしたの? 今日は妙に俺のことについて訊いてくるけど。」
こんなに話す准尉は見たことないぞ?
ジュゼッピーナ「…………貴方のことをもっと知りたいから。」
そう言って、
ジュゼッピーナ「ダメ……かな?」ニコッ
彼女はまた俺に笑いかけた。
71 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 23:23:34.05 ID:hfMbdPed0 [25/32]
俺「い、いやっ………全然いいよっ!」
やっぱり、胸の鼓動が速くなった。顔も雪に突っ込みたいほど熱い。
ジュゼッピーナ「………貴方がここで掃除係になる前の話が聞きたいです。」
苦しい。でも、決して悪い気分ではない。
こんな気持ちは初めてだ。
そういえば、幼馴染のハンスが言っていたな。
俺「そうか…。俺の生まれた村はこの森を抜けてすぐの所にあってさ……」
人を好きになると、胸が苦しくなって、その人のことしか考えられなくなるって。
知ったかぶりのハンスが言うことだから、にわかには考えられないことだけど……もしそれが本当なら、
俺はチュインニ准尉のことが好きだっていうことになるよな。
72 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 23:30:11.48 ID:hfMbdPed0 [26/32]
俺の生まれた村はとても小さな村だ。子供も数えるほどしかいない。
だから、俺の生活には『女の子』という存在は皆無だった。歳が近い子供は幼馴染のハンスだけ。
そのせいで俺はこの歳まで誰かを好きになったことはなかった。
確かに、近所に住んでいたお姉さんに憧れたりしたことはあったけど、あれは好きという感じとは違うよなぁ。
つまり、
俺「今日は君に伝えたいことがあるんだ。」
このチュインニ准尉に対する思いは、俺の初恋ということになる。
ジュゼッピーナ「………………………………何ですか?」
いつものように眠たげな反応を返された。准尉の視線はやっぱり空を向いている。
俺「俺は……」
不思議と緊張はしていない。愛の告白っていうのは心臓が壊れそうになるほど緊張するものだとハンスは言ってたけど、あれは嘘だったのかな?
ジュゼッピーナ「………。」ボーッ
いや、この娘がそばにいるからか。
チュインニ准尉といっしょにいると、妙に安心出来るんだよな。
74 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 23:32:12.57 ID:hfMbdPed0 [27/32]
俺達人間を超越した何かを感じさせるその雰囲気に、何故だかはよく分からないけど心が休まる。
俺「俺は君のことが好きだ。」
思いをぶつける。
熱くて、苦しくて、あたたかいこの気持ちを君にぶつける。
学の無い俺らしく、単純で陳腐なブリタニア語だけど、精一杯の気持ちを込めた愛の告白を君にぶつける。
ジュゼッピーナ「………。」
俺を不思議と安心させてくれる、君の佇まいが好きだ。
そのキレイな褐色の肌が好きだ。
君の子犬のような笑顔が好きだ。
俺「俺は君と特別な関係になりたい。」
このまま、ただ休憩場所を共有するだけの関係でいるのは嫌なんだ。
ジュゼッピーナ「………好き…ですか…。」
告白しておいてなんだけど、この娘には好き云々の感情というのはあるのだろうか?
普段から感情をまったく見せないからなぁ。
76 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 23:34:29.97 ID:hfMbdPed0 [28/32]
ジュゼッピーナ「その好きという感情は正直よく分かりません。でも、ハルカ一飛曹が智子中尉に言っていたような意味なら、」
チュインニ准尉は俺の方に目すら向けず、
ジュゼッピーナ「私は貴方のことが好きなのでしょう。」
俺の一世一代の告白を受け入れてくれた。
お互い目も合わせずに好きだと言い合うなんて、なんとも変な光景だな。
ジュゼッピーナ「私という存在は………貴方には想像が及ばないような異質なものです。」
准尉は独り言を言うようにポツポツと言葉を紡ぐ。
ジュゼッピーナ「…………それでも、貴方は私の傍にいてくれるんでしょ?」
俺「当たり前だ。」ニッ
ジュゼッピーナ「その言葉を聞くと……心臓の鼓動が速くなります。これは、好きという感情でいいんですよね?」
俺「うん。俺も君の笑顔を見た時そうなるからね。」
ジュゼッピーナ「……私も、貴方と特別な関係になりたい。特別な関係ってどういうことをするの?」
ふむ……そう言われると困るな…。当然だけど、今までに経験がないからな。正直何をしたらいいか分からん。とりあえず、今したいことをそのまま口に出すとすると…
俺「とりあえず、俺に笑いかけてくれない?」
ジュゼッピーナ「お安いご用です。」ニコッ
77 自分:パスタ短編[sage] 投稿日:2011/09/26(月) 23:36:33.28 ID:hfMbdPed0 [29/32]
その日は、俺の初恋が叶った日。
あの笑顔を最も愛する者が俺だと証明された日。
その日は俺の人生で2番目に忘れられない日になるだろう。
「俺、聞いたか? 実は、ジュゼッピーナ・チュインニ准尉はネウロイに操られていたらしい。」
告白をした次の日、彼女の真実をレイヴォネン中尉のストライカーを整備していたおっちゃんが告げてくれた。
この日は俺の初恋が潰えた日。
俺の愛する彼女がいなくなった日。
この日は俺の人生で1番忘れられない日になるだろう。
最終更新:2011年09月28日 03:40