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【遠い記憶から】

こんな時間でも街を歩く人の姿は少ない、少ないとは言っても一人も居ないわけじゃあない。
では何でそんな気持ちになってしまうのか、それはきっとすれ違うのが年老いた人ばかりだからだろう。
若い人間が集まりそうな場所は近くにある山の手の学校しかない
つまり集まるのは若いも若い低ければ10代、高くても20台半ば程度だ。

ふと道の反対側に目を向けてみると、着物を着た女性が老夫婦と話している姿が見えた。
とても楽しそうに談笑している姿はまるで娘と親といったところだろうか
よくよく見れば彼女らの後ろにある扉が開きっぱなしである。
くるくると回る赤青白の螺旋が掲げられているのだから、その建物が床屋であることなんて一目瞭然だった。
老夫婦か女性の家なのだろうか?どちらにせよ……

不用心なものだ。

口から漏れた言葉は驚くほど響く、反対側の話し声が聞こえるほど静かな”ここ”だ。
元々車の喧しい音も、ざわついた人間の音も、子供の無邪気な音もしない。
この呟きが聞こえたのだろう女性は、こちらを見た後、立っている青年の視線の先へと自らの視線を重ねた。

ここまで彼女らの慌てた声が聞こえてくる。
バタンという空気を叩くような音の後、着物の女性はこちらを向いて頭を下げた。

よく似合っていますよ。

本当によく似合っていた、つやのある黒い髪と柔らかな目尻
そしてゆっくりとした品のある頭の下げ方、もうそれだけで彼女が普通出ないことが分かった。
いや違うか、ここではあれが普通なのだった



この街には古くからの生業が文字通り生きている。
未だ地域に強い力を持った家元が存在しているし、着物の女性を多く(一般的な街に比べればだが)見る事だってある。
路面電車が主な交通手段であるし、それ以外は自転車か徒歩だ
時々通る車は大体が黒塗り、よくて観光バスかスクールバス。
それで居て入り組んだ道が多く、一人で歩こうとすると簡単に迷ってしまう。
そんなときは決まって近くの家の方に声をかける、この街ではそうすれば大抵の人は道を教えてくれた。
少し訛りが入り、ちょっぴり舌っ足らずな老婆の声はよく聴かなければ分からないこともあるが、
逆にそんな声が安心感をくれる。

”昔”を切り取って貼り付けたような、逆に新鮮な世界
この世界に足を踏み入れるのは3度目だった。
初めては俺が生まれたばかりの頃、実家……いや、本家への挨拶で。
2度目は齢10を迎えた頃、これは結婚式で。
そして今、今回も前回と同じ御目出度い行事で着ていた、むしろそういった事が無ければ、こんなところに来る理由なんてない。


俺はここが大嫌いだった、それはもう嫌いだった。
この街を仕切る家「御榧(ミカヤ)」は、古くからこの地を守る神に仕えた巫女の血筋を持つ。
巫女って言ったって、ひらひらとした白い紙がついた棒を振るってるだけの、分かりやすくて平和なものじゃあない。
どれくらい平和じゃないかと言われると、一族には「修羅の血」が流れると言われるくらい物騒だ。
もっと言えば人を殺す術が今でも根を腐らせることなく残り、血とともに繋げられている

ハッキリ言って異常だ、まだ常識や善悪が理解できていなかった幼少は何も思わなかったが
今となっては、そんな所の息がかかった場所に居ること自体が苦痛で溜まらなかった。

御榧の家が嫌い
だからこの街が嫌い
だから自分に流れる血が嫌い
だから必死に学んだこの拳も嫌い

ふと時計を見ればもう式が始まるまで2時間を切っている。
スーツに着替えることを考えれば、今すぐ戻っておいたほうが無難だろう
ただその前にやっておかなければならないことがあるようだ。

街の静寂に、肉がぶつかる乾いた音が流れる

よし、これでいい。
ちょっと力をこめ過ぎて頬が痛いが、赤く痕は残っていない。
腕時計に映っていたしょげた顔は、いつもどおりの表情へと戻っていた。

あんな顔は折角の御目出度い式に不相応だ
どんなに嫌でも、大嫌いなこの地でも、せめて姉さんの門出は笑顔で送ってあげたいから。

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最終更新:2010年12月31日 14:52
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