いつも被っている黒い帽子
それは、大切な人の形見
昔の話だ
【重力切断】には親が居なかった
正確には、親というものの記憶が無かった、と言うべきかもしれない
彼の父親は彼が生まれる前に、大陸全土に流行していた伝染病にかかり死んだ
母親は伝染病こそは免れたものの、体の弱さが災いし、彼を産んだ時に死亡した
その為彼は生まれてすぐ孤児院に引き取られ、そこで幼年期を過ごした
その孤児院は町の教会が管理・維持していたのだが、その教会の神父は、どう見ても聖職者であるとは思えないような男だった
男は年中くたびれた黒い帽子を目深に被っており、そしていつもタバコを咥えていた
人と話すときはぶっきらぼうに話した
誰かに挨拶されても、ふん、と顔をしかめるだけだった
しかし男には不思議な人望があった
何も特別な事をしなくても人がついて来る、そんな種類の人望だ
子供たちは男に良く懐いていた
子供たちに限らず、町の人も皆男を尊敬していた
しかし男はそんな事を意にも介さず、いつも不機嫌そうな顔をしていた
【重力切断】は男のことを最も慕っていた
何時でも男の後をついてまわり、食事のときは隣で食事をし、タバコを吸う時も近くにちょこんと座っていた
何度も追い払われたが、それでも構わずに居る内に、いつしか追い払われなくなった
それからと言うもの、【重力切断】は男といつも一緒に居た
それは彼にとって初めての『家族』と言えるものだった
時は過ぎ、【重力切断】が16歳になった位の頃だ
大陸の全土で飢饉が起こった
幸い彼の町はそこまで被害を受けなかったが、近隣の村ではかなりの被害があったという
その為か治安は悪くなり、周辺地域では盗賊団による略奪が相次いだ
そして、彼の町にも盗賊がやってきた
盗賊たちは略奪を行おうとしたが、町の男たちは勇敢だった
農具を武器として使い、盗賊たちを追い払った
しかし数日後、盗賊たちは仲間を率いてやってきた
やはり町の男たちは勇敢だった
けれど盗賊たちは今度は凶悪な武器を持っていた
『鉄砲』という名の武器で彼らは町を蹂躙した
偶然町の外に居た【重力切断】が銃声を聞いて町に駆け戻った時に見たのは血塗れになった町と、大切な人が胸を撃ち抜かれ、絶命する瞬間だった
その後の記憶は定かではない
気付いたときには町は更に紅く染まっていて、自身には異能の力が宿っていた
自分しか居なくなった町で【重力切断】はいつまでも男の体の傍に跪いていた
その後、彼は墓を作った
町の人たち墓を
大切な人々の墓を
彼は終始無表情だった
そして全て作り終えた後、静かに涙を流した
その後、彼は故郷を去った
――喪服のように真っ黒な服を着て、くたびれた黒い帽子を目深に被りながら
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