【槍使いと偽牧師】

「―――」

初めての記憶は、液体越しに見る一人の男だった。
自分の中にある情報と照らし合わせても、他を圧倒するほどの美形ではあったがその瞳は酷く歪んでいるように見えた。
液体越しに見ているのだから、その男が歪んで見えるのは当然のことなのだが、それでも、酷く、歪んで、いた。

「―――」

初めての記憶から七日。今まで液体越しだった世界から、液体が消えた。
空気が肌を打つ。それが、少しだけ心地よかった。

『おはよう、0063号。君は、何の為に生まれてきたか理解できているかね?』

男のその言葉に、答える言葉が一つ頭の中で囁かれる。それを、不思議に思うことなく口にする。

「―――人外を殺す」
『そのとおりだ、素晴らしい』
「・・・今から行けばいいのだな?」
『あぁ、そうだ。殺せ、人外を。人在らざるモノ全てを駆逐しろ! その悉くを殲滅しろ! 臓物を潰し、頭蓋を砕き、存在そのものを焼き払え!!!』
「あぁ―――了解した」

促されるままに扉をくぐる。背後では【0064】の刻印がされた大きなカプセルに良く見慣れた液体が満ちていた。










それから、半年後の世界。世界は変わる。



『0063号! なぜ、あの男を殺さなかった!!!』

俺は、男に怒られていた。

「人外ではなかったからだ。貴方は言った。人外を殺せ、と。俺はその言葉通りに人外を殺している」

その半年の間に殺した人外の数は既に73。

『アイツが、あの男が何をしていたかは知ったのだろうが!』
「あぁ。彼は人外を作り出していた。人外の創造主、造物主だ」
『だから殺せといっているのだ!』
「だが、彼は人外ではない。人だ」
『あぁ、そうか。そうだったな。そう命令を出していたのは俺だったな。―――なら、命令を変える』
「どう変えるのだ?」
『人外を殺せ。それに組する者も殺せ。そこに理由など無く、慈悲など無く、理解される必要も無い。ただ殺せ。殺すために殺せ。死なせ。殲滅しろ。駆逐しろ。人外に関わる全てをこの世界から消滅させ―――』



――――ドスッ



俺の持つ槍が、男の脇腹を貫いていた。

『―――ろ・・・。ごふっ』
「了解だ。その命令を受けよう。だから手始めに、人外の造物主を殺そう」
『な、にを・・・』
「俺は人か? 人ではないだろう? 人とは、母親の胎内から産まれる者だ。俺は、そのカプセルから産み出されたのだろう?」

ぐり、と槍を深く、深く突き刺す。

『がっ――――。き、貴様、父親たる、この俺に、逆らうと』
「理由など無く、慈悲など無く、理解される必要は無い。俺が、そう判断した」

ずりゅ、と槍を引き抜き、そのまま、

『や、やめ―――』

      ――――――ザシュッ

首を、刎ねた。







「さて、」

【0064】のカプセルを開く。

「目覚めの気分はどうだ、0064・・・いや、弟よ」
「んー・・・まぁ、悪くは無いですねぇ。もっとも、血の臭いが初めての臭いというのは勘弁してもらいたかったのですが」
「お前はどうする?」
「ん? 兄さんと同じですよ。人外を殺します。ですが・・・途中で目が覚めたので兄さんほどそれに束縛はされてないようですねぇ。・・・というか、殺さないのですか、僕を。人外なのに」
「・・・お前には最後に俺を殺してもらう」
「あぁ、なるほど。それで、その後の僕はどうすればいいんですか?」
「知らん。勝手にすればいい」
「はいはい、解りました。・・・まったく酷い兄を持ったモノです」
「言ってろ、弟」
「それでは、試運転も兼ねてちょっと行って来ますかねぇ」

弟はそう言って、扉をくぐっていった。

俺は、男の首を、踏み潰し、扉をくぐっていった。













さらに一年。この世界の人外と、それに組する者と、それに関する全てを滅ぼした。





―――結果。

「さぁ、俺を殺せ、弟」
「いやですよ、兄さん。だって、まだ最後じゃない」
「何を言っている。もう俺とお前の二人しかこの世界には生きていない」
「・・・これを見てください。僕が殺した人外が作り出したモノなのですが」

差し出された手鏡を見ると、そこには、人外の、姿が。

「・・・どういうことだ、弟よ」
「世界は一つではない、という事ですか。平行世界とでも呼べばいいのですかねぇ。可能性の数だけ、世界も数を持つという事です」

パン、と弟は手を叩く。

「こうしましょう、兄さん。兄さんは他の世界を右回りで。僕は左回りで。そうやって、出会った世界が最後です」
「・・・なるほどな。で? 他の世界とやらにはどうやって行くのだ?」

俺のその問いかけに、弟は、

「こうやって、です」

と、言い残し、もう一つの手鏡の中に入り込み、この世界から消えた。

「・・・」

俺以外、誰もいない世界。

「―――あぁ、そうだな」

頭の中で、囁きが聞こえる。

   さぁ、人外を殺せ。
   それに組する者を殺せ。
   殺すために殺せ。
   その悉くを殺せ。
   それに関わるモノ全てを殺し尽くせ。

「―――言われるまでもない」

見様見真似で、手鏡に手を突っ込み、そのまま、その他の世界へと旅立っていった。

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最終更新:2010年08月25日 13:40
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