学園のどこかに在るとされる地下研究所。
――――――の、さらに奥底。
階数で数えると地下百七十八階。
学園のデータベースにすら存在していない、秘匿された研究室。
そこに、一羽の梟と一人の男がいた。
「ホゥ、ここはいったいなんなのだ?」
「ここはな、私の個人的な研究室だよ」
梟はそれが然も当然かという風に人語を発し、男もそれが然も当然であるように言葉を返した。
「ホッホウ。・・・・・・不老不死か?」
梟は首をぐるりと回して研究室内を見渡し、散見する文献や論文からそう推察した。
「誰がそんな下らぬ研究をするものか。・・・いや、私の方が下らぬ研究か」
自嘲気味に笑みを浮かべ、壁のスイッチを押す。
ゴゥン、と少しだけ小さな音を立てて壁の一部が左右に開き、その、先には
「女・・・?」
一つの巨大なカプセル。そして、その中には、一人の女性が、いた。
「・・・誰じゃ? この女性は」
「私の、最愛の人だ」
「生きておるのか?」
梟は、カプセルの中の女性を目にしたまま、問う。
「・・・生きている」
男は、カプセルの中の女性を目にしたまま、答えた。
「死とはなんだか解るか、ロキ」
「ホッホウ、難しい問いじゃな」
「なに、実に簡単だよ。人とは、肉体・精神・魂。この三つから成る。その内の一つが欠ける事を『偽死』、二つ以上が欠ける事を『死』と私は定義している」
「ホゥ?」
「肉体を失っても、新たな肉体に魂と精神を封入すればいわゆる『転生』と呼ばれるものだな」
「なるほどのぅ・・・」
「魂を失ったものは、魂を補う為に魂を求めて、人肉を食らう食人鬼に成り下がる。精神を失ったものは、目覚める事のない眠りにつく」
男は、自論めいたものを口にする。
「・・・それでは、この女性は?
「精神と肉体が死んでいる」
「ホゥ?」
梟は、その首を大きく傾げる。
「二つ無くなれば『死』なのじゃろう?」
「あぁ、そうだ。魂は私がこの場に無理やり留めた。肉体は細胞情報を元に作り上げた。失った肉体とまったくの同位体だ」
「ならば、精神はどうするのじゃ?」
「先代の残したこの報告書が使えるかもしれんと思ったが―――」
懐から出した報告書には『賢者の石』と記されている。
「賢者の石の材料は人の精神。賢者の石はそれを凝縮したエネルギー体。
精神エネルギーを注入すれば、彼女は目覚めるだろうが、それは彼女の精神ではないからな。
彼女の精神をどうやって構築するかの足がかりぐらいにしかならん。やはり、何らかの能力に頼らんといかんだろうな」
男は自嘲気味な笑いを浮かべたまま。
「それ故の学園かのう?」
「まぁな。ただ、死者を蘇らせる能力者などは単独では存在しないだろうな」
「では、無理ではないのか?」
「私の能力は知っているだろう?」
「ホッホウ。他人の能力を真似る能力じゃろう?」
「あぁ。六割程度までしか真似る事は出来んがな。・・・だが、私の能力のみが無限の可能性を秘めているのだ」
「ホゥ?」
「たとえば、Aという能力者は熱を生み出す。Bという能力者は水を生み出す。この二人のどちらかでもお湯を生み出すことが可能か?」
「不可能じゃろう・・・! なるほどのう・・・」
「私なら、そのAとBの能力者を見るだけでお湯を生み出せる。まぁ、幾らかは温めだろうがな」
「そうやって、様々な能力で補っていけば死者蘇生が叶うと?」
「やってみなくては始まらんだろう?」
「ホッホウ、その通りじゃのう。それにしても、不老不死の研究を笑う男の研究が死者蘇生とはのう・・・」
「ふっ・・・笑うか、ロキ。私の研究を」
「笑わぬよ。・・・じゃが、それが彼女にとって良いこのなのかのう?」
「そんな事は、私には解らんよ。ただ―――」
男は、瞼を閉じて、
「彼女はそんなことを望んでいない、という下らぬ説教をしてきた奴はいたがな」
「それは、誰じゃ?」
そして、言葉を続けた。
「――――――彼女がただ一人愛した男だ」
「・・・その男はどうなったのじゃ?」
「あぁ、私が殺した」
「それは、嫉妬からかのう?」
「・・・かもしれんな」
男は笑う。感情のない顔で。色のない瞳で。
「じゃが、蘇生が成功したとして、彼女が主を好くとは限らんじゃろう?」
「そんな事は些細な事だ。私は、私の為だけに彼女を蘇生させようとしているのだからな」
「なるほどのう・・・」
「滑稽だろう? 私ほど愚かで滑稽な研究者などこの世の何処に存在するのだかな・・・」
そう口にし、男と梟は地下深くの秘匿された研究所を後にした。
最終更新:2010年08月25日 13:47