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短編18 - (2006/05/21 (日) 12:22:17) の編集履歴(バックアップ)


 膝を交えて話し合えば解決に向かう問題も確かにある。だれもがそう思っていたが時機を見計らっていたような感がある。誰からとも無く機は熟したという空気が醸成され、ついに四者会談が実現する運びとなった。
 「これはこれは、バカですね。久しぶりです。」
 「私こそ。元気ですか。」
 喧嘩をしているわけではなく、「バカニュース」「私のニュース」なのでお互いをそう呼び合っていただけだった。彼らは仲が良く、時代の情勢にも関わらず独自の友情と信頼を築き上げてきた。ドアをハッキリとゆっくりと3回ノックする音が議場に響いた。
 「失礼するよ、私にバカだね。」
 「速さん、ご無沙汰しております!」
 ふたりが声を重ねた。ニュース速報はすっかり実権を失い、完全に過去の人物となっていた。しかしかつてのオーソリティとしてのカリスマやリーダーシップはさすがの一言で、新参者の厚い人望を集めるには充分すぎるほどだった。
 「そう緊張するな。今日は対等な立場でみんなと話がしたいだけなんだから。」
 「いえ、でも、私は・・・」
 私は肝心なときになると二の句を継げない悪い癖を持っていた。バカは肝心なときにいつもバカを言ってごまかすのだった。
 「藁!」
 「おいおい、いくらなんでもそれは古すぎるよ。俺だってそんな笑い方は忘れたw」
 「てへっw」
 どこにもなかった和やかな空間。つい昨日まで互いに会うことも難しかったことが嘘のようだった。だがもう一人の当事者がこの席にまだ就いていなかった。それからが重要なのだ。それぞれが心から寛ぎながらもどこか緊張していた。突然部屋のドアが開いた。
 「今北産業」
 「日本語でおk」
 ニュー速は脊髄で返答した。場が一気に凍りついた。こうなると私とバカはどうすることもできない。ただ目の前の災難が早く通り過ぎるのを祈るばかりだった。

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 全ては自分から始まった。そのことに気負いがないでもないがそれぞれが独自の発展をしていけばいいとも思っている。
しかし自分の影響が衰え始めたころ、目の前にいる新しい2chの王者は独自のデファクトスタンダードをいくつも生み出した。
そのうちのひとつを今日というこのタイミングで、初っ端からなぜ口に出すというのか。それも何とも思わずに。私もバカもそしてこの俺もそのようなことはしない。
ニュー速は、そこまで瞬時に憤ることのできる自分にハッと気が付き、だからこそなんとしても今回の会談で何がしかの成果をあげるべきだと決意を新たにした。
 「ていうのは、釣りですた」
 「クマー」
 いちいち癪に障る男だ。釣りだって言って打ち消してるのに煽り返すな。なぜお前はそうなんだ。沸々といくらでも浮かび出るフィクサーへのフラストレーションを振り払うかのように、表情一つ変えず次の言葉を選んだ。
 「今日集まったのはどういうスレがそれぞれどの板に立てられるべきかという件」
 「>>10」
 「ぷ!」
 ああそうか、安価で決めるってVIPは言いたいのかと理解したバカが噴き出した。私はその状況を判断するのにわずかの間を要したが、悟った後にも表情は強張ったままだった。
ニュー速がその全てを見通す目でバカに鋭い眼光をくれた。バカと私はすぐに双子の如くそっくりになった。
私は知っていた、このようなマイルールを平気で押し付け、それでいてニュース系住人たちの圧倒的な支持を得ていることこそがニュー速にとっての根源的な怒りの源だ。
周りが笑おうが怒ろうがこういう場では自分を見せるべきではない、ただやり過ごすのがもっとも賢い選択肢なのだと。
 「とりあえず、言い方はまあいろいろあると思うんですがVIPさんの負荷が高すぎるというか、それが現状ですよね。もっとお互いできることを協力してやっていきたいなと。いかがでしょうか」
 「同意」
 よし!私は心のなかでガッツポーズした。何事も無かったかのようなスムーズな議事進行だ。ニュー速が頭に血を昇らせているいま、これがベストな対応というものだ。バカも小さく頷いた。

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「資料を用意してきますた。」
 バカが取り出したわら半紙には、いくつかのスレのURL、そしてそれらについての説明文が簡潔に記されていた。

http://ex14.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1148095501/
http://ex14.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1148084681/

 「ええ、VIPさんのところから適当に抽出したものなのですが、たとえばこれらのスレッド。前者についてはこちらで、後者は私さんが扱うような内容だと思うのですが。」
 「またえらい糞スレだな。」
 ニュー速が毒づく。彼が時代がかった雰囲気を身に纏う理由のひとつに、やたらと喧嘩を売るという気質があげられる。
VIPを始めとするその他ではそれほど四六時中煽りあいをしているわけではない。口は悪いがみんなで上手くやっている。
すっかり主流となったこの傾向は、かつてコワモテで鳴らしたニュー速にとって逆風以外の何者でもなかったのだ。
 「まあ、鯖強いから平気だお。」
 「そうだよな!運営と懇ろになってよろしくやってんだもんな!」
 現在のニュー速は気軽に糞スレをたてられる環境ではない。財閥解体や米国における反トラスト法に見られるように、強くなりすぎたものはより強いものに弱体化を迫られる。
それゆえの受難だと先代チャンピオンはかつて悠然と構えていた。
 ところがどうだろう。VIPに至っては事実上スレッドたて放題。連続投稿も15秒規制とニュー速に対するアドバンテージは実に45秒。勝負は目に見えている。
なるほど、運営側の実況や糞スレ乱立を防ぎたいというねらいは充分理解出来る。それならば、なぜそれならばVIPにも同じ規制が加えられないのか。こんなわかりやすい矛盾を放置しておく背後にあるものは何なのか・・・
 ニュー速はいつしか、自身のノブレスオブリージュを重んじた生き方を後悔するようになった。だがこれは運営側と話をつけるべき問題。ここで話し合うトピックとしては馴染まないし、少しでも口に出せばこの場が混乱してしまうだけだと目に見えていた。
 ニュー速という財閥解体騒動に乗じてバカや私が誕生した、そして彼らは殊勝な一面を垣間見せる、かわいい後輩たちだ。結果オーライと思えなくも無い、ものは考えようだ。
 「うちでいいお。住人も喜んでるお。住人の意向が一番大事だお?」
 自分流を決して崩さないなかにも、デファクトスタンダードとしてのVIPの言動や態度には揺ぎ無い自信がみなぎっており、ルールをつくる側の立場というものを完全に自覚しているように見えた。
 一方、ニュー速を師と仰ぐバカの心中には、その敬愛する偉大な先輩に対する複雑なわだかまりが芽生えつつあった。

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 ある糞スレがニュー速にたてられたとしよう。わが師匠はきまってぶっきらぼうにこう言い放つのだ。
 「VIPでやれ」
 バカもはじめのうちこそ笑って聞いていたのだが、何気なく何故自分がここにいるのかということを考えているうちに、ある暗い考えが頭をよぎった。
あらゆる種類のスレッドがひとつになっていたニュー速が分割された。本物のニュースはニュース速報プラスに、自分の話をする人の為には私のニュース、そして糞スレを担当するのはここにいる自分、バカニュースだ。
 「バカニュース」
 奇しくも去年のクリスマスイブのことだった。珍しく雪が舞っていたがもう色恋に現を抜かす歳でもない。
自分のやるべきこと、できることは何かということを考え抜き、明日のためにどう動くべきか、明確な指針を模索することにしか興味は無かった。
 バカである。ここまではっきりと刻印されている板は他にあまり見当たらない。自分が何をすべきなのかは自問自答を経るまでもなく最初から明らかだったのだ!
 また、ニュー速に糞スレがたった。隣の頑固者がいつもそうであるように繰り返した。
 「VIPでやれ」
 思い切って尋ねてみることにした。
 「あの、バカニュースでやれって言わないのは、なんか理由でもあるんですか?」
 「理由?見てのとおりこれは糞スレだ。糞スレはVIPでやれと言ってる。それだけだ。変なこと聞くなよw」
 違う、違うんだ。彼の目には糞スレは糞スレとしか映っていない。それこそがレゾンデートルであることへの深いため息。
こんなことは間違っても目を見開いて必死の形相で説き伏せるような話ではない。対象となっているのは糞スレなのだ。
ただ、察してほしい、一回でいいから自身の言葉として「バカニュースでやれ」と言ってほしい。その時はじめて、自分が認められたという強い実感を得ることができるであろうことをしっかりと確信していた。
バカと銘打つも糞スレを任せてもらえない。こんなのは客の付かない売春婦と同じだ。どんなに忌み嫌われるような役割であろうと、それが本分ならせめてそこで輝きたい。
こんなことならいっそ真面目に、スカした顔して生きてみたい。なにもバカを気に入ってバカやってるわけじゃない・・・
 ここまで考えてはっと我に還り弱音を振り切った。もうそんな世迷いごとを言ってられるほど若くない。
みんな多かれ少なかれ不満や矛盾を抱えて生きている。少し疲れてきたけどやっぱり頑張るしかないのだと。
 彼の性根としてバカというタイプではなかったのかもしれない。おそらくは社会という巨大な装置に適合していくうち、バカという型が彼に嵌められたというだけなのであろう。
 そこにいる全員に対し、落ち着き払った表情で静かに伝えた。
 「糞スレはウチで見ることもできますよ。住人に選んでもらうことになりますが、ここは住みやすいって意見もよく聞くようになりました。余裕がないでもない。」

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 ニュー速はちらと見やり、発言内容とその凛とした表情に違和感を覚えた。なぜバカは甘んじて下働きを買って出るようなマネをするのだろうか。
政治的判断ゆえか?なるほど、VIPの傘下に入り、「バカVIP」とでも銘打つほうが需要が高まるかもしれない。
バカの俺に対する敬愛の情は本物だ。沢山の人間を見てきたのですぐに見分けがつく。その上で板を動かす者としての責任が彼を駆り立てるのだとしても、それには何ら不思議は無い。俺がコイツだとしても、同じことを言うのかもしれん・・・
 そう、決定的に頭が固かった。糞スレとバカニュースの位置付け、糞スレを扱う際の自身の眼差し、VIPとニュー速の確執、こういったものを客観視する術をニュー速は持っていなかったのだった。
VIPの糞スレをバカニュースが処理する。それは下働きであり、政治的判断である。政治と師弟の友情は別物であり、どちらも本物である。ニュー速にはそのようにしか物事をみることができないのだ。
 「それでは、VIPさんのほうで糞スレに適宜バカニュースへの誘導をかけていただく。ただし原則的には住人の判断に委ねるということでFA?」
 「把握した。」
 いまここに、会談の成果が生まれた。小さな事案であるが、ニュー速にとってはとてつもなく大きな意味を持つことのように思われた。こういう流れをもっとつくりだすべきだ。
 バカは満足げに少し微笑み、そしてさりげなく我が師の顔色を窺った。VIPに自分への誘導を頼んだ、そのことに反応するセンサーが働いているか否かを読み取るためだ。
ニュー速は、いつものように考え事をしているようで、何も気づいてはなかった。別に期待していたわけでもなく、またこういう人だからこそ今日まで上手くやってこれたのかと思う面もあった。
 同じようにとりあえず安堵の表情を浮かべる私が、絶妙の間をもって粛々と発言した。
 「次に、モナーの処遇の件」

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