171 名前:1/5[] 投稿日:2011/05/02(月) 21:10:19.25 ID:MtISFYPA0 [8/18]
  • 後日談の後日談-かなみさんが嫌な夢を見たら

 放課後の夕暮れの中、私とあいつは帰り道をゆっくりと歩いていた。ちょっと前と比べ
ると大分暖かくなってきたとはいえ、まだまだ少しは肌寒い。まあ、私たちの家は学校か
ら結構近いので風邪を引いたりすることはないけど。しかし、そのせいであいつと手を繋
いでいられる時間も限られてしまうので、最近はあまり得だと感じなくなってきた。……
なんだか、あらゆることをあいつを基準にして考えるようになってきたことが悔しくて仕
方がない。
「ふぁ~あ……」
 そんな益体のないことを考えていたら、だらしなく欠伸をしてしまった。
「はは、おっきな欠伸だなー。寝不足?」
「うっさいわね。今日、体育で死ぬほど走らされたのよ……。おかげでその後の授業じゃ
眠気をこらえるのが大変だったわ」
「それは大変だったな。しっかし、かなみは真面目だね。俺だったら授業中でも寝ちゃう
よ」
「ふん。不真面目なあんたと一緒にしないでよね……ふぁっ」
「お、また欠伸」
「い、いちいち言わないでよ馬鹿っ」
「悪い悪い……でもさ、その」
 なんだか知らないけど、あいつは途中で言葉を切った。表情を伺うと、何やら思いつい
たことを言葉に出そうか迷っているような思案顔である。
「その、なによ。はっきり言いなさい」
「いやさ、口に出したら怒られそうで……」
「ふん、今さらあんたに何か言われたくらいじゃ怒らないわよ。付き合い長いんだから」
「んー、じゃあ言うよ」
 そこであいつは、顔をこっちに向けて私と目を合わせる。
「別に大したことじゃないんだけどね、かなみの欠伸してる顔って可愛いな~って思って
さ」
「な、なな何言ってるのよ。馬鹿にしてるの!? 欠伸してる顔が可愛いって何それ、
ぜったい悪趣味よ、あんた」

172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/05/02(月) 21:12:43.50 ID:MtISFYPA0 [9/18]
 あいつに真っ正面からそんなことを言われて耐えられるはずもない。私は熱くなる顔を
隠すためにあいつから顔を背ける。
「ほら、やっぱ怒るじゃん」
「あんたが、くだらないこと言うからよ! 馬鹿!」
「……」
「ど、どうしたの?」
 あいつはまた何かを考え込むように押し黙る。
 もしかして、私のあまりにも横暴な態度に、怒ってしまったのだろうか? 私は不安に
なりながらも様子をうかがった。
「コレ言ったらもっと怒られそうだけど……」
「はあ? 今度は何よ?」
「かなみってさ、怒ってるときも可愛いよ」
「っ~~~! ば、ばっかじゃないの!? もう知らないから!!」
 そう言って私は、どんどん道を進んでいく。
 もっとも、繋いでいた手は離していないので、あいつは私に引っ張られるようにして着
いてくる。
「やっぱり怒られたか。でも、本当にそう思ったんだからしょうがないな。……それに、
照れてるかなみも可愛いし」
「照れてない! そう見えるのはあんたの目が腐ってるの! それから、その、何でもす
ぐに可愛いって言うのやめてよ……あんたが思ってるよりずっと恥ずかしいんだからね、
ばか」
「あはは、ごめんごめん」
 うぅ……何が、ごめんごめん、だ。まるで謝ろうという気が感じられない。
 こっちは顔から火が出るくらい恥ずかしいのに、言った本人がすごく楽しそうに笑って
いるのは、どうしても納得がいかない。なんて度し難い馬鹿だろうか。
 だけど、この程度のことですぐに顔に出るくらい嬉しくなる私も、あいつに負けないく
らい馬鹿なんだろうな、と思った。まったく、我ながら情けない……。

 そんなくだらないやりとりをしていると、向かい合ったあいつの家と私の家が見えてき
た。あいつが思いついたように、口を開く。

173 名前:3/5[] 投稿日:2011/05/02(月) 21:15:08.89 ID:MtISFYPA0 [10/18]
「そういえば、今日もうちに来るの? 疲れてるんだったら、自分の部屋で寝た方が良い
と思うけど……」
 その言葉に私はほんの少し、不安を覚えた。もしかして本当は、あいつは私のことを煩
わしく感じてるんじゃないのかな……と。
 そんな不安をごまかすように私は悪態をつく。
「あんたに怒ってたら眠気もどっか行っちゃったわよ……。それとも、私に来て欲しくな
いの?」
「そうは言ってない、むしろ、いつも一緒にいたいくらいだよ。……ただ、かなみが体壊
したりすると嫌だからさ」
「くっ、また、あんたはそういう……」
 私の抱いた不安を粉々に砕くように、あいつはまたもや、ふざけた台詞を返す。
 しかし、一々律儀に反応して赤くなる私の顔はどうにかならないものか。いやいや、臆
面もなくあんなことを言うあいつが悪いのだ。うん。
「うん、やっぱりかなみの照れてる顔は……」
「そ、それはもういい! さっさと鍵開けなさい馬鹿!」
 あいつは、了解、と短く返事をして私と繋いでいた手を離した。それが、肩にかけた鞄
から家の鍵を取り出すためだとわかっていても――わかっていても、私の胸はなぜだかた
まらなく寂しくなった。
「ん? どうした、かなみ?」
 気付くと、すでに扉は開いていて、あいつは怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
「なんでもないわよ。ちょっと考え事してただけ」
 手を離されたぐらいで寂しくなったなんて言えるはずもない。私は取り繕うようにあい
つの脇をすり抜けて家の中に入った。
 靴を脱いで家に上がるとすぐに、「お茶いれてくるから、かなみは先に部屋に行って
て」とあいつが言った。
 珍しいこともあるものだ。いつもなら、私が言わなければ気付かないようなやつなのに
……。いや、逆か。私が毎度のごとく気が利かないだのと罵っていたからだ。脳内でそう
結論すると、どういうわけかまた心が曇るような感じがした。
 お茶なんてどうでもいいから一緒にいて、と言いたくなったが、口から出たのは「早く
しなさいよね」という、素っ気ない言葉だった。

174 名前:盛大に計算ミスしてた…本当は全部で九レスです。 4/9[] 投稿日:2011/05/02(月) 21:17:48.41 ID:MtISFYPA0 [11/18]
 玄関から入ってすぐの階段を上って二階へ。私は、当たり前だが、迷うことなくあいつ
の部屋に直行した。
 ドアを開けると、まず小さなテーブルが目に入り、その向こうにシンプルなデザインの
ベッドがある。ちなみにドアから入って左にはあいつが小学生の頃から使っている学習机
がある。その上には、私が笑顔でピースしている写真の入った写真立てが――。
「ってえええ!? う、うそ、こんなの前までなかったのに」
 あまりの衝撃に、知らず、言葉が漏れた。
 いや、そういえば、以前部屋に上がったとき、慌てたようにあいつが何かを隠したこと
があったような……。あの時はあまり気にもとめなかったので、今の今まですっかり忘れ
ていた。
「あいつ、こんなの隠してたんだ……」
 自分の写真だというのに正視できない。いないときでさえ、私を辱めるとは、どういう
ことだ、あいつめ……。私は、できるだけ机が視界に入らないように、顔を背けながら
テーブルの向こう側に回った。そして、あいつのベッドに背中を預けるようにして座り込
む。特にすることもないので、自然と目は例の写真立てに行きそうになる。そんな自分に
気付いた私は、気を落ち着かせるために目をつむった。

 こうしていても、思い浮かぶのはあいつのことばかりだ。
 一体、今日何度あいつから可愛いと言われただろう。あの日……あいつと私がずっと両
思いだったことを知り、ちゃんとした恋人同士になったあの日から、あいつは前よりもか
なり積極的になった。
 ――そして、そんなあいつに対して私はほとんど変わることが出来ていない。
 あいつが可愛いと褒めてくれれば、馬鹿と罵倒して。
 いつも一緒にいたいって気持ちは同じなのに、素直に言葉に出来なくて。
 やっとできるようになったのは手を繋ぐことくらいだ。キスなんて、あの日一度したっ
きり。多分未だに『あの約束』を守っているあいつからはしてこないし、私が言わなけれ
ばこれからもずっとそうだろう。あんなに恥ずかしい台詞を連発する癖に変なところで義
理堅いのだ、あいつは。
 こんな……こんな私であいつをずっとつなぎ止めておくことが出来るのだろうか?

175 名前:5/9[] 投稿日:2011/05/02(月) 21:19:59.99 ID:MtISFYPA0 [12/18]
 あいつは私のことを本当にずっと好きでいてくれるだろうか? ……いや、好きでいら
れるだろうか?
 どんなにあいつの思いが強くたって、私がこんなに意地っ張りで素直じゃなければ、い
つ嫌われたっておかしくないはずだ。
 それに、私より可愛くて、まっすぐな性格の娘なんて同じ学校にだっていっぱいいる。
それなのに、どうしてあいつが私だけを見ていてくれるなんてことがあるだろうか。あい
つだって……あいつだって、素直な女の子の方が好きに決まってるのに。
「私、ばっかみたい……」
 学校でする、体育座りのような格好で、わたしは膝に顔をうずめる。
 本当に、馬鹿みたいだ。自己嫌悪だけでなく、あいつの気持ちまでも疑うなんて。これ
を最低と言わずして何と言うのだ。
 ――あいつが好きだと言う私を、私自身はちっとも好きになれない。
 暗く沈んで、自分を責めていると、また眠気が襲ってきた。私の意識は、嫌な気持ちか
ら逃げるようにして眠りに落ちていった。

 あいつが、見知らぬ女の子と仲良く話をしている。
 私はそれを、少し離れたところから見ていた。
 あいつが、可愛いと褒める。その子は照れくさそうに笑いながらも、ありがとうと言っ
た。
 ――そこは、あんたの隣は、私の場所じゃなくなったの?
 そう問いかけようとしても、喉が働くことをやめたように、言葉に出来ない。
 二人は、まるで私のことなんて気付かないように、楽しそうに会話を続ける。 せめて、
目をそらしたい。そう思っても、首は固定されたように動かないし、まぶたを下ろすこと
すら何故か出来ない。
 やがてあいつが手を差し出すと、彼女は嬉しそうに微笑んで、その手を取った。二人は
私に背を向けて歩いてゆく。追いかけようにも、当然のごとく脚も動かない。
 あいつの名前を叫ぼうとしても、やっぱり言葉が出なかった。
 ……これが、素直になれず、あいつを傷つけた罰、なのかな。

177 名前:6/9[] 投稿日:2011/05/02(月) 21:22:18.20 ID:MtISFYPA0 [13/18]
 体のどこも動かないのに、なんでか、涙は流れた。ぼやける視界の奥で二人が笑い合っ
ているのが見えて……。

「かなみ! おい、かなみってば!」
 そこで、あいつに名前を呼ばれて目が覚めた。
 声だけでなく、揺さぶって起こそうとしていたのか、あいつの両手が私の肩に置かれて
いる。
「あれ……? 私……寝てたの?」
「そうだよ。びっくりしたぞ、部屋に入ったら、かなみが泣きながら寝てるんだもん。と
りあえず、涙ふきなよ」
 そっか、夢か。夢、だったんだ……。
「タカシ……タカシぃ!」
 気付けば、あいつの名前を呼んで、胸に抱きついていた。
「な、おい、どうした!?」
「なんでもないもん。なんでもないけど、ちょっとだけこうしてていい?」
「……ああ、いいよ」
 何にも分かっていないだろうに、何もかも察したようにあいつは優しく言って、私の背
中に腕を回した。その答えを聞いて安心した私はさらに問いかける。
「タカシは……タカシは、私のことをずっと好きでいてくれる? 私が素直になれなくて
も」
「何で、そんなこと……」
「そんなことじゃない! 私にとっては、そんなことなんかじゃないもん……!」
 顔を上げて、あいつをにらむ。
 興奮した私の目から、また涙が流れてくる。
「あ、いや、そういう意味じゃないんだ、ごめんごめん。ただ、俺がずっとかなみのこと
を好きだなんてことは、俺にとっては当たり前のことだからさ。かなみがなかなか素直に
なれないのなんてわかってるし、そういうところも全部含めて、俺はかなみのことが好き
なんだから」
「本当に?」
「本当だよ」

178 名前:7/9[] 投稿日:2011/05/02(月) 21:24:57.30 ID:MtISFYPA0 [14/18]
「じゃあさ、じゃあずっと一緒にいてくれる? ほ、ほかの娘の所に行ったりしない?」
「……なんか、かなみがどんな夢見たかわかった気がする……」
 タカシが小さな声で何かつぶやいたけど、今の私の耳にはそんなどうでもいいことは
入ってこない。それより……。
「ね、ねえ、どうなの? 私のことをずっと好きなら、ずっと一緒にいてくれるよね?」
「それも俺にとっては当たり前のことだよ。だいたい、頼まれたって離さないってちゃん
と言っただろ?」
「そうだけど、そうだけどさ。……もっかい、ちゃんと確かめたかったんだもん」
「別に俺は、かなみと違って恥ずかしがり屋じゃないから、何度だって言えるけどね」
「う、うっさい、ばか! ……私だって言えるもん。……た、タカシが大好きだって」
 そう言いながらも、とたんに恥ずかしくなって、私はあいつの胸に顔を押しつけた。
「やっぱ恥ずかしいんじゃん」
 そう笑うあいつに、何も言い返せずに、私はただ強くあいつを抱きしめ続けた。

 しばらくして、冷静さを取り戻した私は苦悩していた。
 ――な、なんであんなこと言っちゃったかなあ、私ってば……!?
 いくら、最悪な夢を見たとはいえ、あんな半ば幼児退行したような言動は、今思い返し
てみると、あまりにも恥ずかしすぎる。
 いや、嬉しかったけど! あいつの言葉ですっごく安心したけど!
 でも……でも、あれはないだろう。なんというか、もっと落ち着いてお互いの気持ちを
確認すれば良かったのだ。
 そんな風に、眠る前と同じように自己嫌悪に陥っていると、突然あいつから声をかけら
れる。
「えーと、落ち着いたかな、かなみさん?」
「う、うん」
 答えて、私はあいつから腕を離して、顔を上げた。
 そして、私が何か言うより早くあいつの方が口を開いた。
「さっきも言ったけどさ、俺、何があってもかなみのことが好きだから。……だから、素
直になれないとか、そんなことでかなみが自分を責めてるんだとしたら、そんな必要はな
いよ」

180 名前:8/9[] 投稿日:2011/05/02(月) 21:27:19.03 ID:MtISFYPA0 [15/18]
「……うん」
 本当に、あいつには何もかもわかってしまうらしい。それとも、私がわかりやすいのだ
ろうか。とにかく、その一言で私の中のもやもやはすっかり晴れてしまった。
 だから。
「うん、ありがとね。私も、私にも、もっかい言わせて……。あのね、私、タカシが大好
きだから。これからも、嫌なこととか言うかもしれないけど……でも、タカシのことが好
き、大好き」
 だから、俯きながらも、そう珍しく素直に自分の気持ちを言葉にすることが出来た。
「…………」
「? どうしたのタカシ?」
 黙ったままのあいつが気になった私は、顔を上げる。
 そうして、見てみれば、今度はあいつの方が珍しく真っ赤になっていた。
「も、もしかして、照れてる?」
「う、そりゃ、だって、かなみの方から好きって言ってくれることなんて、あの日以来だ
し……」
「そ、そだっけ?」
「そーだよ……」
 あいつはなんだか投げやり気味に言って、そっぽを向いた。……あ、よく見たら耳まで
真っ赤だ。なんか……なんか、可愛いな。そう感じた私は、
「ちゅ」「なっ!?」
 思わず、あいつの頬に口づけをしていた。
「もう、たまにはキスしてあげようと思ったのに、あんたが変な方向くからずれちゃった
じゃない」
「いや、わざとだろ今の!」
「いいから、こっち向きなさいよ。じゃないと、もうキスなんて一生してあげないから」
「それは困るな」
 そう言って、こっちに向き直ったあいつの顔は、未だに赤かった。なんだかいつもと
違って、私のペースで展開が進んでいることが面白くて、またあいつをからかいたくなっ
てしまう。
「ねえ、キスして欲しかったらさ、もっかい好きって言ってよ」

181 名前:9/9[] 投稿日:2011/05/02(月) 21:30:41.72 ID:MtISFYPA0 [16/18]
「……好きだ」
「ふふん。良く聞こえなかったからもっかい♪」
「好きだ!」
 そうムキになって言うあいつは、やっぱりいつもと違って可愛くて。もう少しだけいじ
めたくなるのが止められない。
「世界で一番?」
「ああ、世界で一番だよ」
「そこまで言われたら、キスしてあげないと可哀相ね……」
 私は今度こそ、あいつの唇に、自分の唇を重ねる。
 ――私は今、世界で一番幸せな女の子なんだろうな。
 そう確信しながら、世界で一番大好きな人に、私はまた抱きついたのだった。

 ……しばらくしてから、私はまた一連の言動が恥ずかしくなって後悔するのだが、それ
はまた別のお話。
最終更新:2011年05月05日 00:54