593-160の続き

161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/04/26(火) 22:44:48.24 ID:/kGj7OO10 [4/9]
  • 後日談-かなみさんと登校風景

 月曜日の朝。それは言うまでもなく学生にとって憂鬱の代名詞である。
 しかし、今日の私は、胸を高鳴らせながら家の前であいつが来るのを待っていた。 そう、私たちは昨日、ようやく念願の恋人同士になれたのだ。……もっとも、あいつの方ではずっと付き合っていると思っていたらしいの
だが。まあもう過ぎたことだしそれはいい。それはいいけれど、しかし。
「あいつはいったい、何分待たせるつもりよ……!」
 通行人もいないので苛立ちを隠さずに独りごちる。
 胸を高鳴らせながら待っていたのも既に過去形である。携帯を開いて時刻を確認すると、約束の時間をもう十分も過ぎていた。別に、早めに出ているから学校に遅刻するとかそういった問題はないのだが、あいつが遅
れているというのが何よりの問題である。
「あんなことがあった次の日なのに、なんで……なんで、さっさと来ないのよあの馬鹿ぁ!」
 イライラが頂点に達し、思わず近くの電柱を思いきり蹴ってしまった。
 通行人はいなかったが、近くにいた猫が、ミャアと驚いたように鳴いて、どこかに逃げていく。私も泣けるものなら泣きたいと思った。
 うぅ……もう最悪だ。あいつが来たら徹底的に油を絞ってやろうと決意する。
 と、ちょうど良いタイミングで私の家のお向かいさんである、あいつの家の玄関が開いた。もちろんドアの向こうから現れたのはあいつの姿だ。
 あいつは私の方を見て、慌てたように走ってやってきた。
 そして、心底申し訳なさそうに言う。
「す、すまんかなみ! その、ちょっと……」
「ちょっと、何かしら? 大事な大事な恋人を待たせるに足る理由があるなら、ぜひ教えて欲しいわね」
「あ、いや、その、別に大した理由って訳じゃ」
「へー? 大した理由もないのに、私を待たせるなんてそれこそ大した度胸ね。そ・れ・で、なんで私のことを十分以上も待たせてくれたのかしら?」
 私は先ほどの決意を実行すべく、どれだけ怒っているかが、しっかり伝わるようにあいつを追及する。
「ね、寝癖を直すのに手間取ってました……」
 あいつは反省の意を示すように頭を下げる。
「ね、寝癖ってあんたねー! そんなの、余裕を持って少し早めに起きてれば済む話じゃないの、この馬鹿!」
「う……おっしゃるとおりでゴザイマス……」
「はあ、もういいわ。ずっとこんな話してて遅刻するのもアホらしいし、さっさと行くわよ。――ただし、この罰は後できっちり受けて貰うからね!」
 あんまりにもあんまりな理由に脱力した私は、最後にそう言ってあいつに背を向ける。
 何よ、一人で浮かれてた私が馬鹿じゃない……。あいつが今までと全く変わった様子がないのを見て、私の胸はなんだか悔しいような寂しいような気持ちでいっぱいになった。
「あ、ちょっと待てよかなみ!」
 そんな私に背後からあいつの声が呼び止めた。

162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/04/26(火) 22:48:15.17 ID:/kGj7OO10 [5/9]
「何よ、謝罪ならもう――」
 振り向いて切り捨てようとした私の唇は、言葉を言い切る前に、昨日と同じくあいつの
唇でふさがれていた。
「んなっ! い、いきなり何するのよ!」
 短い口づけが終わると、あまりにも突然の事態に私はパニックになりながらも言葉を紡
ぎだす。
 するとあいつは、満面の笑みで答えた。
「だって、昨日、かなみが『明日からは毎朝おはようのキスをしよう』って……」
「い、言ってないわよそんなこと! 何勝手にねつ造してるのよ馬鹿ぁ!」
「ちぇ、かなみのことだから、誤魔化せるかと思ったんだけどなー」
「何年も前のことと昨日のことを一緒にするな馬鹿! ……もう、ほんっと馬鹿なんだか
ら……」
 そう言って火照る頬に手を当てた。
 不意打ちにキスなんて卑怯すぎる。心の準備もせずにそんなことをされたせいで、顔は
燃えるように熱かった。
「だって、急にしたくなったんだもん。目の前に大好きな女の子がいたらキスしたくなる
のは当然だって」
 そんなとんでもないことを言って、あいつは、にへらっと笑う。
「だ、だ、大好きって、ばっかじゃないの!? うぅ、も、もう知らない!」
 私は思わず、あいつに背を向けて歩き出していた。何だってあんなに恥ずかしいことを
さらっと言えるのだあいつは。
 しかし、あのキスのせいでさっきまであんなに怒っていた遅刻のことは、もはやどうで
もよくなってしまっていた。自分の、あまりの単純さが情けない。今だって、自然ににや
けてしまう顔を平常に戻すのに集中しなければいけないのだ。
 すぐにあいつは私に追いついた。しばらく二人して無言で歩く。
 するとまた、「あ、もっかい待ったかなみ」と先ほどのようにあいつに呼び止められる。
「今度は何よ?」
 前回の失敗から学んだ私は、不意打ちを恐れてあいつから一歩離れてから呼びかけに答えた。
「そんな身構えるなって。ただ、せっかく恋人同士になったんだしさ。手、繋いで学校行こうぜ」
 そう言ってあいつは左手を差し出してきた。

163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/04/26(火) 22:50:47.74 ID:/kGj7OO10 [6/9]
「な、何言ってるのよ! 誰かに見られたら、その、付き合ってるってばれちゃうじゃない……」
 私は俯いてそう言った。
 ……正直、私だって手を繋いで歩きたい。だけど、昔よりは大分マシになったとはいえ、
私は根っからの恥ずかしがり屋なのである。もし、同じ学校の人に見られて、噂でもされたら、
恥ずかしくて消えてしまいたくなるに違いなかった。
 長年の付き合いであるタカシなら、それくらいわかってるはずなのに……。
 そう思っていると、あいつは笑って私に言った。
「ああ、かなみが恥ずかしがり屋だってことくらいわかってるよ。だからさ、学校の前の
大通りに出るまでってことにしようぜ。あそこらへんまでなら同じ学校のやつが通ることもないしさ」
 確かに、あいつの言うとおり、学校が面している大通りに出るまでの道を、同じ学校の
生徒が通ることはほぼない。
 しかし……。
「それじゃあ、繋いでいられるの五分くらいしかないわよ? 大通りに出るの、すぐなんだから」
 そうあいつに確認する。
 すると、あいつはさっきと同じのんきな笑顔で、
「ああ、わかってる。でも、少しの間でもかなみと恋人らしいことがしたいんだよ」と、
これまた聞いてるこっちが恥ずかしくなるような台詞を返した。
 わたしはまた、自分の顔がひどく熱くなるのを感じた。
 しかし、それは、決して恥ずかしさからではなく、大好きな人から愛情のこもった言葉
をかけられたことに対する嬉しさからだ。
「そ、そこまで言うなら特別に繋いでやっても良いわよ」
 相も変わらず、私はなかなか素直になれない。そんな私に対して、あいつはまた例の笑
顔を浮かべて、「おお、サンキュ」と、さっき差し出した左手で私の右手を取った。
 それは、指を絡ませる、いわゆる『恋人繋ぎ』ではなかったけれど。
 あいつの温かい気持ちが直接手を伝って流れ込んでくるようで、素直に嬉しかった。
 嬉しさに顔がにやけるのを抑えきれずに、大好きな人と歩く。今というこの瞬間をかみ
しめるようにゆっくりと歩いてゆく。
 私も、あいつも、しばらく口を開かずに黙っていた。だけど、それは、決して重苦しい
沈黙などではなく、心が幸せに満たされるような心地よい時間だった。

164 名前:ぎりぎり五レスだった…[sage] 投稿日:2011/04/26(火) 22:52:54.68 ID:/kGj7OO10 [7/9]

 ――ああ、私はこの人のことが心の底から大好きなんだと、そう、実感してしまった。

 そうして歩いていると、件の大通りにはすぐに着いてしまった。
 大好きなあいつと手を繋いで歩く時間は、実際よりもずっと短く感じた。
「じゃ、名残惜しいけど……」
 そう言ってあいつは手を離そうとした。
 離そうと、したのだが。
「あれ? かなみ?」
 気付けば、その手を私は強く握って、離させまいとしていた。
「ねえ、あんたってできればずっと手を繋いでいたいのよね?」
 あいつにそっぽを向いて問う。
 こんな恥ずかしい台詞を、この私が真っ正面から言えるもんか。そんなのは昨日が特別
だったから出来たのだ。
「まあな。でもかなみが嫌なら別に――」
「出来ればずっと繋いでいたいのよね?」
 あいつの言葉に被せるように言う。それはもはや、質問なんかじゃないのは自分でも分
かっていたけれど、決して素直にはなれない私からの精一杯の譲歩だった。
「ああ、できれば、学校までずっとな」
 あいつは何もかも了解した、と言うような顔で答えた。とても悔しいけど、やはり私の
ことを誰よりも分かってくれるのはあいつなのだ。
「じゃあ、嫌だけど……嫌だけど、あんたがかわいそうだから離さないであげる。……せ、
せいぜい感謝しなさいよね」
「ん、ありがとな。かなみ」
 本当は素直じゃないのを謝るべきなのは私の方なのに、あいつは優しくそう言ってくれた。
 あいつの大きな左手が、私の右手を包み込んでいる。
 今は、それだけで、私は死んでも良いと思えるほど幸せだった。

165 名前:これで最後[] 投稿日:2011/04/26(火) 22:54:58.28 ID:/kGj7OO10 [8/9]

 きっと、このまま手を繋いで学校に行けば、知り合いには私たちが付き合っているとば
れてしまうだろう。それを考えると今から憂鬱になるけれど。
 けれど、仕方ないと思う。
 ――私も、あいつと同じように『少しの間でも恋人らしいことがしたい』と、強くそう
思ってしまったのだから。
最終更新:2011年04月30日 17:23