646 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/05/14(土) 13:03:45.60 ID:4QfHUAEWO [2/7]
「しまった・・・・・・!」
サラシが足りない。
それに気付いたのは料理も中盤、味噌汁を作ろうとした時だった。
出汁を取った後に鰹と昆布をこす為のサラシが見当たらない。
そういえば先日今まで使っていたサラシに穴が開いたので、廃棄
したのを思い出す。新しく補充するのを忘れてしまっていた。
このままでは出汁が取れない。ひいては味噌汁が作れない。
既に出汁の入った市販の味噌も備えてあるが、やはり出来合いと
自分で取った物では味に差が出てしまう。
具材は用意したのに、妥協しては消化不良だ。
しかし男の僕がサラシなんて常備してる訳が無い。
「仕方ない・・・・・・纏なら持ってるかもな」
この時間なら、離れの道場で稽古をしている頃だろう。
道場に近付くと、打撃音と纏の掛け声が耳を打つ。
どうやら、真面目に稽古しているらしい。
遣戸を開くと、音に反応した纏が薙刀を振る手を止めた。
胴着の帯に挟んでいた手ぬぐいで汗を拭う。
「なんじゃ、兄上か」
「よう、励んでるな」
「珍しいのう、兄上が道場に来るとは」
「ま、僕は文化系だからな。競争は肌に合わないよ」
靴を脱いで一礼し、道場に上がる。
木造の床が靴下越しに冷たさを感じさせる。
「情けないのう。男児たるもの、常に頂点を目指すべきじゃろう」
「そういうのは趣味じゃないな」
「よし兄上、刀を持つのじゃ。その性根に褐を入れてやろうぞ」
「遠回しに僕を叩きのめしたいだけだろ。奥ゆかしいなぁ、おい」
「そうじゃろう。大和撫子じゃからな」
647 名前:妹老成和風味付け 2/4[sage] 投稿日:2011/05/14(土) 13:06:38.70 ID:4QfHUAEWO [3/7]
「大和撫子に謝れ」
「嫌じゃ」
ぶん、と薙刀を一度振るって、その切っ先をこちらに向けた。
「それで、何の用じゃ」
「何が?」
「何か用があって来たのじゃろう? なければ、兄上がここに来る
理由が無いじゃろう」
あぁ、そういえばやることがあったな。
ついつい会話を楽しんじゃったぜ。
「そうだそうだ、僕はお前に会いに来たんだった」
「む? 儂に? 道場じゃなく?」
「当たり前だろ。お前に会う為以外にわざわざ僕が道場に来るかよ」
「ほ、ほほう? 儂に会う為になぁ?」
「・・・・・・? お前、顔が赤いぞ? 風邪でも引いてるんじゃないか?」
「いや、大丈夫じゃ。ぜーんぜん大丈夫じゃからな?」
纏が顔を押さえながら片手でぶるんぶるんと薙刀を振る。
目の前で振られ髪の毛が数本散った。顔から血の気が引いた。
「それでそれで? どうして兄上は儂に会いたくなったのかなっ?」
ぶるんぶるん。
やけに楽しそうに薙刀を振る纏。
もしかして僕の顔を狙ってないだろうな。
「会いたくなったっつーか、お前に貸して欲しいものがあるんだ」
「なるほどなるほど、兄上が儂に頼み事か。ますます珍しいの!
して、儂は何を貸せば良いのかな? どんと任せるが良い」
纏がその薄い胸を得意げに張る。
「サラシを貸してくれ」
ピタリ、と音が聞こえそうな程に、纏の挙動が停止する。
振り回していた薙刀も慣性を無視したように微動だにしない。
「サラシを」
「待て」
648 名前:妹老成和風味付け 3/4[sage] 投稿日:2011/05/14(土) 13:08:43.48 ID:4QfHUAEWO [4/7]
笑顔で固まったままとても怖い声を出した。
何故か本気で怒ったときの父親を幻視する。
「ちょっと待っておれ、考えを整理するから」
手の代わりに薙刀を突き出して沈黙を促して来る。
「えー・・・? なんじゃ、どういうことじゃコレ? いつの間に兄上
がこんな事に? あー、待て待て、待つんじゃ纏。儂の兄上がそん
なに変態な訳が無いぞ。そうじゃ、もしかしたら誤解かもしれん。
ここはよく話を聞いて見るんじゃ。よし、頑張るんじゃ纏」
ブツブツと何事かを呟いている。
弁当のおかずのレシピについて考えていると、今度は筋肉が引き
攣ったような無理な笑顔を浮かべて話し掛けてきた。
「あの、兄上。一つ聞きたいんじゃがな?」
声が若干上擦っている。
「ん? どうした?」
「その・・・・・・わ、儂のサラシを借りて、どうするつもりなのかなっ?」
「どうって、そりゃもちろん、」
味噌汁作りに、
「『使う』に決まってるだろ」
「死ぃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
纏の強力な刺突が僕を捕らえる。
そして、暗転。僕の意識が。
「使うって・・・・・・! 儂らにはまだそういう関係は早いと・・・・・・
って兄上? 大丈夫か兄上ぇ!?」
「あー、死ぬかと思った」
「う・・・・・・すまぬ。でも、誤解させる兄上も悪いのじゃ」
「誤解って。何に使うと思ったんだよ」
649 名前:妹老成和風味付け 4/4[sage] 投稿日:2011/05/14(土) 13:10:33.33 ID:4QfHUAEWO [5/7]
「そ、そんなことを女子の口から言わせるのか!」
「口で言えないような想像をするなって」
「うるさい! 兄上には関係ないじゃろ!」
「僕、思いっきり被害者なんだけどねぇ・・・・・・」
あ、借りたのは封も開けてない、未使用のサラシだぜ。
いや、まぁ、当たり前だけど。
最終更新:2011年05月21日 01:00