219 名前:和嬢様 1/4[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 07:48:34.57 ID:getVvXYdO [2/13]
趣味はお菓子作りです。
小学校の時にそう自己紹介したならイジメ一歩手前のからかいが
飛んできた物だけど、流石に高校生にもなってそんな事をする人は
いないらしい。
最近は甘い物好きな男子も増えたしね。
だから僕は堂々とお菓子好きを公言出来るし、
「そのお陰で、雅さんとお近づきになれたんだよねぇ」
良い時代だね、と独りごちる。
「何を血迷ったことを呟いているのですか、貴方は」
くるり、と赤い唐傘が一度回る。
雅さんの紫外線に弱そうな真っ白の肌が薄い赤に染まる。
「それに、お近づきになれたなどと、軽々しく思わないで下さい」
普段悠然と微笑みを浮かべているその顔を非難の色に変えて、僕
に向けてくる。
「僕は事実を言ってるだけだぜ。なんたってほら、他のクラスメイ
トは雅さんのそんな表情を知らないからね」
「疎まれているというのは、寧ろ他人より遠いのでは?」
「いやいや、そんな事はないぜ」
自分の言葉が否定されたせいか、目を半月にして睨んでくる。
一文字に切り揃えられた前髪の向こうから、射抜くような目線。
その鋭い眼力に一瞬、背筋が冷える。
「ほら、愛の反対は無関心って言うからね」
愛という言葉が出た瞬間、雅さんの視線が泳いだ。
直接的な言葉に弱い大和撫子なのだ。
「・・・・・・だから、強い感情を向けられてるなら、距離が近いのさ」
好き嫌いは簡単に反転すると、最近読んだ漫画に書いてあった。
解りやすく言うなら可愛さ余って憎さ百倍ってところかな。
「屁理屈じゃないですか」
「いや、前向きなんだよ」
非難の視線を笑顔で受け止める。
220 名前:和嬢様 2/4[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 07:50:03.01 ID:getVvXYdO [3/13]
雅さんが何度目か解らないため息をついた。
そのタイミングを狙い、反撃に転じてみる。
「でも、事実として僕達は仲が良いと思うぜ?」
「さっきまで何を聞いていたんですか、貴方は」
「ほら、僕達こうやって一緒に帰ってるじゃん? それってさ、」
事実はどうであれ、
「端から見ると、恋人同士みたいじゃん」
勿論、一概には言えないけど、と。
そう繋げる前に雅さんが沸騰した。
唐傘の赤い影の中でも解るほど頬を林檎のように染める。
「は、破廉恥な事を!」
「破廉恥って、男女が惹かれあうのは自然なことだよ」
「惹かれあってません! あ、貴方は私の恋人ではないでしょう!?」
「例え話だよ。一緒に歩いてると周りからはそう見えるって話」
「なら離れてください!」
警戒するように自分の薄い胸を抱き、距離をとる。
そうも露骨に避けられると、少し傷付く。
「ま、良いけど・・・・・・でも、この後はどうする?」
「何がですか」
「近付くなと言われても、言葉だけでお菓子作りを教えるのは難し
いんだけど」
「う・・・・・・」
雅さんの表情が曇る。
お菓子作り。
それが僕と雅さんが肩を並べて下校する理由だ。
雅さんは古くから続く豪農の家に生まれたお嬢様だ。
普段着が着物というほどの和風な家において、頻繁に洋菓子を食
べる機会がある訳もなく。
高校生になって初めて、以前から興味を持っていた洋菓子店に足
を踏み入れ、そして店番をしていた僕と出会った。
221 名前:和嬢様 3/4[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 07:51:29.32 ID:getVvXYdO [4/13]
そして僕はこの件を他言しないことと、雅さんにお菓子作りを教
えることを約束した。
「ま、和風の家だから洋菓子を食べちゃいけないってのは、解らな
い理論だけどね」
洋モノにうつつを抜かすと、舌が鈍る。
雅さんのお父さんの言葉だ。
言うだけでなく実践しているのだから頭が下がる。
「父を侮辱すると、赦しませんよ」
「してないよ。寧ろ関心してる」
「そうは見えませんが?」
疑うような目を向けてくる。
その目から逃げるように目線を逸らした。
「あー、そうだ。今回は何作る? チョコレートの再挑戦する?」
前に作ったチョコレートは散々だった。
砂糖を忘れてカカオ一直線、意地で全部食べた雅さんが涙を流
した代物だ。
「う・・・・・・」
その味を思い出したのか、表情を曇らせる。
しかし直ぐに表情を戻し、
「・・・・・・勿論です。私に撤退の二文字はありませんので」
「雅さんのそういうところ、僕は好きだぜ」
「か、軽々しく好きだなどと言わないで下さい!」
言いつつ、唐傘で顔を隠すようにしてそっぽを向く。
中々、微笑ましい動作だ。
くるり、と回る唐傘を見ながら小さく呟く。
「いつか、雅さんのご両親にも挨拶に行かないとね」
「・・・・・・何故でしょう?」
唐傘を少し上げて、こちらを見る。その表情は窺えない。
「何故って言われても」
雅さんが洋菓子を好きなことはいずれご両親にバレるだろう。
222 名前:和嬢様 4/4[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 07:53:24.30 ID:getVvXYdO [5/13]
それならば、
「ほら、やっぱ伝えたいじゃん」
「な、何をですか!?」
「何って、決まってるでしょ。雅さんが、」
洋菓子のことを、
「好きだってことをだよ」
「えぇ!?」
驚愕の二文字を全力で表していた。
そ、そんなに驚くことなのかな。
「か、考えすぎというか、今の段階では性急では!?」
「当然だと思ってたんだけど・・・・・・」
「そんなこと無いです! 早いです! まだ早いですよ!」
「んー、雅さんがそこまで言うならまだ早いのかな」
「そうですよ! まだ手を繋いでも無いのに、両親なんて・・・・・・!」
「え?」
「な、なんでもないです!」
言いつつ、僕を置き去りにするように歩いていく。
「あれ? なんか、おかしいな・・・・・・?」
会話が噛み合ってないような。
先程までの会話を思い出し、そして気付く。
「あ、」
・・・・・・言葉だけだと、唐突なプロポーズみたいじゃないか。
「おーい、雅さん、誤解だから」
「知りません!」
「待ってってば・・・・・・って、足早ぇ!」
「来ないで下さいこの野獣!」
耳まで真っ赤にした雅さんとの鬼ごっこは、家の付近まで続いた。
近所に余計な誤解を招いた気が、しないでもない。
~
続(かない)~
最終更新:2011年05月21日 00:36