223の続き

308 名前:和嬢様そのニ 1/5[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 23:34:11.28 ID:getVvXYdO [8/13]
お菓子をピッタリと一人分だけ作るのはなかなか難しい。
いや、一人分なんて言っても個人差があるけど。
世の中にはホールケーキを前にして「作るのは一つだけで良かっ
たんですか? これ、一人分でしょう? 少し小さいですけど」とか言い放つ人間も要るし。
誰とは言わないけど。僕はあれを一人分と認めないからな。
まぁ、平均的な分量で考えよう。
とにかく、余ると言うことを言いたかった訳だけど。
「という訳でフォーチュンクッキー、全員一袋ずつ持ってって」
フォーチュンクッキーとは中に籤を仕込んだクッキーの事だ。
昼休み、教卓にラッピングしたクッキーを並べる。
その量、ざっと見積もって三十人分以上。
・・・・・・いや、お菓子作りって嵌まるよね。
籤作るの、超楽しかった。
最初はせいぜい数人分だったんだけどねぇ。
たまにこうやって作りすぎた時は学校に持ってくる事にしている。
皆も慣れたもので、みるみる内に袋が減っていく。
「あ、待って御法川さん」
袋の残りも少なくなってきた頃、袋に手を伸ばした女子生徒に声
を掛ける。
御法川雅さん。
一部の男子生徒から「姫」とあだ名される同級生だ。
広めたのは僕だけど。
「どうかしましたか?」
「うん、御法川さんはこっちの方ね」
一つだけ別に分けていた袋を差し出す。
「これ、なんですか?」
「ん、辻占煎餅だよ。フォーチュンクッキーの原形の和菓子だね。
御法川さんならこっちの方が良いと思ってさ」
余計なことを。
そう言いたげに、人を殺せそうな視線を向けられた。

309 名前:和嬢様その二 2/5[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 23:36:08.82 ID:getVvXYdO [9/13]
しかし教室だと思い出したのか、微笑みに表情を戻す。
「そうですか、お気遣い有難うございます」
「いやいや、喜んでくれると僕も嬉しいよ」
「うふふふふ」
「あはははは」
お互い笑い会う。
しかし、雅さんの目は全く笑っていなかった。とても怖い。


放課後。
校門を出てしばらくすると周りに同じ制服姿が無くなったので、
前を行く赤い唐傘に声をかけた。
「おーい、雅さーん」
唐傘の足が止まり、その影から雅さんがチラリと視線を向けて、
「ふーん、だ」
そのまま何事もなかったように歩きだした。
「おいおいおいおい、地味に傷付く無視の仕方するなよ雅さん」
走って唐傘を追い越し、雅さんの顔を覗き込む。
無表情だ。
そして雅さんが無表情な時は大抵不機嫌なときだ。
「どなた様ですか?」
氷の温度を思わせる声だった。
「ごめんごめん、そんなに楽しみにしてたなんて思わなかったよ」
「貴方が何を言ってるかわかりませんね。私が何を楽しみにしてい
たと言うのですか?」
「これかな?」
残していた袋を鞄から取り出す。
雅さんの目線がそちらに釣られる。
「あ、正解みたいだね」
「くっ!?」

310 名前:和嬢様その二 3/5[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 23:37:28.42 ID:getVvXYdO [10/13]
指摘すると頬が少し朱に染まり、僕を睨みつけてくる。
「・・・・・・貴方は、意地悪です」
「そうでもないぜ?」
袋の口を縛っていたリボンを取り外す。
「ただなんとなく、イジメたくなっちゃってさ」
「謝る気、無いでしょう?」
「いや、気持ちはあるんだよ?」
中身を一つ取り出す。
バタークッキーに半分チョコを付けた物だ。
「はい、お詫び」
「・・・・・・まぁ、お詫びと言うなら受け取りますが」
雅さんはクッキーを小さくかじる。
まるでハムスターのようだ。
「美味しい?」
「えぇ、悔しいことに」
「そっか。それは良かったよ」
僕も一つ取り出し、かじる。
袋の中身は一人じゃ多いが、二人なら調度良いだろう。
「もう一つ要る?」
「頂きます」
「ん」
その白い手にクッキーを乗せる。
クッキーを口に運ぶ様子を横から眺める。
ふいに、その瞳がこちらを向く。
怪訝そうに。
「何ですか?」
「いや、本当に美味しそうに食べるよね」
「美味しいものを美味しく食べるのは当然でしょう?」
「そう褒められると照れるね」
「別に貴方を褒めた訳ではありません」

311 名前:和嬢様その二 4/5[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 23:38:45.91 ID:getVvXYdO [11/13]
ふん、と息を漏らして目線を逸らす。
しかしクッキーを食べながらなのでいまいち締まらない。
「あ、そうだ。辻占煎餅食べた?」
「食べてませんが」
「え、何でさ? やっぱフォーチュンクッキーの方が良かった?」
クッキーと言いつつ煎餅に近いから、実は洋菓子って訳でもない
んだけどなぁ、アレ。
そんなに食べたかったんなら悪いことしたかもしれない。
でも、辻占煎餅も一応頑張って作ったんだけど。
「いえ、そういう訳でも無いんですが」
「じゃあ何で?」
雅さんが鞄から袋を取り出す。
狐型の辻占煎餅だ。
「これ、狐じゃないですか」
「うん、そう作ったからね」
「・・・・・・食べるの、勿体ないじゃないですか」
唐傘で顔を隠しながら言う。
「雅さん、そういう所が殺人的に可愛いよね」
「だから! 貴方はそんな簡単に可愛いなどと言わないで下さい!」
くるくると唐傘を回しながら、抗議の目線を送ってくる。
「僕はそんな雅さんを見たいから、つい悪戯しちゃうのかもねぇ」
「迷惑なんですが」
「ま、良いじゃない。・・・・・・あ、ちょっと貸して」
雅さんから煎餅を受け取る。
「気に入ってくれたのは嬉しいけど、早めに食べないと腐るよ?」
「分かってますよ・・・・・・食べれば良いのでしょう?」
「うんうん。それじゃ、」 煎餅を雅さんの口に近づける。
「はい、あーん」
「・・・・・・は!?」
目を限界まで見開いた。

312 名前:和嬢様その二 5/5[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 23:39:59.45 ID:getVvXYdO [12/13]
「は、じゃなくてさ。あーんだってば」
「な、何故わざわざその方方で!?」
「僕がやりたいからさ。あーん」
雅さんは唇を真一文字に結び、耳まで赤く染まっている。
煎餅の端が唇に軽く触れた。
「・・・・・・・・・・・・でっ!」
「で?」
「出来る訳無いですよぉぉぉぉ!」
雅さんが絶叫し、逃走した。
「あ、待て!」
「馬鹿ぁー!」
そう言い残して、雅さんは去っていく。
早い早い、相変わらずの逃げ足だ。
「あー・・・・・・調子に乗りすぎたな。後で謝ろう」
パキッと音を立てて煎餅をかじる。
割れた煎餅から覗く御神籤を抜き取り、広げた。
・・・・・・『貴方の運命の人は目の前にいるかもっ☆』
「これを見た雅さんのリアクション、楽しみだったんだけどなぁ」
ため息を一つ吐く。
そのために三十人分も作ったのに、と言うのはまぁ過言だが。
我ながら情熱の傾け方を間違っている。
「ま、いいか・・・・・・おーい、待ってよ雅さん。美味しいクッキーも
あるよー。チーチチチー」
「私は動物扱いですか!?」
叫ぶ雅さんも可愛いなぁ、とか。
そんなことを考えながら、骨抜きにされていると実感した。

最終更新:2011年08月19日 09:42