32 名前:1/7[] 投稿日:2012/03/31(土) 20:51:51.34 ID:p51m8L6L0 [15/23]
- ツンデレが一人暮らしを始めるための部屋探しを男に付き合わせたら ~中編~
結局、散々どやされながら部屋の片付けを指示され、お茶を淹れてからシャワーを浴
びて来させられ、服装やら髪型やらをあーだこーだと文句言われて、ようやく神野が納
得出来る格好になったのは、昼過ぎてからの事だった。
『全く、貴方のせいで半日も無駄にしてしまいましたわ。どう責任を取って頂けますの?』
「知るかよ。結果として連絡も無しに押しかけてきたのはそっちの方だろ。これ以上文
句言うなら付き合ってやらんぞ」
『困ってる女性を見捨てて放り出すなんて、男のする事ではありませんわ』
「確かに俺だってそんな事をしたくは無いが、頼る側だってそれなりの態度が必要だと
思うけどな。高圧的にあれこれ命令じゃあ、見捨てられても仕方ないだろ」
『それは貴方が無能に過ぎるからですわ。大体、散々待たせて挙句にお昼がファミレス
とかどういう事ですの? わたくしをエスコートするなら、もっとちゃんとしたお店に
連れて行きなさい』
「牛丼屋よりマシだと思え。つか、俺に神野が満足出来るような店に連れて行ける財力
ないっての。普段の昼飯なんて学食の350円定食だぜ。ファミレス程度で不満言ってた
ら、大学生活は生き延びられんぞ」
そう口にしてから、俺は神野なら周辺のオシャレなレストランにも毎日通えるだろう
なと思い直す。女子は時々贅沢をしに行っているが、俺ら貧乏男子学生に、そんな所に
かける金は無い。
『わたくしは、一人で生きていける力を身につける為に一人暮らしを始めますのよ?
そのくらいでへこたれる訳にはまいりません』
何故か自信満々な神野を無視して、俺は駅前の雑居ビルの1階を指してみせた。
「ここだ。俺が契約した不動産屋さん。大手だし、お前の気に入る部屋も見つかると思うけどな」
『時間を無駄にする訳には参りませんわ。早速入りましょう』
つかつかと早足で神野が店内に足を踏み入れる。俺は慌ててその後を追った。
『いらっしゃいませ』
店の中に入ると、事務服を着た見た目清楚なOL風の女性が、パソコンを打つ手を止
めて応対に出て来た。
『部屋を探しに来ましたの』
33 名前:2/7[] 投稿日:2012/03/31(土) 20:52:14.45 ID:p51m8L6L0 [16/23]
カウンターの前で、神野が唐突にそう告げた。
『はい?』
一瞬、小首を傾げた店員の前で、神野が苛立たしげに声を荒げた。
『ですから、部屋を探しに来たと言っているでしょう? 貴女には耳はないのかしら?』
「待て待て待て。何の前置きもなしだから戸惑ってるだけだろ。いきなりケンカ腰でど
うするんだよ」
こんなんじゃ、向こうも応対しにくかろうと、俺は慌てて神野を諌めた。それから、
愛想笑いを浮かべて女性店員に頷いてみせる。
「すみません。実はコイツが今度大学生になるんで、それで一人暮らしを始めるのにちょ
うどいい部屋を紹介してもらおうと思って」
『え? あ、はい。申し訳ありません。今、資料の方を持って来ますので、どうぞお掛
けになってお待ちくださいませ』
愛想よく笑顔で一礼してから、店員は奥へと引っ込んで行く。俺は横の神野を軽く肘
で突いた。
『何ですの? いきなり小突いたりして』
左腕を手で押さえて、神野が俺を睨み付けた。
「お前な。いくら客だからっていきなりあんな高圧的な態度でどうするんだよ。あれじゃ、
応対する方だって困るだろうが」
『わたくしは手っ取り早く済ませたいだけですわ。大体、不動産屋に来る客の用事なん
て限定されてますのに、あの程度で戸惑っていたら、店員として失格ですわよ』
何が気に食わないのか、神野がムスッとした顔で反論する。これは苦労しそうだなと
思っていると、分厚いファイルの束を抱えた先ほどの女性店員が戻って来た。一度ファ
イルをカウンターの上に置くと、ポケットから名刺入れを取り出し、中から名刺を差し出す。
『すみません。私、営業の大和純奈と申します。本日は、わざわざご来店いただき、誠
にありがとうございます』
「あ、すみません。ご丁寧にどうも」
名刺を受け取りつつ、俺は頭を下げる。どうにも、この手のビジネスライクな対応に
は、ついかしこまってしまう。おまけに、相手が美人とくれば尚更だ。
『くどくどとした挨拶は抜きですわ。さっさとわたくしに会う部屋を紹介なさい』
34 名前:3/7[] 投稿日:2012/03/31(土) 20:52:35.82 ID:p51m8L6L0 [17/23]
隣りの神野は、何やらとても不機嫌そうだった。一体何がそんなに気に入らないのか
問い質したかったが、さすがにこの場では出来る訳もない。
『あ、はい。それではえーっとですね。女性の方の一人暮らし……ですよね? いくつ
かいい物件がございますが……何かご希望ですとか条件の方はございますか?』
『そうですわね。当然日当たりがよくて、あと景色も良好な方がいいですわ。広さはま
あ……わたくしのような女性が一人暮らしをするのに適当な広さがあればいいですわ。
あと、セキュリティはキチンとしている方が宜しいですわね。それとクローゼットは広
くないと困りますけど』
『そうですか。そうしましたら……ですね……』
慣れた手つきでファイルされた資料をめくって、大和さんは俺たちに一つの物件を示す。
『こちらはいかがでしょう? ここより一つ隣の新美風駅から徒歩三分のワンルームマ
ンションですけど、玄関もオートロック付き。南向きで3階のお部屋は日当たり良好で
すし、周辺に高い建物もありませんから、見晴らしもいいですし、あと、ウォークイン
クローゼットが広いので、収納もバッチリです』
俺なんかとても望めそうに無い好物件だなと思いながら、横から俺は眺めていた。家
賃10万越えとか、学生に勧めるかと思ったが、恐らくは神野の容姿からかなり良いと
ころのお嬢さんだと見抜いたのだろう。プロの鑑識眼はさすがである。
『大体分かりましたわ。他にはありませんの?』
『そうですね。ではこちらの物件はどうでしょう? 駅からは少し歩きますけど、先ほ
どの物件より部屋が広くてですね……』
3、4件の物件を紹介してもらったあと、神野がため息をついた。
『全く…… どれもこれも、狭過ぎてお話になりませんわ。貴女はわたくしにウサギ小
屋にでも住めとおっしゃるのかしら?』
『ウ……ウサ……』
思わず絶句してしまった大和さんに、俺が慌ててフォローを入れる。
「ああ、すみません。彼女、家が相当金持ちなもんで、世間一般の学生の住まいっても
のが理解出来ないんですよ。構いませんから、ワンルームとかじゃなくて、普通の賃貸
マンションとか紹介してください」
ちょっとの間、呆然としていた大和さんだったが、すぐに立ち直って頭を下げた。
『失礼致しました。今、代わりの物件をお持ちしますので、少々お待ち頂けますでしょうか』
35 名前:4/7[] 投稿日:2012/03/31(土) 20:52:57.05 ID:p51m8L6L0 [18/23]
神野の暴言にも一切気を悪くした様子も見せず、彼女はファイルを持って立ち上がり、
奥へと消えて行った。
「お前なあ。不満なのかも知れないけど、もうちょっと言葉を慎めよ。紹介してくれた
物件って、かなり学生には過ぎたものだぜ? 俺んち見たろ? あれが標準だっての」
大和さんが戻って来る前に神野をたしなめるも、シレッとした顔で言い返された。
『あら? わたくしは思ったまでを言っただけですわ。あと、貴方の部屋はウサギ小屋
なんて立派な代物じゃありませんわよ。ドブネズミの巣穴がいいところですわ』
「お前な…… だからそういう言葉をもう少し選べと……」
文句言ってやろうと思ったところで、大和さんが戻って来た。
『お待たせしました。では、こちらの物件からどうぞ』
そう言って見せた物件は駅前のマンション。もちろんセキュリティは完備の3LDK。
どう考えても夫婦子供二人の4人家族が住める広さだ。大和さんの説明を聞く神野の顔
も、さっきよりは真剣である。
『まあ、さっきよりはマシですわね。他にはありませんの?』
『もちろん、お薦めの物件はまだあります。では次にこちらはですね……』
あまりにもかけ離れた世界の話に、俺は正直付いていけなくなった。暇つぶしにと携
帯を開いてネットを見ていたら、横から神野が苛立たしげに叱り付けて来た。
『ちょっと貴方。何を素知らぬ顔で携帯なんていじってますの? わたくしが熱心に部
屋探しをしているのですから、貴方もちゃんと聞いてなさい』
「え? だって住むのは神野なんだし、俺は関係ないじゃん。ていうか、雲上人の話に
付いていけなくてさ」
『関係ないことありませんわ。貴方だって……』
途中まで言いかけて、神野がハッと口を押さえる。
「何だよ? 俺がどうかしたのか?」
怪訝に思いつつ、先を聞くが、神野は何故か顔を赤らめて俺を睨み付けた。
『何でもありませんわ!! と、とにかくわたくしに協力してくださると約束した以上、
ちゃんと話を聞くのが義務ではありませんこと?』
「俺、協力するなんて一言も言ってないんだが」
36 名前:5/7[] 投稿日:2012/03/31(土) 20:53:25.98 ID:p51m8L6L0 [19/23]
どう思い返しても、強引に神野に押し切られただけの気がする。なのに神野はますま
す顔を険しくさせて怒鳴り返した。
『男が細かいことでゴチャゴチャ言うんじゃありませんわっ!! とにかく、わたくし
の部屋探しに真剣に付き合いなさい。いいですわねっ!!』
俺は返事をせず、ただ肩をすくめて答えた。
『あの……宜しいでしょうか?』
困った顔の大和さんが、そっと口を挟んで来る。目の前でケンカされたら、そりゃ困
るだろう。神野は即座に、普段の優美な態度に戻って頷く。
『ええ。もう済みましたわ。話を続けてくださる?』
『かしこまりました。えっと……ですね』
仕方無しに、俺も一緒に話は聞くが、ハッキリ言って眠い。ここは大和さんの営業熱
心な姿に心ときめかせるかと彼女に視線を注いでいたら、いきなり耳をつねられた。
「いって!! 何すんだよ神野!!」
『何でもありませんわ。この変態男』
「何でもないのにつねるなよ。さらに変態呼ばわりとかねーだろ」
女性の前で女性から変態呼ばわりされるほど辛い事はない。だというのに、俺の抗議
を神野はシレッと受け流す。
『知りませんわよ。ご自分の胸にでも聞いてみたらどうですの』
神野の態度から察するに、どうも俺が大和さんを見ていた事に気付いているようだと
しか思えなかった。しかしその程度の事で何故怒るのか? まさかという可能性も浮か
んだが、俺はそれを自ら否定する。多分、神野のプライドの問題なだけだ。きっと。
『あの……それで、いかがでしたでしょうか?』
恐る恐る聞いてくる大和さんに頷きつつ、神野は外観の写真やら間取り図を見て呟く。
『ええ。貴女の説明が悪いとは言いませんけど、どうもこう……写真とか図面だけでは、
イメージが湧きにくいですわ。もう少しこう……実際住んだらどうなるかというのが……』
難しげな顔で思案する神野に、大和さんがニッコリと頷いた。
『それでしたら、これからご紹介した物件をご案内して、実際に見ていただく事も出来
ますけど、いかが致しますか?』
『あら? 見せていただけるんですの?』
神野が顔を上げて聞き返すと、大和さんが頷き返す。
37 名前:6/7[] 投稿日:2012/03/31(土) 20:53:53.89 ID:p51m8L6L0 [20/23]
『はい。お部屋の方を見ていただければ、どのような暮らしになるか……例えば、家具
の配置ですとか、お部屋やクローゼットの広さですとか、お風呂場の使い心地なんかも
体感出来るかと思いますけど』
『では、そう致しましょう。行きますわよ、別府』
即決で神野が立ち上がる。どうやら、俺の休日が無くなる事は、決定したようだった。
『どうそ、お乗り下さい』
車を回してきた大和さんが、後部座席のドアを開けて俺たちを招き入れる。しかし、
車を一目見た神野が顔をしかめて言った。
『随分と小さい車ですのね。こんなものに客を乗せるとか、信じられませんわ』
『申し訳ありません。うちの社用車は、これしかありませんので窮屈だとは思いますが、
我慢して頂けますか?』
神野の暴言にも、大和さんは申し訳無さそうに頭を下げて対応する。どうやら、彼女
の性格という物を完全に理解したらしい。社会人ってすげーなと、俺はマジで感心した。
『仕方ないですわね…… 別府。貴方、先に乗りなさい』
「はいはい」
どういう意図か知らないが、逆らっても無意味なので先に車に乗り込む。後から続い
て神野が乗ってくると、いきなり俺の方に向かって体を押し付けて来た。
「ちょ……おいおい。何で詰めて来るんだよ。狭いだろ」
『わたくしの空間を作るためですわ。もっと端っこに寄りなさい』
「ちゃんと一人分のスペースあるだろが。つか、もう無理だって」
反対側のドアに無理やり押し付けられて、俺は抵抗する。しかし、こんな状況だって
のに、神野の体やら太ももに反応してしまう俺って情けないなと自嘲する。
『狭い車に我慢して乗っているんですのよ? 殿方が女性の為に場所を確保するのは当
然ではなくて?』
「だからっつって限界があるって。つか、痛いって」
膝と、腰と、肩と三点で押し込んでくる神野に必死で抵抗していると、前から大和さ
んが困った顔で苦情を入れて来た。
『あの…… 申し訳ありませんが、車内で暴れられるとその……困るんですけど……』
38 名前:7/7[] 投稿日:2012/03/31(土) 20:54:53.66 ID:p51m8L6L0 [21/23]
「ああ、すみません。ほら、神野。ちゃんと席に座って、シートベルト締めろ」
そう指示を出すと、神野は何それといった顔つきで俺を見て抗議してきた。
『ちょっとお待ちなさい。何でわたくしがシートベルトなどという窮屈なものを締めな
ければなりませんの? 意味が分かりませんわ』
「安全性の向上の為に、法律でそう決まったんだよ。違反が見つかると、大和さんが迷
惑するの。だからほら、ちゃんと締めろって。彼女、困ってるだろ」
隙をみて無理やり神野を押し戻すと、俺は手早く後部座席のシートベルトを締める。
『乱暴するなんて最低ですわっ!! 大体何ですの? 大和さん大和さんって……』
口を尖らせる神野に、やっぱり違和感を感じた。俺はもう一度その妄想を振り払い指示を出す。
「左の肩口にベルトがあるだろ? それを引っ張って、たすき掛けにしてだな。金具を
この赤いところに差し込めばいいの。ほら、さっさとやらないと車出せないだろ」
子供のように言い聞かせると、仕方無さそうに神野がベルトを引っ張り出す。
『全く、何でわたくしがこんな事を……って、これ、嵌まりませんわよ?』
一生懸命に金具を差し込もうとしているが、上手く嵌まりきらなくて苦戦している。
「全く、仕方ねーな」
俺は身を乗り出して神野の手から半ば奪うようにシートベルトを取ると、カチッと嵌め込んだ。
「ほれ。これでオッケー。つか、これくらい自分でも出来るようになれって」
説教っぽい言い方に即文句が飛んでくるかと思いきや、神野は何かボーッとした顔で
俺を見つめているだけだった。
「ん? どうしたんだ?」
疑問に思って聞くと、ハッと顔を上げ、それから俺を睨み付けて怒鳴り散らしてくる。
『ななっ……何でもありませんわよ。このバカ!!』
何故にバカと罵られるのか、俺には理解出来なかった。
『それでは、出しますけど宜しいですよね?』
「あ、はい。お願いします」
そう返事をすると、車は滑るように車道へと出て行った。
最終更新:2012年04月06日 22:02