13 名前:1/7[] 投稿日:2012/04/14(土) 20:29:45.04 ID:Cyjxavne0 [3/9]
お題作成機より 後輩、遊園地、背中

『別府先輩は、春休みはどうするんですか?』
 終業式の日。春休み明けとほぼ同時に始まる新入生勧誘の為のビラ作りをしつつ、私
は聞いた。我がアコースティックギター部は部員五人の弱小部。しかも最近は軽音楽部
が某アニメのせいで人気が高まってしまい、我が部はますます危機に追い込まれている。
「んー、そうだなぁ。特に予定もないしなあ。買い物行ったり、クラスの奴らと遊んだ
り、後は予備校の模試を受けて……まあ、そんなところかなぁ?」
『つまんない春休みですね。それじゃあ普段とちっとも変わらないじゃないですか。せっ
かくの長期休みなのに、何のイベントも無しですか』
 思わず弾みそうになった声を抑え、私はワザとむっつりと、呆れるように言った。す
ると先輩は、作業する手を止めてあごに手を当てて考える。
「そんな事言われてもなあ。家族旅行するにも親は両方とも仕事だし、俺も友達も金な
いから遠出も出来ないし、近場で遊びに行きたいような場所もないしな。それに長いっ
つってもたかが2週間足らずじゃん。すぐ終わっちまうよ」
『そんな事言ってるから、あくびばっかするようなつまらない人生送ってるんですよ。
先輩の高校生活はあと一年でしょう? もっと有効活用しないと』
「有効活用ねえ。そういうお前は春休み、何か予定あるのか? 勉強と部屋の片付けと
読書とギターの練習で終わるんじゃないだろうな?」
 まるで私の普段の生活を小馬鹿にするような口調で言われたので、私はムカッと来て
言い返した。
『失礼な事言わないで下さい。それでも、ゲームとかマンガとか昼寝とかで終わる先輩
の休みよりはよっぽど充実してます』
「それは人それぞれの感覚って奴じゃん。お前からしてみれば無駄な時間でも、俺から
すれば有意義な過ごし方なんだし。そういう事じゃなくて、お前が言ったようなイベン
ト的な何かあるのかって」
『分かってますよ。日頃だらけてるだけの先輩にバカにされたのが悔しかったから言い
返しただけです』
 顔をしかめて舌を出して見せる。それから、私はポケットに忍ばせていたチケットを
出すと、両手で広げて先輩の顔の前に示して見せた。

14 名前:2/7[] 投稿日:2012/04/14(土) 20:30:12.11 ID:Cyjxavne0 [4/9]
『エヘン。どうですか、これ』
「へえ。これってヴィップランドのチケットじゃん。どうしたんだよこれ?」
『どうしたって聞き方も変だと思いますけど。普通に売ってるものなんだし。ただ、こ
れはこないだお母さんとモールに買い物に行って、くじ引きで当たったんですけどね』
 話をしつつ、ちょっと心臓がドキドキして来るのを、私は意識せざるを得なかった。
ずっと、頭の中でシュミレーションしていたシーンが、ここまでは順調に、徐々に近づ
いている。ここまで来てミスは許されない。私は落ち着くように、必死で自分に問い掛
けていた。
「ふうん。で、誰と行くんだ? お母さんと? それとも友達とか?」
 その問い掛けに、私は小さく首を横に振った。
『それが今、ちょっと持て余しちゃってるんですよね。お母さんは人込みが苦手だから、
誰か友達を誘って行きなさいって言うし、それで友子に声掛けて、最初はオッケーだっ
て言ってたんだけど、何か新聞部の合宿が入っちゃって行けなくなったって…… これ、
ペアチケットなんですけど、他には二人で行くほど親密な友達っていないんですよね……』
 そう言いながら、私は困った顔で下を向きつつ、チラチラと先輩に視線を送る。果た
して、この餌に先輩は引っ掛ってくれるのだろうか。
「何だ。じゃあ今んトコ宝の持ち腐れじゃん。つか、お前って実は友達いないんだな」
『余計な事は言わなくていいんですっ!! 友達同士だからって二人だけで行くとなる
と、適当には選べないんです。気心知れた同士じゃないと、変に気を遣う事になっちゃっ
て、面倒なんですから』
 思いつきの言い訳だったから、変に突っ込まれると返事の仕方でボロが出かねない。
だから内心不安に思いつつ先輩の態度を見ていたが、特に変な顔をされる事もなく、あっ
さりと頷かれた。
「まあ、女同士は面倒だってのは、よく岡林も言ってるけどなあ。って、アイツは誘わ
なかったのか? 」
『靖子先輩はほら。中学時代の友達とやってるバンドのライブがあるから忙しいってい
ってたし、泉美ちゃんは金欠でバイト忙しくってとっても余裕ないって言ってたから……』
 ちゃんとそこら辺は裏を取っておいたので、戸惑うことなく私はスラスラと答えた。
先輩は、フーンと言った感じで頷く。

15 名前:3/7[] 投稿日:2012/04/14(土) 20:30:33.74 ID:Cyjxavne0 [5/9]
「そっか。でもさ。せっかくペアチケット貰ってんのに一枚余らせるとかもったいなく
ね? それに一人で遊園地って、よっぽど好きでもなきゃ楽しくないだろ」
『だから持て余してんじゃないですか。はぁーあ…… 誰か暇な人いないかなぁ……』
 フリは完璧だ。後は先輩が気付いて声を掛けてくれるかどうかだけ。そうしたら、渋々
だけど、しょうがないから連れてってあげますって言いつつ、立派なデート成立だ。そ
う期待しつつチラチラ先輩を見ているのに、一向にそれらしい気配を見せない。どころ
か、事もあろうにこんな発言をよこしてきた。
「そんな都合よく暇な奴なんているかよ。頑張って自分で探しな」
 素っ気無い先輩の態度に、私はカチンと来た。この人は鈍いのかそれとも全く私に気
がないのか、それとも分かってて意地悪をしているのか。いずれにせよ、先輩からお誘
いを受ける、なんて甘い考えは捨てた方が良さそうだった。
『じゃあ、自分で探しますっ!! ちゃんと、当てだってありますし』
 ガタン、と椅子を鳴らして席を立つ。それを見た先輩は視線を落とし、興味無さそう
な風で作業に戻りつつ呟く。
「何だ。まだ当てあんのか。なら、悩む必要なんてなかったんじゃん」
 そんな先輩を無視して、私はつかつかと机の反対側に回って先輩の傍に立つ。私に気
付いて顔を上げた先輩に、ビシッと指を付きつけた。
『だから、その……最後の当てです』
「は? 俺?」
 キョトンとする先輩に、私は頷く。
『そうですよ。だってさっきまで言ってたじゃないですか。春休みする事、特にないっ
て。私の知り合いで、春休みを暇してるのって、あと先輩しかいないんですもん』
「いや、ちょっと待てよ。確かに大した用事がないとは言ったけどよ。だけど暇って訳
じゃないんだぜ。これでもいろいろとやる事が――」
『一日くらい、時間作れますよね? 金欠で遊びにも行けない先輩には、ピッタリの話
じゃありませんか? タダ券なんだし』
 ついつい、偉そうな物言いをしてしまう自分に、私はちょびっと嫌悪感を抱いてしま
う。どうしてこう、もっと可愛らしく、私と一緒に遊園地に行って下さい、とか言えな
いんだろう。だけど、思っただけで恥ずかしくて痒さに悶えてしまうようじゃ無理かも
知れない。

16 名前:4/7[] 投稿日:2012/04/14(土) 20:31:00.73 ID:Cyjxavne0 [6/9]
「うーん……っても、電車賃に昼飯代。あと他にも飲んだり食ったりするだろうし、何
よりも遊園地ってのがなあ…… 個人的にはそんなに好きじゃないし……」
 またしてもブツブツと呟きながら考え込んでしまう先輩に、イラッとして私は怒鳴った。
『じゃあ、行きたくないんですかっ!!』
 女の子が、面子捨てて誘ってるというのに悩まれるなんて、私ってやっぱり全然魅力
ない子なんだろうか。そういう度に回りはみんなそんな事ないよ、かなみは可愛いよっ
て言ってくれるけど、こういう態度を取られるとどうしても疑問に思ってしまう。
『別にいいんですよ私は。先輩と行きたくて誘ってるわけじゃありませんもん。あとは
先輩くらいしか一緒に行けそうな人がいないから仕方なく誘ってるだけで、来たくない
なら来なくたって、一向に構いませんっ!!』
 一気にまくしたててから、先輩を睨み付ける。すると先輩は慌てて手の平を私にかざ
して振った。
「ああ、いやその、お前と行きたくないとかそういうんじゃなくてさ。ただ、何ていう
かその、うーん……」
『行くのか行かないのか、男ならスパッと決めて下さい!!』
 何を弁解しようとしたのか知らないが、全然弁解になっておらず、態度を決めかねて
いる先輩を急かすと、私は背を向けた。そのままジッと先輩の返事を待つ。このまんま
断わられたら、もう逃げ帰るしかない。そう覚悟しつつ、私は緊張して先輩の返事を待った。
「……分かった。行くよ。まあ……せっかくだしな……」
 その返事に、私はホッと安堵の吐息を漏らす。本当に、断わられなくて良かったと、
今はしみじみそう思った。先輩の方に向き直ると、チケットを差し出す。
『はい。じゃあこれ』
「え? 今くれんのか?」
 先輩の問いに頷く。
『持ってた方がその気になるかと思いまして。で、日にちなんですけど、いつがいいですか?』
 こうなったら、善は急げとばかりに、私はさっさとスケジュールを決めに掛かる。
「え、俺か? いや、俺は特別決まった予定とかある訳じゃないから、いつでもいいぜ。
そっち決めてから、他の用事作るから」
 先輩の言葉に頷き、私はポケットから小さなスケジュール帳を取り出す。今はスマホ
とか色々ある時代だけど、これに関しては私は手書き派だ。

17 名前:5/7[] 投稿日:2012/04/14(土) 20:31:36.26 ID:Cyjxavne0 [7/9]
『じゃあ、2日の月曜日とかいかがです? 確か先輩、日曜日は模試でしたよね? だっ
たら、終わってからの方が気分転換にもなっていいんじゃないかと』
「あー…… そーして貰えると助かるわ……」
 何やら気の乗らない返事をする先輩にイラッと来て、私は噛み付いた。
『何ですかその態度。せっかく誘ってんだからもうちょっと乗り気になってくれたって
いいじゃないですか。あと、模試の後にしたのは気もそぞろな人を連れて行ってもこっ
ちも面白くないからってだけで、別に先輩の為にした訳じゃありませんから』
 先輩はそれに反応せず、よっと言わんばかりに背もたれに預けていた体を起こした。
両手を組んで伸びをし、凝りを解すように首を回してから私を見上げた。
「しゃーないな。行くと決めた以上は腹括るか。よし、じゃあ2日の月曜な。時間は何時だ?」
 一部引っ掛かる言葉があったとはいえ、先輩がようやく乗り気な態度を見せてくれた
事に綻びそうになる顔を抑え、私は時計を見た。
『そーですね…… じゃあ、美府中央駅の改札に7時待ち合わせで』
「7時ぃ? そりゃまた早くね?」
 先輩の抗議を、私は手で退ける。
『だって、開園時間には絶対間に合わせたいんですもん。でないと、乗り物全制覇とか
出来っこないし』
「んなもん、せんでいいし……」
『やりますよ、絶対。先輩にも絶対に付き合ってもらいますからね』
 挑むように先輩を睨み付けると、先輩は諦めたように首を横に振った。
「やれやれ。こりゃ大変だぜ。リフレッシュどころか拷問ツアーになりかねんな」
『くどくどと女々しい事言うのは止めて下さい。いいですか? 当日はちゃんと、オシャ
レな格好して来て下さいよ? 形はどうあれ、女の子と二人でお出掛けなんですから、
ちゃんと私が並んで恥ずかしくないように。いいですね?』
 まるで子供に言い聞かせるように言うと、先輩はただ、肩を竦めて答えただけだった。

18 名前:6/7[] 投稿日:2012/04/14(土) 20:32:00.81 ID:Cyjxavne0 [8/9]
 当日は、文句の応酬から始まった。
『何ですかその格好。どこがオシャレなんですか。ちゃんとした服装して来て下さいっ
て言いましたよね、私』
「えー? 一応これでも、ちゃんと考えたんだぜ。有り合わせで出来る範囲で」
『そこが一番許せないですよね。普通、服とか買いに行ったりしません? どんだけ手
抜きなんですか?』
「金ねーって言ったろ? これでもありあわせの服で出来るコーディネートはネットで
チェックしたんだ。大体、お前はどうなんだよ? 服とか買ったのか?」
『当たり前じゃないですか。ちゃーんと、一昨日買い揃えましたもん。あ、もちろん先
輩の為にオシャレしたかった訳じゃないですよ。こういう機会じゃないと、お母さんか
らなかなか服代とか貰えないんで』
 前半は嘘で、後半は本当の事だ。アルバイトもしていない女子高生にとって、オシャ
レに掛ける金は概ね親頼みになる。ただ、こういう時でないと、なかなか出して貰えな
いのが辛いところだ。
「いーよ。いちいちそんなん断わらなくても。俺の為にだなんて、別に期待してねーし」
 素っ気無い言葉だったが、内心怒っているのではないかと、私はちょっと不安になる。
とはいえ、謝るというのも変な話だったので、私は少しでも気分を変えようと話題を少
しだけずらす。
『ところで先輩。それよりもどうですか? 私の格好は』
「は?」
 変な顔で聞き返す先輩の態度に、私の心が一瞬挫けそうになる。普段、自分アピール
なんてしない私だから、これは結構勇気のいる質問なのだ。しかし、せっかくの先輩と
のデートなのだから、やっぱり少しでもオシャレを褒めて欲しい。そう気を取り直して、
私はもう一度チャレンジした。
『だから、私の、その……今日の格好見て、どう思いましたかって。い、一応その……
先輩も男子だから、参考までに聞いておこうかなって……』
 先輩の顔が見られずに、私はうつむいてしまう。胸が高鳴って、ちょっと苦しかった。
期待と不安が入り混じり、先輩が答えてくれるまでのほんの少しの間が、とてつもなく
長く感じられる。

19 名前:7/7[] 投稿日:2012/04/14(土) 20:33:30.32 ID:Cyjxavne0 [9/9]
――どうしよう。もし、可愛いよ、なんて言われたら……それだけで、腰が砕けちゃい
そう。でも、万が一しらねーよそんなのなんて言われたら……
 悪い想像がだんだん大きくなる。それを振り払い、私はギュッと拳を握って待った。
「……ま、まあいいんじゃねーの。普通に、似合ってるとは思うし」
 先輩の声が耳に届いた瞬間、私は顔を上げて先輩を見た。私から顔を逸らし、あごに
手を当てて、いささか不機嫌そうな難しい顔をしていた。
『……何ですか。その答えは』
 口を尖らせ、私は文句を吐き出す。
『すっごい微妙なんですけど。何か、第三者視点っていうか、普通にとかそれ、褒めて
んですか貶してんですか?』
「いーだろ、別に。俺がそう感じたんだからそう答えたまでだっての。答えに文句言わ
れたら、何も返せねーよ」
 先輩も、怒った顔で私を見つめる。いや、怒っているのか? それとも、もしかした
ら、と私は期待する。もしかしたら、照れているのではないかと。
『分かりました。もういいです。先輩にそれ以上の答えなんて期待したって、無理そう
ですから』
 やや納得は行っていないが、私は矛を収めることにした。多分、一応あれでも褒めて
くれたつもりなんだと、好意的に解釈出来ない事もないし。最悪よりはずっとマシだと。
『それより早く行きましょう。今の無駄話で時間使っちゃったし、急がないと』
 勇気を出して、先輩の腕を取り、引っ張る。
「あ、おい。ちょっと待てって!!」
 先輩の抗議も聞かず、私はそのまま早足で改札へと向かった。こうして、私の初デー
トが、始まったのだった。


最終更新:2012年04月30日 18:21