10 名前:1/5 :2012/04/22(日) 22:25:31.03 ID:HrYSRW770
  • お題作成機より 後輩、遊園地、背中〜その2〜
『先輩。ほら、こっちですってば。早く!!』
 園内に入るなり、目当てのアトラクションへと急ぎたい私は、先輩を急かす。それに
先輩は、渋々な顔で付いて来つつ、文句を垂れた。
「別にそんなに急ぐ事ねーだろ。ジェットコースターとか、逃げやしないんだし」
『何言ってるんですか。これでも結構並ぶんですからね。早く行かないと、それだけ回
れる時間が少なくなっちゃうし』
「お前、どんだけ回る気なんだよ?」
『せっかくのタダ券なんだし、回れるだけ全部回りますよ。当然じゃないですか』
 あと、せっかくの先輩とのデートなんだから、出来る限り満喫しないと、と心の中で
付け加える。だというのに先輩と来たら、何だかあまり気の乗らない顔で、周りをキョ
ロキョロと見つつ、ゆっくり歩いている。
『何でそんな面白く無さそうな顔してるんですか。せっかく人がチケットあげたんだか
ら、もうちょっと楽しそうな顔とか出来ないんですか?』
 先輩の態度が不満で文句を言うと、先輩はぶっきらぼうに答える。
「俺は最初っから遊園地はそんな好きじゃねーって言ったろ。ていうかさ……」
 そこで先輩は一旦言葉を濁し、言いにくそうに顔をしかめてから、小声で付け加える。
「俺、実はジェットコースターとかああいう絶叫マシン系ってすっげー苦手なんだよ。
だから、お前一人で先行って並んでろよ。俺は下で待ってっから」
『あれ? 先輩ってもしかして、怖がりなんですか?』
 気乗りしない理由が分かってホッとすると同時に、少し意地悪な気分が働いて、私は
先輩を揶揄する。すると、先輩はムッとした顔で言い返してきた。
「怖いとかそんなんじゃねーよ。ただ、あの上から急降下する時の感覚が嫌でさ。気持
ち悪くなんだよ。アレ」
『えーっ。何言ってるんですか。あの浮遊感が気持ち良いのに。やっぱり単に、高い所
から落ちる感覚が怖いだけなんじゃないですか?』
「何だっていいよ。とにかく、俺は乗りたくないからお前先に行っとけ。いいな?」
『嫌です』
 にこやかな笑顔を見せて拒絶すると、私は先輩の服の袖を握った。

11 名前:2/5 :2012/04/22(日) 22:25:51.70 ID:HrYSRW770
『私と先輩と二人しかいないのに、誰とこの楽しみを共有すればいいんですか? 一人
で乗ってたら、先輩を連れてきた意味ないじゃないですか』
「俺は楽しくねーっての」
 何だか必死に拒絶する先輩を見てたら楽しくなってきた。
『そんなの関係ありません。大体、高校生にもなって、ジェットコースターくらい乗れ
ないでどうするんですか。そんなんじゃ、大人になってから苦労しますよ』
「意味分かんねーし、それ。別に遊園地とか来なきゃいいだけだろ?」
『ダメですよ。私は遊園地好きなんだし。いい機会ですから、ここで克服しましょうよ』
「だから、お前が好きなのとか全然関係ないだろ? 克服する必要なんて全然ねーし」
 先輩はそうかも知れないが、今後もデートの時にこんな感じだと私は困るのだ。私は
先輩との遊園地デートをこれっきりにするつもりなんて全然ないし。だから、何として
もここは先輩にジェットコースターに乗って、恐怖を克服して貰わねばならない。
『仮に他の人と行った時もそんな醜態晒す気ですか? 私は先輩のダメなところなんて
いっっっっぱい、見てますから、今更幻滅なんてしませんし。ていうか、はなっから幻
滅してるようなものですから、安心してください』
「だから、安心出来ないっての。乗りたくないって言ってるんだから、もう放置しとい
てくれって」
『だからダメですって』
 いい加減面倒くさくなってきて、私は先輩の袖を掴んでいた手を離すと、今度は腕全
体を体で抱え込んだ。
『もう、早くしないとそれだけ待ち時間が増えるんですから、行きますよ。先輩の遺言
は、並んでいる最中にいくらだって聞いてあげますから』
「お前鬼だろ? って、引っ張るなって!! お、おい!! ちょっと待てコラ!!」
『ほら、もう子供じゃないんだから、いつまでも駄々こねてないで、早く来て下さいってば!!』
 意外なほど抵抗の少ない先輩の体を引っ張り、私はジェットコースター乗り場へと急
いで向かったのだった。
 そしてそこで初めて私は、先輩の腕に抱きつきながら歩いていた自分がいた事を自覚
し、恥ずかしくて死にそうになったのだった。

12 名前:3/5 :2012/04/22(日) 22:26:29.80 ID:HrYSRW770
「死んだ……」
 まだ青ざめた顔のまま、ベンチに腰掛けてジュースを口にする先輩の前に立ち、私は
呆れた顔つきで見下ろしていた。
『ほんっと情けないですね。まだ半分くらいしか絶叫マシン制覇してないのに、この後
どうするんですか』
「少なくとも俺はもうお腹いっぱいだわ…… つか、だから嫌だっつーたのによ……」
『隣にいる私の方がよっぽど恥ずかしかったですよ。乗り込んだ時からずっとお祈りみ
たいなの唱えてるし、動き出したらやっぱり無理だの助けてくれだのって……絶対周り
の人笑ってましたよ……』
「うるせーな…… こっちはホント生きた心地がしなかったんだからな。あんなん、一
歩間違えればガチで吹っ飛ぶぞ……」
『そんな事、まず有り得ませんから。苦手なだけで怖い訳じゃない、とか強がってたけ
ど、やっぱりただの臆病なんじゃないですか』
「うるせーよ…… どうしてお前があんな風にはしゃげるのか、そっちの方がよっぽど
不思議だっての」
 げんなりした顔で私を見て肩をすくめる先輩に、私はため息をついてみせる。もっと
も、態度で見せているほど幻滅している訳ではなくて、むしろ本気で怖がる先輩に普段
見れない可愛らしさを見出して、これはこれでありかなと思ったりもしていた。
『そろそろ休憩もいいですよね? 次はどうします? この暴走超特急とかいうのにし
ます? それとも空飛ぶじゅうたんとか……エアロダンシングなんてのもありますけど』
 私の提案に、先輩はもう勘弁とばかりに首を横に振る。
「冗談じゃねー。もう絶叫系はいいっての。少なくとも、次は乗り物以外にしようぜ」
『情けないですね、ホントに……』
 まあ、あまり先輩を苛めても可哀想なので、仕方なしに私はマップを開く。とはいえ、
絶叫系以外となると、これが意外と少なかったりする。大観覧車みたいなデートスポッ
トの定番はもちろん最後の締めにしたいし、メリーゴーラウンドもまだちょっと早い。
「どれ? ちょっと貸してみ?」
 悩んでいる私に、先輩が手を出してマップを要求する。私は慌ててそれを拒否した。
『いえ、いいです。今日は私が全部エスコートしますから、先輩はまだ休んでて下さいってば』

13 名前:4/5 :2012/04/22(日) 22:26:58.55 ID:HrYSRW770
 実は、私にもどうしても苦手で、いつもだったら絶対入らないアトラクションがある
のだ。もちろん、今日はせっかくのデートなので、全制覇を目指して意気込んで来たの
だが、いざとなるとどうしても気乗りがしない。もしそれが先輩にバレたら、今まで偉
そうにしてきた面子丸潰れである。
「いや。ただ見てみたいだけだよ。他にどんなのあるかってさ。いいだろ、そのくらいなら」
『う……』
 見るだけ、と言われて私は拒否する根拠を失ってしまう。そこを断われば、却って不
審がられてしまいかねない。
『き、決めるのは私ですからね。あくまで見るだけですよ』
 渋々ながらにマップを手渡すと、先輩が広げて見始めた。
「ちぇっ。こうして見ると、ホント遊園地って乗り物系多いよな。絶叫系以外だと、た
だの汽車とかじゃつまらんよな。レースも今はやりたくないし……」
『やっぱり選んでるじゃないですか。言っときますけど、先輩の意見なんて絶対参考に
もしませんからね』
 うっかり先輩が決め兼ねないうちにと、私は釘を刺す。にもかかわらず、私の言葉な
んて聞こえなかったように、先輩はアトラクションを吟味していた。
「ああ。ミラーハウスなんてのもあるんだな。こういう迷路みたいなのも楽しそうだな」
『別に構いませんけど、でもなんか鏡の部屋って四方八方に先輩が映るって事ですよね。
なんか気持ち悪くなりそうです』
「ほっとけよ。じゃあ、次はこれにするか」
 先輩が決めて歩き出そうとするのを、私はコートの裾を掴んで止めた。
『ダメですってば』
「何でだよ。今、構わないって言ったろ?」
『行くのは構いませんけど、次に行くアトラクションは私が決めるんですから、勝手に
行こうとしないで下さい』
 ここでうっかり先輩の権利を認めてしまうと、後々響きそうな気がするので、私はキッ
チリと止めた。しかし先輩は不満そうに口を尖らせる。
「少しは俺に決めさせてくれたっていいだろ? もう昼飯間に挟んで三つも絶叫系乗り
継いだんだし、次くらい大人しいのにしようぜ」

14 名前:5/5 :2012/04/22(日) 22:27:20.51 ID:HrYSRW770
『だって、まだあと四つも残ってるじゃないですか。万が一回りきれなくても、これだ
けは全部制覇しておきたいんです』
 断固として主張する私に、先輩はうんざりしたように首を振ってみせる。
「だってお前、パイレーツなんて二つもあるじゃん。さっきこっちのでかい方乗ったん
だから、こっちはいいだろ? ジェットコースターだってこっちのミニスクリューはい
いじゃん。お子様向けみたいだし」
『それはそれで、違う楽しみがあるんです。それに、スリルとかドキドキ感が味わえる
ものの方が楽しいじゃないですか』
 絶叫系に行きたいばかりに、私はつい迂闊な発言をしてしまった。それを聞いた先輩
が、マップを見て気付いてしまったのだ。
「スリルとかドキドキ感だったら、絶叫系じゃなくても味わえるだろ。お化け屋敷とか、
秘境探検隊とか」
 その名前を聞いた途端、私は思わず背筋をビクッと伸ばした。そう。私の苦手なアト
ラクションとは、お化け屋敷なんかのホラー系なのだ。とはいえ、それを先輩に悟られ
たくない私は、必死で強がりを見せた。
『……そういうのって、大抵子供だましみたいなのばっかじゃないですか。きっとつま
んないですよ』
「でも、遊園地ならジェットコースターと並んで定番物だろ? しかも最近は中身も凝っ
てて結構ハードだって話じゃん。やっぱりバランス取る為に、ここは行っといた方が良くね?」
 その言葉に、私は反論する言葉を思いつかず、押し黙った。実際先輩の言うとおり、
定番物として抑えておく物だし、デートとしても定番なので、私としても今日は我慢し
て行こうとは思っていたのだ。だが、まだ心の準備が出来ていない。
『で、でもお化け屋敷ってなんだかんだ時間掛かるじゃないですか。もう一つくらい……
さっきのミニコースターみたいなのとか乗ってからにしません? この程度なら先輩も
きっと平気ですよ。だから……』
「あのさ。一つ聞いていい?」
 私の言葉を遮り、そう問い掛けつつ先輩は窺うように私の顔を見た。もしかして、バ
レたかと、私の背中に冷たいものが走る。そしてそれは的中した。
「もしかして、お前ってお化け屋敷とか苦手なのか?」

最終更新:2012年04月30日 18:24