41 名前:1/5[嘘です5レスです] 投稿日:2012/04/28(土) 21:35:35.95 ID:wmZGVlMJ0 [7/11]
「……大丈夫か、椎水。先行くの無理そうなら、さっきの人に言って、途中でリタイア
させて貰おうか?」
心配した声で、先輩が私の様子を窺う。しかし、まだ一片の矜持が残されていた私は、
首を横に振って辛うじて強気な態度を取って見せた。
『なっ……ななななな……何言ってるんですか先輩はっ…… わ、私これくらいその……
ぜっ……全然平気ですってば…… せっ……先輩こそ……こ、怖くて泣き喚いたりしな
いで下さいよ……』
とはいえ、先輩にしっかりとしがみ付いたまま、歯をカチカチと鳴らしながら言った
ところで説得力も何もあったものじゃない。先輩はしばらくジッと私を見つめていたが、
右手で私の頭をクシャリと撫で回して頷いた。
「分かった。それじゃあ、さっさとお堂にお札置いて帰ろうな」
諭すように私に言ってから、先輩が歩き出す。それに引き摺られるようにして私も歩
く。道幅はさっきよりも狭くなっており、暗くて足元も見えづらい。そして、いきなり
出し抜けに突風が吹いた。
『キャアッ!!』
驚いて悲鳴を上げ、先輩の腕に顔を埋める。すると、ざわざわと微かに声が聞こえて
来た。
[行カセヌ…… 行カセヌゾ…… オ主ラ…… 殺ス…… コロス…… 殺スゾェ……]
『ひぃやあああああっ!!』
「大丈夫だって。こんなの、録音してあるCDとか流してるだけだから」
『だだだだだ、だってだって、殺すって……』
「雰囲気作りだよ。まあ、良く出来てるとは思うけどな」
怖がる私に事も無げに答えてから、先輩は普通に歩き出そうとした。その腕を引いて、
私は首を振った。
『待って下さいってば!! その……もっとゆっくり……歩いて……』
「何だ? どうかしたのか?」
『その……あああ、足が……』
42 名前:2/5[] 投稿日:2012/04/28(土) 21:35:56.89 ID:wmZGVlMJ0 [8/11]
恐怖で竦んだ足が、ガクガクして上手く前に進んでくれなかった。先輩は、困った顔
で頭を掻きつつも、頷く。
「しょーがねえな。平気だっつっときながら。じゃあ、ゆっくり歩くから、しっかり掴
まってろよ」
先輩の言葉に、私はカクカクと首を縦に振る事で辛うじて同意の意を表す。火の玉が
周りを周回し、呪うような声もひっきりなしに聞こえてきては私の恐怖を煽り続ける。
『だだだ、大丈夫なんですよね? こ、子供だましに決まってますよねこんんんあの……』
呂律の回らない口調で、自分に言い聞かせるかのように先輩に聞くと、先輩は小さく頷いた。
「大丈夫だって。所詮はアトラクションなんだからさ。まあ、かなり出来は良いと思う
から、本物に近い亡霊とかは出て来るだろうけど」
本物そっくりの亡霊と聞いて、私の心が竦み上がる。
『で……出て来るってどこから……?』
こわごわと周りを見回すと、ちょっと考え込んでから先輩が答える。
「うーんそうだな。ありがちなのは真横からとか――」
先輩が言い終わらないうちに、いきなり、左右からザザアッ!!という草が掻き分け
られるような音と共に、腐りかけたゾンビが、私達の両側にそそり立った。
「『きぃやああああああああああああああああああああああっっっっっっっっ!!!!!!!!』
大絶叫を上げて、硬直したまま私は、ゾンビを見つめる。目玉がズルッと落ち、私の
顔の目の前で、むき出しの歯がカチカチと音を立てて鳴った。
『いやああああああああああああああああっっっっっ!!!!!!』
矢も楯も堪らずに先輩に抱き付き、私は絶叫した。
「だ、大丈夫だってば。作り物だからこれ。ほ、ほれ。これ以上は近寄って来ないし」
焦って宥めようとする先輩の声も耳に入らずに私は叫び続ける。
『いやいやいやあっ!! 怖い怖い怖い怖いこわいいいいいっっっ!!!! やだやだ
やだ死んじゃうううううっっっっ!!!!』
無我夢中で叫んでいた私がしばらくしてようやく少し落ち着いたとき、背中を優しく
何かが叩いているのに気付いた。
『え……?』
顔を上げると、先輩の顔がすぐ真上にあった。そしてその両腕がしっかりと私の体を
抱き、背中を優しく叩いていたのだ。
43 名前:3/5[] 投稿日:2012/04/28(土) 21:36:18.11 ID:wmZGVlMJ0 [9/11]
『ふぇっ……ええええええっ!!』
我に返ると同時に、一気に羞恥心が襲い掛かり私は思わず身をよじって先輩の腕から逃げた。
「お、やっと正気に返ったか。大丈夫か?」
様子を窺う先輩に背を向けたまま、私はコクコクと首を縦に振る。
『ちょ……ちょっとびっくりしただけですってば!! い、いきなりあんなグロいの出
て来たから……』
「ちょっと……ねえ」
強がる私が面白かったのか、からかうような口調で言って先輩が笑う。それがちょっ
と頭に来て、私はクルリと振り向いて怒鳴った。
『な、何がおかしいんですかっ!! 笑わないで下さいっ!!』
しかし、先輩の顔を見た途端、さっきまで抱きついていた事を思い出し、体が物凄く
火照って、まともに顔を見られなくなり私は俯いてしまった。その頭に、先輩が軽く手
を乗せて言った。
「どうやら調子は戻ったようだな。どうだ? 先に行けるか?」
しかし、その言葉に今度は私の脳裏にさっきの恐怖が蘇る。突如現れたゾンビは今は
もうどこにもいないが、またさっきみたいな事になったら、今度は正気を保っていられ
るかどうか分からない。
「……心配だったら、俺の背中にしがみ付いて目をつぶっていろよ。そうすれば、見な
くても歩いていられるだろ?」
それは大変に嬉しい申し出であったが、同時に恥ずかしくもありまたみっともなくも
あった。だから私は、ちょっと拗ねた顔で先輩を見上げてみせる。
『先輩の背中……ですかぁ? 何かちょっと、その……頼りないなぁ……』
すると先輩が困った顔で小さく舌打ちして頭を掻いた。
「別に頼りがいあるなんて思ってくれなくてもいいけどさ。道案内兼楯代わり程度に思っ
てくれていいぜ」
もちろん断わる気なんて毛頭なかったけど、これ以上拗ねると却って先輩に迷惑が掛
かりそうなので、私は渋々の体で頷く。
『……まあ、先輩がどうしてもそうして欲しいって言うなら……我慢して先輩の背中に
しがみ付いてあげててもいいですけど?』
強がる私に、先輩はまたクスリと笑った。
44 名前:4/5[] 投稿日:2012/04/28(土) 21:36:46.57 ID:wmZGVlMJ0 [10/11]
「全くお前はよ…… まあいいか。じゃあ、どうしてもして欲しいな。俺は」
『……分かりました』
素直に私の言う事を聞き入れてお願いしてくれた先輩に感謝しつつ、私は先輩の背中
に顔を埋め、両手で服にしがみ付く。
「じゅ……準備……いいか?」
何故かたどたどしく聞く先輩に、私はコクリと頷いた。
『は……はい。その……いつでも、どうぞ……』
先輩の歩みに従って、ゆっくりと歩く。周囲から聞こえる亡霊のざわめきが相変わら
ず恐怖をそそり立たせるが、先輩の背中の感触と温もりが、幾分和らげてくれて、私は
どうにかついて行くことが出来た。
「どうだ? 平気そうか?」
少し進んでから先輩が聞いて来る。心配してくれているのは分かっていたが、それで
も私は不満気に答えを返した。
『へ、平気に決まってます!! 先輩がどうしてもっていうから……背中にしがみ付い
てあげているだけで……』
するとまたクスリと小さな笑い声が漏れたので、ちょっと頭に来て私は先輩の脇をギュッ
てつねり上げた。
「あいってえっ!! 何すんだよお前!!」
『知りません。バカ……』
先輩の抗議に悪態をついたのと、ほぼ同時だった。いきなりバサリという音と共に、
私の体に何かが絡みついてきた。
『ふぇあああああっ!! 何、何? 何なのこれえええええっ!!』
しがみ付いていた手を離し、懸命に振り払おうとするも、腕にも余計に絡みつく。す
ると先輩の鋭い声が飛んだ。
「落ち着け、椎水。ただの布だからこれ」
『ふぇっ?』
目を開けると、上から白い布が垂れ下がって来ていた。手で触れても何の変哲もない、
ただの木綿布である。
『何なんですかこれっ!! 何でこんなものが落ちて来るんです』
驚かされた事に憤慨して叫ぶと、先輩も自分に絡んだ布を剥がしつつ、布を確認する。
45 名前:5/5[] 投稿日:2012/04/28(土) 21:37:22.77 ID:wmZGVlMJ0 [11/11]
「……多分、一反木綿のつもりなんだろうな。ほら、ここに顔が描いてあるし」
布の先には、どっかのマンガよろしく二つの目が描いてあった。私はプッと頬を膨ら
ませて文句を言う。
『もうっ!! ここ考えた人って絶対相当性悪な人に決まってます!! もうこんなト
コ早く出ましょう。うんざりです!!』
「分かったよ。ほら、行くぞ」
先輩が私の前で背中を示してくれたので、私はすぐに背中にしがみ付く。しかし、ほ
んの数歩も行かないうちだった。突然、私の足首が何かにガシッと掴まれた。
『キャッ!?』
「何だ? どうした?」
私の悲鳴に先輩が振り向く。
『あ、足が……』
答えて目を開け、私は確認する為に下を向いた。そして視界に入ったのは、何やらゴ
ツイ剣道の篭手のような物を着けた人の手だった。
『ヒ…………』
恐怖で思わず息を呑み、すくみ上がる。すると何故か地面の下から、ボロボロの鎧を
身に纏った侍のような亡霊が眼光も鋭く這い出てきた。
「行かせぬ……行かせぬぞぉ……」
人形ではない、紛れもなく本物の、動く亡霊を目の当たりにして、私は声を限りに絶叫した。
『いいいいいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!』
それきり、私の意識は途絶えた。
最終更新:2012年05月07日 11:24