26 名前:1/6[] 投稿日:2012/05/23(水) 00:43:20.97 ID:kvTTnfop0 [3/10]
お題作成機:後輩・おねんね・えっちな本

「ふぁーあっ……」
『もう、先輩ってば。真面目にやって下さいよ』
 目の前で大あくびをする先輩に、私は文句を言う。すると先輩は、目をこすってからウー
ンと両手を上げて伸びをした。
「いや。昨夜ちょっと夜更かししちゃってさ。超眠いんだよ……」
『信じられません。今日は私に勉強教えてくれるっていう約束だったのに、何で夜更かし
とかしてんですか』
「いや。明日も休みだと思うと、つい油断しちゃってさ。ホントは2時には寝ようと思っ
てたのに、気付いたら空が明るくなっててさ。ふぁーあ……」
『ほんっと。先輩って自堕落というか、自己管理できない人ですよね。いくら勉強出来たっ
て、だらしなければ何の意味も無いのに。ていうか、よくそれで成績維持出来ますよね。
信じられません』
 今、私の目の前で大あくびしている人は別府タカシさんと言って、高校の文芸部の一つ
上の先輩で、何と学年でも上位五位に入る頭の持ち主なのだ。それに対して並くらいの成
績でしかない私は、今こうして、中間テストを前に勉強を教えて貰っているわけなのだが、
いかんせん、先輩があくびばかりしていて、ちっとも進まないのである。
「テスト直前になると、集中力が何故か増すんだよな。まあ、そういった意味ではゲーム
も勉強も同じだけどな」
『ゲームってなんですか? あ、分かりました。パソコンでやるエッチなゲームでしょう?
ホント、先輩ってスケベで最低ですよね』
 思いつきで先輩を罵ると、さすがに先輩も不満そうな顔をした。
「お前な。勝手な想像で人を詰るなよな。パソコンでってのは間違ってないけど、普通の
MMO……ネットゲームだよ。ネット上とはいえ、一応付き合いあるからなかなか抜けられなくてさ」
『そこで何で明日約束があるから落ちるって言えないんですか。そんなの全然、言い訳に
も何にもなりませんてば』
 何だか、私に勉強を教えることよりゲームを優先されたようで、至極腹が立つ。私の魅
力はゲームに劣るのかと。いや、劣るんだろうな、きっと。先輩にとって私は、生意気な
後輩に過ぎないんだろうしと、自虐的な想いに落ち込んでしまう。

27 名前:2/6[] 投稿日:2012/05/23(水) 00:43:42.10 ID:kvTTnfop0 [4/10]
「分かってるよ。だから、今はやり過ぎて失敗したとは思ってるけど……あー……眠いぜ
ちくしょう」
『だからって言い訳にはなりませんからね。約束なんですから、やる事はちゃんとやって
貰いますよ』
 せっかく掴んだ先輩と二人きりのチャンス。今はこうして差し向かいだけど、そのうち
すぐ傍に座って教えてもらってあわよくばいい雰囲気に、なんていう妄想通りにどこまで
行けるかは分からないけど、せめて無駄にはしたくない。
「分かった分かった。で、どこが分かんないんだって?」
 先輩があくびする前に私が質問したところをもう一度聞き返され、私はちょっと憤慨して返す。
『もう!! 全然人の言う事聞いてないんですから。ここです。ここの問い2が――』
 その時、家が軋むような感覚がして私は身を硬くした。先輩も異変を感じて顔を上げる。
「何だ? 地震か……?」
 その言葉に合わせるように、床が小さく、小刻みに揺れた。
『キャッ……』
 小さく叫んで私は立ち上がる。先輩も僅かに腰を浮かしてそのままの姿勢で様子を見る。
振動は1分弱続いて、やがて完全に感じなくなった。
「ふぅ…… 最近多いよな。地震」
『ホントですよね。まあ、小さいのなら多少慣れましたけど、まだドキッとします。また
揺れが酷くなるんじゃないかって……』
 安堵して座りつつも、このタイミングで来た地震にちょっと怒りを覚える。どうせなら、
先輩と隣り合わせの時に来てくれれば、抱きつく口実になったのにと。
「まあ、収まったみたいだし、勉強続けるか。えっと……」
 再び勉強に戻ろうとした矢先だった。今度はクローゼットの中から、ドサドサドサーッ
と何かが盛大に崩れるような音がした。
「な、何だ?」
 驚く先輩の声に合わせるように、私はクローゼットに向き直った。それから慌てて立ち
上がりつつ、先輩を手で制する。
『た、多分今の地震で棚の上に積んであった物が落ちたんだと思います。気にしないで下さい』

28 名前:3/6[] 投稿日:2012/05/23(水) 00:44:09.32 ID:kvTTnfop0 [5/10]
 人の事をズボラだ何だ非難する割りには、実は私も片付けが下手だ。今日も、先輩が来
るに当たって収納に困った本をそのまま棚の上に山積みにした結果がこれなのだ。もっと
も、地震がこのタイミングで来るなんて思ってもみなかったけど。
『あちゃー……』
 両開きの折り戸を僅かに開けると、予想通り中は落ちてきた本でグチャグチャになって
いた。しかも拙い事に、先輩に見られたくないような本まで一緒になっている。
「どうした? 何か凍り付いてるけど、中大丈夫か?」
 先輩に声を掛けられて、私はバン、と扉を閉めるとそれに背中を預けて首を振った。
『だっ……だだだ、大丈夫です!! ほんのちょっと、物が落ちただけですから気にしな
いで下さい!! 後で片付けますから』
 そそくさと自分のクッションに戻って、私は何事も無かったかのように、シャーペンを手に取る。
『ほ、ほら。始めますよ先輩。時間は待ってくれないんですから』
「あ、ああ」
 何か首を傾げつつも、先輩は問い2の公式についての説明を再開したのだった。


――どうしようかなぁ……
 問題集に向かいつつ、半ばうわの空で私は、崩落したクローゼットの中のことを考えて
いた。
――あれ見られたら……私の女子としての人生、終わっちゃうよなぁ……
 モノローグにすら書けないような本の数々を思い、私はため息をつく。実は、勉強が終
わったら、先輩と駅前のショッピングモール内にある映画館に行く事になっていた。つま
りお出掛けをするという事は、クローゼットを開けて、羽織るものを出さなくちゃいけな
いという事だ。
――何とかして片付けないと。でも、どうやって……
 頭を捻っても、いい案が出て来ない。すると、先輩にコツンと軽くシャーペンで小突か
れた。
『ちょっ……!? 何するんですか先輩っ!!』
 びっくりして顔を預けると、先輩が難しい顔でシャーペンを振った。
「手が止まってるぞ、椎水。ほれ、さっきから1問も進んでないし」

29 名前:4/6[] 投稿日:2012/05/23(水) 00:44:31.84 ID:kvTTnfop0 [6/10]
『あう……』
 さすがに言い返せず、私は体を縮こませた。
「さっきから難しい顔してずっと考え込んでるけど、分かんないなら素直に聞けよな。同
じことでもいいから」
『いえ。大丈夫です。一回で分からないほどバカじゃないですから』
 今やってる問題は、さっきまで勉強した箇所の総合問題だから、全て先輩に教えて貰っ
た範囲である。とはいえ、問題は別のところにあるので、それは全く関係が無いが。
「それじゃ、別に悩み事とか、気に掛かる事あるのか?」
『ちちち、違いますってば!! そりゃ、女の子だから悩みの一つや二つはありますけど、
今のは全く無関係ですから!!』
 様子を窺う先輩に両手を振って否定しつつ、内心でため息をつく。無関係って事はない
なあ、と。だって、このことだって恋の悩みに直結することではあるのだから。
「そっか。なら、勉強に戻るぞ」
『ちょ、ちょっと待って下さい!!』
 私は慌てて手を振って、先輩の言葉を退ける。正直、今の状態じゃあ、クローゼットの
中が気になって勉強に集中も出来ないし。
「何だよ。まだ何かあるのか?」
 先輩に問われ、私はちょっと考え込んだ。果たして、この難局を乗り切るためにはどう
すればいいのかと。一番都合がいいのは、先輩が少しの間だけいなくなってくれることだ
けど。果たしてそんな都合よく物事が進んでくれる訳ない。しかし私は、僅かな可能性に
賭けてみる事にした。
『え、えーとですね……その……先輩、もしかして今、おトイレとか行きたくないですか?
出来れば大きい方で』
「は?」
 真顔で先輩に聞き返されて、私は一気に恥ずかしくなってしまった。果たして、年頃の
女の子がこんな発言して良かったのだろうか? いや、良くないだろ。しかも言うに事欠
いて大きい方とか。ダメ過ぎる自分に、私は頭を抱えたい気分だったが、ここはもう腹を
据えて押し切るしかない。
『いえ、その……えっと、さっきジュースとか飲んだばかりだから、そろそろトイレ休憩
とか必要なんじゃないかと……』

30 名前:5/6[] 投稿日:2012/05/23(水) 00:44:54.95 ID:kvTTnfop0 [7/10]
「いや。全然平気だけど。俺、もともとそんなにトイレ近い方じゃないしな」
『そうですか……』
 キッパリと断わられて、私はガクッと肩を落とした。その様子から勘違いをしたらしく、
先輩がやや表情を厳しくして説教して来た。
「お前な。自分が休憩したいだけだったら、大人しくそう言えばいいだろ? 素直にそう
言えないからって人をダシに使おうとするなよな」
『ち、違いますよ!! 私、別に休憩したいなんて思ってませんってば』
 ムキになって否定するも、先輩は疑わしげに私を見る。
「どうだかな。さっきからどうも勉強に身が入らないみたいだし、集中力が切れて来たん
じゃないのか?」
『せ、先輩じゃあるまいし、こんな短時間で切れるほど、私飽きっぽくないですってば』
「でも、さっきからどうにも、集中して勉強に取り組んでるとは思えないけどな」
 先輩の指摘は事実だったので、私はこれ以上言い返せずにグッと口をつぐんだ。クロー
ゼットの中を何とかしない限り勉強に集中出来ないけど、片付ける為には先輩にいて貰っ
ては困る。このジレンマに悩まされつつ考えた挙句、私は苦し紛れに一計を案じた。
『わ、分かりました。私がちゃんと勉強出来るってところを証明すればいいんですよね?』
「いや。別に証明なんてしなくても、ちゃんと勉強しさえすればそれでいいんだけど……」
『いえ、ダメです』
 私は断固それを拒否して、ダン、と数学の問題集で机を叩いた。
『先輩にバカにされて、それで我慢出来る私じゃありませんから』
「バカにって……事実を指摘しただけで、別にそんなつもり全くなかったんだけどな……」
 困ったような先輩の言葉を、私は敢えて無視した。そして問題集を開くと、付箋を貼り付ける。
『この問題集の256ページから273ページが、ちょうど今までやった範囲と重なります』
 先輩にページを示しながら、範囲の終わりにも付箋を貼る。先輩が聞いている事を確認
して、私は提案した。
『この間の問題を、今から30分以内にやりますから、全問……というのはキツイので、80
点以上取れたら、私がちゃんと集中して勉強していた事の証明になりますよね? 80点取
ろうとしたら、最低限公式はちゃんと理解出来てないと取れないですし』
「うーん…… 別に証明するとかしないとかはどうでもいいけど、まあちょうどまとめの
範囲まで来た事は確かだな……」

31 名前:6/6[] 投稿日:2012/05/23(水) 00:45:31.93 ID:kvTTnfop0 [8/10]
 考え込むような先輩の態度に、私はチャンスとばかりに畳み掛けた。
『でしょう? 先輩も寝不足で辛いでしょうし、先輩こそ30分くらい昼寝してても大丈夫
ですよ。まだこの後も少し残ってますし、寝不足のまま突入するより、自分も休憩を取り
つつ、後輩にはしっかり勉強させられるって、一石二鳥じゃありませんか?』
 どうか先輩が私の提案に乗ってくれますようにと、私は祈るような気持ちだった。先輩
は少し考えてから、頷いた。
「分かった。まあ、制限時間30分というのも、問題集を見てもちょうどそのくらいだし、
終わってからは答え合わせの間、椎水も休憩取れるしな。案としては悪くないと思うぞ」
『やっ……と、何でもありません』
 思わず諸手を上げて喜びそうになって、私は危ういところで自重した。こんな事で大喜
びしたら、逆に先輩に不審がられてしまう。
『それじゃあ、先輩は休んでて下さい。ベッドは貸せませんけど、タオルケットくらいな
ら出しますから。枕は、そのクッションでいいですよね?』
「ああ。別に構わないよ」
 立ち上がる私に、クッションを手で確かめつつ、先輩が頷く。一旦部屋から出て、廊下
の端にある壁に作りつけの棚から夏用のタオルケットを出すと、部屋に戻って先輩に差し出した。
『はい、これ。よだれなんか垂らして汚したりしたら承知しませんからね』
 ある意味、望むところだと言わんばかりの気持ちで、私は釘を刺した。
「分かった。気を付けるよ」
 寝てもいいという事になって、気持ちが緩んだのか、あくび交じりに先輩が答える。
「それじゃあ椎水。30分経ったら起こしてくれ。頼んだぞ」
 そう言いつつ、自分でも携帯のアラームをセットする。
『もちろんです。あくまで脳を活性化させるための休憩で、サボらせる為じゃありませんからね』
 小言っぽく言う私に頷くと、先輩は横になってタオルケットを体に掛けた。
「それひゃあひすい……おやふみ……」
 そのまま先輩は横になって静かに寝息を立て始めた。


最終更新:2012年05月27日 11:58