549 名前:『和嬢様』 1/6[] 投稿日:2011/08/10(水) 01:28:24.87 ID:n1rUYxn/0 [2/8]
全ての創作は、模倣から始まっている。
模倣、なんて言葉を使うマイナスのイメージは拭えない。
しかしどうだろう、模倣すると言う事はそこには模倣出来る創作物があるということで、
完成していると言う事はそれは先人による創作物だ。
機械でもあるまいし人間に完全な複製が出来る筈も無く、模倣して作り上げた物の出来
には多かれ少なかれ誤差が生じる。
その誤差は言い換えれば個性やオリジナリティとなる訳で。
自分が作った物を更に誰かが模倣すれば、其処には新しい個性が追加される。
同じ手順で作り上げたとしても、一番目と十番目には違いが生じている。
そうして連綿と受け継がれてきた模倣と個性の許容の流れを例えば歴史と呼ぶ訳で、
別に創作に限らずとも人の手が加わる事ならば同じ事だ。
芸術に然り、勉学に然り、料理に然り。
先人の遺した物を知れば、自分の創作の幅が広がる。
絵を描きたいなら美術館に行き、勉学を修めたいなら教科書を読み、菓子を作りたい
なら菓子を食う。
そう考えると洋菓子屋の息子である僕が夏休みを利用して洋菓子店を回るのは必然で、
寧ろ権利を通り越して義務ですらあると過言ではない。
「―――なんて事を考えてみたんだけど、どうかな」
冷房の効いた洋菓子店。
焼き菓子の甘い臭いに釣られた様に集まる女子学生達の会話をバックミュージックと
して、そんな話題を振る男子高校生が居た。
三人称風に言ってみたところで、僕だけど。
生憎と女子中高生向けの店に一人で突貫できる人間じゃ無いので、僕の対面の席に一人
女の子が座っていた。因みにに僕から誘った。
彼女を見たら十人に八人ほどは第一印象を「平安時代の姫」の様だと答えるだろう。
半袖のブラウスに校則通りのプリーツスカートを着ているものの、そのイメージは拭
えない。
髪留めがするりと滑り落ちそうな程に艷やかな黒髪を前は眉の位置、後ろは腰の位
置で一直線に切り揃えた、人形の様な外見。
御法川雅さん。一部で「姫」とあだ名される、僕のクラスメイトだった。
550 名前:『和嬢様』 2/6[] 投稿日:2011/08/10(水) 01:31:04.68 ID:n1rUYxn/0 [3/8]
「実に、回りくどい言い訳ですね」
雅さんはザッハ・トルテを切り分け、その欠片を一つ口に運んだ。
甘さを噛み締め、目付きが幸せそうに少し柔らかくなる。
しかしすぐに表情を元に戻して、貫くように様に僕を睨みつける。
「それで? それがわざわざ私を呼び出した理由ですか?」
「うん、まぁ、そうなんだけどね?」
口についたチョコを紙ナプキンで拭う。
そんな何気ない動作すら、雅さんがやると何処か気品が漂うように思う。
それは彼女が本当にお金持ちのお姫様だからであり、彼女自身がそれに恥ずかしくない
人間であろうと努力した賜物なんだろう。
あぁ、雅さんの名誉の為に言っておくけれど、彼女が棘のある口調になるのは僕に対し
てだけで、他の人、例えばクラスメイトなんかにはちゃんと上品で人当たりの良い話し方
をする事は覚えておいて欲しい。
つまり僕は特別枠。他の人より一歩先んじてるわけだよキミィ。
前向きにいこうぜ前向きに。
「はぁ………自分勝手な人ですね。既に知っていましたけれど」
呆れられた。
微笑んで返してみる。
「その反応はおかしいでしょう?」
心持ち眉をつり上げた表情で指摘されてしまった。
「確かに、急に呼び出したのは悪かったね。何か予定でもあった?」
「今日は母様からお茶の稽古を受ける予定でしたが。まぁ、明日に回して頂きました」
「あー、それは本当に悪かったね、ごめん」
軽く頭を下げる。
目の前に机があるので、お辞儀よりは会釈程度の下がり具合だ。
しかし、お茶て。
見た目通りに習い事も和風だなぁ。
僕とは別のベクトルで洋菓子店というシチュエーションが似合わないのは確かだ。
「………頭を上げてください。別に、謝ることでもないですから」
「そういう訳にもいかないよ、迷惑をかけたみたいだしね」
551 名前:『和嬢様』 3/6[] 投稿日:2011/08/10(水) 01:34:10.20 ID:n1rUYxn/0 [4/8]
「………………迷惑な筈、ないでしょうに」
「ん? 何て?」
「何も言っておりません。良いから頭を上げなさい。公衆の面前でそんな事をされる方が
迷惑です」
「そう?」
顔を上げる。
雅さんの前の皿からザッハ・トルテが消えていた。
……………いや、いつ食ったんだよ。
ずっと話してたけど、何か食べてる様子は無かったぞ?
女性には別腹があると聞いたが、そこに通じる別口でもあるのか!?
「どうしたのですか、弓道の的の代わりになった人間の様な顔をして」
「そこまで絶望してない………え、いつの間に食べた終わったのさ?」
「会話の合間に少しずつ、ですが?」
きょとんとした顔されてもさ。可愛いけどさ。
雅さんが不思議そうに僕の手元に目線を移す。
ザッハ・トルテと同時に運ばれてきたミルフィーユ。
まだ四分の三くらい残っている。
「食べないのですか?」
「いや、食べるけど………」
「そう、ですか。ならもう一つぐらい頼んでも大丈夫そうですね」
メニューを手にとった。
多分途中の間はお互いの食べる速度を計算していたのだろう。
スペックの無駄遣いと言わざるを得ない。
「ま、好きなだけ頼んでよ。今日は奢るし」
「結構です。自分の分ぐらい自分で払います」
「いやいや、迷惑かけたみたいだし、そのお詫びってことで」
「要りません。それではまるで私がお金を出させる為に話したみたいではないですか」
「そんなつもりは無いんだけど………じゃあ、格好つけるために払わせてよ」
「………どういう理屈ですか?」
「だって食事代は男持ちが基本でしょう。特に、デートでは」
552 名前:『和嬢様』 4/6[] 投稿日:2011/08/10(水) 01:36:36.54 ID:n1rUYxn/0 [5/8]
「は!?」
瞬間、雅さんがトーンの高い悲鳴を上げる。
周りに座っている女子中高生が数人、こちらを向く。
気付いた雅さんが口を両手で抑えて俯く。
振り向いた人達もすぐに興味をなくして自分たちの会話に戻っていった。
それを確認してから、ジャムを塗ったように真っ赤な顔の雅さんが口を開く。
「………デートでは、無い、です!」
小声で怒鳴るという手の込んだ事をしてきた。
その様子に何故か緩む頬を止めず、自然と笑顔で反論する。
「休日に待ち合わせして一緒に食事してって、これって完璧にデートじゃないかな」
「私にそのつもりはありません!」
「僕にはあるけど?」
「そもそも、こ……恋人、では無いでしょう、私達は!」
「恋人じゃなくてもデートくらいすると思うよ」
「―――は、破廉恥です!」
感情を叩きつける様に言って、真っ赤な顔のまま雅さんが立ち上がる。
からかい過ぎただろうか。
追いかけるように僕も席を立つ。
「着いてこないでください」
「いや、そういう訳には」
「………………花摘みです」
「あ、ごめん」
消え入るような声を聞き、浮かした腰を下ろした。
「……………ふん、だ」
拗ねるようにそう言った後、雅さんは店の奥の扉を開けていく。
何となく手持ち無沙汰になり、黙々とミルフィーユを切り分ける作業に没頭する。
「可愛い彼女さんですねぇ」
「はい?」
顔を上げると、ウエイトレスさんが居た。
どうやらお冷を変えに来たらしい。
553 名前:『和嬢様』 5/6[] 投稿日:2011/08/10(水) 01:39:06.81 ID:n1rUYxn/0 [6/8]
「彼女に見えました?」
「あれ、違いました? 実は妹さんとか?」
僕より年上っぽく見えるウエイトレスさんがころころと笑った。
大学生の様な雰囲気だけど、笑顔だけ見ると中学生でも通じそうな気がした。
「いえ、妹ではないですよ」
「じゃあやっぱり彼女?」
「将来僕の子供を産んでくれたらいいなぁ、と思ってる相手です」
「超回りくどいね、キミ。あと表現が生々しいよ」
「ははは、よく言われます」
「いい笑顔だ!?」
中々良いリアクションをする人だ。勤務中の筈だが大丈夫なのか、こんな態度で。
「そんなバカップルなキミ達にオススメの品があるんだけど」
「ほほう、聞きましょう」
ウエイトレスさんはメニューをパラパラと捲る。
そして一番初めのページに大きく乗っているケーキを指さした。
「これこれ、カップル限定ショートケーキ、いかがでっしゃろ」
「ぱっと見普通のケーキですが?」
「この上に乗ってるチョコプレートに任意のメッセージを書くサービスです」
「じゃあ『雅さんLOVE』でお願いします。字は優雅の雅です」
「うわぁ即答出来るんだ………畏まりましたー、少々お待ちくだっせーい」
ウエイトレスさんが伝票を持ってスキップで厨房の方へ去っていく。
キャラが濃すぎだろ。友人だったら疲れるだろうな。
再びミルフィーユを切り分けていると、雅さんが戻ってきた。
顔の赤さは元に戻っている。
「何か頼んだのですか?」
伝票の不在に気付いたらしく、そう訪ねてくる。
「なんだかオススメがあるらしくてね。頼んでみた」
「そうですか、それは楽しみですね」
「うんうん、そうだねぇ」
「………何を笑っているのですか?」
554 名前:『和嬢様』 6/6[] 投稿日:2011/08/10(水) 01:41:12.04 ID:n1rUYxn/0 [7/8]
「笑う理由なんて、楽しいからで充分じゃないかなぁ」
「………言っておきますが、これはデートではありませんからね? 私は自分で代金を払
いますし、一緒に食べたわけでなく、そう、ただ相席しただけですからね?」
目を半月にしながら、確認するように言ってくる。
「堅いねぇ。別に一緒に食事ぐらいいいんじゃないかな」
「ダメです」
「ま、良いけどさ。僕は雅さんのそういうところも好きだから」
「好……! また貴方はそういう事を!」
「いやいや、好きぐらい誰だって使うでしょう。それとも何かな? 嫌いと嫌いじゃない
で表せば良いのかな。或いはグローバルにラブとか?」
「…………もういいです。からかってますね、私を」
「からかってない、とは言い切れないね」
「………全く、もう」
会話はこれで終了です、と言外に訴えるようにそっぽをむいた。
どこか子供じみたその仕草が可笑しくて、頬がさらに緩んだ。
視界の隅にさっきのウエイトレスさんがケーキを持ってくるのが見えた。
さて雅さんはどんな反応をするのかな。
「………だから、何を笑ってるんですか」
「いや、なんでもないよ」
ウエイトレスさんが、悪戯っぽい笑みを浮かべて、ケーキを雅さんの前に置く。
最初はケーキに頬を緩ませた雅さんの目線はチョコのプレートに釘付けになり、僕の方
を見て、そして―――
―――その時の雅さんを描写するには、ここでは残念ながら余白が足りない。
ということで、またの機会にするとしよう。
ただ一つ言うならば、雅さんは最高に可愛い人だと、バカップルの様に締めておこう。
~続(かない)~
最終更新:2011年08月19日 09:41