254 名前:纏さんと夢遊病~後編~ 1/11[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 20:51:35.35 ID:TKoxEuJUO [15/29]
纏はまた例の公園へ向かうようだ。そこは、纏の自宅からも俺の自宅からも程近い場所にある。
いつ警察の巡回にぶち当たるかとヒヤヒヤしたが、短い道程でそうそう
出会うものでもないらしく、今日も無事、目的地へとたどり着いた。
どうせ起きないのだし、今日は纏の隣で堂々と観察する。昨日と同じく、ジャングルジムから攻めるようだ。
わしわしと登り、そろそろと降りる。それを昨日と同じ三回繰り返し、纏は満足したようだ。
「……いや?」
満足したと思ったが、そうでもないらしい。
昨日は遠巻き過ぎてその表情までは伺えなかったが、無表情に見えて何やら纏は不満げである。
その次の砂山もそうだ。積んでは崩し、積んでは崩し、そして微かに表情を曇らせる。
一体、纏は何が不満なんだろう。それが分かれば、少しは解決の糸口になりそうなのだが。
「……あっ」
不意に、俺は思い出していた。
ジャングルジムに一人で登り、砂山を積んでは崩すその仕草は、纏が幼少時代に公園でしていた行動そのものだった。
要するに、纏は眠りに落ちてから幼児退行しているのだ。しかし、何故?
「……理由はわかんねーけど、子供と遊んでやることくらいできるよな?」
そう考えた俺は、思いきって行動に移ることにしてみた。
255 名前:纏さんと夢遊病~後編~ 2/11[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 20:53:45.96 ID:TKoxEuJUO [16/29]
「……纏?」
きこきことブランコを漕ぐ纏に、声をかけてみる。しかし、纏に反応はない。
「纏? おい、一緒に遊ぼうぜ」
二度目の声をかけてみたが、纏は俯いて反応を示さない。これ以上大きな声を出すと昨日同様に起きてしまう。
「……あー、もしかして」
ふと、嫌な予感が頭をかすめ、俺は昔のあだ名で纏のことを呼んでみた。
「……まつりん」
すると纏はびくりと体を震わせ、俺の顔を正視した。
「やっぱりか……思考まで子供に戻ってるから、昔の呼び方にしか反応しないんだ」
なんという羞恥プレイだろう。だが、ここで諦めては意味がない。
「まつりん、どうしたの? なんでそんなつまんなそうなの?」
あえて口調まで子供時代に戻した俺に、しかし纏は答えようとしない。
257 名前:纏さんと夢遊病~後編~ 3/11[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 20:57:17.32 ID:TKoxEuJUO [17/29]
「おかあさんたち、むかえにこないの?」
何度か母親の迎えが遅れたことがあったのを思い出し、そう尋ねたが違うらしい。
ふるふると首を横に振り、纏は項垂れたままだ。
「じゃあ、だれかにいやなことされた?」
纏の家柄を妬む輩は少なくない。幼い纏がその捌け口にされていてもおかしくないはずだ。
しかし、これにも纏は再び首を横に振った。いい加減頭が痛くなりそうだ
「んーと、じゃあねじゃあね、いっしょにあそぶひとがいなくてさみしいの?」
するとようやく、纏は首を縦に振る。
昔から纏は、その口調と家柄の古さから、新しい人間関係になかなか馴染めなかった。
多分、俺が初めて出来た友達だったのではないだろうか。
「じゃあ、ぼくといっしょにあそぼっか!」
そう言うと、纏は虚ろな顔のままに、もう一度首を縦に振った。
260 名前:纏さんと夢遊病~後編~ 4/11[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 21:01:39.72 ID:TKoxEuJUO [18/29]
それから俺は、先ほどまで纏がしていた遊びを、二人してもうワンセット繰り返した。
ジャングルジムに登り、砂山で山積みをし、そしてブランコを漕ぐ。
ただ、さっきまでと違うのは、ほんの少しではあるが纏が楽しそうに見えたことだ。
夢遊病への対処療法として適切なのかは分からないが、一人遊びを続けさせるよりはマシだとも言える。
そうして今、俺はブランコを漕ぐ纏の背中を押している。
着物の布地が掌に心地よい。これはなんという布地なのか、纏が起きたら聞いてみようか。
そんな余計なことを考えていると、突然、その手が空を切った。纏が急に立ち上がったせいである。
「うわぁあっ!?」
必然的に、俺は体ごと地面につんのめる結果となった。
261 名前:纏さんと夢遊病~後編~ 5/11[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 21:05:02.05 ID:TKoxEuJUO [19/29]
「ってぇ……何すんだよ纏……急に立ち上がったらあぶねーだろが」
倒れた拍子に子供口調で喋ることも忘れた俺を、纏は見下ろしていた。
「なんだ、なんか言いたいことでもありそうな顔だな」
「……」
言葉は出さないが、その表情は分かる。これは子供が何かを言い渋っている時の顔だ。
「言いたいことあるんなら、さっさと言っちまえよ」
しかし、纏は何も言わない。黙って俺を見つめたままだ。
「……あのさ、纏」
纏の体が、ピクリと震えた。
「言いたいことあるなら、素直に言った方がいいぞ?」
纏の表情が、不服げに曇った。(ような気がした)
「俺みたいなのに弱み晒したくないのかもしれんが、愚痴くらいなら聞いてやれるからよ」
どうせ今の纏には届かぬ言葉と、たかをくくっていたのだが。
俺がそう触発したせいか、纏は次の瞬間、信じられない行動に出た。
263 名前:纏さんと夢遊病~後編~ 6/11[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 21:07:04.53 ID:TKoxEuJUO [20/29]
それは、避けることも叶わないほど素早く、迅速に。
堰の切れた河のように、箍の外れた桶のように。
頭を掻いて参っていた俺に、纏はすがりつき
「……うぇっ!?」
虚ろな顔のまま俺の耳元に唇を寄せ
そして――。
「す」
「き」
その二文字だけを発声し、俺の唇に自分の唇を重ねたのだ。
「おわあぁっ!! お前っ、何してんだぁ!!」
あまりに突飛な行動に、度肝を抜かれて大声を出してしまったが、それは纏まで届かなかった。
なぜなら纏はその時、驚くべき寝つきの良さを発揮し、俺の胸の中で寝息を立てていたからである。
265 名前:纏さんと夢遊病~後編~ 7/11[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 21:09:16.66 ID:TKoxEuJUO [21/29]
その後の処理に、俺は甚大な労力を割かざるを得なかった。
まず、眠った纏をおぶり例の土蔵に放り込む。これが一つ目の苦労。
そして帰宅すればしたで、親に家を抜け出したのがバレており、こんな
時間に何をしていたのかと激しく詰問された。それが、二つ目の苦労。
そして、「纏にもう夢遊病が発症する心配はないと納得させること」。これが、最大の苦労だった。
医者でない以上、正確な判断は出来ないが、俺には纏がこれ以上無意識に外へ出ることはないような気がした。
しかしそれを説明するためには、俺が昨夜、纏の頼みを無視したことまで説明しなければならない。
いっそ俺が見ていた昨夜は、発症しなかったということにしようか。うん、そうしよう。足も綺麗だし。
268 名前:纏さんと夢遊病~後編~ 8/11[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 21:11:23.89 ID:TKoxEuJUO [22/29]
どだい纏も、葛藤のレベルが低すぎるのだ。
俺に告白紛いのことをして唇を奪い、あまつさえそれで健やかに
眠れてしまうということは、それが夢遊病の原因だったに違いない。
自分の直感通り原因は俺だった訳だが、それにしても釈然としない。
纏が素直に告白してれば、こんな厄介なことにはならんかったのじゃないか。
そんなことを考えながら、眠い目を擦り家を出る。
すでに日付は変わって日が昇り、登校しなければならない時間である。
と、普段は部活の朝練で先に学校へ行くはずの纏が、何故か俺んちの前に立っていた。
「……おはよう。昨夜はご苦労じゃったな」
「お、おう……」
どうしても纏の唇に目が行きそうになるのを堪え、俺は入学式以来久しぶりに、纏と学校へ向かった。
269 名前:纏さんと夢遊病~後編~ 9/11[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 21:14:51.88 ID:TKoxEuJUO [23/29]
「……今日、部活は?」
「……昨日あんなことがあったでの。休ませてもろうた」
「……そっか」
そのまま会話もなく、学校までの道のりの半分を進んだ。
俺としては纏が昨日のことを覚えているのではないかと気が気ではなかったのだが
纏の口からそういう発言が出ない限り、俺がそれを口にすることは出来ない。
暇な道中を埋めるため、俺は昨夜の纏をもう一度思い出していた。
纏の夢遊病の原因が俺だということは分かった。しかし、なぜその発症の最中に、纏は幼児退行していたのだろう。
推論の域は出ないが、多分それは子供の時の纏が、ある程度は素直だったことに起因しているのではないか。
俺への思いを募らせ、しかしそれを口にすることが出来なかった纏は、子供の時に戻りたいと望んだ。
そうして寝ている時だけ子供に戻ったはいいが、しかしそうすると今度は、思いを伝えるべき俺ことタカシがいない。
素直になりたいが、なったらそこに俺はいない、という矛盾。それが今回の事件の根底にある。
……と、思うのは、あまりに自惚れが過ぎるだろうか?
272 名前:纏さんと夢遊病~後編~ 10/11[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 21:20:17.86 ID:TKoxEuJUO [24/29]
「……カシ、タカシ!」
思考に没頭し過ぎて、纏が俺の名前を呼んでいるのに気づかなかった。
「ん、あぁ。どうした?」
「主がボーッとしとるから、気がかりだったんじゃ」
「そうか、悪かったな。ちょっと昨日のこと考えてて……」
「……昨日? やはり儂は、何か妙なことをしていたのか?」
「いや……何もなかったよ。だから俺、纏にかつがれたんじゃないかと思ってさぁ」
「儂が主のような間抜けをかついで何になるか!……まぁ、何もなかったのなら良かったわい」
「多分、今後も何もないんじゃないかな。今日からは安心して寝ろよ」
「そうか……主の保証というのが何とも不安じゃが、それでよしとするか」
言うべきか黙すべきかは最後まで悩んだが、結局纏には、昨日の行動を黙っておくことにした。
本人に黙っておくというのはいかにも座りが悪いが、語って聞かせたところで堅物の纏は信じようとすまい。
何より、纏を無闇に不安がらせたり、恥ずかしがらせたりする必要はないのだから。
273 名前:纏さんと夢遊病~後編~ 11/11[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 21:21:45.81 ID:TKoxEuJUO [25/29]
そうこうしているうちに、学校までの距離も近づいてきた。
非日常は終わりを告げ、また退屈な日常が始まる。
「……タカシ」
ただ一つだけ違うこと、それは――。
「……なんだよ。お前こんな学校の近くで、手ぇ繋いだりするキャラじゃなかったろ」
無意識の内にか、纏が少しだけ素直になったこと。
「うるさい。嫌なら振りほどいて先にゆけ」
「……嫌じゃないけど。全然」
それだけ収穫があれば、俺が昨日頑張った甲斐もあったんじゃないかなぁ
とか思いながら、俺と纏は少し緊張しながら、輝く朝日の中を二人並んで登校したのでした。
(了)
最終更新:2011年05月01日 19:10