5◆◆◆◆◆
「ハァア――ッ!」
キリトの突進と共に、火剣がライトエフェクトに包まれる。
放たれるソードスキルは単発系突進技〈レイジスパイク〉。
基本技であるため威力は低いが、同時に硬直時間も短く、小手調べには丁度いい。
「フン………」
対するフォルテは、魔剣をやはり無造作に振り上げ、力任せに振り下ろしてくる。
スキルでなければ技ですらない一撃。それを、キリトの一撃を迎撃する為に火剣へと打ち合わせる。
響き渡る金属音と、剣の柄から伝わる衝撃。
フォルテの一撃の強さにキリトのソードスキルは中断させられ、
キリトの一撃の鋭さにフォルテの剣閃は乱されて追撃が遅れる。
結果、次撃は同時に放たれた。
「シィ――ッ!」
「ハァ……ッ!」
硬直が解けると同時に放たれた火剣の一閃と、力任せに軌道修正された魔剣の一撃が、再び激突する。
「ツッ………!」
打ち負けたのは……キリト。
彼は弾かれた勢いを利用し、フォルテから距離を取る。
「ハ――STR(筋力)には自信があったんだけどな……!」
剣を握る右手に残る衝撃に、キリトはそう愚痴る。
SAOでは威力のある重い剣を振るために、STRへとステータスを注ぎ込んでいた。
このデスゲームでもSAOのアバターが使われている以上、そのステータスは反映されているはずだ。
だというのに、スキルですらないフォルテの一撃にほとんど完全に打ち負けた。
「けどアンタのソレは、ただの馬鹿力ってわけじゃなさそうだ」
打ち合った時の感触で言うなら、重くて丈夫な鉄骨か何か。
単純な攻撃力ではなく、むしろ攻撃を支える為のVIT(支柱)で殴りつけてきた様な、そんな感じがした。
……つまりフォルテは、まだ何かしらの“力”を隠し持っているという事だ。
「………御託は終りか? なら、次はこちらの番だな」
そう告げると同時に、先程とは逆に、フォルテからキリトへと突進する。
そしてキリトの前に立つと同時に、魔剣が大振りに振り下ろされた。
勢いよく放たれる、大気を震わす一撃。
だがキリトはそれに先んじてフォルテの脇を抜け、その攻撃を回避する。
そして反撃とばかりに、振り返り様に火剣を一閃する。
しかしそれは、追撃として放たれたフォルテの横薙ぎに弾かれた。
だがさらなる一撃が放たれるより速く、キリトはフォルテから再び距離を取る。
「AGI(速さ)なら俺の方が上か。なら―――!」
言うや否や、キリトが再び突進する。だが今度はソードスキルの発動はない。
純粋な肉体(ステータス)の速さのみで、フォルテへと肉薄する。
「ッォ―――!」
小さな気合とともに、火剣を一閃する。
当然その一撃はフォルテの魔剣に防がれるが、反撃されるよりも早く次撃を繰り出す。
それを三撃、四撃、五撃とテンポを上げて繰り返し、六撃目にソードスキルを織り込み放つ。
「ハァ―――ッ!」
片手剣ソードスキル〈ホリゾンタル・スクエア〉。
剣閃の軌跡が正方形を描き、水色の光に輝き拡がりながら消散する。
高速で放たれる四連続の水平斬りは、しかし。
「クッ、ヅ……ッ!」
その全てが、フォルテの魔剣によって防がれていた。
「やるな………!」
フォルテの見せた底力に、キリトはこれが命を掛けた殺し合いという事も忘れて高揚する。
さすがに反撃する余裕はなかったようだが、ソードスキルを見切り、完全に防ぎ切ったという時点で感嘆に値する。
ここまで見事に対処されたのは、ヒースクリフを相手にした時以来だ。
「まだまだ行くぞ!」
「舐めるな……人間!」
今度は同時に突進し、剣を振り被る。
火剣と魔剣は激しく打ち合い、火花を散らす。
このままであれば火剣は押し負け、またも弾き飛ばされるだろう。
故にキリトは、敢えて剣を振るう力を抜き、魔剣の威力を受け流す。
フォルテの魔剣は、より火花を散らしながら火剣の刀身を滑り抜ける。
攻撃を受け流されたフォルテは、己自身の力の勢いに引っ張られて体勢を崩す。
「そこ!」
「チィ……ッ!」
キリトは即座に剣閃を返し、フォルテへと一閃する。
フォルテは舌打ちと共に後退するが、崩れた体勢では躱しきれず、右腕を切り裂かれる。
だが、浅い。躊躇わずさらに踏み込み、再度フォルテへと火剣を振り抜く。
「クッ……!」
疾風怒濤と振るわれる火剣にフォルテも魔剣で応戦するが、キリトの剣速に徐々に対応が遅れ始め、遂には一撃、更に一撃と攻撃が掠り始める。
その一つ一つは傷にもならないような小さなダメージにしかならない。だがそれも積み重なれば致命傷に繋がる。
「いい加減に……しろ!」
思うままに攻撃できない事に苛立ちを覚えたフォルテは、その苛立ちをぶつける様に魔剣を薙ぎ払った。
キリトは大きく飛び退く事でその一撃を回避し、フォルテから十分な距離を取る。
当然フォルテの追撃が間に合うはずもなく、フォルテは発散できなかった苛立ちを抱えたまま、魔剣をだらりと下げてキリトを睨みつける。
対して後退したキリトの火剣の切っ先はピタリとフォルテを捉え、僅かにもぶれはない。
その佇まいだけでも、キリトの剣とフォルテの剣の間には明確な開きがある事が理解出来る。
「………………」
フォルテの一撃は、まともに受ければそれだけで追い込まれそうなほどに強烈だ。
だがそれほどの威力を、フォルテは全く発揮できていなかった。
………それ故に惜しいと、キリトは思った。
「フォルテ………お前、剣を使った事ほとんどないだろ」
キリトはフォルテへと向けて、その事実を口にする。
フォルテの攻撃は、その威力に反してあまりにも雑に過ぎた。
構えだけの話ではない。剣の振り方、力の乗せ方、その他の全てが、全く噛み合っていないのだ。
これでは素人もいいところ。子供が力任せにこん棒を振っているのと変わりがない。
「――――――」
否定する気もないのか、フォルテからの応えはない。
同時に、フォルテには攻撃が当たらない事を悔しがる様子が全くなく、苛立ちだけが見て取れた。
その様子に、キリトは確信した。元よりフォルテが何かを隠している感はあったが、それが勘違いでない事を。
「………………」
キリトは地面を強く踏み込み、フォルテへと狙いを定める。
本気を出せ、とは言わない。これは決闘ではないし、リトライのないデスゲームなのだ。
相手の全力と戦ってみたいという気持ちはある。だが命を賭けた殺し合いにおいて、その感情は余分でしかない。
故に、むしろその逆。本気を出される前に――――全力で仕留める!
「ハア――――ッ!」
気合とともに、一足でフォルテへと肉薄する。
「舐めるなッ……!」
対するフォルテは、魔剣を叩き付けるように振りかぶる。
これまでと同じ、雑で大振りな攻撃。それに合わせる様に、キリトは火剣を振り抜く。
ライトエフェクトを纏って放たれた〈ホリゾンタル〉は、狙い違う事なく魔剣の側面を打ち据えた。
フォルテの筋力に後押しされた魔剣は弾かれる事はないが、その軌道は僅かに逸らされる。
キリトは火剣を振り抜いた体勢から更に右半身を後ろへ反らし、軌道の逸れたフォルテの一撃を擦れ擦れで躱す。
「ッ―――!?」
「そこだッ!」
同時に体勢をソードスキルの発動モーションへと持ち込み、そのまま〈バーチカル・アーク〉を発動させる。
残光を残しながら放たれる振り下ろしの一撃。それをフォルテは、咄嗟に魔剣を振り上げる事で防ぐ。
だが〈バーチカル・アーク〉はV字を描く二連撃。続く振り上げの二撃目が魔剣を跳ね上げる。
「捉えた!」
そして三度発動するソードスキル〈シャープネイル〉。
高速で繰り出される三連撃が、体勢を崩したフォルテへと放たれる。
………しかしフォルテは、またもその連撃を防いで見せた。
一撃目は体を大きく反らす事で躱し、
二撃目は魔剣を振り下ろして弾き返し、
三撃目は上空へと跳躍する事で回避した。
恐るべきは、崩れた体勢からそれを成し遂げるフォルテの反射神経と身体能力か。
―――されど彼は知らなかった。真に完成された技術が、如何なるものかという事を。
頭上を跳び越えるフォルテを、キリトの視線が追う。
引き戻されるその手の火剣が、新たなライトエフェクトを放ち始める。
シャープネイルの特徴は硬直時間の短さ。つまり、ソードスキルの連続使用が可能な事にある。
そして次に発動するソードスキルの名は〈ソニックリープ〉。レイジスパイクより射程は短いが、空中に対して使用可能な突進技だ。
「ォオオ―――ッ!」
それが強く刀身を輝かせ、キリトの声に導かれるようにフォルテへと狙いを定める。
「なに………ッ!?」
フォルテが声を上げるが、足場のない空中へと飛び上がった彼に避ける手段はない。
「これで―――!」
閃く一撃。輝く火剣が、フォルテへと突き出される。
対するフォルテは、魔剣を盾にキリトの一撃を防ぐ――いや、防ぐしかない。
そして魔剣へと激突した火剣は、フォルテの体を強く突き上げ、その体制を完全に崩す。
そして硬直時間が終わると同時に、再び火剣が引き戻され、更なるライトエフェクトに包まれる。
――ソードスキル〈ヴォーパルストライク〉。
威力が高くリーチも長いが、技後の隙が多く対人などでは見切られやすいスキルだ。
がしかし、完全な初見であればその心配はなく、加えてフォルテは現在、体勢を崩している。
もはやフォルテには、この一撃を防ぎ切る術はない。
「止めだァ―――ッ!!」
キリトが声を上げ、フォルテが地に足を付けると同時に発動する単発重攻撃。
赤い光芒を纏った強烈な一撃が、ジェットエンジンの様な効果音を立てながらフォルテへと繰り出された。
ガギィン……と、激しい金属音を立てて両者が激突する。
その威力、衝撃に、フォルテの体が弾き飛ばされ、地面を転がる。
スキルを放ったキリトは、剣を突き出した姿勢のまま、硬直時間に身を預ける。
キリトの顔には、苦渋が浮かんでいる。理由は単純。フォルテを仕留めそこなったからだ。
あの瞬間フォルテは、キリトの一撃をまたも魔剣を盾にして受け止め、そしてわざと力を抜いて激突の勢いに身を任せたのだ。
戦いの初期で、フォルテの一撃に対してキリト自身がそうしたように。
無論、技術錬度の差は、その体と、加えて魔剣が弾き飛ばされるという形で現れた。
だが仕留め損ねたという事実に変わりはなく、それはつまり、フォルテに反撃のチャンスを与えたという事に他ならないのだ。
そして一秒か、あるいは二秒か。空から落ちてきた魔剣が地面に突き刺さる音で、二人はようやく動き出す。
「ッ――――!」
「ッ…………!」
二人の行動は迅速に。
キリトは体を反転させて剣を構え、全速力でフォルテとの距離を詰める。
フォルテは跳ね起きると同時に飛び退き、素早くキリトから距離を取る。
前進と後退。その差は速度で勝るキリトへと傾き、両者の距離は縮まっていく。
「逃がすか!」
キリトはより強く地面を蹴り、フォルテへと迫る。
フォルテが隠し持つ何かしらの“力”。ただ使わないのか、それとも使えないのか、それは判らない。
だがこれまでの攻防で感じ取れた力が発揮されてしまえば、高確率でこちらが不利になる。
しかし魔剣を弾き飛ばされた今ならば、フォルテにこちらの攻撃を防ぐ武器はない。
故に今の内に致命打を与え、戦況を自身に傾けなければならない。
「オオ―――ッ」
キリトとフォルテの距離は、数秒と経たず一メートル程度まで詰められる。
同時に、フォルテを攻撃圏内へと捉えた火剣がライトエフェクトに包まれる。
戦いを決める一撃が発動する予兆に、キリトの精神が加速していく。
――この一撃を外す事は出来ない。
――敵は平気で不意打ちを行うレッドプレイヤー。
ここで逃せば、その殺意は他のプレイヤーへと牙を剥く。
――しかしレンという枷を抱えた今の自分に、敵を追いかける事は出来ない。
一人と大勢、その二つを天秤に掛ける事は間違っていると、頭では理解している。
だがここで彼女を見捨てれば、きっと自分は、二度と自分を認める事が出来なくなる。
――だからこそ、たとえその命を奪う事になろうとも、今ここで決着を付けなければならない。
……だというのに。
「ッ―――!?」
極限まで引き延ばされた意識が、フォルテの顔を、その変化を捉える。
キリトの一撃を防ぐ術はなく、追い詰められたはずのフォルテの表情は、
まるで獲物を捉えたかのように凶悪に歪んでいた。
キリトの背筋に、雷撃の如く悪寒が奔る。
フォルテの左腕が形を変え、バスターとなってキリトを捉える。
遠距離攻撃――そう理解するより速く、ソードスキルを中断して回避行動に移る。
直後、フォルテの左腕のバスターから無数の光弾が放たれ、直前までキリトが居た空間を貫いていく。
「ク、ソ……ッ!!」
敵の奥の手。隠されていた力の発現に、キリトは堪らず悪態を付く。
バスターから放たれた光弾はコートの裾を掠めただけで、一発も直撃はしていない。
だが変形したのは左腕だけではない。逆の右腕も同様にバスターとなり、キリトへと狙いを定めていた。
―――前進と後退。
速度で勝るキリトが距離を詰めたとしても、到達までに生じた時間が、天秤をフォルテへと傾けたのだ。
「ハッ、逃がすか!」
先程のキリトと同じ言葉を、今度はフォルテが口にする。
キリトへと突き付けた右腕のバスターから、その体を貫かんと無数の光弾が放たれる。
「ッ、ッ………!」
そのマシンガンの如き銃撃を、キリトは地面を転がるように駆け回り回避する。
その最中、ふと視界の端に、呆然と佇む一人の少女を捉えた。そう、浅井レンだ。
彼女はこの状況でなお、逃げるでも隠れるでもなく、戦いが始まった場所で立ち竦んでいた。
「チ、ックソ………ッ!!」
キリトは即座に方向転換をし、光弾の中をレンへと向けて駆け抜ける。
突き付けられたバスターの銃口から弾道を予測し、急所に当たる物は火剣で弾くが、完全には防げない。
弾き損ねた無数の光弾が、キリトの体を掠めHPを削り取る。
それでも一発も直撃しなかったのは、彼自身の卓越した剣技があっての事だった。
「レンさん!」
レンへと駆け寄り声をかけ、一歩も立ち止まらずにその体を抱え上げる。
「え? あれ?」
急に抱き抱えられたレンは、現状をまるで分かってないのか当惑の声を上げる。
その事にさすがに思うところが生じるが、今は気にしている余裕はない。
ネットスラムを全速力で駆け抜け、廃ビルの影へと身を隠す。
――耳元の壁面を光弾が穿ち、破片を撒き散らした。
†
「、ッハ……ハ……ハァ――」
抱き抱えていた少女を地面に下ろし、全力疾走に乱れた息を整える。
同時に光弾が掠めて出来た傷が、現実世界と同レベルの、確かな痛みを訴え始めた。
……その痛みと熱に、このデスゲームがSAO以上に死に近しい事を実感する。
痛覚のカットされたSAOでは、その現実感の無さから「デスゲーム」を嘘だと考え、結果PKに奔る物も少なからずいた。
だが「この世界」ではこうして、確かな痛みが存在している。即ち、よりリアルな「死」の感触が、そこにはあるのだ。
「――は。そういえば……」
前にもゲームで痛みを覚えた事があったな、と、いつかの対戦を思い出した。
あのゲームにも、これよりはマシだが、十分違法な痛覚フィードバックがあった。
とはいっても、あれは後腐れのない気持ちのいいデュエルだった。だから、こんなデスゲームではないだろう。
と、そこまで考え、つい先程――ネットスラムに踏み入った時もあの対戦を思い出した事に思い至る。
こうして二度も連続で思い出すのは、何かの予感なのだろうかと考え、苦笑しつつも思考から追い出す。
――今考えるべきは昔の対戦ではなく、今まさに行っている殺し合いだ。
「………当然、居るよな」
廃ビルの角から、慎重に顔を覗かせる。
するとやはり、フォルテがこちらへと近づいてくる様子が窺える。
一息に距離を詰めてこないのは、何かの時間稼ぎか、それとも余裕からか。
視線を逆に向ければ、それなりに入り組んでいると予測できる、路地裏の入口が見て取れる。
「……………………」
――――どうする。
フォルテの遠距離攻撃は、最大射程はまだ不明だが、その連射性は十分に脅威だ。
レンを庇いながらでは、まず戦いにはならないだろう。
一応レンは銃を装備しているが、あれではフォルテの攻撃には対抗し得ない。一、二発撃ったところで、逆にいい的にされるだけだ。
結果として自分は彼女を守るために壁にならざるを得なくなり、そうなれば二人揃ってフォルテの光弾にハチの巣にされるだけだ。
……ならば逃げる?
フォルテという危険人物を放置する事に思うところはあるが、今考えるべきは、そもそも逃げられるのかという事だ。
選択肢は二つ。フォルテと真正面から相対するか、路地裏へと逃げ込むか。
今外に出れば、即座に遠距離攻撃が跳んで来るだろう。かと言って路地裏はどこに繋がっているか判らない。
真正面から挑んでも、マシンガンの様な攻撃を防げなければハチの巣にされ、路地裏へ逃げても、袋小路に追い込まれればやはりハチの巣にされる。
「………………やるしか、ないか」
深呼吸を一つする。フォルテと真正面から戦う覚悟を決める。
そうだ。生き残りをかける以上、結局いつかは戦うしかないのだ。たまたまそれが、今だったというだけの話。
加えて言えば、ここで逃げるのはキリトの性に合わない。
……それに勝算もある。決して無謀な戦いではない。
フォルテは基本、遠距離攻撃型とみて間違いはないだろう。これまでの闘いからもそれは明らかだ。
つまり、接近戦に弱い。あのマシンガンの如き光弾をくぐり抜け、懐にまで潜り込めれば勝てる。
「………レンさんはここでじっとして、身を隠していてくれ。
すぐにあいつを倒して、戻ってくるから。そしたら、ジローさんを探しに行こう」
「ジローさん…………ジローさんは、どこ…………?」
ジローの名前を口にする彼女からは、まともな返事はない。だがそれを気にしている余裕も、またない。
最後にもう一度顔を覗かせ、フォルテとの距離を計る。ヤツの顔からは、余裕の笑みは消えていない。
このままではどの道追い詰められる。だからそうなる前に、逆に奴を追い込まなければ。
そうして戦場を確認した後、メニューを呼び出して操作し、設定を変更して決定する。
―――これは賭けだ。はっきり言って、そうする事に意味があるかは判らない。
だが設定として存在している以上、何かしらの意味はあるはずなのだ。
無論、意味があったとしても、フォルテがそれだけで勝てる相手ではないのは承知している。
あれがヤツの“全力”とは到底思えないし、最初から手札を晒す様なプレイヤーはいない。
だが少なくとも、あの遠距離攻撃に対しては、有利に進められるはずだ。
「よし……行くぞ!」
そう口にすると同時に設定の変更が反映され、アバターをエフェクトが包み込む。
その瞬間、キリトは火剣を構え、廃ビルの角から飛び出した。
「ジローさん……どこに居るんですか、ジローさん? ……早く会いたいです、ジローさん……。ジローさん………ジローさん――――」
今にも限界を超えようとする、一人の少女を置き去りにして――――。
6◆◆◆◆◆◆
―――そうして数十分後、その場所は見つかった。
見覚えのある通路。あちこち罅割れ、穴のあいたパネル。
そこは間違いなく、バルムンクと共にあの死神と戦った場所だ。
だが周囲のどこにも、バルムンクも、死神の姿も見当たらなかった。
ただ置き去りにされた様に、たった一枚のメモだけが、残されていた。
「そんな……まさか、あいつに………?」
メニューの時計を見れば、闘いが始まってから既に一時間以上は経っている。
ブレインバーストで考えれば、通常対戦が優に二回以上行われ、終了している計算になる。
つまりもし、バルムンクがあいつと戦っているのであれば、その生存は絶望的ということだ。
「……いや、対戦でも引き分けはあった。バルムンクさんが無事な可能性だって、まだある」
もしかしたら、自分と同じように吹き飛ばされている可能性だってある。
それに、仮にあいつに倒されていたとしても、リアルでも本当に死んでしまうかは判らないのだ。
だからまだ、諦めるには早い。だから立ち上がれ。立ち上がって、飛び上がれ。と。
………そうやって必死に、自分に言い聞かせる。
そうでもしなければ、このまま膝をついてしまって、二度と立ち上がれそうになかった。
だって、本当はちゃんと、理解していた。この場所に辿り着いて、メモを見つけた時点で、とっくに。
なぜならそのメモは、バルムンクのストレージにあった物だ。そして戦闘中に、メモを取り出す理由はない。
戦いが終わり、安全を確認してから取り出した、なんて言い訳も効かない。
なぜならこの場所は、戦いがあった場所だ。フォルテが倒されたのでもない限り、安全なんてありえない。
そして、もしバルムンクがフォルテを倒したのだとしても、わざわざメモを置いていく理由は、どこにもない。
つまり、このメモは……バルムンクからドロップし、不要と捨てられた以外に、あり得ないのだ。
このデスゲームで出会ったばかりの彼との冒険は、こんなにも短時間で、あっさりと終わってしまったのだ。
まるで………ゲームやマンガ、ラノベでよくある、冒険の始まり/プロローグの様に。
「諦める、もんか………最期まで、絶対に諦めるもんか―――」
否定する。否定する。バルムンクの死を、否定する。
バルムンクは生きている。そのアバターは四散しても、リアルでは生きている。
だって、だってたかがVRで……たかがゲームで人を本当に殺す方法なんて――――
……あり得ないと、信じたかったのに。思い出したくなんか、なかったのに。
かつて一度、実際に起きていた事を、多くのゲームをプレイしてきた自分の記憶は、思い出してしまった。
ソードアート・オンライン―――二十年以上前に実在した、もはや忘れられた、世界初のフルダイブ対応VRMMORPGの事を。
「ぅ―――ぁ、…………ッ!」
湧き上がる感情に、堪え切れず嗚咽が零れた。
どんなに言い聞かせても、自分を騙しきれず涙が滲んだ。
自分は知っている。
今身に付けているはずのニューロリンカーには、SAOのナーヴギアのような、人を死に至らしめる程の強電磁パルスは発生させられない。
つまり、どうプログラムを弄っても、物理的には死に至らしめられないのだ。
けど……自分は知っている。
ニューロリンカーには、人の記憶を削除する機能がある事を。
その機能で、脳の生命維持に関わる記憶を消してしまえば、結果として――――人を、殺せてしまう。
「……ックショウ………チクショウ、チクショウ! どうして………こんな………」
こんなデスゲームが、始まったのか。あの榊という男は、一体何が目的なのか。
そんな今さらな疑問が、口を突いて出てきた。
……そんな事、解る筈がない。
ログアウト? 普通のゲームでは当たり前の機能だ。
元の場所への帰還? ログアウトすれば、自然と現実へと帰れる。
あらゆるネットワークを掌握する権利? それは、人を殺してまで得る価値のある物なのか?
確かに今の世の中、ネットを掌握すれば望みのままだろう。
だがそれは、どう足掻いたところで、ネットで出来る事に限られる。
そう。たとえ世界を支配したところで、死んだ人間は、生き返らないのだ。
これならまだ、あらゆる望みが叶うという方が、希望が持てる。
希望があるのなら、それに縋る人間だっていただろう。
逆に希望がなければ、立ち上がる事さえ難しい。
だからわからない。
こんな希望の無い、個人の欲望しか叶えない報酬を用意した、榊の思惑が。
「…………ちがう。そんなこと、どうだっていい」
そうだ。今大事なのは、そんなことではない。
大事なのは、バルムンクが死んだという、その点だけだ。
その死に対し、自分は……シルバー・クロウは、どう報いればいい。
……そんなこと、それこそ解るわけがない。
バルムンクと一緒に居た時間は、あまりにも短い。
たったそれだけの時間で、彼を理解出来たなどと言える訳がない。
自分に解るのはただ一つ。彼がデスゲームを否定していたという事だけ。
「―――ああ、そうだ」
それだけわかっていれば、十分だった。
ならば、その意思を引き継げばいい。彼と同じように、脱出を目指せばいい。
そしてもう二度と、バルムンクの様な人を、出さなければいい。
そのためにも。
「アイツを……倒す!」
その決意を、口にする。
あの死神は、とてつもなく強い。
たったの一撃で、それも直撃した訳でもないのに、HPを三割も吹き飛ばす破壊力。
更にはこちらの攻撃をほとんど無効化する、全方位対応のバリア。
そして――誰かを殺すことを厭わない、あの殺意。
こと殺し合いにおいて、シルバー・クロウが勝っている点はほとんどないだろう。
だがそれでも、負けられないモノが一つだけある。
――――そう、『心』だ。
ブラック・ロータスと出逢ってから、様々なバーストリンカーと戦い、繋がり、時には傷つき、それでも立ち上がり、共に育んできた『心』。
その『心』を力に変える、バーストリンカーの隠された力。即ち《心意技》ならば、あの死神にも対抗しうるだろう。
あの時は使う前に吹き飛ばされたのもあるが、それ以前に《心意技》を使う覚悟がなかった。
なぜなら《心意技》には、ブレインバーストを――“加速世界”のバランスを壊しかねない力があるからだ。
故に《心意技》には、相手が《心意技》を使用してきた時にしか使ってはならないという決まりがある。
だがあの死神は、それ以前の、人間として最低限の
ルールを破った。
もはや《心意技》を使う事に、躊躇う理由はない。
「アイツは絶対に、オレが倒す!」
その言葉送り返し口にする。
もう二度と、アイツに誰も殺させない。
もう二度と、目の前で誰も死なせない。
だから。
「見ていてください、バルムンクさん。
必ず、このデスゲームを終わらせて見せます」
そう決意を口にして、背中から十枚の金属フィンを展開する。
殺し合いに乗ったプレイヤーは、きっとフォルテだけではないだろう。
かといってこの殺し合いを完全に止める方法など、見当がつかない。
それでも、この体が動く限り、この翼で飛べる限り、この手で届くところまで、足掻き続けてやる。
そうしてシルバー・クロウは銀翼を羽ばたかせ、再び空へと飛び上がった。
7◆◆◆◆◆◆◆
――フォルテは、キリトの隠れた廃ビルへと向かいながら、先程の戦いを反芻していた。
その戦いにおいて、速さではキリトに後れを取ったが、力では自分の方が確実に上だった。
少なくとも一撃を直撃させれば、それが決着となり得る程度には差があったはずだ。
しかしその一撃がキリトに当たる事は、一度もなかった。
その理由が“技”にあると、フォルテは理解していた。
プログラムに設定されたモーションに依らない、己の肉体を使った純粋な剣技。
ただ規定された通りにスキルを使うのではなく、スキルを巧みに使用する技術。
単純なプログラムにはない、プレイヤースキルとも呼ばれる、いわゆるシステム外スキル。
こればかりは経験によってのみ獲得できるものであり、ゲットアビリティプログラムでも奪えない。
そう。こと剣において、己よりもキリトが上であることを、フォルテは認めたのだ。
「ク…………」
しかしフォルテは、愉快気に口元を歪め、そう声を漏らした。
確かに技においてはキリトが上だ。だがそんな事は“強さ”の前では些細だ。
なぜならば、その差を無意味にする程の『絶対的な力』。それを手に入れればいいだけの事なのだから。
………だが、してやられたまま終わるというのも、面白くはない。
そう思い、フォルテはメニューを開いて操作する。何も武器は、騎士を破壊して奪った剣だけではないのだ。
たとえ剣では及ばなくとも、接近戦で一泡吹かせよう。全力を出すのは、それからでも遅くない。
そして操作を終えメニューを閉じた時、タイミング良く廃ビルの角から、光に包まれた人影が跳び出した。
ほぼ反射的にエアバーストを発動する。だが放たれた無数の光弾は、人影へと到達する前に全て弾かれた。
「む…………」
先程とは段違いの迎撃精度。
フォルテは改めて、自分の攻撃を防いだ人影を見据える。
風になびく長い黒髪。F型にも思える細い身体付き。その姿は、一見では全くの別人と思えるほどに変容している。
だが、その手に握られた剣だけは見間違えようがない。そいつは間違いなく、先程まで自分と戦っていた人間、キリトだ。
「ほう……スタイルチェンジか」
キリトの外見の変化を、フォルテはそう推測する。
ロックマンと同じ、自己能力の限定特化。それならば先ほどの迎撃精度も説明が付く。
おそらくあれは、動体視力か反射神経、反応速度といった物を強化した姿なのだろう。
つまり、こちらのシューティングバスターに対抗してきたという訳か。
「ハッ―――おもしろい!」
それでこそ、“力”を見せつける価値があるというものだ。
それに何より相手は戦う力を持った“人間”。実に力の振るいがいがある。
ここは一つ、ただ力を見せつけて破壊する前に、決定的な敗北という物を刻みつけてやろうではないか。
†
エフェクトに包まれたまま廃ビルの角から飛び出すと同時に、体のいたる所が赤いラインにポイントされた。
その瞬間、ラインの一本目と二本目の軌道を、火剣の刀身で寸分の狂いもなく遮る。
直後、フォルテの放った光弾が、火剣の刀身に弾き飛ばされる。
―――行ける!
そう確信するより速く右腕を閃かせ、三本目、四本目のラインに火剣を重ね合わせ、再び光弾を弾き飛ばす。
再度右腕に伝わる、光弾を弾く衝撃。その痺れはむしろ、火剣を握る手に確かな感触を与える。
そのまま次々と体に当たるラインと火剣を重ね合わせ、光弾を弾き、そうして命中弾の全てを火剣で叩き落す。
ピタリと、剣の切っ先が止まる。
いきなりの無茶が功を奏したのか、変化した体に、自分の意識が馴染んだのがよくわかる。
そう。現在の自分は、先程までとは“体”が違う。それがどのような姿かは、鏡を見て確認するまでもないだろう。
身長およそ160センチ、体重おそらく40キロそこそこ。
艶やかな黒髪は肩のラインで鋭く切りそろえられ、肌は透き通るような白。
唇が血の如く赤い――どう見ても少女としか言えない姿。
――GGOアバターM-B19型。
それが現在の自分の“アバター(肉体)”だ。
「ほう……スタイルチェンジか」
何か心当たりがあったのか、フォルテがそう口にする。
だが正しくは、メニューの中に設定された【使用アバターの変更】だ。
その機能により自分は、《SAOアバター》から《GGOアバター》へと姿を変えたのだ。
「ハッ―――おもしろい!」
フォルテが愉快気に貌を歪め、再び両腕のバスターから光弾を乱射してくる。
いくつもの赤いラインが体をポイントするが、恐れる事なく自分から突進する。
放たれる無数の光弾、その内自身に当たる物だけを選出し、先んじて弾道に重ねた火剣で弾き飛ばす。
そして「当たらないはず」の光弾が、唸りを上げて耳元を通り過ぎていく。
《弾道予測線(バレット・ライン)》――それが、キリトの視界に映る赤いラインの正体だ。
バスターと化したフォルテの両腕から延びるそれは、光弾の弾道を寸分もずれる事なくキリトへと教えている。
ならばあとは、そのラインに合わせて回避なり防御なりをすればいい。それこそが、GGOの最大の特徴なのだから。
とは言っても、このような剣での迎撃を可能とするのは、キリトの驚異的な反射神経があっての物なのだが。
キリトが使用アバターをGGOアバターへと変更したのは、このアビリティを得るためだった。
一、二発程度の単発攻撃ならともかく、マシンガンの如き掃射を相手にしては、さすがのキリトといえど接近は難しかった。
だが《弾道予測線》を視認できるGGOアバターならば、その限りではない。フォルテの遠距離攻撃に、一種の印が出来るのだから。
もっとも、当初はキリトとて、《弾道予測線》を視認できるかは半信半疑だった。
なぜなら【使用アバターの変更】とはつまるところ、ゲームのプレイ中に違うゲームのデータを持ち込むという事だからだ。
通常のゲームでそんな事をすれば、使用システムの不一致に当然バグる。最悪の場合、ソードスキルさえ使用できなくなる可能性さえあった。
しかし、結果はこの通り。
《弾道予測線》は正常に適応され、フォルテの攻撃の弾道は、キリトの目に見える物となった。
やはりと言うべきか、当然と言うべきか。HP残量こそ変わらないが、それでも十分な結果だ。
つまりキリトは、賭けに勝ったのだ。あと確かめる事は、もう一つ。
そう考えると同時に、キリトはまたも、光弾を全て叩き落とした。
「クハッ………!」
その絶技を目の当たりにしてか、フォルテの貌がさらなる喜悦に歪む。
「――――――!」
特に気に留める事なく、間合いに入った瞬間に体を小さく右に捻り、直突きの型に火剣を構える。
即ち片手剣ソードスキル、〈ヴォーパルストライク〉の構えだ。
しかし、火剣はライトエフェクトに包まれず、システムアシストも発生しない。
―――GGOアバターでは、ソードスキルは発動しない。
その予測通りの結果に立ち止まる事なく、偽りの大地を強く踏み込み、全力の直突きを叩き込む。
しかし、システムアシストのない一撃では速度が足りず、フォルテは容易にその一撃を回避する。
「遅い……!」
言うや否や、フォルテは右手にエネルギーを集め、強烈な一撃を放とうとする。
……しかし、システムアシストがないという事は同時に、スキル使用による硬直時間がないという事でもある。
「ハァ――ッ!」
直突きが回避されると同時に体を制動させ、即座に背面へと転進する。
そして硬直を狙ったフォルテへと、カウンターの一撃を叩き込む。
「ッ………!」
対するフォルテは、咄嗟に大きく仰け反りその一撃を回避する。
しかし完全には回避できず、火剣の切っ先が胸部を浅く切り裂いた。
―――瞬間。
フォルテの脳裏に、始まり/終わりの光景が再生された。
「図に、乗るなァ――ッ!」
激しく燃え上がった激情のまま、フォルテは収束させたエネルギーを地面へと叩き付ける。
咄嗟に大きく飛び退くも、強烈な一撃によって発生した爆風に、更に大きく吹き飛ばされた。
……しかしこれで、二つ目の目的も達成された。
「殺ス……ッ!」
何が逆鱗に触れたのか、フォルテの表情は先程までの愉快気な表情とはうって変わって、激しい怒りに満ちている。
見てみれば、先程の一撃を受けたネットスラムの地面は、そのあまりの威力にテクスチャが崩壊していた。
これがフォルテの“全力”。その身に秘めていた力の正体………。
これをまともに受ければ、自分のアバターなど跡形も残るまい。
「ッ、ハ―――やってみろよ……!」
それを承知で、ツバを飲みながらも挑発する。
条件は整った。確かに今の一撃は脅威だが、当たらなければどうという事はない。
それを可能とする武器は、既にこの手にあるのだから。
「…………キサマ」
左手に握られたその武器を見て、フォルテが多少の冷静さを取り戻す。
出来ればそのまま冷静さを欠いていて欲しかったが、さすがにそれは高望だったか。
なにしろ俺の左手には現在、先程までフォルテが使っていた魔剣が握られているのだから。
右手の火剣と、左手の魔剣――この《二刀流》こそが、剣士キリトの真骨頂だ。
「行くぜッ!」
眼前のフォルテを見据え、気合の声とともに地面を蹴って突進する。
対するフォルテは、先程と同じように両腕から光弾を乱射してくる。
当然立ち止まらず、むしろさらに加速して二本の剣を交互に振るう。
そして光弾全てを叩き落とし、フォルテを剣の間合いへと捉える。
「チィ……ッ!」
フォルテは舌打ちとともに後退するが、間合いから逃げるにはもう遅い。
火剣と魔剣を交互に、十字を描く様に一閃する。
「ッ……!?」
だが二本の剣は、フォルテの左手が変化した光剣によって防がれた。
やはりフォルテは、まだ手札を残していた。
この分ではどんな能力を隠し持っているか、分かったものではない。
故に、その能力を発揮する前に、ここで決める―――!
「オオオ――ッ!」
火剣と魔剣を間断なく振り抜く。
フォルテは光剣で防御に徹するが、その守りを崩さんと怒涛の連続攻撃を叩き込む。
一撃、二撃、三撃、四撃と、剣を受ける度にフォルテの防御は削られ、少しずつ体勢を崩していく。
そうして放たれる、ソードスキル〈ダブルサーキュラー〉もどき。
一際大きくフォルテへと踏み込み、渾身の力で右の火剣を振り上げ、コンマ一秒遅れて、今度は左の魔剣で袈裟に振り下ろす。
右の一撃が阻まれても、その隙に左の追撃が敵内部へ襲いかかる高速の二刀連撃は、しかし。
「ッ………!」
――――軽いッ!
先んじた一撃の手応えに、思わず目を見開く。
フォルテの光剣は火剣の一撃を受け、体の外側へ大きく弾き飛ばされている。
一見すれば、追撃の防ぎようがない文句なしの状況。しかしその手応えが、あまりにも軽過ぎた。
そこに襲いかかる、コンマ一秒遅れの追撃。だがその一撃は、空しく宙を切り裂いて終わった。
なぜなら防御を崩されたはずのフォルテが、地面に接する程に伏せる事で回避したからだ。
そう。フォルテは初撃の防御を囮にする事で、続く追撃を回避し、その隙を突く猶予を作り出したのだ。
マズイ……ッ!
そんな、確信に満ちた悪寒が背筋を奔り抜ける。
フォルテの光剣は大きく弾かれたままで、引き戻して反撃に使うには遅すぎる。
硬直時間もない。回避には十分な余裕がある。むしろ攻め入る隙さえある。
だというのに、どうしてこんな悪寒が奔るのか。
その答えは、フォルテの右腕の動作が示していた。
光弾による攻撃ではない。それならば、多少のダメージを覚悟すれば、逆に大ダメージを与えられる。
そうではなく、フォルテの右腕は、刀を居合い抜くような位置で左腰に添えられていた。
「まだ武器が!?」
そう理解すると同時に、渾身の力で飛び退く。
振り抜いた姿勢からの迎撃と、既に構えられた一閃。そのどちらが速いかなど比べるまでもない。
フォルテの右腕が武器の具現化エフェクトに包まれて輝き、大振りに振り抜かれる。
具現化と同時に迫る凶刃は、こちらの後退に合わせる様にその間合いを伸ばしていく。
「ぐっ……!」
その間合いの広さに回避し切れず、今度はこちらが胸部を浅く切り裂かれる。
鋭い痛みを堪えつつさらに距離を取り、フォルテが新たに取り出した武器を確認する。
それは、よくある死神の凶器を連想させる、黒い月魄の大鎌だった。
「クク………」
一矢報いた事で気を良くしたのか、フォルテが愉快気に笑う。
その左手は何かを確かめる様に、胸部の傷をゆっくり撫でている。
……いや、それは古い傷痕だった。
こちらの付けた傷は、その傷痕の上に小さく残っているのみだ。
その傷の浅さと、先程の手応えの差異に、フォルテの持つ大鎌の効果を察する。
――HP吸収(ドレイン)。
相手にダメージを与える度に自らのダメージを回復する、攻撃と回復が一体となったアビリティ。
その吸収倍率がどれほどかは知らないが、厄介なことこの上ない追加効果だ。
だが同時に、フォルテがあそこまで激高した理由も察しがついた。
おそらくあの傷痕は、フォルテのトラウマなのだろう。そこを傷付けた事で、ヤツのトラウマを刺激してしまったのだ。
………だが、それが分かったところで、今は何の意味もない。
なぜなら今は話し合いの時ではなく、またフォルテの事情も、何一つ知らないからだ。
故に何を言ったところで、戦いを終わらせる事は出来ない。
もし気付いた事に意味があるとすれば、それは戦いが終わった後の事だろう。
「………………」
メニューを操作し、使用アバターをSAOアバターへと戻す。
フォルテが武器を、それも大振りな大鎌を装備したのなら、《弾道予測線》に頼る必要はない。
ヤツは武器得を手放さない限り片腕からしか光弾を発射できないし、こちらは逆に二刀流となり迎撃の手数が増えているからだ。
「ほう……いいのか、そのスタイルで?」
「いいんだよ。むしろこの姿が、俺の本来のスタイルだからな」
「そうか。ならばその力―――オレに見せてみろ!」
フォルテが大鎌を振り上げ、声を上げて突進してくる。
それに応じる様に、こちらも剣を構えて突進する。
渾身の力で振り抜かれるお互いの武器。
死を刻む凶刃と、火と幻の双刃が激突し火花を散らす。
黒き色を持つ二人の戦いは、未だに終わりの兆しを見せなかった。
最終更新:2014年01月12日 11:28