4◆◆◆◆
そうして――――
「遠坂……本当に死んじまったんだな………」
主催者からのメールに載せられたその名前を見て、ジローはようやく、遠坂凛という少女が死んだのだと実感した。
彼女とは出会ったばかりだ。多少言葉を交わし、なし崩し的に協力関係を結んだとはいえ、赤の他人とさして変わりはない。
言ってみれば、目の前で交通事故が起きたようなもの。その死を悼みこそすれ、感傷を懐く理由はないはずだ。
けど、それでも、彼女が死んでしまったという事実が、なぜか無性に悲しかった。
「ジローさん、トモコさん。どなたか亡くなった知り合いはいましたか?」
「……いえ。私の知り合いはいませんでした」
「そうですか、それは良かった。
ではジローさん、貴方の方はどうでしたか?」
「……………………。
……いたよ、三人」
レオの問いに、消沈しながらも答える。
リストに載せられていた知り合いの名前は、渦木さんと、レンと、アドミラルだ。
渦木さんは刑事で、呪いのゲームを解決するためにデンノーズのメンバーとして一緒に戦った。
レンは渦木さんと同じデンノーズのメンバーの一人で、科学者になりたがっていた女の子だった。
対してアドミラルは、電脳野球で三度戦った、プロゲーマーであることが誇りのキャプテンだった。
仲間だった渦木さんとレンに、自称ライバルのアドミラル。
彼らともう二度と会えないのだと思うと、どうにも遣る瀬無い気持ちになった。
「それは………お悔やみ申し上げます」
「……………………」
レオの簡単な弔いの言葉が、虚しく響いた。
どうして遠坂が、この三人が、彼女たちを含めた十二人もの人たちが死ななければならなかったのか。
あの榊という男は、いったい何が目的でこんなデスゲームを始めたのか。
答えが返ってくるわけでもないのに、そんな考えが浮かび上がってくる。
「それにしても残念です。ミス・遠坂は優秀な魔術師(ウィザード)ですから、協力を得られればとても心強かったたんですが、まさかこんな序盤で敗れるとは。
いえ。彼女を殺した相手がミス・ラニだとすれば、そうおかしなことではありませんか」
……なぜだろう。
理由もなく、そのレオの冷淡とも取れる言葉が癇に障った。
自分が理解できない。それともこれは、『オレ』が俺の心を煽っているのだろうか。
そんなジローに気付かず、レオは冷静に言葉を続けていく。
「となると、状況は少し、僕たちに不利となりましたか。二人の有力な人材の内、一人は消え、一人は敵となったのですから。
まあなんにせよ、過ぎてしまった事は仕方ありません。建設的に、これからの方針を考えましょう」
「………なんだよ、それ」
「ジローさん?」
「残念ってなんだよ……仕方ないってなんだよ。
遠坂が……人が死んだんだぞ………?
それなのに、なんでお前は、そんなに冷静でいられるんだよ……!」
「――――――――」
抑えきれず、そんな言葉が口を突いて出てきた。
それを受けたレオは驚いたような、困惑するような様子を見せる。
当然だろう。自分自身、なぜこんなにカッとなっているのか理解できないのだから。
ただ解るのは、これが場違いな八つ当たりであるということだけだ。
レオは言っていた。遠坂凛とラニ=Ⅷは、もともと聖杯戦争におけるライバルだと。
それはつまり、レオと彼女たちは、最初から命を奪い合う敵同士だったはずだ。
ならば協力しようと考えていた分だけ、大分譲歩していたのかもしれないのだ。
それをちゃんと理解しているのに、頭に上った血が下りてこない。
「ジローお兄ちゃん?」
「ッ――――!」
けれど、そこにかけられた声に意識がレオから離れ、ようやく我に返る。
少女の一言で冷静さを取り戻したのは、彼女の背格好がパカに似ているからか。
いずれにせよ、ある意味また彼女に助けられたことになるのだろう。
「……悪い、頭冷やしてくる」
言って、返事も待たず、保健室から退室する。
少女のおかげで冷静にはなったが、それでも頭に血の上った今の状態では、レオの話をちゃんと聞けそうになかった。
………本当に、訳が分からない。
どうして俺は、こんなにも熱くなってしまったのだろう。
やる気が 1下がった
こころが 5下がった
信用度が 3上がった
†
「ジローお兄ちゃん、いきなりどうしたんでしょう」
「……………………」
そんなジローの突然の行動に、少女は戸惑ったようにそう口にする。
対してレオは、ジローの出て行った扉を複雑そうな表情で見つめていた。
「………二人だけになってしまいましたが、話を続けましょう、トモコさん」
だがそれも少しの間の事で、レオは少女へと向き直ると、平静を装ってそう告げた。
「え、ジローお兄ちゃんの事はいいんですか?」
「仕方ありません。できれば彼が戻ってくるのを待ちたいところですが、時間は限られていますので。
ジローさんには、後で結論だけお伝えしましょう」
「でも…………わかりました」
「ありがとうございます」
躊躇いつつも了解してくれた少女に、レオはそう礼を言った。
先ほども口にしたが、残り十八時間というのは本当に少ない。
生徒会室の作成も、主題に置いているように見えてその実、他の作業の合間に全力を尽くしているだけなのだ。
デスゲームの打破に万全を期そうと思うのであれば、一分一秒とて無駄にはできない。
「それではまず、現状の確認からですが―――」
そう言うとレオは、先ほどとあまり変わらぬ様子で、弦じゃ位の情報、情報、方針などを語りだした。
ただその間、先ほどまで浮かべていた笑顔が消えていたことに、少女は気付いていた。
「ここ月見原学園はモラトリアムが開始され、戦闘行為が禁止されました。
これは戦闘行為を行えないのではなく、NPCが発見した場合に、ペナルティが課せられるというものです。
ここで重要なのは、この“NPCが発見した場合”という条件です。
これは裏を返せば、NPCにさえ見つからなければ、戦闘を行っても問題ないということになります。
サクラ、そこでいくつか質問なんですが」
「え? あ、はい。なんでしょう」
「まず一つ目。NPCが戦闘を発見した場合、ペナルティの対象となるのは、攻撃をした側と攻撃をされた側、どちらになりますか?」
「攻撃をした側になります。ただし、攻撃をされた側が応戦した場合は、両方がペナルティの対象になります。
また攻撃をした側が何らかの手段その立場を逆に偽装し、NPCが攻撃をされた側が攻撃をしたと判断してしまった場合は、攻撃をされた側がペナルティの対象になってしまいます」
「なるほど。では二つ目。この戦闘行為の発見とは、どのような状態を指すのでしょう。
戦闘には様々な状態がありますが、この場合重要なのは、暗殺と狙撃のツーケースです。
つまり、攻撃した側の姿が見えず発見できない場合と、攻撃した側が校内におらず発見できない場合ですね」
「その場合は一方のペナルティを課す対象を発見できないため、どちらにもペナルティは課せられません。
ただし、前者の場合は攻撃をした側の姿が発見され次第、まあ当然ですが、通常通りペナルティの対象となります。
後者の場合はたとえ校内から発見できたとしても、攻撃をした側が校内の外、つまりペナルティエリアの外にいることになりますで、ペナルティは課せられません」
「なるほど。ご説明、ありがとうございました。
――――ということになります、トモコさん。
モラトリアム中に警戒すべきなのは、一に狙撃、二に暗殺、三にペナルティを恐れない危険人物ということですね」
その結論に、少女は頷いて応える。
レオの口にした警戒する順番は、実際に遭遇する可能性が高い順だ。
このデスゲームにおいて優勝を目指すのであれば、ペナルティというデメリットは極力避けるべきものだからだ。
しかし、実際に遭遇した時に一番危険なものは、三番目のペナルティを恐れないものとなる。
なぜならその人物は、ペナルティを課せられたとしても、このデスゲームに勝ち残る自信のある人物ということになるからだ。
その事も続けて説明した後、レオは意を決したように切り出した。
「ですので僕はこれから、この校内のある場所を調査しようと思います。
そこに何もなければ、それで良し。もしあったのならば、先に探索を済ませてしまいます」
「ある場所、ですか?」
「はい。本音を言えば、僕の理想とする生徒会室の作成を行いたかったのですが、モラトリアムの事がこうしてメールでも告知された以上、この学園に向かってくるプレイヤーは増加するでしょう。
その大半は危険を避けようとする人たちでしょうが、中にはそうやって集まってきた人たちを襲おうとする人物もいるかもしれません。
もしそんな人物がやってきた場合、現状で対応できるのは僕とガウェインだけでしょう。
ですので、そんな人物がやって来る前に、時間のかかる作業を先に済ませてしまいます」
そう言うとレオは席から立ち上がった。その調査するという場所に向かうのだろう。少女もそれに付いていこうと、同様に席から立ち上がる。
すると部屋の隅にいた桜から、躊躇いがちに声をかけてきた。
「……あの、レオさん、ちょっとよろしいでしょうか」
「……なんでしょう」
「はい。今の内にこれをお渡ししておこうと思いまして」
そう言って桜が二人に手渡したのは、【桜の特製弁当】という名前の回復アイテムだった。
このデスゲームにおいて貴重品となるだろう回復アイテムを、どういう理由からか、桜は支給してくれたのだ。
「これは―――。
サクラ、こんなものを渡してしまっていいのですか?」
「はい。一度のモラトリアム中、保健室を訪れてくださったプレイヤー一人につき一回だけ、こうしてアイテムを支給できるんです」
「なるほど。聖杯戦争における貴女の本来の役割を、ほぼそのままシフトさせているわけですか。
僕は実際に利用することはありませんでしたが、今の状況では助かりますね。サクラ、礼を言います」
「ありがとうございます。
………ですが、アイテムはプレイヤーに直接お渡しする形ででしか支給できません。
なのでジローさんの分は、彼が戻ってきてくれないと支給できないんです。
最初は皆さんのお話が終わってから渡そうと思っていたんですけど………」
その前にジローが出て行ってしまったので、渡しそびれてしまったのだ。
ジローから聞いた話からすれば、彼は大きなダメージを負っているはずだ。
ならば、【桜の特製弁当】は、今の彼にとって必要なアイテムであろう。
「わかりました。では後で彼に伝えておきます」
「ありがとうございます。あ、あと、もう一つお願いしてもよろしいでしょうか」
「それは構いませんが、なんでしょう?」
「はい。もし白野先輩とお会いできたのなら、その時は先輩によろしく言っておいてください」
「ふむ。それは、彼がこのバトルロワイアルに参加している、ということですか?」
「それはお答えできません」
「そうですか………。
まあいいでしょう。僕も彼にはまた会いたいと思っていますし、もし彼と会えたら、その時にでも伝えておきます」
「ありがとうございます」
そう礼を告げると、桜はようやく席の空いたテーブルへと座り、お茶の続きを開始した。
待機業務へ戻った、ということなのだろう。
「では行きましょうか、トモコさん」
「はい、レオお兄ちゃん」
レオはそれを見届けることなく保健室から立ち去り、少女もそれを追って退室した。
後には、何かを想って何かを待ち続けるNPCの少女だけが残された。
5◆◆◆◆◆
――――そうしてレオと少女は、月見原学園の用具倉庫へとやってきた。
そこにはホワイトボードや体育で使うマット、何かの入った棚や段ボールの他は何もない。
こんな何もない所に、レオは一体何の用があるのだろうと少女は首を傾げる。
「ここに、何があるんですか?」
「ここは聖杯戦争において、アリーナへと通じていた場所です。現在は用具倉庫へと置き換わっていますが」
言いながらもレオは用具倉庫の奥へと歩いていく。
そこにはコンクリートの壁があるだけで、扉のようなものはどこにも見当たらない。
しかしレオは、その先に何かがあると判断しているらしい。
「トモコさん、少し離れていてください。
―――ではガウェイン、頼みます」
「――御意」
レオに声に従ってガウェインが姿を現し、一歩前へと出る。
その右手には、先ほどまではなかったはずの白亜の剣が握られていた。
素人目にも名剣と分かるその剣で、二人は一体何をしようというのか、少女がと思っていると。
「はぁ―――っ、切り開くッ!」
気合一閃。
構えると同時に目映い炎を纏った剣を、ガウェインが渾身の力で振り抜いた。
「きゃっ……!?」
ズドン、と響き渡った轟音に驚き声を上げる。
それはまるで、爆弾が爆発したかのよう。少なくとも普通に剣で壁を切って出せるような音ではない。
第一、倉庫の壁を破壊してどうしようというのか。そんな事をしたって、校舎の外が見えるだけ――――
「って、あれ? 外じゃ、ない?」
破壊された壁の向こうに見えるのは、砕けたデータの欠片と、奥行きの全く見えない暗黒。
朝の光も、夜の闇も存在しない、完全に“何もない”空間だった。
「やはり、ここに存在しましたか」
「レオお兄ちゃん、これは?」
「おそらく、アリーナの入り口です。
……いえ、この会場にはすでに別のアリーナが存在するので、ダンジョンといった方が適切でしょうか」
「ダンジョン………」
言いつつレオは、少女へと振り返った。
その瞳は何かに挑戦するような、今まで以上に強い力を宿しているように見えた。
「僕とガウェインはこれよりダンジョンへと潜り込み、その調査を開始します」
「私と……あとジローお兄ちゃんはどうするんですか?」
「ダンジョン内ではエネミー――敵性プログラムの出現が予想されますので、貴女とジローさんは校舎内で待機していてください。
―――ああそれと、念のためにこれを渡しておきます。最悪、彼に渡してもかまいません」
そう言ってレオがアイテム欄から取り出したのは、黄色く光る刃の付いた暗い色の拳銃。つまりはDG-0の片割れだった。
レオは自分を殺す以外では絶対に見つからない、つまりは絶対に見つけられない安全な場所として、自身のストレージにDG-0を隠していたのだ。
―――通常、双剣や双銃などの二つで一つの形を取る武器は、二つ揃っていないと【拾う】ことができない。
でありながらレオが一つしかないDG-0をアイテム欄に収めていたのは、やはりレオの改竄によるものだ。
レオは自身のストレージとDG-0の情報を改竄することで、DG-0が二つ揃っていると判定を誤魔化したのだ。
ただしそれは一時的なもので、一度でも取り出してしまえば、再び同様の改竄をしない限り通常通り拾えなくなるのだが。
その隠していた武器を、場合によってはジローに渡してもいいとレオは言っているのだ。
その事について、若干不安げにトモコが問いかけた。
「いいんですか? まだジローお兄ちゃんが危険人物じゃないと決まったわけではないんでしょう?」
「ええ。ですが心配いりません。ああして怒った彼だからこそ、僕は彼を信用することに決めました。
それにもし仮に僕の見る目が間違っていたとしても、やはり問題ありません。――ですよね、トモコさん」
「はい、もちろんです。その時は、やられる前にやり返しちゃいます」
レオの確信の籠った声に、少女は両手を前に構えてそう答えた。
その両手にはいつの間にか、無数のトゲのある紅い拳当てが装備されていた。
それが少女に支給された武器だ。これならば、少女がジローや他のプレイヤーに襲われても、NPCが発見するまで時間を稼げるだろう。
「………それと一つ、頼み事をしてもいいでしょうか」
DG-0を少女のアイテム欄へと納めるために、許可を得て改竄しながら、レオはそう口にした。
しかしそれは、少女が知るレオらしからぬ、どこか弱気な言葉だった。
「頼み事ですか? いいですけど、それはなんですか?」
「はい。トモコさんに、ジローさんを励ましてきて欲しいんです。
本来なら僕が行くべきなんでしょうが、おそらく僕の言葉では、彼も落ち着いて話を聞けないでしょうから」
時間さえあれば、彼が落ち着くのをゆっくり待つのですが。とレオは続ける。
だが今は、その時間が少しでも惜しい状況だった。何か特別な理由でもない限り、手間は可能な限り省略すべきだ。
それをきちんと理解しているのだろう。少女はしっかりと頷いてレオの頼み事を引き受けた。
「わかりました。任せてください、レオお兄ちゃん」
「それは良かった。では頼みましたよ、トモコさん」
レオの言葉を受け、少女は駆け足で用具倉庫を出て行った。
それを見届けてから、レオはたった今抉じ開けたダンジョンへの入り口(ゲート)へと向き直る。
そこで今まで沈黙を続けていたガウェインが、若干躊躇いがちに声をかけた。
「レオ、あれでよろしかったのですか?」
「ええ。今の僕よりは、彼女の方が適任でしょう」
レオはどこかもの悲しげにそう口にする。
しかしその歩みが止まることはなく、一組のマスターとサーヴァントは、在りし日のようにダンジョンへと足を進めていった。
†
「―――ったく、ようやく解放されたか。ほんと優等生のフリすんのも疲れるわ」
用具倉庫の扉を閉めると同時に、少女――スカーレット・レインは小声でそうぼやいた。
言葉使いが荒くなり、若干目付きも変わったその様子は、彼女が先ほどまで猫を被っていたことをしっかりと示していた。
「しっかし、六時間ぶっ続けで猫被り続けんのはさすがに疲れるわ」
これがいつもの学校なら、休み時間とかに息抜きができんのに。とレインは心中でぼやく。
レインはハセヲと出会ってから今まで、ずっと猫を被り続けていたのだが、さすがに疲れが出てきていたのだ。
ジローが寝ていた保健室では、一見誰もいないように見えて、実際にはすぐ傍に霊体化したガウェインが控えていた。
パッと見猫を被る必要のない状況で演技し続けるというのは、さすがに精神に堪えたのだ。
「それにしてもレオのヤツ、どうにも油断なんねぇぜ。
あたしのことを疑っている訳じゃなさそうだが、まるっきり信じてるっていう風でもねぇ」
そう口にして、すでにダンジョンへ潜ったであろうレオの事を考える。
レインから見たレオの第一印象は、精々がいい所の坊ちゃんだった。
すぐ近くにガウェインという規格外の戦力があるとは言っても、彼自身は大したことがなさそうだと思った。
事実、こんなデスゲームという状況において、対主催生徒会などというふざけたチームを作ろうとしていたのだから。
しかし、その印象が覆されたのはすぐだった。
自身も大規模なレギオンを率いているからこそ解ったが、一見ふざけているように見えてその実、レオの采配は見事なものだ。
自軍にとって有利となるエリアを確保し、そこを拠点とする。
獲得した情報を手早く整理・推察し、その時点での最適な選択を導き出す。
リーダーであり最強の戦力である自身は拠点に配置し、次点の戦力であるハセヲを調査に向かわせる。
出会ったばかりの人間には多少の自由時間を与え、対象の人格をさり気なく調べ上げる。
それらの行動を、レオはほぼ即断で決定して行動に移しているのだ。
そのため一見では、その言動も相まってふざけているようにしか見えない。
「しかし、だからこそ判らねぇ。あいつは何であたしを副会長にしたんだ?」
レオは次点の戦力であるハセヲも、一般人であるジローも雑用係に任命した。
だというのに、外見上は同じ一般人であるサイトウトモコを、レオは副会長に任じたのだ。
この六時間、演技を止めたことは一瞬もない。つまりレオが得ているサイトウトモコの情報は、一般人と同じもののはずだ。
そうでありながら重要な役職(ポジション)であるはずの副会長に任命したということは、レオはトモコに対して“何か”を見出しているということだ。
その“何か”は、少なくとも戦力としてではないだろう。
デュエルアバターの事は話していないし、ジローもアバター変更機能の事は口にしていなかった。
初期装備として支給されていた【インビンシブル】はストレージから取り出し、アイテムカード形態で衣装の裾に隠してある。
たとえウインドウを調査されたとしても、スカーレット・レインという名前はともかく、バーストリンカーとしての能力が知られることはないはずだ。
それ以外の自身に支給されたアイテムは、ハセヲに譲った【光式・忍冬】に加え、【緋ニ染マル翼】と【赤の紋章】の計三つ。これはレオも確認している。
いくら見た目が当てにならないアバターとはいえ、こちらを子供と判断しているなら、こんな装備で即座に戦力と見做されることはないはずだ。
ならレオが見出した“何か”は戦力以外の別のモノとなるわけだが、それが何なのか分からない限り、レオを前にして気を抜くことはできないだろう。
「ちっ、めんどくせぇ。最初の選択間違えたか」
ハセヲと遭遇した時、最初から猫を被らず、あるいはデュエルアバターで接触していれば、こんな気苦労はしなくて済んだだろう。
もっとも、それでハセヲが自分の同行を許したかは、まったく予想が付かないが。
「それはそうと、まさかこんなヤツまで呼ばれていたとはな」
そう呟いたレインの視線は、開かれたメールに載せられたある名前を捉えていた。
クリムゾン・キングボルトという、一人のバーストリンカーの名前を。
「確か、《史上最強の名を持つ男(ストロンゲスト・ネーム)》だったっけ? あたし以前に最大の遠距離火力を持っていたっていう。
三年くらい前に加速世界から姿を消したらしいけど、まだバーストリンカーだったのか」
だとすれば、同じ最大の遠距離火力を誇った者同士、一度は会ってみたかったものだが。
「ま、今更だな」
元々会うこともなかっただろうバーストリンカーだ。会えなかったことに関しては、特に思うこともない。
「とりあえず今は、レオに頼まれたことを済ましちまうか」
今は死んでしまった人間の事よりも、校舎内のどこかにいるはずのジローを見つけて励ましてやるべきだろう。
演技したままでどこまで鼓舞できるかはわからないが、レオに頼まれ、演技上でもそれを了承した以上、それが義理というものだ。
そう思いつつ、サイトウトモコに扮するスカーレット・レインは、ジローを探して校舎内を探索し始めた。
6◆◆◆◆◆◆
そうしてゲートを超えた先にあったのは、完全な暗黒の空間に、ワイヤーフレームのようなラインで形作られた迷宮だった。
それは聖杯戦争におけるアリーナの第一層に見られる、いたってノーマルな風景だ。別段気にかかるような点は見られない。
しかしその構造は、これまで踏破してきたどの迷宮とも異なっていることは、一見して把握することができた。
このバトルロワイアルのために一新した、ということだろうか。
「―――あれ? やっぱり解放されてる。
おっかしいなぁ。確かここは使わないんじゃなかったけ?」
不意に背後から声。
振り返ってみれば、そこには一人の生徒会NPCがゲートから姿を現していた。
「……貴女は?」
「あ、あなたがここを開放したプレイヤーですね。
初めまして……じゃないと思うけど、一応自己紹介しておきます。
私は聖杯戦争でアリーナの管理を担当していた、AIの有稲幾夜です」
そう名乗られて思い出す。
確か彼女は、聖杯戦争中、図書室にいた生徒会NPCの一人ではなかっただろうか。
アリーナの管理を担当していたということは、おそらくここの管理も担当しているのだろう。
「ではイクヨ。ここは使わない、とはどういう意味ですか?」
「えっと、現在の私たちの管理者によると、このバトルロワイアルはあくまでもプレイヤー同士の戦闘がメインとのことです。
ですので、エネミーとの戦闘が主となるこのアリーナは使用されないことが決定し、破棄されたはずなんですよ。
それなのに、なんで残ってるのかなぁ……?」
そう言って首を傾げる彼女は、本当に理由が分かっていないらしい。
AIは嘘を言えないよう設定されているはずなので、完全に規定外の事態なのだろう。
「破棄、ですか。ではこのアリーナには侵入してはいけなかったのですか?」
「いえ、進入禁止エリアとなっているのであれば入った瞬間にデリートされるはずなので、デリートされないということは問題ないという事だと思います。
というか、はっきり言って管轄外かつ権限外の事態でして、私からはなんとも言えません」
「つまり現在の時点では、攻略してしまって問題ないということですか?」
「そういうことになりますね。必要でしたら、
ルール説明を聞きますか?」
「ではお願いします」
そうしてNPCから説明を受け、判明したルールは以下の通りだった。
一、このダンジョン【月想海】はここ【七の月想海】を最上層として段階的に深くなっており、また階層ごとに上層、下層、闘技場の三階層に別れている。
二、下層フロアではミッションが課せられ、闘技場へ赴くにはこれをクリアする必要がある。ただし、ダンジョンから脱出した場合、進行中のミッションはリセットされる。
三、ダンジョンのフロア内にはエネミーと呼ばれる敵性プログラムが徘徊しており、これは倒すことで階層に応じたポイントを獲得することができる。
四、闘技場では各層ごとに設定されたフロアボスと戦闘になり、これを倒すとより多くのポイントとともに、トリガーコードが入手できる。
五、トリガーコードを所有していると、校舎の一階用具室から入手した階層の次の階層へと移動できる。
六、ダンジョン内でHPがゼロになった場合は当然死亡とみなされ、外と同じようにDeleteされる。
と、大凡のところでは本来のアリーナとさして変わらないものだった。
違うのは聖杯戦争のアリーナと異なり、このダンジョンは深層へと向けて段階的に潜っていく形式であることと、
各層の間には闘技場が設けられ、聖杯戦争における対戦相手の代わりに、ボスエネミーが設定されているということ、
そしてトリガーコードが闘技場へのゲートキーではなく、ダンジョンのショートカットキーとなっていることだろう。
要するに、聖杯戦争中に探索した七つのアリーナと決闘場が一纏めとなっているのだ。
つまり、現在自分がいる階層は、
――――【第一層/七の月想海・上層】
となる。
「それじゃあ私は校舎に戻るけど、無理はしないでくださいね」
簡単なルール説明を終えると、NPCはそう言ってゲートから校舎へと戻っていった。
それを見届けた後、改めてアリーナの奥へと向き直る。
ダンジョン内のエネミーにどのような改変か行われているかは予想できない。
今の時間帯では、ガウェインも聖者の数字の加護を得られない。
ここから先は、一切の油断もできないだろう。
「いきましょう、ガウェイン」
「はっ!」
しかしそれでも、ここで敗北するつもりは一切ない。
これから先に待ちうけるであろう苦難を思えば、この程度は困難の内にも入らないのだから。
故に、まずはこの第一層を、当然のように踏破すると。
そう決意を新たにし、最強の王は最強の白騎士を伴って、未知なる敵地へと足を踏み入れた。
†
――――そうして、襲い来るエネミーをものともせず、レオ達は順当に第一層の上層を攻略していった。
フロア中に出現するエネミーのレベルは、聖杯戦争におけるそれと比べると大分低い。
おそらくバトルロワイアルの参加者の平均――一般的な魔術師のレベルに合わせて設定してあるのだろう。
この程度ならば、装備次第では一般人にさえ倒し得る難易度だ。二人にとっては物の数にもならない。
……もっとも、それはこの第一層に限った話であり、深層にもなると段違いのレベルになるのであろうが。
そして同時に、使用が中止された、というのも本当らしいことが判明した。
道中でアイテムフォルダをいくつか発見したのだが、そのどれもが空だったからだ。
空のアイテムフォルダを設置するなど、それが罠か趣味の悪い悪戯でない限りは全くの無意味だ。
かと言って先に取られたということは、このダンジョンに最初に侵入したのが自分である以上あり得ない。
それなのに礼装はおろか最下級の回復アイテムさえ一つもないということは、このダンジョンは攻略を想定されていないということになるのだ。
故にそれからは、アイテムフォルダは完全に無視し、消耗を抑えるためにエネミーとの戦闘も極力避け、下層に繋がるゲートの探索を優先した。
そしてゲートが見つかったのは、それからそう間もなくだった。
レオは躊躇うことなくゲートへと足を踏み入れ、
「これは……」
目の前の広がった光景に、わずかに驚きの声を上げた。
――――【第一層/七の月想海・下層】
そこは黄金の光に彩られた落陽の海上だった。
聖杯戦争決勝戦の舞台。
岸波白野と競い合った闘技場。
それを思い出し、想いを馳せ、わずかに昂揚する。
確かにここならば、“始まり”の舞台としてこの上ない演出となるだろう。
なぜならここは、自身が敗北を知り、欠落した変わりに完全な王となった場所なのだから。
―――そして同時に、このダンジョンの構造を理解する。
このダンジョンはただアリーナが積み重なっているのではなく、聖杯戦争を遡るかのように逆順になっているのだ。
ならば最下層は【一の月想海】……いや、さらにその下。予選にてドールを従えて攻略した闘技場。すなわち、【零の月想海】だろう。
その最奥……おそらく闘技場に該当し、サーヴァント(ガウェイン)と契約したその場所の先こそが、このダンジョンのゴールだろう。
そこに待ち受けるのはムーンセルか、それとも別の何かなのか。その予想は全くつかない。
だがいずれにせよ、そこに至ってしまえば同じことだ。
「そして、これがミッションですか」
眼前には赤い防壁とスイッチがある。
そしてスイッチの方にはウインドウが付属しており、そこにはこう書かれていた。
【ミッション:ダンジョンを踏破せよ】
つまり迷宮の最奥に辿り着くだけで、ミッションはクリアされるという訳だ。
最上層なだけあり、有って無きが如しのミッションといえるだろう。
「レオ、お体の方は大丈夫ですか?」
「ええ、まだ問題はありません」
ガウェインの気遣いにそう答える。
魔力はリカバリー機能によって多少回復したとはいえ、全快には程遠い。
万全を期すのであれば、背後のゲートから帰還することもできる。
しかしその必要はない。この階層を突破できる程度には十分残っているだろう。
「ここを抜ければ次は闘技場です。手早く攻略してしまいましょう」
「……御意」
スイッチを押して防壁を開き、レオは落陽の迷宮へと足を進める。
迷いは必要ない。今はただ、前へと進む時だ――――。
最終更新:2014年01月12日 11:33