9◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 その光景に、キリトだけでなく、ブルース達もまた己が目を疑った。
 なぜあの少年は、自分が守ろうとした少女に刺されているのか。
 なぜあの少女は、自分の行動に驚愕しているのか。
 一体彼らに、何があったというのだろうか。

「あ、………あ……あ…………ア――――――」

 少女がそう声を漏らし、一歩二歩と後退さる。
 そこに少年が、少女へと縋るように手を伸ばし、

「イヤァァアアアアア―――――ッッッ!!!!」

 その瞬間、少女の周囲を漂っていた黒点が一気に増殖し、少女を飲み込むと同時に爆発するかのように散っていった。
 残された少年は、少女が消えた場所へと懸命に手を伸ばし、

「サ……チ………」

 そう口にして倒れ、ピクリとも動かなくなった。
 アバターがデリートされていないことから、HPはゼロにはなっていないようだ。
 つまり、倍増された激痛によって気絶した、ということだろうかとブルースは予測した。


 ――そしてブルースの予測は正しかった。
 戦闘開始時のキリトの残りHPは45%程度だった。
 対して、サチの攻撃によって受けたダメージは、倍増分も含めて50%近く。
 そのままであれば、キリトが生き残ることは出来なかったであろう。
 だが、彼の持つ魔剣【虚空ノ幻】が、キリトの生存を可能とさせた。

 魔剣の持つアビリティ“HPドレイン+50%”の効果は、通常攻撃ヒット時に、与えたダメージ値の50%を自分のHPとして吸収するというものだ。
 そう。キリトがブルースに与えた僅かな、しかし痛みの森によって倍増されたダメージは、彼のHPをほんの10%ほどだけ回復させた。
 それによりキリトのHPは受けたダメージを少しだけ上回り、結果、彼は生き延びることができたのだ。
 …………だがその幸運が、彼にとって救いであったのかは定かではなかった。


「ブルース、こっちに誰か来る。今度は二人」
「……わかった」
 ピンクの忠告に、ブルースは思考を打ち切る。
 少年と少女に何があったのかは気にかかるが、それは後でも考えることができる。
 それよりは、ピンクが接近を告げた相手への対処を考える方が優先だろう。

 キリトとの戦いによって、ブルースのHPは七割まで減っている。
 強敵との戦闘になれば厳しいレベルだが、戦えないほどではない。
 それに、気を失ったキリトを放っておくこともできない。
 故にブルースは、右腕のソードを元に戻し、しかし警戒をしたまま、近付いてくる相手を待ち構えた。

     †

「――ふむ。どうやら一足遅かったようだな」

 そうして現れた赤い外套の男は、開口一番にそう口にした。
 その後ろには、学生服を着た特徴的な髪の少年もいる。

「お前たちは何者だ」
「私はアーチャーという。こっちは間桐慎二だ」
「……よろしく」
「そう言う君たちは何者かね?」
「俺はオフィシャルのブルースだ」
「私はピンク。ヒーローよ」

 ブルースの問いに、赤い外套の男――アーチャーがそう名乗り、返された問いにブルース達も名乗り返す。
 その際のピンクの言葉に、アーチャーが思わずといった風に反応する。

「ヒーロー、だと……?」
「………何よ。悪い?」
「……いや、何でもない。
 それよりブルースに、ピンクだな。幾つか尋ねたいことがあるのだが、構わないだろうか。
 そこで倒れている、キリトと思われる少年の事も含めてな」
「それは構わないが、その男と知り合いなのか?」
「いいや、初見だ。だが私の知り合いが、キリトという人物と知り合いでね。聞き及んだ特徴がその少年と合致するのだよ」
「そうか。まあこちらとしては構わない。話を聞こう」
「助かる」

 そう言うとアーチャーは、ブルースへと向けて手早く質問を投げかけた。
 ここで何があったのか。黒いロボットを見なかったか。そして、デスゲームに乗っているのか否かを。
 そしてブルースは、その質問に嘘偽りなく答えていった。

「――――なるほどな。助かった、礼を言う」
「構わん。お前たちは少なくとも『悪』ではないようだからな。
 それに、俺としてもヤツを放置しておきたくはなかった。お前たちがヤツを討つというのなら、協力もする」

 そうして有力な手掛かりを得た事に、アーチャーはブルースへと感謝を述べる。
 その言葉にブルースはそう応え、必要であれば協力すると告げた。
 だがそれを、慎二が首を振って拒否する。

「必要ないね。あいつはボクの敵だ。あまり誰かの手を借りるつもりはないよ」
「それに、君たちにはそこの少年を守ってやって欲しい。
 話を聞くに、彼はすでに瀕死だろう。一人でここに置いていく訳にはいかんし、かと言って下手に連れ回すのも危険だ」
「そうか、わかった。ではこの男はこちらで保護しよう。
 ……暴れられても困るので、念のため拘束はするがな」
 二人の言葉に、ブルースはそう言って了承する。
 強力が必要ないというのであれば、自分の成すべきことに専念するだけだ。

「それにしても、あのロボットの仲間だった女がアンタのサーヴァントっていうやつだったとはね。
 まったく、なんてものアイツに奪われてんのよ。おかげで危ない目にあったじゃない」
「うるさいなぁ。そう言うお前の方こそ、アイテム一つ奪われて逃げ出しただけじゃんか」
「な! アンタがそれを言う!?」
「ハン、事実じゃないか!」

 一方で慎二とピンクは、同じロボットに何かを奪われた被害者でありながら、どうにも馬が合わないようだった。
 奪われたライダーのせいで危険な目にあったということが、僅かな禍根を残しているのだろう。

「はあ……、すまんな。慎二は口と態度は悪いが、根はそう悪いやつじゃないんだ。それだけはわかってやってくれ」
「別に構わん。討つべき『悪』でないのなら、俺は相手がどんな性格だろうと気にはしない。もっとも、友にはなれんだろうがな」
 アーチャーのなけなしのフォローに、ブルースはそう答える。
 そこでふと何かを思い出したのか、そう言えば、とピンクへと声をかける。

「ピンク。キリトと遭遇した直後、近くで戦闘が始まったと言っていたが、そっちはどうなった?」
「あ。……ごめん、忘れてた」
「おい! 何やってんだよお前! そこにあいつがいるかもしれないだろ、忘れるなよそんなこと!」
「し、仕方ないでしょ! こっちも忙しかったんだから!」
「ピンク」
「わ、わかってるわよ。ちょっとだけ待って。
 ……………………。
 うん。森が燃えてるみたいでよく聞こえないけど、まだ戦闘は続いているみたい。」
「森が燃えている?」

 言われて空を見れば、木々の隙間から煙が立ち上っているのが見て取れた。
 その煙の発生源で、今も戦いが続いているのだろう。

「よし。それじゃあ早く行くぞ、アーチャー」
「了解した。
 だが少しだけ待ってくれ。最後に一つだけ、彼女に尋ねておきたいことがある」
 それを見た慎二が、さっそくその場所へと向かおうとアーチャーに声をかける。
 だがアーチャーは、そう言ってピンクへと向き直った。

「ピンク。君は自身をヒーロー――正義の味方だと名乗ったな」
「実際にそうだもの。それが何なのよ」
「ならば訊くが、お前が味方をするもの、守ると決めたものは、『人』と『法』のどちらだ?」

 そう問いかけるアーチャーからは、尋常ではない威圧感が放たれている。
 それは傍で聞いているだけの慎二とブルースでさえ気圧されるほどのものだった。
 相対しているピンクには、とてつもないプレッシャーがかかっているだろう。
 その証に、答えを返すピンクは気を飲まれ、完全に腰が引けていた。

「な、なによそれ、意味わかんない。それって結局、どっちも同じことでしょ?」
「いいや、違う。『法』はあくまでも社会秩序を守るものであり、『人』そのものを守るものではないからだ。
 『法』を守ることで『人』が守られるのは、『法』を運営するのが『人』であるからにすぎない。
 そう。たとえその人物がどれほどの善人であっても、その存在が社会秩序を乱すのであれば、『法』はその善人であるはずの『人』を裁くだろう」
「な……………!」
「『人』と『法』、どちらがお前の守りたいものなのか、早いうちに見定めておけ。
 さもなくば、本当に守りたかったものを見失う羽目になるぞ」

 アーチャーが最後にそう警告すると、威圧感を消して慎二へと振り返った。
 話は終わった、ということだろう。彼の重圧から解放されたピンクは、ドサリと地面にへたり込んでいた。

「……なあ、アーチャー。今の話って」
「なに。ただの老婆心というやつさ。本当に守りたかったものを見失った、愚かな先人からのね」
 それは、あえて彼女たちに聞かせた言葉だったのだろう。
 その証拠に、アーチャーは横目にピンクたちを見つめながら、そう口にしたのだから。

「ではブルース、その少年を頼んだ。目を覚ましたら、娘を心配させるなと伝えてやってくれ。
 急ぐぞ、慎二。これ以上、奴の犠牲者を増やすわけにはいくまい」
「お、おう」
 そう言って慎二とアーチャーは、木々の間を駆け抜けていった。
 だが彼らの姿が見えなくなっても、ピンクは一向に立ち上がらない。どうやら腰が抜けてしまったようだ。

「な………何よアイツ、ホント意味わかんないんだけど。
 『法』は『人』を守るためにあるんでしょ? なら『法』を守ることは、『人』を守ることと同じじゃない………」
「……………………」

 ピンクのその負け惜しみに、ブルースは答えられなかった。
 何故なら彼は知っていたからだ。オペレーターのため、ネットナビのために最善を尽くしていたのに、『人』が運営する『法』によって『悪』と見做されてしまった、あるネットナビの事を。
 故に、ブルースの胸の内に一つの疑念が生まれた。

 ほんの数時間前に出会った少年――カイトは、たとえこの場であっても誰かを殺すのは良くないと言っていた。
 それは彼の中に、そういう正義があったからだろう。
 そしてキリトも、かなり感情的になっていたとはいえ、あの少女を守ろうとして戦っていた。

 ――では自分は?
 自分がこのバトルロワイアルで守ろうとしている正義、オフィシャルとしての『法』は、本当に自分が守りたいものなのか? と。

 ブルースは自身にそれを問いかけながら、アーチャーたちが駆けて行った方向を見つめていた。
 ………答えは、すぐには出そうになかった。

     †

 ―――サチを助けたかった。
 彼女を失わずにすむのであれば、今は何もかもがどうでもよかった。

 彼女との思い出が、頭の中で蘇る。
 黒猫団に入団した時のこと。ともにダンジョンを攻略した時のこと。
 これから先について語り合った時のこと。――――彼女たちを、守れなかった時のこと。

 今思い出しても後悔する。
 どうして自分は、彼女たちに関わってしまったのか。
 どうして自分は、自分のレベルを隠していたのか。
 どうして自分は、あの時彼女たちを守れなかったのか。

 それからは、自分でもどうかと思うほど酷い状態だった。
 寝る間も惜しんでレベルを上げ、あるかもわからない蘇生アイテムを探した。
 そうしてその情報を手に入れ、実際にアイテムも手に入れ―――しかし、それが無意味だと思い知らされた。

 そんな絶望の底にいた俺を救ってくれたのは、サチの残していたメッセージ録音クリスタルだった。
 その内容は、今でもこうして思い出せる。彼女の声も、彼女の言葉も、彼女の歌った歌も。


 ………なのに、どうしてだろうか。
 たった一つだけ、思い出せないものがあった。

 サチが死んでしまった時の言葉が。耳に届かなかったあの言葉が。
 クリスタルに残されていた、サチの最後の言葉が、それだけが、どうしても思い出せなかった。
 代わりに、

  ――うそつき――

 なぜかそんな言葉が、サチの声で、再生された――――。


【E-5/森/1日目・午前】

【ブルース@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP70%
[装備]:なし
[アイテム]:ダッシュコンドル@ロックマンエグゼ3、SG550(残弾24/30)@ソードアート・オンライン、マガジン×4@現実、不明支給品1~3、アドミラルの不明支給品0~2(武器以外)、ロールの不明支給品0~1、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:バトルロワイアル打倒、危険人物には容赦しない。
1:悪を討つ。
2:森で待ち構え、やってきた犯罪者を斬る。
3:キリト(?)を警戒しつつも保護する。
4:俺の守ろうとしている正義は、本当に俺が守りたいものなのか?
[備考]

【ピンク@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP100%
[装備]:ジ・インフィニティ@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~1
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
0:何なのよ、アイツ………。
1:悪い奴は倒す。
2:一先ずはブルースと行動。
[備考]
※予選三回戦後~本選開始までの間からの参加です。また、リアル側は合体習得~ダークスピア戦直前までの間です
※この殺し合いの裏にツナミがいるのではと考えています
※超感覚及び未来予測は使用可能ですが、何らかの制限がかかっていると思われます
※ヒーローへの変身及び透視はできません
※ロールとアドミラルの会話を聞きました

【キリト@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP5%、MP40/50(=95%)、疲労(大)、気絶/SAOアバター
[装備]:{虚空ノ幻、蒸気式征闘衣}@.hack//G.U.、小悪魔のベルト@Fate/EXTRA
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~1個(水系武器なし)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考・状況]
基本:絶対に生き残る。デスゲームには乗らない。
0:サチ、どうして…………
1:――――――――
2:二度と大切なものを失いたくない。
[備考]
※参戦時期は、《アンダーワールド》で目覚める直前です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
・SAOアバター>ソードスキル(無属性)及びユニークスキル《二刀流》が使用可能。
・ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
・GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。


    10◇


 二つの銃口から放たれる弾丸を、ユウキは細剣をその射線上に合わせて振り抜くことで防ぐ。
 だが銃撃はそれで終わりではない。ライダーの持つクラシック拳銃は銃弾の再装填すらなく、次から次へと弾丸を放ち続ける。

 周囲の木々を盾にしたところで意味はない。
 放たれた弾丸は樹木を容易く削り飛ばすし、砲撃による攻撃であれば一撃だ。
 カオルを人質に取られ、反撃を許されていない以上、ただひたすらに逃げ回り、銃弾を防ぎ続けるしかない。

 そしてここが“痛みの森”である以上、たった一発、たった一度攻撃を防ぎ損ねるだけで、それが即死へと繋がる。
 なぜなら倍増された痛覚は、痛みに慣れているユウキでさえもその動きを一瞬鈍らせてしまう。
 その一瞬で、ライダーは更なる追撃をユウキに与え、それによって発生した痛みでまたユウキの動きが止まり――――。
 と。死への直通連鎖が開始されるからだ。

 故に現状況でユウキが生き延びるには、ライダーの攻撃を完全に防ぐ必要がある。
 だが雨霰と放たれる弾丸を弾き続ける行為は、彼女の精神力さえも次第に削っていく。
 ――――果たしてそれが、一体いつまで続くのか。


「ふ、ふふふふ…………」

 そんなユウキの姿を見ながら、ダスク・テイカーは実に愉快気に笑っていた。
 自分を相手に余裕を見せていたユウキが、逃げ惑うしかないざまが楽しくて仕方がないのだ。
 加えて、これで自分とライダーの立ち回りも確認できた。
 ライダーは確かに強い。心意を考えなければ、容易く上位ランカーと渡り合えるレベルだろう。
 彼女の元マスターであったゲームチャンプとやらが調子に乗っていたのも、この力を体感すれば頷ける。

 ………だが、その力も今は僕のものだ。
 使役するのに必殺技ゲージを消費するのが難点だが、そこは飛行アビリティの時と同じで、パイロ・ディーラーで継続的にリチャージできる。
 自分自身の攻撃を考えなければ、召喚し続ける時間に制限はないのと同じだ。現に今もこうして、必殺技ゲージは十割近くを維持できている。
 ライダーがカルバリン砲を使えば、その瞬間は三割近く消費されるが、それも時間とともにリチャージされるので問題はない。

 ただ、宝具とやらがまともに使えない事だけは少し残念だった。
 宝具はスキルとは桁違いの魔力を消費するらしく、使用すればあっという間に必殺技ゲージがゼロになる。
 本来持っていない魔力を必殺技ゲージで代用している代償と言ってしまえばそれまでなのだが。
 しかしまあ、それでも十分な強力な存在(ちから)であると言えるので、概ね満足はしていた。


「……それにしても、思ったよりもやりますね」

 テイカーがカオルを人質に取ってから、すでに十分近い時間が経過している。
 その間反撃を禁じられたユウキは、僅かに休む間もなくライダーの銃撃を防ぎ続けているのだ。
 それは決してライダーが弱いという事ではない。むしろ放たれた無数の銃弾を剣で弾き続けられるユウキの方が驚嘆に値する。
 認めるのは腹立たしいが、自分を相手に余裕を見せただけの事はあるだろう。
 ……だが、それももうすぐ終わる。

「クク………」
 たった一度でもライダーの攻撃を防ぎ損ねれば、それですべてが終わる。
 その瞬間、あの女は一体どんな苦痛の声を上げるのか。そしてどんな無様な姿で許しを請うのか。
 もう間もなく訪れるその瞬間を想像すると、笑いが込み上げてきて抑えきれなかった。

「………どうしてこんな事をするんですか」
 そんな風に笑うテイカーへと向けて、カオルはつい質問を投げかけた。
 人が死ぬかもしれないというのに、他者を嬲って笑えるデイカーの気持ちが解らなかったのだ。

「ん? なんですかいきなり?」
「だから、あなたはどうして、人を傷つけて平気で笑っていられるのですか?
 ここはデスゲームで、本当に誰かが死ぬかもしれないのに」
「はっ、そんなことですか」

 しかしその質問に、テイカーは鼻で嗤うことで答えた。
 誰かが死ぬかもしれない? それが一体どうしたというのか。
 これはたった一人しか生き残れないデスゲーム。自分が生き残るために他者を殺すのは、ごく当たり前の事だろう。
 どうやらこの女は、それをきちんと理解していないらしい。あるいは、友情とか正義とか、そんなくだらないものの事を考えているのか。
 だがまあ、ただ見てるだけというのも退屈だし、暇潰しに答えてやってもいいだろう。

「簡単なことです。僕は奪うことは好きですが、それ以上に、失うこと、奪われることが我慢ならないんですよ」
 そう口にし、テイカーは自らの渇望と恐怖の一端を口にした。

「世界に存在する万物は有限です。誰かが何かを得た時、同時に同じだけ、他の誰かが何かを失っている。それはあたかも、エネルギーの保存則のように。
 さっきライダーにも言いましたけどね、この世の根本原理は『争奪』なんですよ。
 僕は自分の命を得るために他者の命を奪っているにすぎません。このデスゲームのルールと、その原理に従ってね。
 ………まあそのついでに、僕が個人的に欲しいものも奪い尽くすんですけどね」
「……………………」

 テイカーのその言葉を、カオルは否定することができなかった。
 この世の根本原理は『争奪』だと彼は言った。それをカオルは、身を以て実感していたからだ。

 もはや名前も思い出すことのできない、かつて好きだった誰か。
 彼は自分ではなく、他の女性を愛した。決して奪われたわけではないが、自分は想い人を失った。
 だがもし自分が彼を求め、彼が応えてくれたとすれば、逆にその女性が想い人を失う事になっていたのだ。

 ………けど、それでも、それは違うとカオルは言いたかった。

「……あなたは本当に、自分が助かるために他者を殺しているのですか?」
「だからそう言っているじゃないですか。理解の悪い人ですね、貴方」
「だったら、このデスゲームを打破しようとする人と、協力することだって」
「ああ、止めてくださいそういうの。仲間とか友情とか、そういうの鳥肌が立つんですよ。
 ましてや僕がそのお友達ごっこの仲間入りとか、考えるだけで吐き気がします」

 カオルの必至の呼びかけを、テイカーは厭わしそうに顔を背け、そう吐き捨てた。
 『無償の友情』なんて幻想はありえない。人の繋がりで確かなのは支配する者とされる者の関係だけだ。
 そして支配者には、相手の全てを奪う権利が与えられているのだ。

 そう口にするテイカーに、カオルは怒りでも、憎しみでもなく、憐れみを覚えた。
 ああ、そうか。もしかするとこの人は……。

「貴方は、何かを与えられた事がなかった……与えてくれる人に、出会えなかったんですね」
 だから彼は、自分が知らないものを、信じることができないのだ。
 共に笑える友達も、手を取り合える仲間も、彼にとっては自分になかったもの。自分にないのだから、それは存在しないのと同じだと。
 だから、友情を、仲間を、信頼を、在りもしないものを信じる他の人たちを、認めることができないのだろう。

「なに……を、言ってるんですか、貴方は?」
「確かにあなたの言う通り、『争奪』は世界の根本原理なのかもしれません。
 けどそれは、あくまでも根本なのであって、全てではないんです。人は自分が持つものを、『共有』することだってできるんですよ」
「…………黙れ」
「けど誰かが差し伸べてくれる手を拒絶していたら、『共有』はできません。
 そんなのだと、貴方はいつまでも『奪う』ことしかできなくて、『与えられる』ことはないんですよ」
「黙れと……言ってるんです」
「私には、好きな人がいました。けどその人は、他の女性と恋人になりました。でも私は、今自分が幸せなんだと思っています。
 だって私には、まだ生きていたいって思える理由があるから! また会いたいって思える人たちがいるんですからっ!!」
「黙れぇぇええええええええええええッッッッ!!!」

 カオルの言葉に堪らず激高し、テイカーは感情のままにカオルを地面に叩き付ける。
 その痛みと衝撃に咳き込み呻くカオルに、パイロ・ディーラーの砲口を突き付ける。

「カオル!?」
「おいおいノウミ。そいつはちとマズいんじゃないのかい!?」
 その事態にユウキとライダーは戦闘を停止し、共に声を荒げる。
 ユウキは純粋にカオルに迫る身の危険から。ライダーは人質作戦という戦術的な理由からだ。
 だがカオルは、身に迫る危険を知りながらも、倍増された痛みを堪えながらユウキへと強く呼びかけた。

「ユウキさん! 私は、貴方を信じています!」
「ッ――――!」
「僕を、そんな憐れむような目で見るな!」

 ライダーの静止を耳に入れず、ダスク・テイカー――能美征二は叫び声を上げる。
 彼の頭には、もはや作戦の事など頭になかった。あるのはただ、超えてはいけない一線を越えた、目の前の女を消し去ることだけ。

 僕が何かを与えられなかった?
 人は奪うだけでなく共有することができる?
 あまつさえ、好きになった人が奪われても、自分は幸せだ、だって?

 ―――ありえない。
 確かに僕は与えられなかった。実の兄に、何もかもを奪い続けられた。
 だから僕は略奪者になった。兄に奪われた全てを、奪い返してやったのだ。
 だから、せっかく取り戻した自分のものを、他人と共有するなんてありえない。
 ましてや、好きな人を奪われておいて、それでも幸せになれるなんて絶対にありえない!

「消えろ! 僕の前から! この世界から!
 “スプレッド・ファイア”ァァア――――ッッ!!」
 パイロ・ディーラーの砲口から、これまでにない最大火力を以て灼熱の豪華が放たれた。
 カオルを、友情や絆といった幻想を、………ただ一つ、本当には奪い返すことができなかった、自分と仲良くしてくれた女の子との思い出を焼き払うために。

 ――――――、零秒。

「ウオォオオオ―――ッッ!」
 直後、ユウキが雄叫びを上げ、地面を蹴り砕き駆け出す。
 だが彼女が駆ける先にいるのは、カオルでもテイカーでもなく、ライダーだ。
 彼女は一か八かでカオルを助けだすよりも、ライダーへ攻撃することを選んだのだ。

「なんッ……!?」
 カオルを助けに動くと読んでいたライダーは、ユウキのその行動に一手対応が遅れる。
 ユウキはその僅か一手分の隙にライダーへと距離を詰め、渾身の力でライダーへとランベントライトを振り抜いた。
 回避しきないと判断したライダーは、とっさに左腕で急所を庇い、その一撃を受け止める。

 ―――白銀の剣閃に赤い鮮血が混じる。
 ユウキの一撃が、ライダーの左腕を切り落としたのだ。
 だが、その攻撃の隙。次の一手は逃すまいと残る右腕、その手に握る拳銃をユウキへと突き付ける。

 ――――――、一秒。

「こいつはヤバいね……!」
 言いつつ、笑みさえ浮かべてライダーは引き金を引いた。
 響く銃声。だが放たれた弾丸は、ユウキには当たらなかった。
 回避されたのではない。すでにそこに、彼女がいなかっただけの事。
 ユウキはライダーの腕を切り落とした時点で、即座にもう一つの目標へと飛翔していたのだ。
 ―――今生み出されたばかりの、紅蓮に燃える灼熱の台地へと向かって。

「ノウミィ! そっちへ行ったよ、気を付けな!」
 ライダーはテイカーへと呼びかけながらユウキへと向かって銃撃し、しかし同時に、ユウキの狙いがテイカーではないことも悟る。
 ユウキがライダーを攻撃したのは、ライダーの銃撃の手数を半減させるためだと理解したのだ。
 ならば考えられる目的は一つだけ。テイカーに人質にされていた少女の救出だろう。
 しかし、それはもはや手遅れだ。彼女は至近距離から炎に焼かれ、既に死んでいるはずなのだから。

 ――――――、二秒。

「ぐ、ううぅううっ……ッッ!!」
 対するテイカーは、自らが生み出した炎から逃れるために、その身を焼かれながらも大きく飛び退く。
 倍増された痛覚は想像を絶するものだったが、決して動けないほどのものではない。
 そもそも痛みにはとっくに慣れている。
 痛いからと言って動けなくなるようでは、更なる暴力を振るわれた。
 ブレイン・バーストを始めてからは、体が千切られ砕かれる激痛を何度も味わってきた。
 そんな一過性の苦痛ものよりも、最後の寄る辺である加速能力を失う方が何倍も何十倍も恐ろしかった。
 ――――だから、それを奪おうとするやつには決して容赦はしない。

「燃え尽きろォ……ッ!」
 溶解する大地から抜け出し、ユウキへと向けて高熱の火炎を放つ。
 もはや羽のことなどどうでもいい。あの女も、あの女の仲間も、全て消し去ってしまいたかった。

 だがここで、テイカーはユウキの目標が自分を見ていないことに気付く。
 ………まさか。助けるつもりか? この状況から? 不可能だ。女はとっくに消し炭になっている。
 と、ライダーと同じ結論に至るが、ならばユウキは、一体何をしようとしているのか。と新な疑問が生じる。
 そんな二人の疑問など意にも介さず、自身に迫りくる炎を避けることもせず、むしろ自ら加速して炎の中へと突っ込んだ。

 ――――――、三秒。

「うぁああ……ッ!」
 と、そんな叫び声を上げて、ユウキは炎を突き抜ける。
 しかしその直後。ユウキは、今度は自ら溶解した大地へと飛び込んだ。

「グゥッ、……ヅ、―――ッ! うッ……ア、ッァ………! あ、アアアアアア――――ッッ!!!」
 全身を焼き尽くす炎に、堪らず苦痛の叫びを上げる。
 だがより深く両腕を沈みこませ、ユウキは溶解した大地の中から“彼女”を探し当てる。
 そして渾身の力で彼女を抱え上げると、即座に全速力で飛び上がって安全な大地へと移動する。

 ――――――、四秒。

「カオル……、これで………」
 ユウキは重度の火傷と激痛で震える手を懸命に動かしてメニューを操作し、あるアイテムを取り出す。
 そしてそれを、祈るような気持ちで、カオルであったものの残骸へと使用する。

 人の形をしているだけの黒い塊に、優しい色の光が降り注ぐ。
 すると黒い炭と化していたその身体に人の色が戻り、少女の姿を取り戻す。
 生者の姿となった少女はゆっくりと瞼を開け、自らに起こったことの感想を口にした。

「……………………、っは。
 あ、…………たとえ二度目でも、やっぱり死ぬのは、慣れませんね」
「ッ……、普通は二度も死なないと思うけどね」
 カオルの言葉に、笑いながらそう返して、ユウキはようやく安堵の息を吐いた。

 ―――締めて、五秒。
 それが、ユウキに支給されたアイテム【黄泉返りの薬】の、蘇生効果を発動できる限界時間だった。


「蘇生アイテム!? なるほど、そんな物まで支給されていたんですか。
 ……ですが先ほどの貴方の無茶振りを見るに、どうやら使用に時間制限があるようですね」
 死んだはずのカオルが生き返ったことに驚きながらも、テイカーはそう分析する。
 ユウキはそれに答えず、ランベントライトを支えにしてふらつく体を立ち上がらせた。

「で? そこからどうするおつもりですか?
 まさか、そんなダメージと痛みでロクに動けない体で、ボク達と戦おうっていうんですか?」
 ユウキの行動にテイカーは嘲笑を浮かべる。その隣には、いつの間にかライダーも付き従っている。
 見れば、ユウキが切り落としたはずのライダーの左腕が、きちんと繋がってそこにあった。

「ん? ああ、この腕かい?
 アタシ等サーヴァントは、言っちまえば幽霊みたいなもんなのさ。
 だから生きていて魔力があるなら、こうして体を治せるってわけだ。ま、完全な回復には時間がかかるけどね」
 ユウキの表情を見て察したのか、ライダーはふらふらと左腕を振って理由を説明する。
 なるほど、確かにその動きは鈍い。先ほどまでのような連続射撃はできなさそうだ。
 ……だが、ほとんど即座に体の欠損を修復できるなんて、反則もいい所じゃないかとユウキは思った。

「ハッ。キミたちの方こそ、本気のボクに勝てると思っているの?
 これでも、ALO統一デュエル・トーナメントの4代目統一チャンピオンなんだけど」
 しかし、そんな窮地を鼻で笑い、ユウキはテイカーへと向けてそう挑発する。
 こんな状態でもお前たち程度には勝てると、彼女らしくない、相手を見下すような口調で。
 確かに体はロクに動かない。痛みで頭はガンガンする。HPなんか、痛みの森じゃなくても一撃で消し飛びそうだ。
 ………けどそれは、生きる事を諦める理由に決してはならない。
 加えて、ユウキは怒っていたのだ。彼女自身も初めてだと思うほどに、とても激しく。

「へぇ。ずいぶんと強気じゃないですか、死に損ないの分際で。しかもたかがゲームのチャンピオンとかで威張られてもねぇ。
 まあいいでしょう。さっきの蘇生アイテムがいくつ残っているかは知りませんが、その全てを使いきるまで殺し続けてあげますよ」
 そう宣言すると同時に、テイカーはパイロ・ディーラーの砲口をユウキへと向ける。
 ライダーの方は、ユウキが火炎放射を回避したところを狙い撃つつもりなのだろう。

「――――――――」
 それを前にして、ユウキは油断なくランベントライトを構える。
 ―――絶対に勝つ。そう強く決意を懐いて。

「さあ、精々無駄な悪足掻きをして、僕を楽しませてくださいよ!」
 そんなユウキを嘲笑い、テイカーはユウキに向けた砲口から、高熱の火炎を放射しようとして、

「―――ハ、どこ見てんだよ。おまえの相手はこの僕だろ!?」

 その声とともに、突如として暗い黄色のエフェクトが、テイカーの体を包み込んだ。
 同時に飛来した矢を、それを察知したライダーが撃ち落とす。
 そしてその間に、両者の間に二つの人影が上空から降り立った。

 現れたのは、赤い外套の男と学生服の少年。
 その片方、学生服の少年は、敵愾心を露わにしてテイカーを睨み付けると、

「よう。ライダーを返してもらいに来たよ」

 そう宣言して、嘲笑うようにニヒルな笑みを浮かべた。
 ―――こうして再び、間桐慎二はダスク・テイカーと相対したのだった。


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最終更新:2014年01月12日 11:38