11◇◆
――――黒い闇の中を、当てもなく走る。
周囲一面には、何も無い。
まるで深い深い海の底。何のデータも打ち込まれていないマップの様。
前も後ろも右も左も上も下も判らない。走れるという事は、地面があるはずだけど、何かに足を付けている感触はない。
……いや、そもそも、私は本当に走っているのだろうか。走っているというより、なぜか泳いでいるような気さえしてくる。
――――それこそまるで、魚みたいに。
……一体どこへ向かえば、この暗闇から抜け出せるのか。
いや、そもそも、この暗闇に出口はあるのだろうか。
一条の光も見えない暗黒に、もしかしたら出口などなくて、この暗闇からは二度と出られないのではないか? なんて不安さえ懐き始める。
その不安を振り払うように、私は溺れるように走り/泳ぎ続けた。
……けれど、どこまで走っても変化のない暗闇に、次第に心が挫けそうになる。
だからだろう。無性に“彼”に会いたくなった。彼に会って、安心したかった。彼ならきっと、どんなことからも私を守ってくれる。
………けれど、それはもう、二度と叶わない。彼とはもう、二度と会えない。
だって、彼は死んでしまった。私がこの手で……殺してしまった。
―――ダレヲ?
――――――――――、キリトを。
「あ、ぁあ…………あ――――――ああああああああああああアアアアアアアア………………ッッッッ!!!!!!」
殺した。私が殺した。キリトを。守ってくれようとした人を。私が。
――――ナゼ?
死にたくなくて。死ぬのが怖くて。殺されるのが嫌で。堪らず、殺される前に殺そうと思った。
けれど、どうしてキリトを殺してしまったのか。それだけが解らない。彼は守ろうとしてくれていたのに、どうして。
理由が解らない。……もしかしたら理由なんてないのかもしれない。
キリトと戦っていたPKと同じで、私はただ自分が死にたくないから、他の誰かを……大切な人さえ殺してでも生き延びようとしたのかもしれない。
―――ホントウニ?
だって、それ以外に考えられない。
キリトを殺した自分を許せないのに、私はまだ、死にたくないって強く思っている。
…………死にたくない。
キリトを殺したくせに、そんな風に考える自分が許せない。
許せないのに、この暗闇から抜け出そうと懸命に走って/泳いでいる。
―――ドウシテ?
この場所が、どうしようもなく怖いから。
ここには何もなくて、嫌なことばかり思い出す。
こんな場所にはいたくない。……ここから逃げ出したい。
………ああ、そうか。私は逃げているのだ。
―――ナニカラ?
この場所から。PKから。キリトから。バトルロワイアルから。―――自分自身から。
何もかもから逃げ出そうとして、ひたすらに走り/泳ぎ続けているのだ。
けれど、自分から逃げられるわけがなくて。
それでも、キリトを殺した自分から目を背けたくて。
自分が生きているのが嫌で、けれどやっぱり、死にたくなくて。
―――ダカラ。
私は、不意に見えた赤い光へと、引き寄せられるように走って/泳いでいった。
光は二つ見えたけど、一方にはジブンと同じで、けどとても恐ろしいものがいるような気がしたので、もう一方の方へと向かった。
そうしてこの暗闇から抜け出そうと、縋りつくようにその赤い光へと手を伸ばした――――
†
それから少しして、そろそろ出発しようかと立ち上がった、その時の事だった。
ユイが突如として顔を跳ね上げ、警戒の声を発した。
「ッ―――! ハクノさん、気を付けてください!
突如としてプレイヤー反応が出現、来ます!」
その緊迫した様子に、即座に全員が警戒体制へと移行する。
突然プレイヤーが出現? それはつまり、ここへ転移してきた、という事か?
それはおかしい。この洞窟に転移装置の類はなかったはずだ。
ならばそのプレイヤーは、一体どこから現れるというのか。
「む! あそこだ奏者(マスター)! あれを見よ!」
と、何かに気付いたセイバーが洞窟の入り口付近を指す。
するとそこにあった石柱に刻まれていた、三角形の傷痕が赤く輝いていた。
どうやら地底湖と大樹に目を奪われ、あの傷痕は見落としていたらしい。
だが少なくとも、あんな風に禍々しく光ったりはしていなかったはずだ。もし光っていたのなら、さすがに気付かないはずがないからだ。
ならばあの傷痕が光を放ち始めたのは、ユイがプレイヤーの反応を察知した前後からだろう。
つまりプレイヤーは、あの傷痕から現れるという事だ。
そう確信を懐き、傷痕を注意深く観察する。
すると不意に、傷痕から黒い点が浮かび上がってきた。
それは瞬く間に数を増やすと、空中へと浮かび上がって静止し、大きな黒い孔を作り出した。
そしてそこから一人の少女が表れ、ゆっくりと地面へと降り立ち、そのまま座り込んだ。
自分たちに気付いていないのか、少女は地面に座り込んだまま、何かに怯えるように自分の体を抱えている。
その容姿には、どこかユイと似た面影が見て取れたが、ユイから聞いた母親の容姿とは一致していない。
「そんな……まさか……!」
だが少女の姿を見たユイが、信じられない、と声を漏らす。
もしかしてユイは、彼女を知っているのか?
「はい。彼女のネームはサチ。ギルド月夜の黒猫団のメンバーであり、ソードアート・オンラインに囚われたプレイヤーの一人でもあります。
………ですが、彼女がここにいる事はあり得ません。何故ならギルド月夜の黒猫団は、二〇二三年六月に壊滅したからです。
………ギルドメンバーで生き残ったのは、パパ一人だけでした」
――――――――。
それはつまり、あの少女はありすと同様、すでに死んだはずの人間という事なのか?
……これで、五人目。まさか榊は、死者の蘇生さえ可能としているというのか?
「私が……死んでる………?」
ユイの言葉に、少女――サチが反応する。
顔色が一瞬で蒼白に変わり、その言葉を否定するようにより強く自分を抱き締める。
その様子はまるで、自分が今生きていることを、懸命に確かめようとしているかのようだ。
「……うそ。私は死んでない―――!
………だって、今もこうして、生きて………!
…………あれ? それじゃあ、キリトはどうして……?」
しかしそ、サチ自身にも思い当たることがあったのか、次第にその抵抗は弱くなっていく。
そして、ユイの言葉を否定することができなくなった、その瞬間。
「…………ああ、そっか。だからキリトは、私を………―――」
サチの声は途切れ、バタリと、力なく地面に崩れ落ちた。
―――直後。彼女の背後にあった黒い孔が無数の点へと分裂し、黒い影となってサチの身体を包み込んでいく。
湧き上がる悪寒に、ユイに妖精アバターへと変わってもらい、制服の上着を着直して胸ポケットに隠れさせる。
「――――――――」
黒い影がサチの全身を覆うと、彼女は浮かび上がるような動作で立ち上がり、自分たちへと視線を向けてくる。
その向けられた虚ろな瞳に、意思の光は見て取れない。ただ外界を映すだけの、人形の眼球のような印象を受けた。
だがそれでも、少女からは自分達に対する、確かな敵意を感じ取ることができた。
………戦うしか、ないのだろうか。
戦いになれば、最悪、相手を死に至らしめる可能性もある。
だというのに、あの少女の正体も、理由さえも分からないままで、戦ってしまっていいのだろうか。
「来るぞ、奏者よ」
「ご主人様、指示を」
「アァァァァアアァァァ……」
しかし、状況は
岸波白野を待ってはくれない。
もはや避けられない戦いを前に、自分もようやく覚悟を決める。
どちらにせよ、戦わなければ生き残れないのだ。ならばその戦いの中で、戦う理由を見つければいい。
その決意に、サーヴァントたちと
カイトが武器を構えて前へと踏み出す。
特にカイトは、今までにない戦意を少女へと向けて見せていた。
自分は――――
セイバー、頼む。
キャスター、頼む。
>カイト、頼む。
少女の相手は、カイトに任せる。
元よりそういう戦術を取る予定だったし、何より彼が強くそれを望んでいる。
その代わりセイバーとキャスターには、もしもに備えて待機してもらう。
「むう、奏者がそう命ずるのであれば仕方があるまい。
だがカイトよ。貴様の実力、しかと見極めさせてもらうぞ」
「ご主人様の期待を裏切らぬよう、全力を尽くしてくださいませ。
もし期待に応えられぬようであれば、その時は――――」
命の掛かった戦いだからだろう。サーヴァントたちの言葉は普段以上に辛辣だ。
だがそれは同時に、彼女たちの期待の表れでもある。
ここでその期待に応えられれば、少しは命を預ける仲間として認めてくれるだろう。
「ガ&バル」
カイトはそう口にして頷き、さらに一歩前へと出る。
その両手には禍々しき双剣、虚空ノ双牙。
陽炎のように歪む三枚刃を展開し、払う様に一振りする。
すると彼の全身から衝撃が放たれ、その体を覆うように蒼い炎が揺らめき始める。
――――蒼炎の守護者。
カイトのその姿に、そんな言葉が思い浮かぶ。
おそらくこれが、システムの守護者――Auraの騎士としての彼の姿なのだ。
「――――――――」
対すサチは、カイトの放つ蒼炎の衝撃に晒されながら、ゆらりと背中の剣を引き抜く。
その動作はますます人形染みていて、彼女が通常の状態でないことが一目でわかる。
おそらく、彼女を覆う黒い点が原因だ。カイトの強い戦意も、それが理由なのだろう。
一体サチに何があったのか。あの黒い点は何なのか。それは今考えたところで解り得ない事だ。
故に、今自分が成すべきはただ一つ。岸波白野の専心は、この戦いを切り抜ける事にのみ向けられる。
………………そして―――サチの虚ろな瞳が、こちらを認識したことを感じ取り。
――――来る!
そう確信すると同時に、素早くカイトへと指示を出す。
同時にサチが黒点を伴ってカイトへと迫り、
カイトが蒼炎を燈した魔刃を以てそれを迎え撃った――――。
12◇◆◆
――――行動選択。
始めの一手はGUARD。まずは防御に専念し、相手の出方を窺う。
ガキン、と。サチが振り抜いた宝剣の一撃を、カイトの振るう三枚刃の魔刃が打ち落とす。
弾かれた一撃は人ならざる動きによって、止まることなく振り下ろしから切り上げへと変化する。
だがその二撃目は、またも魔刃によって、その担い手に届くことなく弾き飛ばされる。
反す三撃目。宝剣は持ち主の駒のような動きによって、弾かれた勢いをそのままに、今度は反対側から袈裟に切り下される。
がやはり、宝剣の一撃はその威力を発揮させることなく、容易く魔刃に受け止められる。
少女はそれでも止まらず、次々にカイトへと宝剣を叩き付けてくる。
しかしその連続攻撃は、どれ一つとしてカイトに届きことなく防がれていた。
―――当然だ。
これまでにサチの放った攻撃は、剣の重さだけを使った単純な物理演算によるものだ。
そこには力や技といった、人の肉体を活かした攻撃の重みが乗っていない。
対するカイトの防御は、正確無比の一言に尽きる。
彼は迫りくる攻撃に対し、最適なポイントで、最適な力加減で、最適なタイミングで防いでいるのだ。
加えてカイトの纏う蒼い炎は、少女の攻撃に反撃するかのようにその火片を飛び散らせダメージを与えている。
彼の世界のアビリティ風に言うのであれば、カウンター・蒼炎といったところだろうか。
通常攻撃はほとんど通じず、近づき過ぎれば蒼炎によってダメージを受ける。
もしカイトの守りを正面から破るとしたら、それは彼の能力数値(ステータス)か演算速度(スペック)を超えるしかないだろう。
事実、その実力差を示すかのように、カイトはこの戦いにおいて、まだ片腕しか使っていないのだから。
……だがそれも、相手が尋常の人であったならの話だ。
魔刃と宝剣がぶつかり合い、激しく火花を散らす。
次第にその剣戟の金属音が強くなり始め、打ち合う速度が加速していく。
サチが……そのアバターを動かす“何か”が、人の肉体の使い方を学習し始めたのだ。
ならば―――それを学習しきる前に、こちらから先に攻め切る……!
そう決断し、即座にカイトへと指示を出す。
二手分の攻撃選択。BREAKからATTACKへの連携攻撃。
強烈な一撃で敵の攻撃を打ち砕き、回避の間を与えぬ追撃を以て斬り抉る。
「アアァアァアアアア―――ッ!」
その指示に従い、カイトが初めて右腕を振り抜き、右の魔刃で宝剣を弾き飛ばす。
カウンター気味に打ち上げられる宝剣。その衝撃にサチの体はふらつき、胴体がガラ空きとなる。
瞬間。そこに左の魔刃が薙ぎ払われる。通常ならば躱しきれない超高速の一撃。
少女へと迫る禍々しき刃は、ダイイングのアビリティによって掠り傷でも致命傷となりかねない。
………だがしかし、カイトの魔刃は身に纏う防具を浅く切り裂いただけで、少女の肉体へは届かなかった。
―――躱された。
なんと少女は、宝剣を弾かれるのとほぼ同時に、既に後ろへと飛び退こうとしていたのだ。
宝剣が弾かれた衝撃が想定以上だったのか、想定通りの動きはできなかったようだが、それでもギリギリ回避を間に合わせた。
その反応速度は、間違いなく人間以上。ユイやカイトと同じ、電子の速度で思考する者の動きだ。
だがそれでも少女には――彼女を操る者には不足しているものがある。
それはすなわち、能力値と経験値(レベル)だ。
“彼女たち”にはカイトの攻撃を防ぐ防御力と、状況を見極める判断力が足りていない。
カイトにATTACKの指示を出し、そのまま少女へと追撃させる。
高速の連続攻撃を以て、一気に壁際まで追い詰めるためだ。
「ハァアア――ッ!」
「――――――――」
左右交互に繰り出される魔人の連撃を、サチは宝剣で防いでいく。
しかしカイトの攻撃を受けきれない少女は、次第に洞窟の壁面へと追い込まれていく。
加えて双剣に燈された蒼い炎が、疑似的な武器アビリティ、蒼炎攻撃となって少女に追加ダメージを与える。
そして壁まであと少しという所で、カイトへとBREAKの指示を出す。
少女を弾き飛ばすことで壁に激突させ、それによる一瞬のスタンを狙う。―――だが。
「ア゛アァアッ!」
カイトが一際強い一撃を放ち、サチを大きく弾き飛ばす。
少女はそのまま狙い通りに壁へと激突し―――その寸前、間に割り込むように発生した黒い孔にドプンと沈みこんだ。
―――そんな!
と一瞬己が目を疑い、同時に正しく状況を把握する。
黒い孔は一瞬で点へと拡散し、カイトの背後で再び集結する。
そうして発生した孔から、宝剣を振り上げたサチが飛び出してきた。
咄嗟にカイトへと、全体攻撃の指示を出す。
―――攻撃選択、SKILL >蒼穹の衝撃。
「ハァァアアア―――ッ!」
即座にカイトが全身から蒼炎の衝撃波を放ち、背後のサチを吹き飛ばす。
吹き飛ばされた少女は再び黒い孔へと沈み込み、カイトからある程度離れた位置で出現する。
カイトも同様に指示待機位置へと戻り、唸り声を上げて少女を睨み付ける。
………危なかった。まさか疑似的な転移を可能とするとは思わなかった。
いや、サチが最初に現れた時の事を考えれば、それも考慮に入れるべきだったのだろう。
だがこれで、敵の能力を一つ暴いた。
それは即ち、疑似的な転移……いや、黒点内部への潜航だ。
少女の周囲を漂う黒い点はただのエフェクトではなく、何かしらの亜空間へ繋がる孔なのだ。
おそらく、少女を操る“何か”は、その亜空間の中に潜んでいる。
そしてサチの体を覆う黒い影から察するに、黒点はその“何か”の手足替わりでもあるのだろう。
ならば亜空間に潜む“何か”――“黒点の主”をこちら側へと引き摺り出し、倒すことができれば、サチはあの黒点から解放されるはずだ。
あとはどうやって“黒点の主”をこちら側へと引きずり出すかだが――――。
どうやら今は、それを考えている間はないらしい。
思考を考察から戦闘へと移行させる。
「――――――――」
サチが宝剣を高く掲げ、そこに黒点が集まっていく。
そして十分な黒点が集まったところで、サチは宝剣を一気に振り下ろし―――無数の黒い手が、カイトへと向かって襲い来た。
応戦してカイトへと指示を出す。
行動選択はGUARD。迫りくる平面の黒手、その全てを打ち落とす。
「……………………」
黒手の軌道を予測しきり、目にも止まらぬ速さで双剣を振るうカイト。
打ち払われた黒手は彼に届くことなく弾き飛ばされ―――翻って再びカイトへと襲い来る。
即座にカイトに回避指示を出し、黒手の対応策を考える。
双剣で弾けたことから、物理的な接触は可能。
問題は追尾能力と、通常攻撃では破壊不可能なこと。
ならば次に打つ手は一つ。より強力な一撃を以て、黒手を完全に消滅させる。
―――行動選択、SKILL >蒼炎の爆発。
「……………………、ハァアッ!」
それまで回避を続け、避けきれないものは弾くことで防いでいたカイトが足を止める。
それを幸いと、彼を追い詰めようと空間を駆け巡っていた黒手が、一斉にカイトへと襲い掛かる。
しかしカイトは右腕を高く掲げ、魔刃に燈る蒼炎をより激しく燃焼させると、それを地面へと叩き付けた。
それによって発生した蒼き炎の爆発は、迫り来た黒手を悉く焼き尽くす。
「――――――――」
それによって発生した粉塵を潜り抜け、サチが宝剣を構え突きに来る。
その突進に対しGUARD指示を出し、そこへさらにATTACK指示を二手分重ねる。
「……………………」
カイトは左の魔刃でサチの突進を受け止め、弾き飛ばして体勢を崩させる。
さらに右の魔刃で追撃し、咄嗟に宝剣で防御した少女の体勢を完全に崩し、地面へと転倒させる。
そして倒れたままの少女へと向けて、双剣を勢いよく振り下ろす。
だが再び少女と地面の間に黒点が集結し、内界に少女を取り込むことで回避させ、拡散する。
………しかし、その行動は予測済みだ。
黒点への潜航の欠点は、少女が出入りする際に、最低でも少女と同サイズの孔を作り出す必要があることだ。
つまり拡散した黒点の動きを見極めれば、少女の出現位置を予測することも難しくはない。
そうして拡散した黒点の集結地点を割り出し、カイトへと即座に指示を出す。
―――行動選択、SKILL >蒼炎球。
黒点の集結地点へと向けて、カイトの両手から蒼い炎の弾が放たれる。
亜空間から現れようとしていた少女はその一撃を咄嗟に回避することできず、蒼炎に吹き飛ばされ倒れ伏した。
カイトが再び指示待機位置へと戻る。
サチは倒れ伏したまま、ピクリとも動かない。
このまま終わってくれていればいいが、まだ彼女の身体を黒影が覆っている以上、それはない。
それを証明するかのように、黒点が今度は洞窟の地面全てを覆い尽くし、少女の身体が黒い大地へと沈んだ。
―――どこから来る。
黒点による孔は足場全体へと及んでいる。
こうなっては少女の出現位置の予測など不可能だ。
自分たちが沈まないのは、それを“黒点の主”が自分たちの侵入を拒絶しているからだろう。
だがその操り人形となっているサチは、どこから出現してもおかしくはない。
僅かな兆候も逃すまいと、黒い大地全体に視線を巡らせ警戒する。
――――不意に、何かが鳴くような『音』とともに、魚のような半透明の何かが、黒い大地の奥に見えた気がした。
直後。黒い大地全体から平面の黒手が飛び出し、一斉にカイトへと襲い来た。
もはや数えるのも馬鹿らしい数。咄嗟に大きく飛び退きながら、カイトへと指示を出す。
―――行動選択、SKILL >蒼穹の衝撃。
カイトはより高く浮かび上がり、全身から蒼炎の衝撃波を発する。
だがその威力は先ほどの比ではない。放たれた衝撃波は猛り狂う炎の渦となり、襲い来る黒手も、大地を覆う黒面さえも焼き払う。
―――その瞬間。カイトの背後の、蒼炎に焼かれなかった黒面から、剣を構えサチが飛び出してくる。
同時に彼女の前方には大地を覆っていた黒点が集結し、黒色の盾となってカイトの放つ蒼炎を防ぎきる。
相当に堅い。それが“黒点の主”の考えた、逆転の手段か。確かにカイト一人ならば、見事な反撃となっただろう。
……だが一手、いや、半手遅い。
――――ユイ!
と、岸波白野の胸ポケットに隠れていた妖精の少女へと指示を出す。
―――行動選択、C・CAST >release_mgi(a); 。
「了解です!」
指示を受けたユイは胸ポケットから飛び出し、サチへと向けてコードキャストによる魔力弾を放つ。
完全な意識外からの攻撃に、サチは放たれた魔力弾に対処することができず直撃してしまう。
結果、発生するスタン効果。この瞬間、少女のあらゆる行動はキャンセルされた。
同時にサチがスタンから回復するよりも早く、カイトへと指示を出す。
―――行動選択、SKILL >蒼炎の爆発。
「ア゛アアァァアアア―――ッッ!!」
カイトは両の魔刃に蒼炎を収束させ、サチの前方に展開された黒盾へと叩き付ける。
生じた蒼き爆発は黒盾を構成していた黒点を全て吹き飛ばし、その衝撃が少女を地面へと叩き付ける。
それを認識すると同時に、即座にカイトへとATTACK指示を三つ重る。
「ハァア………ッ!」
カイトはサチとの距離を一瞬で詰め、虚空ノ双牙を振り被る。
対するサチも、即座に立ち上がり応戦しようと宝剣を構える。……だがその周囲に、彼女を助けてきた黒点はない。
黒点は蒼炎によって焼き散らされ、再集結して孔を作ることも、盾となって攻撃を防ぐことも間に合わない。
そう。今この瞬間、少女は完全に黒点によるサポートを得ることが不可能な状態となったのだ。
一手目。カイトは高速の三連撃を繰り出して少女の防御を容易く崩し―――1CHAIN。
二手目。そこへさらに回転連撃を放ち、最後の守りとなる宝剣を弾き飛ばし―――2CHAIN。
三手目。擦れ違いざまの一瞬で、ガラ空きとなった胴体へと神速の五連撃を放ち―――3CHAIN。
そして発生するEXTRAターン。完全に無防備となった少女へと、カイトは赤い斬影を残す三連撃を刻み付けた。
その疾風怒濤の連続攻撃を受け、少女はついに地面へと崩れ落ちた。
ダイイングの効果は発生しなかったようだが、それでも十分なダメージにはなっただろう。
………だが“黒点の主”はまだ諦めていないのか、少女はなおも立ち上がろうとし、その周囲に黒点が集まり始める。
それを見つめながら、戦いを決着させるために、カイトへと最後の指示を下す。
―――行動選択、EX-SKILL >蒼爪の残像。
「ハアアァァアアアア…………」
カイトが全身からさらに蒼炎を放ちつつ双剣を構えると、断罪者が審判を下すが如く、サチの身体に謎の刻印が刻まれた。
刻まれた刻印は蒼炎を放って少女を拘束し、同時に少女を囲むように二つの人影――カイトの分身が現れる。
そしてカイトを含めた三つの蒼い影は、一瞬で少女へと距離を詰め、その体を空へと打ち上げ、
自身も少女に続いて飛び上がり、計六つとなった魔刃で滅多切りにした後に、地面へと叩き付け、
その止めに、着地すると同時に少女へと三角形を描く三筋の傷痕を刻み付けて、ようやく分身は消え去った。
システムの守護者が下す、無慈悲なる断罪の一撃。
少女がまだ生きていることの方が不思議なほどの大ダメージ。
それを受けてなお“黒点の主”は戦おうと少女を立ち上がらせ、
しかし、少女の肉体の方が耐えられず、今度こそ地面へと倒れ伏した。
サチがもう立ち上がらないことを確認して、ようやく戦いが決着したのだと実感する。
同時に、少女を覆っていた黒い影と、周囲を漂っていた黒点が散っていく。
それはつまり、少女が開放された、という事だろうか。
だとすれば、彼女を殺さずに済んで良かったと喜ぶべきなのかもしれない。
なんてことを考えていると、今まで霊体化して様子を見ていたサーヴァントたちが姿を現した。
「うむ。見事な指揮であったぞ奏者よ!」
「同感です。初めてのパートナーをそこまで見事にサポートするなんて、さすがは私のご主人様です」
いや、褒めてくれるのは嬉しいが、やはりセイバーたちとは勝手が違った。
やはりお互いに知り合ったばかりであるため、まだ呼吸が合っていないのだ。
今回そう危なげなく勝てたのは、サチを操っていた“黒点の主”に経験が不足していたからだ。
もしこの次戦う事になれば、今のままだと危ない場面も増えるだろう。
そう考えていると、視界の端に、見覚えのある極彩色の光が見えた。
見ればいかなる理由からか、カイトが腕輪を起動させ、右腕をサチへと突き付けていた。
一体カイトはサチに何をする気なのか。戦いは、決着したのではないのか?
そう慌てて問いかけると、カイトは唸り声を出して首を振った。
「アアァアァ………」
「カイトさんによると、彼女はまだ感染したままだそうです」
感染? それは、あの黒点にという意味だろうかと尋ねると、カイトはコクリと頷いた。
その返答に、改めて少女を見てみるが、外見上からはよく判らない。
もしかすると、消えたのは手足である黒点だけで、“黒点の主”は未だに生存しているのかもしれない。
――――どうする。
このまま、カイトに任せるか?
彼のデータドレインに対しては、どうしても嫌な感覚が拭えない。
だがサチがまだ黒点に感染されているのなら、やはりカイトに任せるべきだろうか。
自分は、カイトを――――
>止める。
止めない。
―――やはり、ちょっとだけ待ってほしい。
と、どうすべきか悩んだ末に、カイトへとそう頼む。
サチがまだ感染している、というのは本当なのだろう。
その点については、カイトの言葉を疑っているわけではない。
ただどうしても不安が拭えないのだ。データドレインを使用して、果たして彼女は無事でいられるのか、と。
「……………………」
するとカイトは、腕輪を停止させ、右腕を下してくれた。
ありがとう、と感謝すると、カイトは首を横に振って答える。
どういう意味かと首を傾げると、代りにユイが通訳をして答えてくれた。
「あの、ハクノさんの懸念は、正しいそうです。
データドレインを行えばあのウイルスを除去できることは確かなんです。
けど感染者のリアル側がどうなるのか、AIであるカイトさんには把握できないらしくて」
なるほど、そういう事か。
彼はあくまでも『世界(システム)』を守るAI。プレイヤーを守ることは、彼の規律に含まれてはいないのだ。
故に、彼にはプレイヤーの現実での状態を把握する機能がない。ましてやそれが、こんなデスゲームともなればなおさらだろう。
……だがそれなら、どうしてデータドレインを止めてくれたのだろう。あのウイルスを駆除することが、カイトの役割なのだろう?
「それは、この『世界』では、ハクノさんの指示に従う事に決めているからだそうです。
要するに、状況判断による優先順位の問題ですね」
―――そうか。カイトは今のところは、システムの守護者という役割より、岸波白野に協力するという約束を優先してくれているのか。
その事に何となく嬉しさを覚え、もう一度ありがとうと口にする。
それはそうと、データドレインを行わないのであれば、サチの処遇を考える必要がある。
戦闘のダメージによってか、今は潜伏状態にあるようだが、いつまた彼女が操られるかはわからない。
……そうだ。ユイなら、今の彼女の状態が解るだろうか。
「そうですね。では調べてみます」
ユイはそう言って、倒れ伏すサチへと近き、自分も付き添って歩み寄る。
そうしてユイが手を伸ばし、あと少しで少女に触れるという所で―――少女の身体から、いきなり黒い手が飛び出してきた。
「っ――――!」
――――ユイ!
声を上げ、咄嗟に身を乗り出して彼女を庇う。
平面の黒手はそのままユイを庇う自分へと向かって殺到し、――――
縺薙%縺ッ莉ョ諠ウ遨コ髢薙r闊槫床縺励◆蜷・ィョ繝。繝・ぅ繧「菴懷刀繧ュ繝」繝ゥ縺悟・貍斐
☆繧繝舌ヨ繝ォ繝ュ繝ッ繧、繧「繝ォ縺ョ繝ェ繝ャ繝シ莨∫判繧ケ繝ャ繝・ラ縺ァ縺吶騾夂ァー・カ・イ繝
ュ繝ッ縲縺薙・莨∫判縺ッ諤ァ雉ェ荳翫∫沿讓ゥ繧ュ繝」繝ゥ縺ョ谿矩・謠丞・繧・ュサ莠。謠丞・縺檎
匳蝣エ縺吶k蜿ッ閭ス諤ァ縺後≠繧翫∪縺吶闍ヲ謇九↑莠コ縺ッ豕ィ諢上@縺ヲ縺上□縺輔>縲――!!
最終更新:2014年01月12日 11:39