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空を飛ぶ。
青い空を、広がる雲海を、世界を見下ろし自由となる。
それはかつて夢であった。

「――――」

黒き翅ばたきを上げ、少女は大空を舞いあがる。
螺旋を描きながら瞬く間に彼女は天高くたどり着いた。

アスナとユウキが出会ったVRゲーム・ALO――アルヴヘイム・オンライン。
その最大の特徴にして人を呼び込むことになったシステムこそが『飛ぶ』ことである。
全てのPCに標準装備された翅をラダーすることによりプレイヤーは空へと至る。

ヒトに翅はない。
しかし今の少女たちにはあるのだ。
現実にはない器官であろうとも、イメージの力は現実を突破する。
補助スティックなしでの飛行――随意飛行はALOにおけるテクニックの一つだ。
ある筈の居ない翅を描く。想いで現実を塗り替える。肩甲骨には今肉があり、翅がある。
そして、飛ぶのだ。

飛び――そして戦う。

飛び上がったユウキはそのまま空を滑る。
上二枚の翅をラダー。速度は落さず大空を旋回する。

空の中、
雲が見下ろせる。
その中にぽつんと見える蒼い妖精。
風が頬を撫でた。意識が透き通り、純化されていく、

目が合った。
誘うようなまなざし。
アスナは動かない。迎え撃つ構えか。

「――行くよ」

じゃあ行こう。
剣を掲げ、アスナの下へ。

四枚の翅を全て解放。飛んでみせる――!

「はっ」

駆け声とともにユウキは急降下。
それを見たアスナが反応。爆音が走る。
撃ったか。
知ってるよそんなことくらい。
上二枚の翅をラダー。
右へ。
左へ。
弧を描くように落ちて見せる。
バーティカル・ロール。
一発、二発。三発。
砲撃が横をかすめていった。
そらみろ全部かわしてやったぞ。
アスナが見えた。
まだボクの方が上だ。
それを知ったユウキは再度――落ちる。
ダイブ。
上からの強襲。レイピアでアスナの頭上を取る。

「『減速』」

アスナの声。魔剣を中心にしてオーラが広がっていく。
スキルだ。
取り込まれる。
そう思った時にはもう遅かった。
ユウキはそのオーラに突っ込んでいる。
禍々しいオーラがやってきた。
綺麗じゃない。嫌いだ。
まとわつくような感覚――気持ち悪い。
アスナと目が合った。
剣も見えた。解放されたその剣は何だか怖い。
魔剣みたいだ。

「斬る」

魔剣がやってくる。
なら回避だ。
アスナはスキルでこっちを減速させた。
でも――それでもまだユウキは動ける。
『減速』させられるなら、こっちも『加速』すればいい。
どこへか。
一番速くなる方向へ。
それは下だ!
堕ちてやろう!
それが一番速いというのなら、墜ちるように飛んでやろう!
翅はしなやかに応えてくれる。
当たり前だ自分の身体なんだから。
ダイヴ。
ダイヴ。
ダイヴ。
スロットル・ハイ。
逃れた。
ねっとりと絡むあの重みはもうない!

「――――」

でもアスナは追ってくる。
今度はこっちが下――不利だ。
ならば振り切るしかない。
ターン。
もう一度小刻みにターン。
ジグザグに飛行してアスナの追撃を振り払って見せる。
爆音がした。
撃たれている。
一発でも喰らえば、ゲーム・オーバーだ。
そんなの厭だ。
やられる訳にはいかない。
急旋回。
ブレイク。
もう一度小刻みにブレイク――シザース。
砲撃をかわした。
でも後方を取られているのは痛い。
空戦は後ろの取り合いだ。
鬼ごっこだ。
向こうが銃を持っている以上当然そうなる。
また来た。
ターン。
ブレイク。
アップしたいが――向こうも軌道を読んでくる。
『鬼』は今向こうだ。
なら逃げないと。
ぐんぐんと加速する。
高度はまだ余裕がある。
爆音。
また撃たれた。でも逸れた。
ちら、と振り返る。
アスナがいる。6時の方向。
ちょっと苦しい、かな。

「―――」

アスナの口元が動いた。
何か言ったみたいだ。
たぶん「これで」かな。
これで終わりって言ってるのか。
やだな。
甘く見られている。
ユウキは笑った。ボクはまだ飛べる。
高度は十分、
距離もまだある。
撃たれる!
6時方向からの追撃。
なら砲撃より速く飛べばいい。
加速。
垂直旋回。
上翅をラダーしロール。
左へ。
アスナが来る。
すかさず再びラダー――今度は右へ。
僅かに高度を落とす。
斜め下だ。
ロール。
来た。
アスナだ。
また追ってくる。
そこで――もう一度ロール。
するっと180度身体をそりかえす。
こっちのジグザグ軌道でアスナの速度は落ちている。
バーティカル・ジンキング・マヌーバ。
6時の位置に居た筈のアスナは今、目の前だ。
目と目が合う。
ヘッドオン。
アスナが驚いている。
蒼い瞳が見開かれている。
ユウキはニンマリと笑ってみせた。
どんなもんだい。
剣を抜く。
スキルを展開させる時間は与えない。
今なら届く。届かせ――ない。
弾かれた。
アスナもまた剣を抜いていたのだ。
金属音。
一瞬の鍔迫り合い。
剣と剣のドグファイト。
噛み合うエアーリアル・クロス・コンバット。
声が出た。
ひゅう!
時間にして0.1秒。
舞台は空。
すれ違いざまに剣を交え、すぐさま去っていく。
本当に一瞬の交戦だった。
でもドキドキした。
痺れた――確かな現実感。
ああボクは飛んでるんだ!
翅がある!
剣を持ってこの空を縦横無尽に駆けている。
流れるような黒い髪。
血の色みたいな真紅の瞳。
この肩甲骨には翅が生えている。
4枚の翅で風を切っている。
それが現実だ!
この身体は今妖精のものなんだ。
剣を携え天駆ける戦いの妖精。
戦闘妖精。

「最――」

こうっ、と声が出た。
かすれるような声。
湧き上がる昂揚感。
熱を帯びた吐息。
ああどれも素晴らしい。
さあ行くよ。
状況は今五分だ。戻してみせた。
なら行くしかないじゃない。
身体は火照ってる。翅も素晴らしい。
その熱量を高さへと転換して――
飛ぼう!
アップ。
翅を展開する。アクセルレバーはそこにある。
アップ。
行け。
行くんだ。
アップ!
アップ!
アップ!
あの空へと至って!。
螺旋を描きながら上昇する。
上昇するカーブ。
バーティカル・クライム・ローリング。
そうして遥かなる高みへと。
でも追い縋ってくる。
アスナは追ってくる。
魔剣携えた『鬼』はまだ振り切れない。
なら振り切って見せよう。
今度は速度はこっちが上。
勝算はある。
もっと上だ!
翅をラダー。左右にフェイントをかける。
相手を迷わせ――加速。
翅ばたく!
垂直方向へと加速する。
ループ。
眩しい。
何か光が差し込んでくる。
あれは――太陽?
綺麗だなあ。
あれに近付いて
手に取らんと迫って
ぐんぐんぐん加速して、
止まる。
一瞬の静止。
しんと静まる意識野。
そこから――水平方向へとロール。
持ち合わせた加速を全部つぎこんで翅ばたく。
インメルマンターン。
アスナとすれ違った。
上と下。
向こうがはっ、とするのが分かった。
あはっ。
笑いがこぼれた。
じゃあ今度はこっちの番だ。

「今度の『鬼』は」

こっちだ。
アスナは今逃げている。
後ろを取られたからだろう。
それを追う――!
翅ばたく。
加速。
さらに加速。
アスナを飛び越してみせる。
相手はあんな重そうな剣持ってるんだ。
ターン。
こっちは上だ。
アスナがどっちに逃げるかくらい予想してみせる。
剣を構え、空を蹴る。
そして猛然とアスナへと迫る。
アスナの軌道の先へ。
リードターン。
来た!
今度こそ斬る。
斬ってみせる。
アスナが驚くのが分かった。
剣が彼女へ――届かない?
またあのオーラだ。
オーラが展開されたけど、でも剣は届いた筈。

「無駄よ」

アスナの声。
よくみたら、彼女自身にもまた別のオーラがある。
ユウキはそれで悟る。
無敵効果か。
攻撃判定の消失か。
どうやらその剣にはそんなスキルもあるらしい。
分析しつつ、上がる。
今度はまだ速度に余裕がある。
翅をラダー。
滑るようにオーラから逃れる。
そしてアップ。
上昇。
アスナから距離を取る。
よし今度は後方を取られていないみたい!
向き合いながら、互いにを見つめながら旋回する。
空を滑ってるみたいだ。
さあどうしようか。
どうもこうもない。
こっちには剣しかないのだ。
勝つには一太刀入れてやるしかないのだ。
減速?
無敵?
それがどうした。
あっちが『魔剣』なら、
こっちは『絶剣』だ。
剣を向け合うのなら――
全て返して見せよう。
翅を開く。
加速だ!
迷うことはない。
アスナへ向かって、ユウキは飛ぶ。
猛然と風を切る。
スロットル・ハイ。
これがボクの最高速。
対するアスナは後退していく。
でもボクの方が速い。
迎え撃つ気か。
事実彼女は後退しながら――オーラを展開した。
あれに取り込まれれば『減速』だ。
でもその機動は読んでいる。
アップだ!
翅をラダー。
上を行く。
速度を殺すことなく上がって見せる。
飛べ。
飛ぶんだ!。
あの変なオーラをそる様にかわす。
かわして飛んで――宙返り!
世界がぐるりと一回り。
翅があるならそれくらいできる。
ループ。
タイミングをずらされたアスナのオーラは不発に終わっている。
黒い波が掻き消え、今の彼女は無防備だ。
今だ!
ユウキは飛ぶ。
翅をラダー。
ループして、ダイヴ。
高度を武器にアスナに強襲する。
ハイ・ヨー・ヨー。
このマヌーバで決めてみせる。
アスナの顔が見せた。
はっ、と目を見開いている。
蒼く澄んだ瞳。あんな黒い点なんてやっぱ似合わない。

「やあっ!」

剣を振るう。
力を乗せ、
高さを乗せ、
速さを乗せ、
これまでの機動全てをこの一撃に乗せる。
これはそんな剣じゃ防げない。
魔剣じゃ――無理だ!

「――――」

瞬間、
アスナは捨てた。
魔剣を捨てた。
悟ったか!
ユウキは声を上げ斬りかかる。
上からの一撃。
アスナが迎え撃つ。
オブジェクト化。
漆黒の刃が煌めく。
軽そうだ。
あの剣だと――確かに、そう、受けられる。
かもしれない。
アスナの腕ならば。
あはっ。
ユウキは笑った。
そうだ。
そうでないと!
スキル頼りなんて駄目だ。
だって最後に物を言うのは――純粋な技なんだもの。
行くよ。
行くよ。
激突だ!

「――――」

剣と剣が交差する。
大空を足蹴にして、剣を競う。
なんて純粋な!
ユウキは見た。
アスナの顔を見た。
こうして剣を交わしている時はどうしてこんなにも――
綺麗なんだ。
力強く美しく
彼女は居た。

「――――」

甲高い音がした。
アスナの身体が弾け飛んでいる。
手元に確かな感触があった。
ああそうか。
斬ったのか。
ボクがアスナを斬ったのか。
つまりこれは。

「ねえ! アスナ」

笑った。
口元が自然と緩んでしまう。
ふふっ。
どんなもんだい。
その顔を見せると、アスナは妙な顔をしていた。
何でだろう。
ちょっと呆れているみたい。

「勝ち、だよね! ボクの」
「貴方――」

やっぱり強いわ。
アスナはそう言った。
そう言って笑っていた。
当然。
ユウキはそう返した。
笑い声。
あは。
あはは。
今度こそ――少女たちは笑い合っていた。





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「ボクの勝ちだよ!」
「はは……何か、力抜けちゃった」

共に抱き合いながら、熱い吐息を漏らしながら、ユウキとアスナは徐々に高度下げていく。
熾烈なドグファイトは終わり、それまで剣を向け合っていた少女らの間には戦いの残滓の、ピリッとした昂揚感が漂っていた。
アスナは呆れたようにユウキを見つめていた。
熱っぽい視線には――先ほどまでにはなかった柔らかなものがある。
それだよ、とユウキは思った。
死を隔てて途絶していた繋がりが、これで復活した。
一緒に遊んで、一緒に疲れて、そしたらもう友達。
リアルかどうかなんて関係ないのだ。
繋がった気がする。

「じゃ、約束通りボクのいうことを聞いてもらうよ」

ユウキはそう言って笑いかける。
するとアスナは「仕方ないわね」と言って息を吐いた。
しかしその行いに先ほどまでの刺々しさはない。

「まぁ――確かにわたしも疲れてたのかも。何だか随分と切羽詰っていた気がする。
 確かにこのバグも……あの魔剣もおかしかったし」

言いながらアスナは己の手を見た。
すっぽりと片手を包む黒いバグを気味悪げに見た。
冷静になった――ユウキと戦うことに極限まで集中したことで、逆に視野が広がったのかもしれない。
あの魔剣の姿はない。放り投げていたが、疑似的にそう見えただけだろう。
アスナのウインドウにはまだあの剣がある筈だ。
できればあれの剣のデータもカオルに調べてもらいたい。
戦ってみて分かったが――あの剣は何かおかしい。
単に強力なだけならばそういうレア装備なんだと思っただろうが、どうもそれだけではない気がする。
あの得意なシステムやエフェクトはどうにもイリーガルな装備のにおいがした。
もしかすると黒いバグのことに関わってくるかもしれない。

「さ、下りよう。あそこにいるのがカオルだよ」

考えながら、ユウキとアスナは草原へと降りていく。その先にはカオルが見える。
ゆっくりと高度を落としてソフト・ランディング。

「ええと……大丈夫ですか? 一体何かあったんですか。突然戦ってなんだかびっくりしちゃいましたけど……」

カオルの前に降り立つと、彼女は眼を丸くしていた。
まぁ当然だろう。何しろ急な話だったから。
ユウキはえへへ、と少し悪戯っぽく笑うと、

「うん、大丈夫。ちょっとね、友達に会ったからそのまま遊んじゃった」
「遊び……だったんですか?」
「うんそうだよ! ね、アスナ」

そう言ってユウキはアスナの方を叩いた。ばん、と音がした。
アスナは苦笑しつつも、

「まぁ、そんな感じかな。ええと、カオルさん?
 アスナです。種族はウンディーネの……て、ここじゃジョブのことなんか言っても仕方ないか」
「え、あ、はい。カオルです」

目をぱちくりさせながらもカオルは差し伸べられた手を取った。
片や蒼い妖精、片や二頭身の女性、と奇妙な取り合わせであったが、雰囲気は和やかなものだった。
ただカオルはアスナの半身――差し出されなかった方の手を見つめ、尋ねていた。

「そのバグ……」
「ああこれ? ちょっとわたしにもよく分からないの。
 だからできれば見て欲しいんだけど」

その言葉を聞いてカオルは一瞬ユウキを見た。
自分の意図を察したのだろう。このバグはサチの身に生じていたものに酷似している。
慎重に解析する必要がある。

「分かりました。任せてください。
 あのアスナさん――その前に一つだけ」

カオルが僅かに声のトーンを落として聞いた。

「何故あの子たちを撃ったんですか?」

あの子たち、とは言うまでもない。
ありすたちは今すぐそこで走り回っている。
ユウキとアスナの空のおにごっこが面白かったのだろう。空を見上げながらはしゃいでいる。
それを横目に、カオルは尋ねた。
緊張が走る。アスナも、その顔から笑みを消した。

「その件に関しては……もう少し深く話し合いましょう。
 わたしはあの子たちを許せないし……許す気もないけど、落ち着くべきだってのは分かったから」

その言葉に何かを感じ取ったのだろう。
カオルは「分かりました」と短く言った。そしてしばらく間ができた。

「うん、じゃあとりあえずアスナ。カオルに解析させてもらいながら――キリトたちと合流しよう」
「え……キリト君? ユウキ、貴方キリト君と会ったの? このゲームの中で?」

アスナがぱっと顔を上げる。
ユウキが「うん!」と頷くと彼女の顔に安堵の色が浮かんだ。
キリトがこの場にいる。キリトと合流できる。
それは彼女にとってやはり、大きな意味を持つのだろう。

その様子を見ながらユウキは考える。
キリトはいま落ち込んでいる。多くの悲劇に見舞われてた彼を救ってあげられるのは、やはりアスナだろう。
あのバグも取り除いてやることができれば、状況は一気に好転するかもしれない。

どうにか上手く行くといいな。
キリトとサチも、アスナとありすも。
ユウキはそう思いながら空を見上げた。
そして、






支給品解説
【ユウキの剣@ソードアート・オンライン】
アスナが途中で取り出した剣。
出典はゲーム「ソードアートオンライン-ホロウフラグメント-」
「アルブヘイム・オンライン特別セット」で無料ダウンロードできるDLCアイテムであり、その名の通りユウキが使っていた剣である。
武器種は片手剣。なおこれは便宜上の名前で本編では別の名前が表示されていると思われる。
エンデュランスの初期支給品がドロップした際に「幸運の街」のイベントの効果でこのアイテムに変化した。


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最終更新:2014年11月10日 22:03