11◇◆


 ――――月の聖杯戦争において、サーヴァントへの指示は大きく分けて三つに分類される。
 すなわち、鋭く俊敏な連撃を繰り出す「ATTACK」、敵の攻撃を防ぎ反撃する「GUARD」、守りを砕く一撃を放つ「BREAK」だ。
 そしてATTACKはBREAKに勝り、BREAKはGUARDに勝り、GUARDはATTACKに勝る。
 これにより強力な攻撃や様々な特殊効果を持つ「SKILL」を加え、状況に応じた指示を出すことがマスターの役割である。

 そして実のところ、これらの行動はサーヴァントの能力傾向にも当てはめることができる。
 つまり大剣による剣舞を見せたセイバーはATTACKに、それを防いだスミスはGUARDに該当するという事だ。
 ……であれば、セイバーに代わり現れたキャスターが該当する傾向は何なのか――――。


「炎天よ、奔れ!」
 キャスターが投げ放った呪符を基点として、激しい爆炎が巻き熾る。
「っ………!」
 対するスミスは素早く飛び退くが、回避しきれずスーツを焦がす。
 そこへ狙い澄ましたかのように飛来する玉藻静石(キャスターのぶき)。
 鈍器と化したその鏡を弾き飛ばし、スミスは素早くキャスターへと接近する。

「ふんっ………!」
 キャスターの頭部目掛けて放たれる豪腕。それをキャスターは潜り込むように回避し、スミスの胴体へと左手を押し当てる。
 その手には、やはり一枚の呪符。
「気密よ、集え!」
「ガッ………!?」
 周囲の大気がその呪符を中心として集束、破裂し、スミスを勢い良く弾き飛ばす。

「はぁ!」
「くっ……!」
 そこへ放たれるキャスターの追撃。
 迫りくる静石をスミスは咄嗟に腕で防ぎ、今度は胴体目掛けて反撃を行う。
 キャスターはその一撃を静石で受け止め、反動を利用して素早くスミスから距離をとる。

「ほんっと硬いですねぇ。いったい何食べたらそんな体になるんですかぁ?」
 スミスの“守り”の堅さに、キャスターがそう愚痴る。
 静石による攻撃が全く通用していないのだから、それも当然か。
 そもそもがセイバーの剣すら弾くほどの防御力だ。キャスターの物理攻撃力では、たとえBREAKを直撃させたとしても大したダメージにはならないだろう。
 ――――だが。

「その力………規模こそ小さいが、あの巨人と同じものか……?」

 逆にキャスターの呪術に対しては、スミスは全くと言っていいほど抵抗ができていなかった。
 おそらく彼の世界には、魔術の類が存在しなかったのだろう。
 そのためか、呪術に対してスミスの“守り”はほとんど効果を発揮していなかった。
 その証拠に、《呪相・密天》の直撃を受けたスミスの体は無数の裂傷によって傷だらけになっていた。


 ――――セイバーがATTACK、スミスがGUARDに該当するなら、キャスターの傾向は何なのか。
 その答えはもはや一目瞭然。すなわち、その守りごと敵を粉砕するBREAKである。

 ランクEXを誇るキャスターの呪術に対しては、生半可な守りなど意味をなさない。
 セイバーが素早い剣技で敵を翻弄するのであれば、キャスターは大火力を以て焼き尽くす。
 そう。ATTACKのセイバー、BREAKのキャスターに、GUARD傾向であるアーチャーを加えた三騎が、岸波白野のサーヴァントなのだ。


「フッ……!」
 スミスは再びキャスターへと接近する。
 接近戦に持ち込むことによって、キャスターの呪術を封じ込めようというのだろう。

 その選択は正しい。
 キャスターはそのクラス名からも分かるように、近接戦闘を不得手とする。呪術なしの戦いとなれば、スミスを倒すことなどまずできまい。
 ………だが。
 そんなわかりきった弱点を克服せずして、あの聖杯戦争を生き残るなど――ましてやあのガウェインに勝つことなどできるはずがない……!

「フンッ――!」
 振り抜かれるスミスの右拳。
 直撃すれば大ダメージは免れぬであろうその一撃を、キャスターは軽く仰け反り紙一重で回避する。
 同時に体を回転させ、払うように右手を振るう。直後、それに従って飛来した静石がスミスの頭部を打ち据える。

「ぐっ……!」
 たとえダメージはなくとも、その運動エネルギーがなくなったわけではない。
 スミスは頭部に受けた衝撃にふらつき、反撃が一瞬遅れる。
 そうして生じた僅かな隙に、キャスターは新たな呪符を取り出す。
 それを見たスミスの行動は――――

  >攻撃だ!
   防御だ!
   回避だ!

「ヌウンッ……!」
 予測通り、拳による一撃だ。
 呪術を使われる前に潰そうと考えたのだろう。
 懐に潜り込むキャスターへと、その左拳を振り下ろす。
 だがキャスターは素早く飛び退いて回避し、同時にスミスへと呪符を投げ放つ。

「彫像の出来上がりです♪」
「グヌ……っ!?」
 そして発動する《呪相・氷天》。
 呪符を基点として発生した冷気が、スミスの体を凍りつかせる。
 《呪相・氷天》の追加効果である、対ATTACKスタンが発生したのだ。
 つまり次の一手、スミスは如何なる行動もとることができない――――!

「私の本気、見せてあげます」
 ――――《呪層界・怨天祝奉》。
 スタンによって生じた一手分の隙に、キャスターはその魔力をブーストさせる。
「チィ……っ!」
 どうにかスタンから脱したスミスが、キャスターの行動を阻もうと拳を振り被る。
 だがキャスターはその一撃が振り下ろされるより早く、スミスへと呪符を投げ放つ。
 それを見たスミスは、咄嗟に腕を交差して耐え抜こうとする―――が、しかし。

「はい、お粗末さまでした」
 BREAK特性を持つ《呪相・密天》に、ノーマルな防御は意味をなさない。
 呪符を起点に発生した暴風が、その両腕による防御を潜り抜けてスミスへと襲い掛かる。
 そして増幅された魔力によって荒れ狂う嵐となり、スミスの全身を切り刻んで吹き飛ばした。

「ガッ、グゥ……ッ!?」
 それによりスミスは天井へと叩き付けられ、受け身も取れないままに昇降口の床へと打ち付けられた。
 咄嗟に防御行動をとったが故に、対GUARDスタンの追加効果も受けてしまったのだ。

 致命的ともいえる大ダメージを受け、加えてスタンによって行動不能。
 次の一撃に対処できない以上、いかなスミスと死は免れないだろう。
 つまり岸波白野とエージェント・スミスの戦いは、岸波白野の勝利に終わった――――はずだった。


「ではこれにて仕舞いといたしましょう」
 倒れ伏すスミスに止めを刺そうと、キャスターが呪符を取り出す。

 冷徹だとは思うが、止めることはしない。
 エージェント・スミスはPKをまったく躊躇わない、危険な存在だ。このまま生かしておいては、他のプレイヤーにも被害が及ぶだろう。
 それに加えて、上階ではまだレオたちが戦っている。
 あちらがどういう状況下はわからないが、楽観はできない。つまり、スミスに構っている余裕はないのだ。

 そうして、キャスターがスミスへと呪符を投げ放つ――――その直前。
 昇降口を封鎖していた下駄箱が、外側から吹き飛ばされた。

「ッ――――!?」
 同時に襲い来た影の一撃をキャスターは咄嗟に静石で防ぐが、その衝撃に踏ん張りがきかず、大きく弾き飛ばされる。
 慌ててその襲撃者の正体を確かめれば、そこには。

「ふむ、防がれたか。そう何度も上手くはいかないものだな」

 先ほどまで自分達と戦っていたスミスと、無傷であることを除けば全く同じ姿の男―――エージェント・スミスが立っていた。

「これは……ちょっとヤバいかもしれませんね……」
 新たな敵(スミス)の参戦に、キャスターが冷や汗とともに呟く。

 その言葉通り、この状況は非常にまずい。
 スミス一人でさえ強敵だというのに、それが二人ともなれば、キャスター一人では苦戦は必至だ。
 つまりこの先スミスと戦うのであれば、セイバーの参戦が必須となる。
 だがそうなると、今度は岸波白野の魔力残量が危なくなってしまう。
 礼装で水増ししているとはいえ、サーヴァント二人分の戦闘を支えられるのは数分程度だ。
 敵が単騎ならばともかく、敵を複数人……それもスミスレベルを相手にするには心もとない。

 それに加えて、今のスミスの登場により、バリケードが破られた。
 それが意味することは一つ。
 ここから先の戦いが、NPCに発見される――つまりペナルティが発生する可能性が高まったという事だ。

 なによりスミスたちはペナルティを気にしていない。
 たとえ制限を受けても、それを無視できる自信……おそらく、他にもスミスが控えているのだろう。
 そしてレオたちの支援が期待できない以上、そのスミスが参戦し、ペナルティが発生してしまえば、もはや岸波白野に勝ち目がない。

 ……ならば、敵の増援がまだ一人だけである内に、NPCに発見されるより早く決着を付けるしかない。
 幸いにして、一人目のスミスはすでに瀕死。
 予測される残りHPはおそらく、キャスターの呪術を直撃させられれば倒せる程度。
 セイバーとキャスターの二人掛かりならば、新たな増援が来る前に倒せるはずだ。
 そう決断を下し、キャスターへと目配せをする。

「了解です。速攻で終わらせましょう」
 岸波白野の指示に従い、キャスターは呪符を構える。
 背後には、霊体化を維持したまま、戦意を高めるセイバーの気配。
 その視線の先では、一人目のスミスがスタンから回復し、立ち上がっていた。

「随分としてやられたようだな」
「ああ。『救世主の力の欠片』では、未知のプログラムへの対処ができないようだ」
「早急に対策を練る必要があるな」
「だがそれも、先に彼らを倒すか、取り込んでからだ」
「確かに。特にあの少年に従う少女達の力は興味深い。ぜひ取り込んで解析したいところだ」
「“他の私”が戦っている白い騎士もだ。だが、」
「彼らは……特に白騎士は強敵だ。今の私達では、正面からでは倒せないだろう」
「……ならば試してみるか? “あの力”を。まだ解析が不完全ではあるが」
「試す価値はあるだろう。いずれは私達のものになる力だ。それが少し早まったに過ぎん」
「そうか、ならばそうしよう」

 全く同じ顔の人間が話し合うという奇妙な光景。
 それを終わらせた二人目のスミスが、ウィンドウを開き、インベントリからアイテムを取り出す。
 現れたのは、水色に輝く不思議なプログラム。
 あれは………セグメント?
 そう首を傾げた瞬間、“それ”は起こった。

「ぬ? ぐ、ガ―――ァアアアアアアッッッ!!!???」
 突如として二人目のスミスの体から、黒い手が溢れ出したのだ。
 その黒い手はスミスの手に握られていたセグメントらしきプログラムを飲み込むと、今度はスミス自身の体を覆い始めた。
 ……間違いない。あの黒い手は、ヘレンと同じAIDAの触手だ! スミスもサチと同様に、AIDAに感染していたのか!?

「これは、いったい……!?」
 もう二人目のスミスの異常に、一人目のスミスが困惑した声を漏らす。

 どうやらスミスたち自身にとっても、この状態は想定外らしい。
 ならば今のうちに、この異常事態を食い止めるべきだ。
 そう判断を下し、即座にキャスターへと指示を下す。

「了解です! ――ふにゃっ!?」
 それを受けたキャスターが呪符を取り出し、二人目のスミスへと向けて投擲する。
 その直前、一人目のスミスがキャスターへと襲い掛かった。
 キャスターはその奇襲を咄嗟に防御するが、その衝撃に壁際まで弾き飛ばされる。

「ったぁ~! いったいどういうおつもりですか!?」
「無論、君を足止めするつもりだ」
 キャスターの苦言に、スミスがそう平坦な声で返答する。

 どうやらスミスは、もう一人の自分の異常よりも、こちらの方が危険度は上だと判断したらしい。
 加えて一人目のスミスは、二人目のスミスとの間に立ちはだかっている。
 これではキャスターは間に合わない。
 ならば、とセイバーへと指示を下そうとした、その瞬間。

「――――――――」

 二人目のスミスが、完全にAIDAの触手に飲み込まれた。
 直後、二人目のスミスを中心として黒泡が発生し、周囲の空間を飲み込み始めた。

「っ! ご主人様――――!」
 キャスターが慌てて自分の下へと駆け寄ろうとするが、一人目のスミスによって阻まれる。
 そうして岸波白野の視界は、昇降口とともに黒泡に飲み込まれブラックアウトした。


    12◇◆◆


 ギチリ、と、カイトの持つ双銃とスミスの拳がきしみを上げる。
 両者の視線が感情の籠らないままに交錯し、弾かれるようにスミスが大きく飛び退いた。

「少し驚いたよ。君がここに向かっていたことは知っていたが、まさか間に合うとは。
 いや、これはそこの少女の健闘を称えるべきかな? 私の上書を弾いていなければ、それで事は終わっていたのだから。
 ……だが一つ気になるのは、その男だ。あの一撃で確実に殺した、と思ったのだがな」

 そう。たしかにジローは殺されたはずだ。
 消滅の瞬間を見たわけではないが、スミスの一撃で胴体を貫かれ、弾き飛ばされていた。
 あれで死んでいないとすれば、蘇生効果を持つ何かか、HPの全損を防ぐ何かが必要だろう。
 それについてスミスは、一つだけ心当たりがあった。
 シノンだ。
 彼女もまた、死に至るはずの一撃を二度受けて、二度とも生存を可能としていた。
 おそらく彼等のどちらかが、それに類する何かを持っていたのだろうと予測を付ける。
 そしてその予測は当たっていた。

 カイトがジローたちを見つけたのは、ジローがスミスによって殴り飛ばされたまさにその時だった。
 その光景を見たカイトは、レインがスミスへと殴り掛かったのを見て、即座にジローの下へと駆け寄りあるスキルを使用したのだ。
 そのスキルの名は、《蒼天の蘇生》。味方全員の戦闘不能状態をHP100%で回復させる、蒼炎のカイト専用のスペルだ。
 それによってジローを蘇生させ、窮地に陥っていたレインの下へと駆けつけたのだ。


「だがまあ、その理由はあとで確認すればいい。それよりも今は、君の事だ。
 実のところ、この学園で君を見た時から、一度話してみたかったのだよ」
「……………………」
「私はマク・アヌで、君とよく似た少年と出会っていてね。彼はすでに死んだはずなのだ。
 だがここに、その少年とよく似た君がいた。私にはそれが気に掛かっていたのだ。
 だから教えてはくれないだろうか。果たして君は何者なのか……。そして何より―――君は“あの力”を持っているのか」
「……………………」

 スミスの問いに、カイトは答えない。
 仮に答えたとしても、自分にはカイトの言葉は解らなかっただろうとレインは思った。
 だがそれでも、スミスの問いかけから分かることはある。
 即ち、マク・アヌにいたという少年がオリジナルのカイトで、スミスの言う“あの力”とはデータドレインを示しているという事だ。
 つまりスミスの狙いは、カイトの持つデータドレインの力なのだ。

「……そうか。残念だ」
 カイトの沈黙をどう受け取ったのか、スミスはそう落胆したように呟く。
 そして同時に、その全身に再び戦意が籠り始める。
「……………………」
 それに応じるように、カイトはジローと双銃を手放し、後ろ手に三尖二対の双剣を取り出す。
「ならば、君も“私”の一人にして聞き出すとしよう。
 まあもっとも、最初からそうするつもりではあったのだがね……!」
 直後。その言葉とともに、二丁の銃剣――【静カナル緑ノ園】と【銃剣・月虹】を取り出し、その引き金を引き絞った。

 二つの銃口から放たれた弾丸は、銃声とともにカイトへと迫る。
 それに対しカイトは、双剣を一閃することで容易く二つの弾丸を弾き飛ばす。
 だが銃撃は一度では終わらない。スミスは二つの銃剣を交互に、間断なく発砲する。
 再び迫り来る無数の弾丸。しかしカイトは無言のまま、双剣を振るいその弾幕を弾いていく。

「む……」
 その光景に、スミスの銃撃が一瞬止まる。
「ガアァア…………ッ!」
 その一瞬の間に、カイトは双剣の刃を展開し、蒼炎を纏ってスミスへと肉薄する。
 そして容赦なく振るわれる歪な魔刃。スミスはその一撃を、即座に銃剣で防御する。
 お互いの武器の刃が激突し、火花を散らす。
 だが次の瞬間には、もう一方の魔刃がスミスへと向けて振るわれていた。
 攻守逆転。今度はスミスが、カイトの連撃を防ぐ番となったのだ。

「チィ……ッ!」
 疾風怒濤と振るわれるカイトの攻撃に、スミスは堪らず舌打ちをする。
 身体能力で劣っているつもりはない。刃を交えて感じ取れる力からすれば、おそらく自分と同レベル程度だろう。
 いやむしろシステムを超越している分、自分の方が優れているはず。例外はあの白騎士のような存在だけだ。
 ――――だが。

(やはり、あの少年と同じ力を持っているのか……っ!?)
 スミスの脳裏に過る、蒼炎を纏った少年の姿。
 白い巨人に倒されたあの少年と同じ力を、目の前の少年も持っているかもしれない。
 そんな疑念が、スミスに銃剣による防御を選択させていた。

 データドレインを受け『救世主の力の欠片』を失っていたとはいえ、あの時の少年は自分を圧倒していた。
 あの力は紛れもなくシステムを超越したものだ。たとえ『救世主の力の欠片』があったとしても、この身に傷を付けることができるかもしれなかった。
 それを思えば、同じように蒼炎を纏うこの少年の攻撃を警戒するのは、むしろ当然というものだろう。
 そんな警戒とともに、スミスがカイトの攻撃を防ぎ続けていた、その時だった。

「ぬ――」
 ガキン、と、双剣と二丁の銃剣の音を立てて刃が絡まり、一瞬の膠着状態が生じた。
 スミスはそれを利用し、カイトを押し込めようと力を籠め――――その瞬間、左手の銃剣・月虹がガラスのように砕け散った。

「な……!?」
 あまりにも唐突な武器の損失。
 その理由をスミスが考える間もなく、自由になったカイトの魔刃がスミスへと襲い掛かる。
 残る銃剣は魔刃に絡め捕られたまま。
 スミスは咄嗟に銃剣を手放し、飛び退きつつ左腕でカイトの一撃を防御する。

「っ……。なぜ、武器が壊れた」
 左腕を庇いながら、スミスはそう自問する。

 お互いの微気が絡み合った時、確かに武器に力を掛けた。
 だが決して、武器が壊れるほどではなかったはずだ。ましてやあんな、ガラス細工のような壊れ方はまずあり得ない。
 だとすれば原因は、やはりあの少年だろう。
 あの少年が持つ何らかの力によって、銃剣は破壊されたのだ。

「……その程度ならば、然したる問題ではないな」
 背中から新たなる銃剣、【静カナル緑ノ園】を取り出しながら、スミスはそう結論する。
 この緑玉石の銃剣は、自分達の誰かがオリジナルを装備している限り幾らでも取り出すことができる。
 同時に二つ装備するといったことは出来ないが、破壊されたところで問題にはならない。
 それに。

「気を付けるべきは、あの炎だけだ」
 そう呟くスミスの左腕には、焼き切れたような傷痕。
 だがそれはカイトの魔刃によるものではなく、彼が纏う蒼炎によるものだ。
 いかなシステムの守護者であるカイトと言えど、システムを超越したスミスの“守り”を突破することは出来なかったのだ。
 蒼炎によってスミスが傷ついたのは、それがスミスにとって未知のプログラムだからにすぎない。

「あとは、“あの力”を持っているかどうか、だ」
 そさえ警戒していれば、この少年は脅威ではない。
 そうスミスは結論を下し、今度は自分からカイトへと突撃した。

      §

「ジロー!」
「…………」
 一方レインは、地面に倒れ伏すジローへと声をかける。
 だがよほど深く気絶しているのか、ジローはピクリとも反応しない。
 それも仕方のないことだろう。ジローはあの時、間違いなく殺されていたのだから。
 こうして今生きているだけ、十分に悪運が強いと言えるだろう。

 ……だが、まだ危機が去ったわけではない。
 レインはジローから目を離し、カイトたちの方へと目を向ける。
 そこでは先ほどの自分達と違い、きっちりとした戦いが成立していた。

「ちっ。このままじゃまずいな」
 その戦いを見たレインは、“王”としての経験からそう察する。

 確かに自分たちと違い、カイトはスミスと戦えている。
 だがスミスへと与えているダメージは蒼炎によるものだけで、双剣本体ではダメージを与えられていない。
 カイトがどんな攻撃スキルを持っているかはわからないが、このままではいずれ対処されてしまうだろう。
 故にそうなる前に決着を付ける必要があった。
 そしてそのためには。

「やっぱ“アレ”しかねえよな」

 データドレイン。
 システムを改竄するというあの力ならば、AIらしいスミスにも通用するかもしれない。
 だが先ほどの話しぶりからして、スミスはデータドレインの事を知っている。
 闇雲に放ったところで簡単に対処されてしまうだろう。

「ならどうする。どうやってあいつの動きを止める」
 射撃回避を利用する方法はダメだ。すでに破られた作戦が通用するとは到底思えない。
 かといって二人掛かりで挑んだところで、自分ではむしろ足手まといになるだけだ。それにそもそも、スミス相手に立ち回るような体力は残っていない。
 せめて1ダメージでも与えられるのなら、【非ニ染マル翼】の追加効果を期待することができたのに、と独り言ちる。

「ちっ。インビンシブルが使えりゃあ、あんなヤツ一瞬で消し炭にしてやるってのに」
 自身の半身とも言える強化外装は、射撃の効かないスミス相手には無意味だ。
 無論、回避する余地のない飽和攻撃なら、攻撃を命中させることもできるかもしれない。
 だがそれではカイト諸共に吹き飛ばすことになってしまう。
 それにそもそも、スミスの身体能力を考えれば、こちらが攻撃する前に対処することだってできるだろう。
 結局どう考えても、スミス相手ではインビンシブルは巨大な棺桶にしかならない。

「くそっ、どうすりゃ………いや、待てよ……」
 その時ふと、レインの脳裏にある方法が浮かぶ。
 その方法ならばあるいは、スミスの動きを止められるかもしれない。

「けどいけるか? ……どのみちこのままじゃこっちの負けだ。やるしかねぇ……!」
 そう結論し、レインは気力を振り絞って立ち上がった。
 残りの体力からして、心意技は使えてあと一度、無理をして二度が限度だろう。
 それまでに、あいつを何としてでもぶっ倒す………!


    13◇◆◆◆


 振り下ろされた宝剣が、スーツに覆われた左腕に受け止められる。
 同時に放たれる右拳。それを半身になって躱し、返すように宝剣を薙ぎ払う。
 その一撃も再び腕を盾に防がれるが、同時に放った黒手によってその動きを縫い止める。
 だがそれも一瞬。
 黒手による檻は即座に粉砕され、右拳による一撃が放たれる。
 咄嗟に宝剣を盾に受け止めるが、強烈な衝撃とともに大きく弾き飛ばされる。

「ッ――――――――」
 弾き飛ばされたサチ/ヘレンはすばやく体勢を立て直す。
 その顔こそ無表情であるが、体に纏っている黒泡の様子からは焦りが見て取れる。
 自身の攻撃ではスミスに通用しないのだから、それも当然だ。

 ――――ならば、どうすればいいのか。
 ユイは思考を巡らせる。

 勝利条件は変わらない。
 ガウェインがもう一人のスミスを倒すまで耐え抜けばいい。
 だがそれを可能とするだけの防御能力が、サチ/ヘレンにはない。
 そして自分には、そもそも戦う力がない。
 父の剣は重すぎて振るえず、《release_mgi(a); 》は射撃攻撃を無効化するスミスには通用しない。
 この状況を脱する“力”を、自分たちは持っていない。


「ふっ」
 スミスが廊下を踏み砕き、容赦なく追撃を仕掛けてくる。
 もう一人の自分が倒される前に、決着を付けようというのだろう。
「――――――――」
 それに応戦するために、サチ/ヘレンも剣を構える。
 たとえ攻撃が効かないと解っていても、それ以外に選択肢がないのだ。
 ……だがこのままでは、先ほどの焼き直しにしかならない。
 この状況を脱するには、自分がどうにかするしかない。

 ―――ならば何ができる。
 目の前には、宝剣を構えるサチ/ヘレンの姿。
 この手には、父である“黒の剣士”キリトの剣。
 脳裏に過ったのは、父ならばこの状況を、どう突破するのか。
 こうしてただ考えることしかできない自分が、今目の前で戦っている彼女のためにできることは――――。


「! ソードスキル、《スラント》!」
 不意に脳裏に閃いた、ほとんど直観に等しいイメージ。
 それに従い、ユイはサチ/ヘレンへとそう“指示”を出した。

「――――――――ッ!」
 その声に弾かれるように、サチ/ヘレンが剣を担ぐように構える。
 直後その刀身が水色のライトエフェクトに覆われ、眼前に迫るスミスへと、勢いよく振り下ろされた。
 鋭い効果音を放つその一撃を、スミスはこれまでと同じように左腕でガードし、
「グ、ヌウッ……!?」
 しかし、その剣圧に弾かれた。
 そしてその左腕には、一筋の傷跡。
 サチ/ヘレンの放った一撃は、僅かではあるが、確かにスミスへとダメージを与えたのだ。


 この戦いの最中、ユイはずっと考え続けていた。
 攻撃力の劣るサチ/ヘレンの攻撃が、どうすればエージェント・スミスに通用するのかを。
 そして不意に過った父の姿と、目の前のサチ/ヘレンの姿。それらが重なった瞬間、その欠落に気付いたのだ。
 “サチ/ヘレンはまだ、一度も《ソードスキル》を使用していない“というその事実に。

 《ソードスキル》とは、特定の構えからの初動作によってシステムアシストを受けて放たれる攻撃スキルだ。
 当然その攻撃には、通常攻撃以上の速度と破壊力が加えられる。そして何より重要なのが、その動作が完全に強制であるという事だ。
 つまりユイは、通常攻撃以上の速度と威力のある一撃を、システムアシストによって強引に押し通せば、スミスの防御力を突破できるのでは考えたのだ。
 そしてその予測が正しかったことは、スミスの左腕につけられた傷によって証明されたのだった。


「ヘレンさん、これからですよ」
「――――――――」
 そうサチ/ヘレンへと声をかけ、ユイは気を引き締める。

 僅かでもダメージが与えられるのであれば、スミスに対抗することは可能だ。
 がしかし、まだ足りない。
 ただ傷が付けられるという程度では、その猛攻に耐えきることは出来ない。
 闇雲に《ソードスキル》を放つだけでは、容易く対処されてしまうだろう。
 なぜなら、彼女には剣を効率よく扱うための、《ソードスキル》を確実に決めるための“剣技”が不足しているからだ。
 あるいは、その体の持ち主であるサチにはあるのかもしれないが、そのサチが自閉している現在、その技術は失われている。
 ――――故に。

「ヘレンさん、私が指示した通りに《ソードスキル》を使ってください」
 ユイはサチ/ヘレンへと、そう指示を出す。
 自分は戦いについて疎い。だが《ソードスキル》についてならこの場の誰より知っている。
 故に、ヘレンに技が足りないのなら、自分が指示することでその不足を補うのだ。

「――――――――」
 サチ/ヘレンが頷き、宝剣を構える。
 あるいは、“最後の手段”も必要かと考えたが、まだその時ではないと判断したのだ。

「まったく。往生際が悪いな、君たちは」
 そんな二人の様子に、スミスはそう嘆息する。
 確かに先ほどの一撃は驚いたが、それだけだ。
 おそらく何かの攻撃スキルなのだろうが、それでも現在一階で“もう一人の自分”が戦っている少女剣士の通常攻撃にも劣る。
 たとえ直撃したところで、まず致命傷には届かない。

 ………が。
 たとえかすり傷でも傷は傷だ。当たり所によっては、戦闘に支障が出る場合もあるだろう。
 “もう一人の自分”と戦っている白い騎士の事もある。戦闘を長引かせる要因は避けるべきだろう。
 そうスミスは判断し、再び銃剣を取り出し、
「《レイジスパイク》! 続いて《ホリゾンタル・アーク》!」
「ぬっ!」
 突進と共に放たれた宝剣による突きを、咄嗟に銃剣で弾き飛ばす。
 銃剣を取り出す間を狙ったその一撃より、僅かに体勢が崩れ、次手の行動が遅れる。
 その間に少女の持つ宝剣が右に大きく引かれ、その刀身が薄水色の光に包まれる。

「――――」
 そして放たれる薙ぎ払い。
 スミスは素早く銃剣で防御するが、崩れた体制ではその衝撃を受けきれず、完全に体勢が崩される。
 だが《ホリゾンタル・アーク》は左右に水平切りを行う二連撃。つまり、その攻撃はまだ終わっていない。
 サチ/ヘレンは宝剣を持つ右手の手首を返し、先ほどとは逆方向へと切り払う。

「チィッ……!」
 スミスは体勢を立て直す間も惜しみ、即座にその場から飛び退く。
 ライトエフェクトに包まれた宝剣は、その切っ先を掠めさせるだけに終わる。
 即ち、ダメージは皆無。スーツのネクタイが切り落とされただけだ。

 そしてこの三度の防御によって、少女のスキルもおおよそ把握した。
 まずスキルの発動の際には、必ず刀身が光に包まれる。そしてその威力も決して防げないものではない。
 つまり、負ける要素はもはやない。
 その確信とともに、少女へと向け再び踏み出す。
 ――――だが。

「ヘレンさん、今です!」
「――――――――」
 もう一人の少女の声に、自身と相対する少女が黒泡を纏った剣を勢いよく振り上げる。
 同時に放たれる無数の黒い手。それが頭上から、一斉に襲い掛かってくる。
 だが無駄なこと。
 そのAIDAの触手による攻撃は、すでに完全に見切っている。
 故に、その触手に対処しようと両腕を構え、

「なに!?」
 それが自身を狙ったものではないことに、一拍遅れてようやく気付く。

 放たれたAIDAの触手は、自身の左右ぎりぎりを格子のように塞ぐ形で地面へと突き刺さり硬化する。
 “動きを縫われた”、と察するのと、少女たちが動き出すのと、そのどちらが早かったのか。
「コードキャスト、〈release_mgi(a); 〉!」
 もう一人の少女が放った光弾に、咄嗟にバレットドッジによる回避を行ってしまう。
 だがその回避行動は左右の壁により制限され、半ば強制的に大きく仰け反ったものとなってしまう。
 そしてその回避動作から立ち直るより早く、自身と相対していた少女が止めの一撃を繰り出した。

「――――――――」
 少女が黒泡とともに剣を振り上げ、そして光に包まれた剣をまっすぐに振り下ろしてくる。
 咄嗟に銃剣によって宝剣を防ぐが、ソードスキル(バーチカル)による一撃を大きく仰け反った体勢で受け止められるはずもなく、地面へと押し倒される。
 直後、先に放たれたAIDAの触手が迫り、こちらの体を床へと縫い付けるように突き刺さった。

「これで終わりです!」
 そこへ放たれる、先ほどと同じ光弾。
 それに対処しようともがくが、床に拘束された状況で回避などできるはずもなく、その光弾に直撃してしまう。
 その途端、全身が痺れ、一切の身動きが取れなくなってしまう。

「――――――――」
 同時に少女が再びAIDAの触手を繰り出し、自身の拘束をより堅牢なものへとする。
 その密度は、自身の全力を以てしても、すぐには抜け出すことなどできないほど。
 そして僅かでもスミスが抜け出そうとすれば、少女たちは即座に拘束を補強するだろう。
 それこそ、白い騎士が“もう一人の自分”を倒すその時まで。

「くっ、おのれ……!」
 つまりスミスは、自身より圧倒的に力の劣る少女を相手に、またも敗北を期したのだった。

      §

「お見事」
 その様子を見届けたレオが、ユイとサチ/ヘレンをそう称賛する。

 実のところ、レオは二人がスミスを撃破できるなどとは思っていなかった。
 良くて自分たちがスミスを倒すまで持ちこたえるのが精々だろうと、そう判断していたのだ。
 だが実際には、スミスを倒すまではいかなくとも、拘束しその身動きを封じるまで行って見せた。

「これも白野さんの影響でしょうか」
 その窮地における爆発力は、この学園に辿り着くまでの間、少女たちが行動を共にしていた少年のそれと似たものだ。
 出会ってからまだ半日程度しかたっていないが、彼の影響を多少なりとも受けたのかもしれない。
 そう思うと、少女たちの小さな背中が、少しばかり頼もしく思えてくる。

「さて、僕たちも彼女たちの働きに応えないといけませんね」
「ええ、もちろんです」
 己が主の声に応じ、ガウェインは再びスミスへと肉薄する。

「っ、………!」
 対して騎士の猛攻を防ぐスミスは満身創痍といった様子であり、その表情には深い苦渋が浮んでいる。

 それも当然だろう。
 スミスはガウェインの能力が自身の能力を上回っていることを理解した時点で防戦に徹していた。
 つまりもう一人の自分が少女たちを倒し、その後に二人掛かりでガウェインたちを制圧するつもりだったのだ。
 だが少女たちがもう一人の自分を倒してしまった事によって、その目論見は崩されてしまった。

(どうする。“応援”を呼ぶか?)
 今ここにいる“自分”が生き延びられる可能性は、最早ゼロに等しい。
 そう結論を下したスミスは、他の“自分”を呼ぶか否かを考える。
 ………が、その必要はなかったらしい。

「え? ヘレンさん、どうしたんですか?」

 不意にユイが、戸惑った様子でサチ/ヘレンへと声をかける。
 サチ/ヘレンは自身が拘束しているスミスではなく、その下、おそらくは下階へと視線を向けていた。

「――――――――」
「ハクノ……危険……異常……?
 ……まさか、ハクノさんに何かあったんですか!?」
 ヘレンの声ならぬ声を聴いたユイが、そう声を荒げる。
 ―――その直後。

「え? ヘレンさ――――!?」

 サチ/ヘレンは全身から黒泡を溢れさせ、ユイを巻き込んで消失した。
 そこに残されたのは、拘束されたままのスミスだけだ。

「な――――!?」
 その光景に、レオが思わず目を見張る。
 ヘレンは……ユイはどうなったのか。そして岸波白野に何があったのか。
 あまりにも唐突な状況の変化に理解が追い付いていないのだ。

「ふむ。どうやら、君の仲間に何かあったらしいな。
 そしてそれに気づいたあの少女が、助けに向かった、といったところかな?
 だがあの少女は、この状況を理解していなかったと見える。君も運がない」
 “他の自分”を介して全てを理解していながら、スミスは敢えて挑発するようにそう口にする。
 たとえ一人きりになろうと、ガウェインが強敵であることに変わりはない。
 そこで少年の感情をかき乱し、隙を作ろうと考えたのだ……だが。

「どうやらそのようですね。
 ヘレンにとっては、この場よりも白野さんの方が優先順位が上という事でしょうか。
 やれやれです。残されたのが僕たちでなければ、いったいどうなっていたことか」
 レオは呆れたようにそう嘆息するだけだった。
 スミスにはその理由が、理解できなかった。

 白い騎士は戦闘能力こそ強力だが単騎であり、紅衣の少年自身には大した力はないように思える。
 そして少年たちの背後には、補強する者のいなくなった拘束を破壊しようとする“もう一人の自分”がいる。
 それを理解できていないわけではないだろう。
 だというのになぜ少年は、こんなにも冷静でいられるのか。

「可能な限り魔力を温存したかったのですが、どうやらそうもいかないようです
 こうなった以上、僕たちも急ぎ白野さんたちと合流しましょう。
 ――――蹴散らしなさい、ガウェイン。時はすでに、“あなたの時間”です」
「御意」
 レオの指示に従い、ガウェインがスミスへと踏み込む。
「くっ、ヌオオッ……!」
 それに対し、スミスはガウェインへと渾身の一撃を繰り出す。
 少年の冷静さの理由はわからないが、このままではまずいと判断したのだ。
 ………だが。

「なに!?」
 スミスの顔に、これまで以上の驚愕が浮かび上がる。
 自身の放った渾身の一撃。たとえ救世主(アンダーソン)であろうと、直撃を受ければ致命傷を負うだろう銃剣による刺突は、しかし。

「無駄です。もはや貴方如きでは、今の私を傷つけることは出来ない」
 その白銀の鎧に阻まれ、傷一つ付けることすら敵わなかった。

 その事実に驚愕している間もあればこそ。
 ガウェインはスミスが距離をとるより早く、突き出された右腕を掴み捕る。
 そして大きく聖剣を振り被り、同時にその刀身から焼け付くような灼熱の炎が放たれる。
 これまでになく強烈な一撃。だが右腕を掴まれ、回避は不可能。
 そう判断したスミスは、咄嗟に左腕での防御を選択し―――
「、ガッ――!?」
 その防御諸共に身体を両断され、データ片となって消滅した。

「なんだと……!?」
 そのあまりの光景に、拘束から脱したもう一人のスミスは堪らず目を剥いた。

 今の“もう一人の自分”の攻撃は、救世主(アンダーソン)にすら致命傷を与える自信のある一撃だった。
 だというのにあの白い騎士は、その一撃を無防備な状態で受け止めていながら、まったくの無傷だったのだ。
 一体何をすれば、あれほどの肉体強度を得られるというのか。
 防御されたのならまだ解る。だが、ただ肉体強度のみで自分の攻撃を受け止められるなど、スミスには到底理解できなかった。

 ―――その答えは、ガウェインの持つある特殊体質(スキル)にあった。

 スキルの名は《聖者の数字》。
 その効果は午前九時から正午までの三時間と、午後三時から日没までの三時間の間、その力が三倍になるというものだ。
 そして現在の時刻は、すでに午後三時過ぎ。つまり聖者の数字の発動条件は満たされている。
 そこに加えて、ガウェインはレオの改竄により【神龍帝の覇紋鎧】を装備していた。
 高い防御力と物理ダメージを25%軽減する効果を持つこの鎧は、ガウェインの耐久値を実質的にワンランクアップさせていた。

 元より高いランクを誇り、さらに鎧によって極まっていたその防御力を、ガウェインは三倍にまで高めていたのだ。
 その無敵と言っても過言ではない耐久性を前には、いかなスミスの怪力でも通じるはずもなく。

「午後の光よ。悪しき闇を払いたまえ」

 エージェント・スミスはまた一人、太陽の騎士の一撃のよって焼き払われたのだった。


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最終更新:2015年11月18日 01:20