1◆


「っ…………」
 右手に虚空ノ幻を、左手に青薔薇の剣を構え、オーヴァンと相対する。
「ふ――――」
 対するオーヴァンは、悠然とした態度で俺を待ち構えていた。

 奴の強さは、すでに思い知っている。
 こちらが二刀流なのに対し、相手は歪な三刀流。攻撃の手数においてはあちらが上回っている。
 加えて厄介なのは、奴を支援するオブジェクトの存在だ。あれが召喚されれば、それだけで戦況は不利になる。
 オブジェクトがあの二種だけとも思えない。闇雲に攻撃したところで、先ほどと同じようにあしらわれるだけだろう。

 ……だが、そう時間をかけている余裕はない。
 上空ではアスナがフォルテと戦っている。
 あの魔剣を使っている以上、勝っても負けても、アスナはあの魔剣に更に侵食されることになる。
 だからその前に、無理やりにでも戦いを終わらせる必要があった。

 そのためには、オーヴァンを完全に上回る必要がある。
 それはほんの一瞬でもいい。今俺が優先するべきなのは、何よりもアスナだ。
 たとえオーヴァンを、フォルテを倒したところで、アスナが止められなければ意味がない。
 故に、その一瞬を得るためにメニューを呼び出し、

「む」
「なっ!?」

 激しい衝撃音とともに上空から叩き付けられた人物によって、その行動を阻害された。
「ッッ………!」
 舞い上がった粉塵から、その人物――アスナが飛び出す。

「アスナ!」
 思わず彼女へと叫ぶように呼び掛ける。
 空で一体何があったのか。黒く浸食された彼女の右手からは、あのAIDAの魔剣が失われていた。

      §

「はあああッ!」
「チィッ――!」
 黒く染まった翅から燐光の代わりに黒泡を散らし、飛翔する勢いのままフォルテへと魔剣を振り抜く。
 対するフォルテはその一撃を、今度は避けずシールドで受け止め、その衝撃を利用して私から距離をとる。
 魔剣の無敵と妖精の翅による突破力を前に、あのまま逃げに徹していても勝機はないと判断したのだろう。
 同時にフォルテは、左腕をシールドからバスターへと変化させ、出現した銃口を私へと突きつけてくる。

「ッ……!?」
 間髪入れず放たれた光弾を咄嗟に回避し、その場から飛び退く。
 たとえ無敵化の能力を発揮せずとも、この魔剣を装備している限り私には魔法攻撃は効かない。
 だがフォルテの放った光弾は魔法ではなくGGOでの光銃のようなものらしく、無効化することは出来ないのだ。

 結果、光弾の幾つかは躱しきれず、体を掠めダメージを受ける。が、大した問題ではない。
 即座に魔剣の能力を発動させ、フォルテへと魔剣の切っ先を突き付け引き金を引く。
 だが放たれた黒い閃光を、フォルテは大鎌を腰撓めから引き抜くと同時に打ち払った。

「っ!?」
 その光景に、ほんの一瞬だが目を疑う。
 音速を超えて飛来する銃撃を弾くなんて真似は、私が知る限りではキリトにしかできないことだったからだ。
 ……だが、そんなことはどうでもいい。
 今のが偶然でも意図的でも、距離を詰めてしまえば関係ない。
 即座に黒い翅を広げ、黒泡とともにフォルテへと接近する。
 この世界は狭い。たとえどこに逃げようと、いずれは必ず逃げ場がなくなるのだから。

 ――だが、そんな私の予想に反して、フォルテは距離を摂ろうとはしなかった。

「っ、舐めんじゃ―――!」
 湧き上がる怒りと共に魔剣を振り抜く。
 フォルテはすでに魔剣の減速効果範囲内。防御も回避も間に合う事はない。
「なっ……!?」
 だがその一撃は、突如としてフォルテの体を覆った黄色のオーラによって阻まれた。

「アースブレイカー」
 直後、フォルテのそんな呟きとともに、いつの間にかその左手に集束していたエネルギーが炸裂した。
「っ………!」
 無敵効果はまだ続いている。たとえどれ程の威力の攻撃だろうと、ダメージを受けることはない。
 だが、その衝撃までは無効化できない。
 結果私は、フォルテの一撃によって大きく弾き飛ばされることとなった。

「通常攻撃程度なら、今のオーラでも十分防げるようだな」
「っ、だったら――――!」
 そう呟くフォルテへと魔剣を突き付け、再び黒い閃光を放つ。
 通常攻撃なら防げるとフォルテは言った。
 おそらくあのオーラは、一定値以下のダメージを無効化する類のものなのだろう。
 だが魔剣の力で増幅されたこの銃撃は、通常攻撃とは段違いに強力だ。
 フォルテのあのオーラでも、防ぐことは出来ないだろう。

「ハァ――ッ!」
 だがその一撃を、フォルテはまたも大鎌で打ち消した。
 迎撃するという事は、攻撃が有効だという事だ。
 しかしその攻撃が、こうも容易く防がれた。
「このっ……!」
 その事実を否定するために、二度、三度と繰り返し閃光を放つ。
 だがフォルテは、その全てを大鎌によって防いで見せた。

「ようやく最適化され始めたか」
 フォルテは大鎌を軽く払うと、何かを確かめる様にそう呟く。
 最適化され始めた? それは一体どういう意味なのか。
 そんな疑問が私の思考に過り、その間にフォルテが次の行動へと移る。

「ついでだ。試してみるか」
 その言葉と同時に、フォルテの腰に新たな武器が装着される。
 カテゴリは直刀。つまりは近接タイプの武器だ。
 だがフォルテは直刀を抜かず、大鎌を手に私へと急接近してきた。

 魔剣の無敵効果は―――すでに解けている。
 フォルテのバスターを考えれば、再発動している間もない。
 私は魔剣を風車のように振り回して体を捻り、締めの反転する勢いのをせた一撃に黒泡を収束させ、フォルテへと迎撃を行う。
 大剣カテゴリのアーツで例えるなら、《骨破砕》。以前使った《伏虎跳撃》と同じ、銃剣カテゴリの武器手は使えないはずのスキルだ。
 その、堅い鎧を纏う敵に有効な、守りを砕く特性を持った一撃は、しかし。

「ッ……!?」
 下段から振り上げられた大鎌によって弾かれ、フォルテの体を掠めることなく空振った。
 完璧なタイミングで魔剣の側面へと打ち据えられ、斬撃の軌道が大きく逸れてしまったのだ。
 その事実に驚愕する間もなく、続いて向けられた銃口から逃れるように、素早く回避行動へと移る。
「っ――!?」
 だが直後に放たれた光弾は、まるで狙い澄ましたかのように私の回避先を撃ち抜いていた。

 咄嗟に旋回することで光弾へと対処し、その勢いを乗せて再び魔剣を突き出し、アーツを発動する。
 繰り出したアーツの名は《初伝・鎧断》。《骨破砕》と同じく、硬殻特攻特性を持った一撃だ。
 だがフォルテは大鎌を旋回させ、またも容易くその一撃を受け流した。

「しま――っ!」
 刺突の勢いを完全に流され、体勢が崩れる。
 同時にフォルテの左手にエネルギーが集束し、回避する間もなく炸裂した。
 咄嗟に魔剣を盾にすることで直撃は防ぐが、その視力に大きく弾き飛ばされる。

「くっ、つぁ……ッ!」
 体中を走る激痛に、堪らず顔を顰める。
 ダメージは―――わからない。いやそもそも、そんなことはどうでもいい。
 重要なのは、自分がまだ生きているという事と、フォルテがまだ死んでないという事だけだ。

 どういう理由かは知らないが、フォルテはこちらの動きを完全に予測している。
 加えてあの黄色のオーラの効果で、生半可な攻撃は通用しなくなっている。
 そのせいで私の攻撃は威力を出すために大降りになって、余計に攻撃の予測を容易くさせてしまっている。
 このまま攻撃したところで先手を取られ翻弄されるのがオチだろう。

 ………ならばどうすればいい。

 簡単だ。フォルテの対処能力を超える一撃を繰り出せばいい。
 どんなに攻撃が予測できたところで、対処できなければ意味がない。

「……これでも」
 魔剣の銃口を突き付け、黒泡を収束させる。
 先ほどまでの銃撃が銃剣アーツの《雷光閃弾》だとすれば、これから放つのはその上位スキル、《轟雷爆閃弾》だ。
 このスキルも硬殻特攻特性を持ち、威力も当然さっきまでよりも上。大鎌による迎撃程度で防ぎ切れる筈がない。

「くらえ―――ッ!!」
 そう叫ぶと同時に引き金を引き絞り、魔剣から黒い極光を放つ。
 対するフォルテは静かにこちらへと左手を突き出し、

「防御用バトルチップ、《――――――――》………スロットイン」

 黒色の轟雷に飲み込まれ、爆煙がその周囲を覆いつくした。

「ハァ……ハァ……、これなら――――」
 フォルテは防御はおろか、迎撃も、回避もした様子はなかった。
 たとえまだ生きていたとしても、あのオーラを打ち破り、大ダメージを与えられたはずだ。
 それを確かめるために爆煙の内側へと目を凝らし、

「………そんな………うそよ…………っ」

 爆煙が晴れるとともに露わになった、無傷のままのフォルテを視認した。

「―――《ダークネスオーラ》。
 なるほど、悪くない性能だ。これならば、あの手のスキル以外で打ち消されることはまずないだろう」
 そう呟くフォルテの体は、先ほどまでと違い、黒白のオーラに包まれていた。
 そして突き出されたその左手には、一枚のチップが握られていた。


 《ダークネスオーラ》。
 それは、闇の力のオーラにより、ダメージが300より低い攻撃すべてを無効する、脅威のバトルチップだ。
 しかしその代わりにか、効果時間が通常のオーラの半分の15秒程度しかないという欠点を持つ。

 そしてこのバトルチップは、実はアッシュ・ローラーに支給されていたバトルチップである《ドリームオーラ》が元となっていた。
 つまりフォルテの《ダークネスオーラ》は、フォルテがアッシュをキルした際に、【幸運の街】のイベント効果によりランクアップし、さらに【ゆらめきの虹鱗】の効果によってそのストレージへと直接ドロップしたものなのだ。


「効果時間が短いことこそ欠点だが、それも取り込んでしまえば関係ない」
 フォルテはそう呟くと、《ダークネスオーラ》のチップを握り潰し、そのデータを吸収した。
 ゲットアビリティプログラムによって、自身の能力である《オーラ》を《ダークネスオーラ》へとエクステンドさせたのだ。
 これにより、事実上《ダークネスオーラ》の効果時間は無限となった。
 チップを破壊した代償として《ダークネスオーラ》が解除されてしまったが、それも時間が経てば復活する。

「あとは、お前を破壊しそのデータを奪うだけだ」
 フォルテはそう言って、大鎌の先端を私へと突きつけた。
 もはやお前は敵ではないと、今握り潰したチップと同じ、ただの糧でしかないと言っているのだ。

「ッッッ……! 舐めるなあッ―――!」
 その事実に叫び声を上げ、魔剣の能力を開放し、激情と共にフォルテへと突進する。
 対するフォルテは、大鎌の装備を解除し、直刀の柄へとその手を添える。

 フォルテに勝てないなんて嘘だ。
 PKを倒せないなんて認められない。
 この魔剣が通用しないなんてことは、絶対にありえない―――!

「ああああああああッッッッ――――!!!!」
 黒泡を魔剣へと収束させ、大剣上位アーツ《奥義・甲冑割》を発動する。
 フォルテはすでに減速効果範囲内。無敵効果も発動し、反撃も通用しない。
 これで勝てないはずが、負けるはずがない――――のに。

「ハアァ――――ッッッ!!!!」
 フォルテは減速効果を受けたまま、その直刀を一閃し、完璧に私の一撃を迎撃して見せたのだ。

「ッァ………………!!!!」
 魔剣の無敵効果により、やはりダメージは受けない。
 だがその衝撃に、私は一瞬意識を失い、そのまま地面へと叩き付けられた。
 それにより目を覚まし、即座に大きく飛び退く。
 そして、そこでふと違和感に気が付いた。

 あれほど手に馴染んでいた、自分の手と一体化していたようにすら感じられた私の魔剣が、私の手から失われていたことに。
 あの想像を絶するダメージを齎したはずの一撃によって、魔剣を手放してしまったのだ。

 すぐさま周囲を見渡し、私の魔剣を探す。
「探し物はこれかい、お嬢さん?」
 その声に振り返れば、そこには私の魔剣を手にした男の姿。

「返し、ッ……!?」
「どこを見ている」
 即座にその男へと詰め寄ろうとして、頭上から聞こえた声に咄嗟に飛び退く。
 直後、私のいた地点にフォルテの振るう直刀が突き立った。

「邪魔をっ……!」
 するな。と代わりの武器となるユウキの剣を取り出し、
「え?」
 ユウキの剣が、あっさりと私の手をすり抜け、地面を転がっていった。

「アスナ、避けろ!」
 その声に、反射的に上半身を仰け反らせる。
 直後、フォルテの直刀が、私の鼻先を掠めて行った。
 即座のバク天の要領でその場から飛び退き、距離をとる。
 そして体勢を立て直すために右手を地面につき、
「っあ……!?」
 そのまま地面へと倒れ伏してしまった。

「フン」
「させるか!」
 そんな隙だらけの私へとフォルテがバスターを発射し、キリト君が立ちはだかって光弾を打ち落とす。
 だけど私には、その光景が意識に入ってこなかった。

「そんな……どうして?」
 右手の感覚が、まったく無くなっていた。
 それは麻痺なんてレベルではない。ただの麻痺なら、鈍い感覚が残っているはずだ。
 けれど私の右手は、力を込めても、何かに触れさせても、何の感覚も返してこなかった。
 それこそまるで、右手そのものが無くなってしまったかのように。

「なるほど。どうやら、随分とこいつに喰われているようだね」
「喰われて……?」
 私の魔剣を持った男の言葉に、戸惑いが浮かぶ。
 魔剣に喰われた。それは一体どういう意味なのか。
 その言い方ではまるで、右手の感覚の喪失は、私の魔剣が原因のようではないか。

「アスナ、大丈夫か! 一体どうしたんだ!?」
 その呼びかけに、ようやくキリト君へと意識が向く。
 彼はGGOの時のアバターになって、フォルテから私を庇っていた。
 その姿を見て、なぜ彼が私を庇っているのかを考え、

「キリト君……わ、わたし………」
 それでようやく気が付いた。
 私はキリト君と一緒にフォルテと戦っていたはずなのに、途中から私一人でフォルテと戦っていたという事に。
 キリト君を置き去りにしてしまったのか。それともあの男に邪魔されていたのか。それはわからない。
 問題なのは、私がそのことに、まったく気が付いていなかったという事。

 PKは許せない。
 アリスはトリニティさんを、フォルテはユウキを殺した。
 こんなデスゲームを企画した榊はもちろん、デスゲームに乗ったPKは絶対に倒さなきゃいけない存在だ。
 けどそれは、PKからキリト君を、デスゲームに乗ってない他の人たちを守るためだったはずだ。
 なのにいつの間にか、彼の事よりもフォルテ(PK)を倒すことの方が大切になっていたのだ。

 原因はもうわかっている。
 私が使っていた、あの魔剣だ。
 私はあの魔剣の力に溺れて、囚われ、一つの事しか見えなくなっていたのだ。
 その結果が、これ。
 あの男の言った通り、私の右手は、あの魔剣に“持っていかれて”しまったのだ。

「ごめん……なさい……」
 堪らず、嗚咽が零れる。
 魔剣を手放したことによって、怒りに囚われていた感情が、本来の情動を取り戻したのだ。
 けれどもう、取り返しはつかない。
 今更に湧き上がる後悔に、左目から涙が零れだす。

 私は団長を、殺してしまった。
 あの人も私を止めようとしてくれていたのに、それを信じられなかった。
 もしかしたらあの猫型PCだって、何らかの理由でアリスに同行していただけで、PKではなかったかもしれないのだ。
 それに体の異常は右手だけではない。右目は見えず、翅も脚も感覚が鈍い。零れ落ちる涙は、左目からだけ。
 魔剣に侵食されていた個所すべてが、明らかな異常をきたしていた。
 もう剣を手に、彼と一緒に戦う事もできない。

 だから、それが辛かった。
 キリト君はこうなる前に、私を止めようとしてくれていたのに。
 私がそれを、切り捨ててしまったのだ。

「ごめんなさい、キリト君……ごめんなさい……ごめんなさい――っ!」
 繰り言のように、謝罪の言葉を口にする。
 キリト君はまだ戦っている。戦えないのなら、この場から離れるべきだとも理解している。
 けれど私は、逃げ出すこともできず、こうして彼に謝ることしかできなかった。

      §

「アスナ……」

 ごめんなさい、アスナは口にした。
 そう泣きじゃくる彼女からは、先ほどまでの狂気は感じられない。
 魔剣を手放したためだろう。
 姿は戻らずとも、ようやくいつもの彼女が戻ってきてくれたのだ。
 ああ。その事だけは、フォルテに感謝してもいいかもしれない。

「謝らなくていい、アスナ。謝るとしたら、それはむしろ俺の方だ」
 俺がもっとしっかりしていれば、アスナはこんなことにはならなかったかもしれない。
 レンさんの事も、シルバー・クロウやヒースクリフ、サチのことだって、どうにかできていたかもしれないのだ。
 そうならなかったのは、俺が弱かったから。
 半端な覚悟のまま、みんなを守るなんて口にしたからだ。

「けれど、もう大丈夫だ。あとは俺に任せて、そこで休んでいてくれ」
 やるべき事ははっきりしている。
 フォルテを倒し、オーヴァンを倒して、魔剣を破壊する。
 魔剣を手放したことでアスナは正気に戻った。
 ならばあの魔剣を破壊すれば、その姿も元に戻るかもしれない。
 いや、たとえ戻らなくたって、今度こそ、俺が彼女を守ってみせる。

「さあ、さっさと続けようぜ。
 どっちからくるんだ? 別に二人掛かりでも、俺は構わないぞ」
 両手に剣を構え、眼前の敵を挑発する。

 正直に言えば、二人掛かりでこられたら勝ち目はない。
 片方だけでも持て余しているのだから、それは当然だ。
 だがそうはならない確信がある。
 理由は知らないが、フォルテは人間を敵視している。
 そんなあいつが、この有利な状況で、まともにオーヴァンと協力するはずがないからだ。
 必ずどちらか一方だけが向かってくるか、すくなくとも三つ巴の状況となるはずだ。

「……アイツは俺の獲物だ。手出しすれば、キサマも殺す」
「そうか、なら好きにするといい。君とは逆に、彼にはもう用がないからね」
「フン」
 そんなやり取りの後、フォルテが前に出て、オーヴァンは後ろへと下がる。
 予想通りの状態。これならばまだ勝機はある。

「……………………」
 半身に構え、フォルテと相対する。
 アスナを庇うために、アバターはGGOのものとなっている。
 つまりソードスキルを使うためには、SAOかALOのアバターへと変える必要がある。

「――――――――」
 対するフォルテは直刀を鞘に納め、右腕にソードを、左腕にシールドを展開する。
 バスターを使用しないのは、この姿(アバター)の俺には通用しないことを理解しているからか。
 いずれにせよ、あいつは奪い取ったブルースの力を使い、接近戦を挑むつもりなのだろう。

 ――――残された勝機。
 それは、ここから少し離れた場所で戦っているプレイヤーたちの存在だ。
 彼らの関係は、俺にはわからない。
 だがあの状態だったサチと同行していたのなら、彼女の仲間であった可能性は高いだろう。
 ならば彼らの決着がつくまで耐え凌げば、この状況を覆せるかもしれない。

 なんて打算を、頭から追い出す。
 敵はフォルテだけではない。あとにはオーヴァンも控えている。
 そもそも彼らだって、サチの味方だったほうが勝てるかは判らないのだ。
 どちらも俺自身が倒すつもりでいかなければ、アスナとともに生き残ることなどできやしない。
 俺は静かに、小さく呼吸を整え、

「はああああああああッッ――――!!!」

 裂帛の気合とともに、渾身の力でフォルテへと踏み込んだ。


     2◆◆


 フォルテへと向かって距離を詰め、右手の魔剣を振り被る。
 いくらブルースの能力を奪ったとはいえ、その技量までは奪えるはずがない。
 攻勢を保ち、二刀を以て攻め続けていれば、いつか必ず隙が生まれるはずだ。
 故にそこに、そこに渾身のソードスキルを叩き込む。

「バトルチップ――《ダッシュコンドル》」
 不意に放たれたフォルテの呟き。
 その直後、眼前にシールドを構え、フォルテが高速で突進してきた。

「ガッ―――!?」
 咄嗟にその場から飛び退き、同時に剣を交差させ《クロス・ブロック》の形で衝撃を防ぐ。
 が、その防御諸共に容易く弾き飛ばされ、残り四割のHPが三割にまで削り取られる。
 いくらソードスキルによる防御でなかったとはいえ、この突破力。
 おそらく、防御を無効化する貫通属性の付与された攻撃スキルだったのだろう。

 だが、何よりもまずいのは、先手を取られたこと。
 地面に打ち付けられる寸前に受け身を取り、背後へと振り向きざまに魔剣を振るう。
 剣戟が響き、火花が散る。
 突進によって背後へと回り込んだフォルテが、右腕のソードで切りかかっていたのだ。

「はあ―――ッ!」
 即座に氷剣による追撃をかける。
 左下から掬い上げるような一閃。
 この一撃で牽制し、状態を五分にまで持っていく―――よりも早く、フォルテは俺の頭上を跳び越えていた。

「なっ!?」
 驚愕する間にも振るわれる、フォルテのソード。
 天地逆さのまま放たれたそれを、上体を仰け反らせギリギリのところで回避する。
 鼻先数ミリを掠めていく光刃。
 それによって崩れた体制を立て直す間も惜しみ、即座に飛び退いて距離をとる。
 対するフォルテも、当然着地と同時に追撃を仕掛けてくる。

「ッ……!」
「ハアッ!」
 立ち直る間もなく繰り出される剣と盾の連撃。
 俺は崩れた体制のまま、二振りの剣を以てフォルテを迎え撃った。

      §

「……キリト君……」
 フォルテと戦う彼の姿を見つめる。
 私を守るために、懸命に剣を振るうその姿を。

 フォルテは力こそ強力だが、剣士としては決して強くない。
 キリト君はもちろん、私にだって及ばない。同じように剣と盾で戦う団長とは、比べるべくもない。
 なのに、キリト君はまともな反撃ができないでいた。

 私の時と同じだ。
 どんな方法でかはわからないけど、フォルテはキリト君の動きを先読みしているのだ。
 だからこそ理解できてしまう。
 このままではキリト君は殺されてしまうと。

 キリト君は強い。
 きっとフォルテのあの先読みだって攻略してしまうだろう。
 そしてそれこそが危険なのだ。
 先読みを攻略され追い詰められた時、フォルテは必ずあの直刀を使う。
 けどキリト君だって、先読みの攻略にギリギリのはずだ。
 回避する余裕なんてない。
 追い詰めたフォルテを逃がさないためにも、直刀の一撃を受け流そうとするはずだ。

 その結果、死んでしまう。
 あの直刀は、魔剣の効果で無敵状態だった私を吹き飛ばすほどの威力を持っている。
 いくらキリト君でも、あれだけの破壊力を完璧に受け流すことなんてできるはずがない。
 接触によって生じる衝撃を少しでも受け流し損ねれば、それだけでキリト君は吹き飛ばされてしまうだろう。

 ……けれど、私にはどうすることもできない。
 剣を持って戦おうにも、私の体はロクに動かない。
 だというのに、私の持つ幾つかの武器、そのほとんどは剣なのだ。
 魔法を使って支援しようにも、二人の戦いはギリギリだ。
 半端な攻撃魔法ではキリト君を巻き込んでしまうし、回復魔法もあの直刀の前では無意味だ。
 それに何より、下手な行動をとれば、フォルテは私を敵として認識する。そうなれば、今の私では足手まといにしかならない。

「う、うう………」
 だから、何もできない。
 近くに駆け寄って一緒に戦いたいのに、この手は動かず、どうすることもできない。
 キリト君が頑張っているのに、キリト君に危機が迫っているのに、こうして見ている事しかできない。

 きっとこれは罰なのだ。
 魔剣に頼って、彼の想いを蔑ろにした罰。

「ごめんなさい……私の、せいで……」
 私のせいで、キリト君は死んでしまう。
 私にはもう、キリト君を助けることができない。
 ならばせめて、キリト君と一緒に、私もここで――――

 そう諦めかけた、その時だった。

『君は本当に、それでいいのかい……?』

 どこからか、そんな声が聞こえてきた。

      §

「ッ……!」
 振り下ろされたソードを、剣を交差して受け止める。
 激しい剣戟の間隙に生じた、一瞬の硬直。
 フォルテを弾き飛ばし、反撃に移るために、両腕に力を込める。

「チッ」
 それを察したのか。フォルテは舌打ちをしつつ、左腕のシールドをバスターへと換装、掃射してくる。
「―――!」
 咄嗟に飛び退き、体勢を立て直すためにフォルテから距離をとる。
 その着地の瞬間を狙い放たれる、スタン効果のある剣圧。

 着地からの回避は間に合わない。
 即座に氷剣で迎撃し、剣圧を打ち消す。
 直後。追撃してきたフォルテのソードを、着地と同時に魔剣で防ぐ。
 そこへ突き出される左手。そこに収束されたエネルギーが、間を置かずに炸裂した。

「ッ―――!」
 咄嗟にソードを受け流し、フォルテの背後へと回り込むことで回避する。
 即座にその背中へと氷剣で切りかかるが、直前で割り込んだシールドによって防がれる。
 同時に狙い澄ましたかのように振り下ろされる光刃。
 寸でのところで魔剣を振り抜き、頭上からの一撃を迎撃する。

「く―――!」
 弾き飛ばされる身体。
 その衝撃を利用して背後へと跳び退き、素早く体制を立て直して呼吸を整える。
 このまま続ける無為を悟ったか、それとも余裕の表れか、フォルテからの追撃はなかった。

「くそっ……」
 一体どういうことなのか。
 フォルテの近接戦闘能力は、ブルースの能力だけでは説明できない程に向上している。
 技量はない。
 予想通り、あいつの戦闘技術はブルースに遠く及ばない。相も変わらず、力押しの攻撃ばかりだ。

 ……だというのに、形勢を逆転できなかった。
 理由はわかっている。
 フォルテは常にこちらの先手を取ることで、その技量不足を補っていたのだ。

 だがどうやって。
 行動の先読み自体はおかしなことではない。
 ハイレベルなPvPの場合、そのステータス以上に、相手の攻撃を予測し上回ることが重要になる。
 だがそれは、それを可能とするのは、それだけの経験があってこそだ。
 フォルテにはそれがない。それはこれまでのヤツとの戦闘経験が証明している。
 そしてこの短時間で、俺を上回るほどの戦闘経験を積むことは不可能なはずだ。

 ―――ならば答えは一つ。
 フォルテの先読みは、何かしらの能力に他ならない。

 改めて十メートル先のフォルテを見据える。
 奴の姿は変わらない。両腕にソードとシールドを展開したまま、忌々しげに俺を睨み付けている。
 変わったことがあるとするならば、その腰に下げられた直刀か。
 今でこそソードで戦っているが、奴の武器は大鎌だったはずだ。
 それをわざわざ、抜きもしない直刀を装備している理由は何だ。
 あるいはあの武器こそが、先読み能力の正体か――――?

「……いや、あの武器は―――!」
 不意に、二つの事を思い出す。
 奴は言った。“あの森にいたオフィシャル共と同じように”と。
 あの森にいたのはブルースだけではない。彼に同行していたピンクもまた、あの森にいたはずだ。
 そしてあの直刀は、ピンクが装備していたはずのもの。
 それらが意味することは一つ。奴の先読み能力は、本来ピンクが持っていた能力だという事だ。

「そう言う、ことか……っ!」
 湧き上がる怒りを抑え、勤めて冷静さを保つ。
 ピンクが先読みを可能とする能力を持っており、その能力を奪ったのであれば、フォルテの先読みもおかしなことではない。
 ファンタジーエリアで戦っていた時に使わなかったのは、まだ能力の最適化が終わっていなかったからだろう。

 ―――で、あれば。
 奴の先読みを上回ることは、決して不可能なことではない。

 メニューを操作し、ある操作を完了する一歩手前で止める。
 勝機は一度きり。
 次の攻防で、この戦いは決着する。
 それ以上は、何をどうやったところで、俺の攻撃は通用しなくなる。

「――――――――」
 深呼吸を一つ。
 深く腰を落とし、両脚に力を込める。
「……………………」
 こちらの動きを見て取り、フォルテは両腕をバスターへと換装させる。
 無意味だと知っていながらバスターを使うのは、こちらの行動を限定させるためか。

 ――――関係ない。
 その懐へと潜り込むために、意識を奴へと集束させ、

「、うおおおおおおォォオオオ――――!!」

 咆哮とともに、脚に込めた力を爆発させ、地面を蹴り抜いた。

 直後、フォルテがバスターを構え、光弾を掃射する。
 放たれた光弾に先んじて視覚化される《弾道予測線(バレット・ライン)》。致命傷となるものだけを選別し、赤い輝線を二刀で繋ぐ。
 全身を掠め、刀身に弾かれる無数の光弾。
 その間隙を縫うように全身を螺旋回転させ、弾丸のように突進する。

 フォルテを剣の間合いに捉える。奴の両腕が、ブルースの装備に換装される。
 左下から氷剣を振り被り、奴目掛けて跳ね上させる。刃が届く、その寸前で割り込んでくるシールド。
 それを渾身の力で弾き飛ばし、体を時計回りに旋転させる。盾が弾かれた衝撃に、一拍遅れて振り落される光刃。
 慣性と重量を余さず乗せた魔剣を、左上から叩き付ける。打ち合う二つの刃が、周囲にいっそう激しい剣戟を響かせる。

 二刀流重突進技、《ダブル・サーキュラー》。
 敵の防御を崩し、無防備になった体を切り裂くこの技を、奴は防いだ。
 この瞬間。攻撃を防がれた俺は技の反動に硬直する――その直前、打ち合った剣を起点に、攻撃の勢いのまま奴の頭上を跳び越えた。

「チッ!」
 舌打ちをするフォルテ。
 振り向きざまに振りかぶられるソード。
 奴は先の焼き直しのように、着地の瞬間を狙い光剣に陽炎を纏わせる。

 奴を跳び越えると同時。メニュー操作を完了させる。
 一瞬の光に包まれるアバター。完全に切り替わるより早く、その魔法を詠唱する。
 呪文に呼応し、周囲に展開される魔法文字。奴の狙いは、こちらの予想通り。
 背中の翅を操作し、滞空時間を操作。地面に着地するより早く、その魔法を完成させる。
 瞬間。いくつもの爆発音とともに、漆黒の煙が周囲一帯を覆い尽した。

「なに!?」
 予測外のその現象に、フォルテは驚愕の声を上げ、その動作を停止させる。
 直後響き渡る、ジェットエンジンのような金属質のサウンド。
 視覚を封じられ、敵が視認できなくなったその状況に、フォルテは迎撃ではなく防御を選択する。
 そして予測された箇所へと即座にシールドを構え、黒煙を穿つように放たれた剣が、構えた盾に弾かれる音を聞いた。

 真紅の光を放つ剣は、シールドに阻まれその動きを停止させる。
 フォルテは即座に光剣を振り被り、反撃に移る。
 だがそれよりもなお早く、水色の光纏った刀身が、黒煙を切り裂く光景を視認した。
 響く剣戟。自身へと迫る剣を、咄嗟に振り下ろした刃が弾く。
 だが剣戟は止まない。弾かれた剣は水色の光を纏ったまま、再びフォルテへと振り抜かれる。

「チィッ……!」
 フォルテはソードだけでなくシールドも駆使し、続く三連撃を防御(パリィ)する。
 正方形の軌跡を描く剣戟。その衝撃に、黒煙が僅かに晴れる。
 その隙間から、右の魔剣を水色に輝かせるキリトの姿を垣間見る。

「舐める、なアアッッ―――!!」
 フォルテが咆哮を上げる。
 ぶつかり合う光剣と魔剣。フォルテにはもはや、キリトの姿を見ていない。
 黒煙に紛れたその姿からは、攻撃を完璧に予測することなど不可能だ。

 だが、それを防ぎきる。
 人知を超えた超感覚。圧倒的情報量による疑似的な未来予測が、視覚を封じられてなお飛来する剣閃を先見する。
 再び正方形の軌跡を残し、魔剣がシールドに弾かれる。
 そこに閃く氷剣。黄色に輝くその刃と、光剣が弾き合う。
 そして響き渡る、ジェットエンジンのような金属質のサウンド。真紅の光を放つその切っ先を、またもシールドで受け止めた。

(バケモノめ―――)
 自身の限界を超えた連撃を防ぎ切った敵に、内心で驚嘆と共に呟く。

 ――――《剣技連携(スキルコネクト)》。
 ソードスキルの使用により生じるはずの技後硬直(スキルディレイ)。それを新たなソードスキルで上書きするシステム外スキル。
 このスキルの成功率は五割以下。成功したとしても、通常は三回、良くて四回が限度だ。
 それを五回決めたというのに、フォルテはその全てを防ぎきって見せたのだ。これをバケモノと言わずなんという。

 ――――――だが。
 バケモノでなければ、限界を超えた意味がない―――!

「オオオオオオオオッッ!!!」
 地面を踏み締める脚に渾身の力を込め、今がに紅く輝く魔剣を一層強く押し込む。
「グ、ヌオオオッッ―――!!」
 フォルテも同様に地面を踏みしめ、弾き飛ばされそうになる身体を堪える。


 フォルテの先読み能力は確かに脅威だ。
 言ってしまえば、あらゆる攻撃に対応できる《弾道予測線(バレット・ライン)》のようなもの。
 フォルテのステータスが及ぶ限り、どんな攻撃も直撃させることは不可能に近い。
 いや、それどころか、迂闊に接近戦を挑めば痛烈なカウンターを受けるだけだろう。
 唯一の救いは、フォルテの剣の技量が不足している事だけだ。

 だが、そんな先読み能力にも欠点はある。
 一つは予測不可能な現象。
 フォルテは幻惑範囲魔法そのものには対処ができていなかった。
 おそらく発動前の魔法などの、“実体化していないモノ”の先読みは出来ないのだろう。
 そしてもう一つ。《バレット・ライン》は、あくまでも軌道の予測にしか過ぎないという事だ。
 フォルテの先読み可能範囲がどこまでかはわからない。
 だがこの一撃をこうしてシールドで防いだという事は、攻撃の威力までは予測できないという事だ―――!


「なにっ……!?」
 ビシッ、とシールドに奔った亀裂に、フォルテが驚愕の声を上げる。
 魔剣の切っ先はシールドの中心へと食い込み、もはや受け流すことは出来ない。
「これで―――!」
 そこへ止めとばかりに、魔剣に渾身の力を籠めより強く押し込む。


 俺とブルースが初めて遭遇した時、俺はブルースへと《ヴォーパルストライク》による不意打ちを叩き込んだ。
 その一撃はブルースのシールドに防がれたが、真芯を外していたにもかかわらず、大きな亀裂が奔っていたことを覚えている。
 であれば、その盾にもう一度《ヴォーパルストライク》を叩き込んでいたのなら、一体どうなっていたのか。
 そしてその答えは、ブルースのデータを吸収して得たフォルテのシールドであっても例外ではなく――――


「終わりだァ――――ッッ!!!」
 魔剣の切っ先を中心とした亀裂が広がり、黄色のシールドが砕け散る。
 フォルテを守る盾は失われ、光剣による迎撃は間に合わない。
 阻むものは何もない。
 紅く輝く切っ先が、フォルテの身体目掛けて突き出される。

 ALOアバターへの変更も、幻惑範囲魔法による煙幕も、限界を超えた《スキルコネクト》も、全てはこのため。
 奴の先読み能力による防御を誘発し、そのシールドに二度《ヴォーパルストライク》を叩き込み、打ち砕くための布石だったのだ。

「お、のれッ……!」
 フォルテの貌が悔しげに歪む。
 防ぐ手段がない以上、奴はここで終わる。
 躊躇いはない。そんな余裕はないし、これ以上奴に、誰を殺させるわけにはいかないからだ。

 そうして、魔剣の切っ先が奴の身体へと吸い込まれ、
 その口端に、小さく歪な笑みが浮かび、
 鮮血のように紅いエフェクトとともに、俺の腕に激しい衝撃が伝わった。


next courage

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最終更新:2016年03月22日 01:23