4◆◆◆◆
「そん………な…………」
その結果を前に、俺は茫然と呟く。
目の前の光景が信じられない。いや、信じたくない。
「危なかったぞ、キリト。
チップの発動があと僅かでも遅ければ、俺は貴様にデリートされていただろう。
認めよう。貴様は間違いなく、俺が知る中で最も強い人間だ。
―――だが今度も、お前の剣は届かなかったな」
歪な笑みを浮かべ、フォルテがそう嘲笑う。
それが意味することは一つ。
渾身の《ヴォーパルストライク》が、奴を倒せなかったという事。
フォルテへと突き出された魔剣から、力が失われるかのように紅い光が消える。
その切っ先は、奴の身体まであと数ミリというところで、黒白のオーラに阻まれその動きを止めていた。
バトルチップ【フルカスタム】。
本来は使った瞬間にカスタムゲージが満タンになるというものだが、このデスゲームにおいては、スキルに関するゲージなども該当する。
その効果によってフォルテは、本来の待機時間を待たずしてオーラを復活させたのだ。
キリトの《ヴォーパルストライク》を受け止めた瞬間、フォルテはその未来予測によって、その一撃を防ぎきれぬことを察した。
そこでフォルテは次の一撃を防ぐために、キリトの魔剣と拮抗していたわずかな間に、《フルカスタム》を発動させた。
キリトの攻撃に弾かれたのち、オーラによって次の一撃を無効化し、反撃を行おうと考えたのだ。
無論、キリトのスキルを考えれば、オーラは即座に解除されるだろう。
だがその一瞬の遅れさえあれば、反撃するには十分だった。
想定外だったのは、シールドが砕かれたこと。
―――そう。
あと少しシールドの破壊が早ければ、《フルカスタム》の発動は間に合わなかっただろう。
あるいはフォルテのオーラが強化されていなければ、キリトの魔剣はそのオーラごとフォルテを貫いていたかもしれなかった。
その明暗を分けたのは、キリトが想定していたブルースと、数多の力を吸収してきたフォルテとの“力”の差か。
いずれにせよ、ここに勝敗は決した。
スキルディレイにより、キリトは動くことができない。
対するフォルテは、完全な自由。
ソードによってその首を刎ねることも、アースブレイカーで体を四散させることも容易だ。
―――だが、それでは足りない。
そのどちらかでは、初戦の時のように、ギリギリで躱される可能性がある。
故に、完全に消し飛ばす。
万が一などないほど、完膚なきまでに。
「終わりだ」
その言葉とともにソートを解除し、フォルテは直刀へと右手を伸ばす。
「ッッ…………!!」
背筋に悪寒が奔る。
理由もなく、次の一撃が絶対的な死を齎すものであることを理解する。
―――動け。
動けたところで間に合わない。
――――躱せ。
掠っただけでも死に至る。
――――――――。
目前に迫る死に、生存本能が悲鳴を上げる。
鯉口を斬る刃。
抜き放たれた刀身が、そのまま俺へと迫る。
システムを超越(オーバーライド)する意志力。
強引に短縮されるスキルディレイ。
だが間に合わない。
直刀の刃が俺を切り裂く、一秒後の光景が鮮明に浮かび上がる。
(――――アスナ)
不意に視界に映る、栗色の髪をした少女の姿。
見えるはずはない。周囲はまだ黒煙に包まれている。
第一ALOアバターとなっている彼女の髪は水色だ。
つまりは幻覚。まるで走馬灯のように、最愛の少女を幻視する。
(せめて、君だけでも――――)
生き延びてくれ、と。
そう願い、目を瞑って、迫り来る刃を受け入れ、
直後、全身に襲いかかる激しい衝撃。
それに振り回されるがまま、人形のように地面へと転げ落ちた。
…………。
………………。
……………………。
「………………………………、あれ?」
消え去らない意識に、首をかしげる。
衝撃は強烈ではあったが、思っていたほどではなかった。
それに痛みも、地面を転げ回ったことによるもののみだ。
第一フォルテの攻撃が直撃したなら、生きていられるはずがない。
なのにこうして考えることができるという事は。
「まだ生きてるのか、俺?」
その疑問とともに、閉じていた瞼を開ける。
先ほどの衝撃で黒煙が吹き飛ばされたのか、赤く染まり始めた空が視界に映る。
空が見えるということは、つまりまだ生きているという事。
それを理解すると同時に、発条のように上半身を跳ね起こす。
そしてなぜ自分が生きているのかを確かめるために周囲を見渡し、その姿を見た。
「っ、キサマ……」
苛立たしげに直刀を握るフォルテの姿と、
「あんたなんかに、キリト君は殺させない!」
奴から俺を庇うように立ちはだかる、白い衣装を纏ったアスナを。
§
気が付けば、私は不思議な空間にいた。
一切の光の見えない暗闇でありながら、自分の姿だけははっきりととらえることができた。
だが、その姿もどこかおかしかった。
純白と真紅で彩られたその騎士服は、懐かしい血盟騎士団の征衣だ。
だが私は先ほどまでALOのアバターだったはずで、それも魔剣に大分浸食されていたはずだ。
こんなよくわからない空間に、それもSAOの頃のアバターでいる理由は何なのか。
そう首をかしげていると、またあの声が聞こえてきた。
「君は本当に、このままでいいと思っているのかい……?」
再び投げ掛けられるその問い。
今度は肉声のようなはっきりとした声。
その声の方に振り返れば、そこには青い長髪をした長身痩躯の青年がいた。
薔薇飾りのついた紫の帽子を被り、銀の軽鎧をあわせたその姿は、剣士というより騎士を連想させる。
青年はまっすぐに、その中性的な眼差しを私へと向けている。
「あなたは?」
「花は光の中にこそ咲き誇るもの。闇に染まった徒花は散るのが宿命……。
けど君は、闇に呑まれてなお小さな光を懐き続けていた……。
その光を、君は諦めてしまうのかい……?」
青年の言葉の意味は解らない。
けれど、一つだけわかることもあった。
私の中にある、小さな光。それはきっと、キリト君の事だ。
彼は私に、キリト君の事を諦めるのか、と訊いているのだ。
「……いや。諦めたくない。このままでいいなんて思ってない!
キリト君を助けたい。キリト君の隣で、一緒に戦っていたい。
けど……」
けど私には、もうどうする事もできない。
戦う力は失われた。立ち上がる事すらもうできない。
そんな私がいったい、彼のために何ができるというのか。
「君のために、たとえ世界を失うことがあっても、世界のために君を失いたくはない」
「え?」
その言葉に俯いていた顔を上げれば、私と青年との間に、一振りの剣が突き立っていた。
「君が本当に彼を助けたいと願うのなら、ボクの――ボクたちの力を、君に貸そう……。
その願い(あい)が本物なら、その剣を抜くことができるはずだ……」
「っ、……!」
その言葉に反射的に立ち上がろうとして、躓いて座り込む。
この姿になっても、私の感覚は失われたままだったのだ。
けれど、それでももう一度、力の入らない脚に力を込めて立ち上がる。
そして一歩ずつ、剣へと向けて歩き出す。
この青年が誰かはわからない。
彼の貸してくれるという力が、あの魔剣のようなものではないとも限らない。
それでも、迷いはなかった。
それでキリト君を助けることができるのなら、私はどうなっても構わなかった。
ほんの数歩、ほんの数メートルの距離を、気力を振り絞って歩ききる。
目の前には、薔薇の護拳の拵えが咲く、刀のような細身の剣。
覚えている。これは私が殺した、猫型PCの持っていた剣だ。
その、罪の証へと、右手を伸ばす。
けれど、感覚のない右手は、剣の柄を握ってはくれなかった。
「っ――――!」
構わず、力を込める。
左手ではだめだという、不思議な確信があった。
きっとこの剣は、『彼女』を殺めた右手でなければ抜くことは出来ない。
「この……っ!」
左手で右手首を掴む。
握っている感覚はあるのに、握られている感覚はない。
それでも、ほんの少しだけ、指先が動いた。
それを頼りに、この剣まで歩いた時以上の時間を掛けて、その柄を握っていく。
「おねがい……!」
けれど、足りない。
右手は剣を掴んでいる。だが剣を引き抜くには、握力が足りていない。
どれだけ力を込めても、これ以上の力が入らない。
「どうして……」
やっぱり私には無理なのか。
そんな諦めがが、徐々に心を蝕んでいく。
そうしてついに、右手を剣から手放しかけた――その時だった。
“―――大丈夫だよ。アスナになら、絶対できるから―――”
二度と聞けないはずの、大切な親友の声が聞こえてきた。
「……ユウキ?」
その名前を呟く。
応えはない。
けれど剣を握る右手に、誰かの手が重ねられたような不思議な感覚があった。
「お願い……力を貸して……」
その声や感覚が本物かはわからない。もしかしたらただの錯覚かもしれない。
けれど、諦めかけていた心は、負けられないという決意に変わった。
その決意を力に変えて、再び右手に力を籠める。
「……私に力を……、キリト君を守る力を……!」
剣の柄から、不思議な熱を感じ取る。
その熱に導かれるように、右手の感覚が蘇る。
剣を握る、確かな感覚。それを知覚した瞬間―――
「―――“マハ”―――ッ!!」
――――その名とともに、その剣を引き抜いた。
瞬間、世界が一変した。
光のない暗闇の世界から、目映いばかりの白い世界へと。
だがその世界は、早くも崩れ始めていた。
「ありがとう。
けど、どうして助けてくれたの?」
青年へと振り返り、礼を述べてそう問いかける。
「君はボクに、どこか似ていたからね……。
それになにより、彼女がそう望んだから……」
そう答える青年の隣には、いつの間にか、あの猫型PCがいた。
猫型PCは私へと向かって、見守るような、優しい笑みを向けていた。
「それじゃあ、ボクたちはもう行くよ……。
君も早く、君の最愛のもとへ行くといい……」
青年はそう言って背を向け、猫型PCと一緒に立ち去っていく。
きっと二度と、巡り合う事はない。
その背中に、謝罪と感謝を込めて頭を下げ、背を向けて走り出す。
そうして気が付けば、私は現実へと戻っていた。
今の出来事は実際には一瞬だったのか、目の前の戦況は変わっていない。
キリト君たちを覆い隠すように黒煙が広がり、その中からは激しい剣戟が聞こえる。
右手には、先ほどとは少しだけ変わった薔薇の刀剣。
魔剣の影響は、もう体のどこにも感じられない。
それを理解すると同時に、私は目の前の黒煙へと駆け出した。
その中でフォルテと戦う、大好きなキリト君を目掛けて――――。
§
「アス……ナ?」
状況が理解できず、俺はただ、彼女の名を茫然と呟く。
「キリト君、大丈夫?」
「あ、ああ」
その声に我に返り、戸惑いながらも立ち上がる。
アスナの姿は、またも大きく様変わりしていた。
リアルと同じ栗色の髪を靡かせるその姿、白を基調としたその衣装は、血盟騎士団の征衣(SAOアバター)とよく似ている。
だが違う。そもそも《二刀流》のようなスキルでもない限り、SAOアバターよりもALOアバターの方が優秀だ。
AIDAに侵食されたALOアバターから切り替えたというのならまだわかる。それだけでどうにかなるとは思えないが、納得は出来る。
しかしアスナの姿は、決してSAOアバターのものでも、ALOアバターのものでもなかった。
純白を基調としながらも、細部が紫色で彩られた騎士服。
よくよく見ればその栗色の髪にも、ウンディーネを象徴する水色がメッシュのように入り混じっている。
まるでSAOアバターとALOアバターが入り交じったかのようなその姿は、俺が知る限りにおいては見たことのないものだ。
「そう、よかった」
アスナはそう言いながら呪杖を取り出すと、俺へと向けて回復スペルを唱えた。
二割近くまで減っていたHPが、急速に回復していく。
……やはりおかしい。
今のアスナからは、もうAIDAの影響は見て取れない。
だがもし彼女のアバターがSAOアバターなら、魔法は使えないはずだ。
「アスナ、その姿はいったい……」
「……実は、私にもよくわからないんだ。
わかっているのは、このアバターに何ができるのかってことと、
この剣が――この剣に眠る人たちが、助けてくれたってことだけ」
何かを悔いるように答えるアスナの右手には、薔薇の護拳の拵えが咲く、紫色の光刃を備えた刀剣が構えられている。
「……なら、俺はそいつに感謝しないとな」
「そうだね。あの人たちのおかげで、私はまた、キリト君と一緒に戦える」
アスナの言葉に頷き、二人揃って剣を構える
その剣の持ち主とアスナとの間に何があったのか。
そのアバターがどうやって形成されたのか。
“剣に眠る人たちに助けられた”とアスナは言った。
アバターを改竄するような武器には心当たりがある。AIDAを宿していた、あの魔剣だ。
つまり今アスナが振るう剣にも、AIDAと同じような力があるという事なのか。
その答えはわからない。
だがそれは今考えることではない。
気にならないと言えば嘘になるし、不安がないわけでもないが、一先ず後回しだ。
今重要なのは、その剣のおかげで、アスナが救われたという事。
そしてそのおかげで、こうしてアスナと剣を並べられるという事だけだ。
「……………………、くだらん。
その女が戦えるようになろうと関係ない。諸共に破壊するだけだ」
フォルテがそう苛立たしげに吐き捨てる。
「できるのか、お前に?
今の状況、まんまあの時と同じだぜ?」
そう、あの時と同じだ。
フォルテと最初に戦った時も、俺の剣はオーラに阻まれ追い詰められた。
けれどその窮地を、シルバー・クロウに救われ、共闘することでフォルテを撃退したのだ。
そして今回はアスナに救われ、こうして剣を並べている。
なら勝てないはずがない。
どんなにフォルテの先読み能力が精確でも、フォルテ自身の対応能力には限界があるのだから。
「ふん、絆の力……か。
それこそくだらん。その絆とやらが、あの女を殺したというのにな」
「……それは、ユウキの事を言ってるの?」
「その名がキサマと一緒にいた黒髪の女の事を指しているのなら、そうだ。
愚かなことにあの女は、せっかくの回復手段を巻き添えをくった小娘に使ったのだ」
「っ……!」
その言葉に、思わず息をのむ。
ユウキが死んだ理由、アスナが魔剣に呑まれたきっかけが、絆が原因だとフォルテは言ったのだ。
「他人と助け合うのが絆だとキサマらは抜かすのだろう?
その結果があれだ。それを愚かと言わずなんという。
この世界で必要なのは、一人で生き抜く力……何者にも屈しない、絶対的な力だけだ。
……だというのに、他人を助けた結果自分が死ぬなど、バカバカしいにも程があるッ!」
左手を強く握り締めながら、フォルテはそう言った。
だがその言葉から感じられたのは、単純な力への欲求ではなく、何か強い怒りが感じられた。
「……笑わせないでよ」
だがそんなフォルテに、アスナはそう言い返す。
「……なに?」
「あなたの言う力って、なに。
他人を不意打ちしてPKするのが、絶対的な力?
ふざけないで。そんなもののどこが絶対的なの。ただPKするだけなら、あなたが小娘と言ったありすにだってできるわ」
「……………………」
「それに、あなたはユウキを殺せてなんかいない。ユウキは初めから、貴方と戦ってすらいない。
だってユウキは、ありすを助けたから。自分が生き残れたはずだったのに、あの子を……」
そう。ありすはユウキを殺してなんていなかった。
あの時は気付けなかったけど、ユウキは心からあの子たちを助けようとして、本当に助けたのだ。
だからそれが、本当に、心底から悔しかった。
もし私がユウキを信じていられたら、あの時私に【黄泉返りの薬】を渡していなければ、ユウキは助かったかもしれないのに、と。
「ユウキはもういない。ありすを助けて、代わりに死んだ。
だからあなたは、もう二度とユウキには勝てない」
「……キサマ」
「それでもユウキが弱いって言うのなら―――見せてあげるわ。
ユウキが私に託してくれた、絆の力を――――!」
その言葉と共に、アスナはフォルテへと己が巫器を突き付ける。
迷いなど微塵も感じられない。
彼女にフォルテのオーラを破る方法などないだろうに、まっすぐに剣を構えている。
「ならば見せてみろ、その力とやらを……。
それがどんなものであろうと、キサマ諸共に破壊してくれるわッ……!」
対するフォルテは、憤怒の形相を浮かべそれに応じる。
右手にはブルースの光剣。左手には月魄の大鎌。ピンクの直刀は収められ、その背には黒い翼。
これら奪ってきた力の本来の持ち主と同じように、おまえの力を奪ってやると。
「行くよ、キリト君」
視線すら向けずに寄せられる、全幅の信頼。
こちらの答えも待たず、アスナはフォルテへと向かって突進する。
……ならば、その信頼に応えるのが俺の役目だ。
「ああ、任せろ」
コードキャスト、《vanish_add(b); 》。
アスナに一拍遅れて追従し、同時にそのスキルを発動する。
当然のように掻き消される黒白のオーラ。
その結果を理解していたフォルテは、その表情を変えぬままに両手の武器を構え―――
直後響き渡る、激しい剣戟。
それを合図として、戦いが再開されたのだった。
5◆◆◆◆◆
白い影を残し、アスナは風の如き速さで眼前の敵へと疾駆する。
そこへ放たれる無数の光弾。
フォルテのエアバーストが、少女の接近を阻まんと迫り来る。
「――――」
アスナには光弾を弾くだけの技も、それを可能とする《バレット・ライン》もない。
光弾の射線から横跳びで回避し、同時に攻撃魔法を唱え放つ。
同時にフォルテの視界に展開される未来予測。
それに従い、放たれた四つの氷矢を光刃で撃ち落とす。
―――その直後、眼前に紫の光刃が閃いた。
「なっ―――!?」
驚愕する間もあればこそ、咄嗟に体を逸らしその一閃を回避する。
頬を掠めていく光刃。
何の事はない。魔法を放つと同時に、再度突進しただけの事だ。
ただ、その速度が異常だった。
氷矢に追従して放たれた剣閃は、目前に迫るその直前まで視認することを許さなかったのだ。
「チィ……っ!」
躱した勢いのまま地面を転がり、アスナから即座に距離をとる。
だがフォルテの相手は一人ではない。
立ち上がり体勢を立て直すよりも早く、フォルテに更なる剣閃が襲い来る。
「ハア―――ッ!」
繰り出されるキリトの二刀連撃。
フォルテは未来予測の命じるままに、光剣と大鎌を以て迎撃する。
そこへ迫る閃光の如き一閃。
キリトの連撃と交差するように、アスナの一撃が放たれる。
「ッ………!」
それを躱す。
上方左右からの一撃に逆らわず、全身を回転させて受け流す。
当然のように崩れる体勢。地面に倒れそうになる身体を、黒翼を羽ばたかせ強引に退避させる。
無論、二人の攻勢はそれでは終わらない。
キリトはまっすぐに、アスナは弧を描くようにフォルテへと追撃する。
対するフォルテは、大鎌を収め直刀を抜き放ち、地面へと打ち付ける。
衝撃に舞い上がる粉塵。二人は咄嗟に飛び退き、フォルテはその間に空へと跳び上がる。
「逃がさない!」
アスナは即座に翅を展開し、フォルテへと追撃をかける。
キリトもそれに追従し、同様に空へと跳び上がった。
(アスナのあのアバター。あれはやっぱり―――)
先行するアスナの姿を見て、キリトはアスナのアバターの正体に予想を付ける。
SAOアバターと酷似していながら、ALOの魔法や翅の使用を可能とする謎のアバター。
その正体はおそらく、“SAOとALO両方のアバターを統合したもの”なのだろう。
SAOアバターにALOアバターの要素を付加したのか、AIDAに侵食されたALOアバターをSAOアバターで補完したのか、それはわからない。
一つ確かなことは、あのアバターはSAOとALO両方の特性を持っているということだけだ。
まるで剣と魔法の二刀流。
いわば魔法剣士とでもいうべき特性をアスナのアバターは獲得していた。
(まったく。俺もアバターを統合したいぜ)
自分の持つアバターは三つ。
そのそれぞれに利点はあるが、フォルテのような敵を相手にした場合、利点を活かし切ることができないのだ。
だがアバターを統合してしまえばその問題点はなくなる。
故に、その手段の不明瞭さを除けば、今のアスナの姿は少しだけ羨ましかった。
(あとできっちり確かめさせてもらうからな!)
内心でそう決定し、先行するアスナへと追いすがる。
そのアスナはすでにフォルテと接触し、剣にライトエフェクトを纏わせソードスキルを繰り出していた。
「ハァ―――!」
「ぐ、っ……!」
三つの刃が激突し火花を散らす。
まるで拳銃の早撃ち(クイックドロウ)。
アスナの攻撃は、もはや銃弾じみた速度でフォルテへと襲い掛かっている。
だが奴の先読み能力によるものだろう。
攻撃速度で完全に勝っていながら、フォルテへと攻め切ることができないでいた。
だがそれは、フォルテの側も同様だ。
その先読み能力でも反応しきれていないのか、フォルテは一向に反撃に移れていない。
左手の武器を大鎌に戻さず直刀のまま対応しているのは、取り回しの速さを優先しているためか。
しかし機関銃めいたアスナの攻撃を捌こうとするなら、先読みの結果そのものを先読みするしかないだろう。
超高速で繰り広げられる剣戟。
戦いを優位に進めるには、互いに一手足りていないその状況。
故に―――その不足分を、俺が補う。
「スイッチ!」
あまりにも慣れ親しんだ掛声。
それを合図に、キリトはアスナとその立ち位置を入れ替える。
同時に魔剣を振り被り、ライトエフェクトと共に《袈裟斬り(スラント)》を繰り出す。
しかしフォルテは一瞬早く反応し、直刀を盾にその一撃を防ぐ。
そして反撃と放たれる光剣を、氷剣によって迎え撃つ。
「っ、………ッ!」
「、ッ――――!」
ギチッ、と軋みを上げて、光剣と氷剣が鍔競り合う。
だがそれも一瞬。
フォルテは直刀を鞘に納めると、左手にエネルギーを収束させ俺へと炸裂させる。
キリトは即座に魔剣を左下に構え、抜き打ちで《スラント》繰り出し迎撃する。
ライトエフェクトが弾け散り、その衝撃にキリトは吹き飛ばされる。
「落ちろ―――ッ!」
だがその直後、アスナが上空から飛来し、フォルテへと彗星の如く襲い掛かる。
細剣術最上位突進技、《フラッシング・ペネトレイター》。
対するフォルテは、鞘に納めた直刀を逆手で抜き放ち迎撃する。
再度弾け散るライトエフェクト。
二人は激突の衝撃に弾かれながらも、突進の勢いのまま地上へと落ちていく。
しかし地面へと墜落することはなく、二人はその直前で体勢を立て直し着地する。
と同時に展開される魔法――《流水縛鎖(アクアバインド)》。
落下中に詠唱していたのだろう。フォルテの足下からいくつもの水流が迸り、その足を絡め捕る。
その直後、アスナはソードスキルを発動させ一瞬でフォルテへと突進した。
――――疾い。
フォルテと刃を交わすアスナの動きに、キリトは内心でそう感嘆する。
スピード、という意味でなら、自分の知るそれと変わってはいない。
だがその動作速度か、あるいは反応速度というべきか。行動一つ一つの初速が段違いに速いのだ。
本来のVRMMOにおいて、アバターの動作速度はナーヴギア、あるいはアミュスフィアの入力レベルやレスポンスに影響される。
簡単に言えば、アバターと脳波との同調率が高ければイメージ通りの動きができ、低ければ思うように動けなくなるということだ。
しかしアミュスフィアなどの機械を介している以上、同調率が100%になることはまずあり得ない。
同調率が100%になるという事はすなわち、アバターを動かすための脳波の発信源が、己の肉体ではなくアバターの側に存在しているという事になるからだ。
そんなことは本来ありえない。何故ならそんな存在はもはやプレイヤーではなく、ユイやレンさんのようなAI、仮想世界に生きるNPCに他ならないからだ。
だがいかなる理由からか、今のアスナは完全にその定理を覆している。
通常技でありながらソードスキルに迫る攻撃速度。フォルテの先読みを覆しかねない反射神経。
そのどちらもが、ただ絶好調だというだけでは説明できないレベルのものだ。
それこそまるで、自らのアバターを仮想の筋肉ではなく、完全にイメージのみで操っているかのように。
まさに《閃光》。
今のアスナは、自らの二つ名を完全に体現していた。
その原因はやはり、あのアバター――それを形成したと思われるあの剣にあるのか。
それを確かめるためにも、アスナを追って急ぎ地上へと降下する。
「セヤァ――!」
アスナの《シューティングスター》が、文字通りの流星となってフォルテへと迫る。
「チィッ……!」
脚を縫い止められたフォルテには、その一撃を受け流すことができない。
一際大きな剣戟を響かせ、二つの光刃が激突し交錯する。
反動で生じる一瞬の硬直。それが解けると同時に、二人は再び超高速の剣戟を繰り広げる。
三つの剣は絶え間なく火花を散らせ、しかしどちらの体を掠めることもなく大気を切り裂く。
「ハア――!」
アスナの憑神刀(マハ)が純白のライトエフェクトに包まれる。
舞い踊るように繰り出されるスラスト系ソードスキル《スター・スプラッシュ》。
「ッ………!」
瞬間、視界に示される八つの軌跡。目前に迫る紫光の剣閃
両手の二刀を超高速で振り抜き、その全てを弾き、躱し、防ぎきる。
攻撃力では勝っている。アスナの攻撃スキルを防げているのはそのためだ。
たとえ《ジ・インフィニティ》の特性を使わずとも、攻撃を直撃させれば十分なダメージは与えられる。
だが、そのための速度が追い付いていない。反撃をするには、ダメージを覚悟しなければならない。
……それは出来ない。
残りHPは一割半。たとえ掠り傷程度のダメージであろうと、受ける訳にはいかなかった。
アスナに苦戦しているのはそのためだ。
今のフォルテにとっては、先ほどまでの魔剣による大威力の攻撃よりも、たとえ一撃は弱くとも、防ぎきることの困難な素早く手数の多い攻撃こそが脅威だった。
「オオ――ッ!」
フォルテは半ば苦し紛れに直刀を振るうが、それは牽制以上にはならない。
否。それ以上踏み込んで反撃すれば、女の剣は確実にこの身を切り裂くだろう。
ましてや今のこの女の剣速は、もはや未来予測でも予測しきれない。そんな隙を作れば、あっという間に削り殺される。
――だがその牽制ですら、今のアスナにとっては追撃のための隙でしかなかった。
「ッ!?」
薙ぎ払われた直刀を、アスナは限界まで屈み込むことで回避する。
「そこっ!」
穿つように放たれる斜上への一閃――単発ソードスキル《ストリーク》。
フォルテは咄嗟に光剣で防ぐが、その威力に堪え切れず右腕が弾かれ、上体が浮かされる。
直後、いかなる効果が発生したのか。フォルテの周囲を囲うように、光輪状のエフェクトが発生する。
「ッ!?」
あまりにも明確な隙。謎の効果エフェクト。
流水の拘束はまだ解けていない。回避行動はとれない。
そんな自身の状態を前に、フォルテはようやく己が失策を理解する。
このエフェクトの効果はわからないが、自分に不利なものであることは間違いない。
もはや近接戦闘での勝ち目はない。否。剣での戦いなど、最初から挑むべきではなかったのだ。
だがまだ敗北したわけではない。いやそれ以前に、敗北を認める訳にはいかない。
故にここは、力尽くでも仕切り直す―――!
「ッオ――!」
再び振り抜かれる玉衝の直刀。
それを視認するよりも早く、アスナはその場から小さく飛び退く。
同時に足の拘束をアースブレイカーで破壊するため、フォルテは右腕の光剣を解除し、
「させるかよ!」
「ッ!」
背後から迫り来た魔剣によって、その行動を阻害される。
咄嗟に換装を中断し、魔剣を光剣で受け止める。
「キサマッ……!」
「どうしたフォルテ。少し動きが鈍くなったんじゃないのか?」
魔剣に氷剣を重ね、より強く鍔迫り合いながらキリトはそう挑発する。
その言葉通り、この数合の間に、フォルテの反応は遅れ始めていた。
実際、光剣を換装しようとした時、奴は俺の攻撃を予測できていなかった。
あと一瞬気付くのが遅れ、光剣を換装していたならば、奴の右腕は俺の剣に切り落とされていただろう。
先読み能力に何かしらの制限があったのか、それとも奴に発生したエフェクトの効果なのか。
いずれにせよ、フォルテが不調をきたし始めていることに間違いはない。
故に、奴の調子が戻る前に、ここで決着を付ける―――!
「オオオオ―――ッ!」
フォルテの体勢を崩すため、キリトは剣を持つ腕に渾身の力を込める。
「舐めるなァ……ッ!」
フォルテはそれに抵抗し光剣に力を込め、同時に左手にエネルギーを集束。キリトの剣へと、光刃の上から叩き付ける。
アースブレイカーには程遠い、だがキリトを弾き飛ばすには十分な一撃。
フォルテは僅かに生じた間合いに、水流に拘束された脚を強引に踏み出し、光刃をキリトへと渾身の力で振り下ろす。
対するキリトは魔剣を左脇に抱えるように構え、紫色のライトエフェクト纏わせながら迎撃し、
「な――――!?」
何かが砕ける音とともに、フォルテの表情が驚愕に彩られる。
消え去る光輪のエフェクト。視界に映る、光刃の切っ先。
右腕のソードは、その刀身の半ばから砕け散っていた。
―――システム外スキル《武器破壊(アームブラスト)》。
相手の武器の弱所を見抜き、そこを攻撃することによって発生するシステム外スキル。
キリトは光剣の脆弱部位へと《スネークバイト》を叩き込むことにより、その刀身を打ち砕いたのだ。
だがフォルテのソードが砕けた理由はそれだけではない。
フォルテのソードが砕けた理由は二つ。
一つはフォルテがキリトを弾き飛ばすために放ったエネルギー攻撃だ。
光刃の上から放たれたその一撃は、ソードの刀身に本来存在しないはずの脆弱部位を生み出してしまったのだ。
キリトは直感的にそれを見抜き、ソードスキルを放っていたのだ。
そしてもう一つは、フォルテを囲っていた光輪エフェクトの効果だった。
この光輪エフェクトの正体。それはアスナの巫器【魅惑スル薔薇ノ雫】のアビリティ《魅惑ノ微笑・改》によって発生した、“レンゲキ”発生を示す合図だ。
“レンゲキ”とは『The World:R2』の戦闘システムの一つで、エフェクト発生中の対象へとアーツを使用することで、対象へのダメージにボーナスを発生させる効果のことだ。
これによりキリトの放った《スネークバイト》は威力を増し、より《武器破壊》が発生しやすくなっていたのだ。
しかしレンゲキシステムの事を、『The World:R2』を知らない両者が理解できるはずもなく。
その結果だけを示すように、折れた光刃が地面へと突き刺さり四散する。
「スイッチ!」
直後放たれるその言葉。
飛び退くキリトと入れ替わるように、青紫色の光を帯びた憑神刀(マハ)を構えアスナが躍り出る。
「―――よく見ておきなさい。この技は、私だけじゃ辿り着けなかった、キリト君が繋いでくれた一撃。
そして―――」
「、………ッ!」
決着を告げるように紡がれるその言葉。
それを合図に、神速の十連撃がエックス字を描くように叩き込まれる。
フォルテは残された直刀で応戦するが、二刀で捌き切れなかった剣戟を一刀で凌げる筈もなく、その左腕ごと直刀を弾き飛ばされ―――
瞬間。二人の視線が交錯し、体感時間が間延びする。
再び大きく引き戻された憑神刀が、エックス字の交差点へと照準され、
剣と盾、両方を破壊され、直刀も弾かれたフォルテに、次の一撃を防ぐ術はなく、
「ユウキが私に託してくれた、絆の力よ――――!」
放たれる十一連撃OSS《マザーズロザリオ》。
雷鳴の如く響き渡る巨大な衝撃音。
閃光と化して閃いた剣尖が、決着を告げるようにフォルテの身体を突き穿った――――。
最終更新:2016年03月22日 01:26