3◆◆◆
そうして、ラニ=Ⅷは消滅した。
かつて共に戦った仲間であり、彼女が拠り所とした存在である、
岸波白野の手によって。
あの“終わり”を私は否定する、とラニは言った。
月の聖杯戦争の結末。岸波白野の運命(さいご)に、何度でも挑んでみせると。
そんな彼女の願い(いのり)を、岸波白野は絶った。自分のために戦おうとした少女の、その命ごと切り捨てた。
殺したくはなかった。
殺したくはなかった。
殺したくはなかった。
遠坂凛と同じように、自分を助けてくれた少女。
自分の“心(なかみ)”を探していた、生まれたばかりの無垢な彼女。
たとえそれが“自分の敵(あり得たif)”だったのだとしても、決して殺したくはなかった。
……けれど、殺さなければならなかった。
そうしなければ自分が死ぬからではなく。
そうしなければ、自分以外の多くのプレイヤーも、彼女の自爆に巻き込まれたからだ。
それだけは、岸波白野が守ると誓った少女たちのためにも、認める訳にはいかなかったのだ。
……あるいは、何か違う選択をしていれば、彼女を殺さずに済んだのだろうか。
……あるいは、自分がもっとうまくやれていたら、彼女にあんな選択をさせずに済んだのだろうか。
……あるいは、他のプレイヤー全てがPKだったならば、岸波白野は彼女の選択を受け入れていたのだろうか。
……あるいは――――
「ご主人様。悔やむ気持ちはわかりますが、今は歩みを止めている時ではございません」
「酷だとは思うが、急ぎ次の戦いに備えよ。ここで立ち止まってしまえば、ラニの決意も浮かばれん」
…………わかっている。
過去は決して覆らない。失われたものは取り戻せない。
今目の前にあるこの現実が、岸波白野とラニ=Ⅷが、善かれと願い選択した結果なのだ。
その結果に対し、自分ができることは何もない。できることはただ、その現実を受け入れて前に進むことだけだ。
それに、戦いはまだ終わっていない。
サチとヘレンが、オーヴァンと戦っている。
彼女ではあの男に勝てないことは理解している。
対AIDAに特化した
カイトでさえ勝てない存在に、彼女一人で敵うはずがないからだ。
だがラニとの戦いを避けることは出来なかった。
サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントだけだし、何より彼女の事を、他の誰かに任せることなどしたくなかったのだ。
ヘレンは今、懸命に時間を稼いでいるはずだ。
岸波白野のわがままを聞き入れ、勝ち目のない戦いに挑んでいる。
だから急いで、彼女を助けに向かわなければいけない――――というのに。
唐突に聞こえた二つの足音に、静かに背後へと振り返る。
「また会えたね、お兄ちゃん」
「ええ、また会えたわ。今度こそ、あたし(ありす)たちと遊びましょう」
そこには、白と黒の砂糖菓子。鏡写しのような二人の少女。
岸波白野と同じマスターの一人であるありすと、そのサーヴァントのアリス/キャスターがいた。
不思議と驚きはなかった。
あるのはただ、サチ/ヘレンに対する、救援がさらに遅れることへの自責だけだ。
なぜならありす達の事もまた、ラニと同様、岸波白野には避けて通れないことだからだ。
「む、おぬしらか。……残念だが、今はおぬしらと遊んでいる余裕はない。奏者と遊びたければ、出直すがよい」
「セイバーさんの言う通りです。そろそろお子様はお家に帰る時間ですよ。……まあ、帰る家があればの話ですけど」
「いや! あたし(ありす)たちは今お兄ちゃんに遊んでほしいの! 今じゃなきゃ、絶対にやなの!」
「そうよ。お家に帰る時間なんて、あたし(アリス)たちには永遠に来ないわ。大人の意地悪なんて、きかないんだから!」
セイバーたちの言葉を、ありすたちはそう拒絶する。
その必死さはまるで、今を逃してしまえば、もう二度と機会は来ないと思っているようだった。
サチ/ヘレンを優先する。
>……ありすたちと、遊んであげる。
「……よろしいのですか、ご主人様?」
「ヘレンたちの事を忘れたわけではあるまい」
その問いに頷きを返す。
……セイバーたちの言う通り、その気になれば彼女たちの事を後回しにもできるのだろう。
むしろサチ/ヘレンの事を思えば、そうするべきなのかもしれない。
だがそうしてしまえば、何か取り返しがつかなくなるような、決定的な何かが壊れるような、そんな危うさが、今のありす達にはあったのだ。
「――――――――!」
「よかったわね、あたし(ありす)」
「うん! ありがとう、お兄ちゃん」
喜びを示す二人に、どんな遊びをしたいの? と問いかける。
ありす達に付き合うとは決めたが、サチ/ヘレンのこともある。
なるべく早く終わる遊びだと助かるのだが。
「それはもう決まっているわ。宝探しをするの」
宝探し? と首を傾げれば、少女たちは揃って、うん、と頷く。
「チェシャ猫さんが言ってたわ。それはきっといいものだって」
「大切にしたいって思えるものを探すんだって、チェシャ猫さんは言ってたわ」
「お姉ちゃんが言ってたわ。夢の続きを見るんだって」
「もっと世界を見て、『答え』を探すんだって、お姉ちゃんは言ってたわ」
「大切なものなんて持ってなかった。あたし(ありす)たちには何もなかった」
「けどお姉ちゃんは言ってくれたの。あたし(アリス)たちは空っぽじゃないって」
「今度はあたし(ありす)の番だからって、お姉ちゃんはあたし(ありす)に時間(つづき)をくれたわ」
「ほんとはお姉ちゃんの時間(ページ)だったのに、あたし(アリス)たちに譲ってくれたの」
それはきっと、彼女たちと一緒にいたミアと、そして岸波白野の知らない誰かの話。
その誰かがきっと、ありす達を導いたのだ。彼女達の真実を知る岸波白野の所へと。
……そんなことはないとわかっていても、そう思わずにはいられなかった。
「チェシャ猫さんはもういないけど」
「お姉ちゃんももういないから」
「二人の代わりに」
「あたし(アリス)たちがそれを探すの」
「それがどんな『宝物』かはわからないけど、お兄ちゃんが持っている気がするの」
「それがどんな『答え』かはわからないけど、お兄ちゃんなら知っている気がするの」
――――ああ。
きっとこれは、あの街の、そして聖杯戦争の続きなのだ。
ならば、するべきことは決まっている。
……否。きっと初めから、こうなることは決まっていたのだろう。
「だからお兄ちゃん」
「お兄ちゃんの知(も)っている『答え(宝物)』を」
ありすは踊るようにその手をアリスと重ね合わせる。
アリスは歌うように呪文(おまじない)を口遊む。
響く女王アリスを讃える歌。現れる無数のトランプ兵団。
それに相対するように、セイバーとキャスターが前へと踏み出し――――
「「あたし(ありす/アリス)にちょうだい―――!」」
二人の少女を迎え入れるように、己がサーヴァントへと指示を出した。
それだけが岸波白野にできる、彼女たちへの唯一の応え方なのだから――――。
6◆◆◆◆◆◆
「―――ッ!?」
「ッ…………!」
ザン、と弾き飛ばされた武器が、地面へと突き刺さる。
突き出した手に残る、堅い手応え。
渾身の一撃を放ったアスナは、悔しげに顔を歪めていた。
その視線の先では、弾き飛ばされた勢いのまま、俺たちから大きく距離をとるフォルテの姿があった。
「ッッッ――――………ッ!」
フォルテはその顔を憤怒の形相に歪め、深い憎悪の籠った視線で俺たちを睨み付けている。
だがそれも数瞬。フォルテは俺たちに背を向けると、黒翼を広げ、一瞥を返すこともなく飛び去って行った。
その姿を、俺は勝利を確信していたが故に、アスナはスキルディレイの影響により、追う事が出来なかった。
あとに残されたのは、武器を回収する間も惜しんで撤退したが故に残された、黒い月魄の大鎌だけだった。
……そう。あの瞬間フォルテは、咄嗟に大鎌を取り出し盾とすることで、アスナの最後の一撃を防いだのだ。
ソードを破壊され、右手が自由になっていたが故に可能となった緊急防御。
武器を装備すれば自動的に実体化するザ・シード規格の仕様と、
武器の種類によっては実体化させずとも装備状態にできるこのデスゲームの仕様。
その差を失念していたが故の、あまりにも致命的なミスだった。
「……ごめん、キリト君。止めを防がれちゃった」
「……いや、アスナのせいじゃない。
謝るなら、あいつが生き残る可能性を考えず、追撃しなかった俺の方だ」
加えて実のところ、内心安心した部分もあった。
これ以上アスナが誰かを殺さずに済んでよかった、と。
これ以上フォルテを野放しにするのが危険だと解っていても、そう思ってしまったのだ。
その意味も含めて、アスナにと「ごめん」と、二重の意味で謝る。
それに――――
「それにまだ、戦いが全部終わったわけじゃない。
ここで倒さなきゃいけない奴は、他にもいる。
―――そうだろう、オーヴァン」
言って、背後へと振り返る。
そこにはいつの間にか左腕を拘束し直し、右手にAIDAの魔剣を携えたあの男が佇んでいた。
「いや心底驚いたよ。まさか『碑文使い』でないにもかかわらず、あの状態から復帰するとはね。
大方、そのロストウェポンに宿る『碑文』に適合したが故なのだろうが……それでも、な」
オーヴァンはそう言って、アスナと、そしてアスナの持つ武器を興味深そうに見つめている。
奴の言う通り、アスナはAIDAに深く侵食されていた。
あの状態から回復するのは、決して簡単ではないはずだ。
だがアスナは、新たなアバターを携えて復帰して見せた。
その理由を、AIDAについて知り尽くしているだろうこの男は知っているというのか。
「どういう意味だ。あんたの言う碑文って、いったい何なんだ。それがAIDAと何の関係がある」
オーヴァンへと一歩踏み出し、そう問いかける。
ロストウェポンとはおそらく、アスナの持つ刀剣の事だろう。
そしてそれに宿るという『碑文』とやらに適合したプレイヤーが、おそらくは『碑文使い』だ。
ならば訊くべきは、その『碑文』とやらの正体と、そしてAIDAとの関係だ。
それを知ることができれば、AIDAへの……ひいてはこの男や榊への対抗策になるはずだ。
それを、AIDAを宿すこの男自身に訊くというのも情けない話だが、他に情報源もない。贅沢は言っていられなかった。
「……ほう。先ほどよりは、真実へと目を向けているようだな。
いいだろう。その意気に免じて、君の問いに答えよう」
「っ…………」
オーヴァンはそう言って、俺へと視線を向けた。
その視線に気圧されて、思わず一歩下がってしまう。
サングラス越しだというのに、まるで心の底まで除かれているような、そんな不気味な感じがしたのだ。
「『碑文』とは、俺のいたネットゲーム『The World』を構成する八つの特殊なプログラムの事だ。
そのプログラムは、ゲームの世界観の基となった叙事詩に登場するある存在に準えて『八相』と名付けられた。
この『八相』を適合した特別なプレイヤーの事を、俺たちは『碑文使い』と呼んでいる」
「それはつまり、アスナが『碑文使い』になったってことか?」
「いいや。ロストウェポンは『八相』のデータの一部が、武器という形をとったものだ。
ロストウェポン自体に、使い手を『碑文使い』にするほどの力はない。
あのお嬢さんがAIDAの浸食から復帰できたのは、そのロストウェポンになんらかのイレギュラーが起きた結果だろう。
例えば――『碑文』本体をロストウェポンの内に取り込んだ、とかな」
「っ……!」
何かを察したように、アスナが息を呑む。
『碑文使い』に宿っているはずの『碑文』を、ロストウェポンに取り込んだ。
その言葉が意味することは―――つまりそういう事なのだろう。
……だが。
「アスナ」
「! キリト君……」
「安心しろ。たとえ何があったとしても、俺は傍にいる」
その罪を、アスナ一人に抱えさせることだけはしない。
たとえアスナ自身が拒んでも、一生傍にいて、一緒に償いの道を歩き続けてみせる。
「それで、結局AIDAと『碑文』の関係って何なんだよ」
「簡単だ。文字通り、コンピューターウイルスとシステムプログラムの関係だよ。
もっとも、ウイルスに自意識があり、プログラム自体が対抗手段となり得るところが、通常とは異なるがな」
「なるほどね。教えてくれてありがとよ。おかげで安心したぜ」
アスナの剣に宿る『碑文』とやらがAIDAと相反するものだというのなら、魔剣の時の用に侵食されるという事はないだろう。
「フ……。それほど単純な話ではないがな」
「なに?」
「それで、君たちはこれからどうするつもりだい?」
「…………。
決まっている。まずその魔剣を壊す。ついでにアンタも倒す。あとの事は、それからだ」
オーヴァンの言葉は気になるが、まずはそれが優先だ。
あの魔剣は何が何でも破壊し、アスナのような犠牲者が二度と出ないようにする。
それはAIDAを宿したオーヴァンも同じだ。二度とシルバー・クロウの時のような真似はさせない。
「ほう……勝てると思うのか、この俺に?」
「アンタの方こそ、俺たちとフォルテの戦いを見てたんだろ。
さっさと逃げなくてよかったのか?」
「無論だ。その必要性を感じないからね。
むしろ逃げるべきは、君たちの方だろう」
「ああそうかよ。………いいぜ、余裕ぶってろよ。その言葉、絶対後悔させてやる」
腰を落とし、剣を構える。
続くようにアスナも、俺の隣で剣を構える。
奴の強さはすでに知っている。そこに魔剣も加わったとなれば、俺一人では勝ち目などないだろう。
……だが、俺は決して一人じゃない。
アスナが一緒に戦ってくれる限り、奴が魔剣を使いこなせるとしても、負ける気はしない。
「まったく、威勢だけは一人前だな。
だがお前は、また一つ、真実を見落としたぞ」
「なんだって?」
「珍しいものを見せてくれた礼だ。一つ、俺の真実を見せてやろう」
そう言って、オーヴァンは右手を拘束具へと添える。
その言葉は、いったいどういう意味なのか。
俺はその拘束具の中身をすでに知っている。
つまりあの鉤爪のようなAIDAの腕は、今オーヴァンが口にした真実ではない。
ならば奴の言う、俺が見落とした真実とは、いったい――――
「来たれ、『再誕』―――」
その言葉とともに、ポーン、とどこからかハ長調ラ音が鳴り響く。
オーヴァンの全身に謎の青い紋様が浮かび、左腕の拘束が解かれる。
露わになる継ぎ接ぎだらけの左腕と、AIDAによる黒い第三の腕。
そして、
「―――コルベニクッ!!」
――――その名が宣言され、
瞬間、世界が裏返った。
「な――なんだよ、これ……!?」
「いったい何なのよ、これは!?」
アスナと二人して、堪らず驚愕の声を漏らす。
先ほどまでの街並みは、もうどこにもない。
視界に映るのは、データの剥き出しとなった謎の空間であり、
そしてそこに―――
洗礼された彫像のように超然と佇む、十メートルを優に超えようかという白い巨神がいた。
「うそ……だろ………」
その、神々しいとさえ思えるあまりの存在感に、ただ茫然と呟く。
連想するのは、エクスキャリバーのクエストなどで遭遇した、スリュムたちのような巨人。
違いは左腕を蝕みながらその肩から生えた、巨神とは相反する黒く禍々しい第三の腕手か。
……その黒い腕手を見てようやく気付く。目の前にいる巨神の正体に。
「まさか……オーヴァン、なのか……?」
「正解だ、キリト」
そう答える巨神の声は、紛れもなくオーヴァンのものだった。
「『碑文使い』がそ力を開放し、『碑文』の本体を顕現させた姿。
それを『碑文使い(おれたち)』は『憑神(アバター)』と呼ぶ。
そしてこの『憑神(アバター)』の名は、第八相――『再誕』のコルベニク」
「憑神(アバター)………『再誕』の、コルベニク………」
思考が停止している。
俺はただ、オーヴァンの言葉を、白痴のようにオウム返しする事しかできなかった。
「俺を倒すといったなキリト」
彫像のようだった巨神が動く。
その半ば崩れ落ちた左腕が持ち上げられ、
「ならその力を――証明してみろ………ッ!」
「ッ―――!?」
俺へと目掛け、一瞬で振り落とされた。
反射的に剣で防御を取ろうとするが、間に合わない。
いやそもそも、あの巨大な刃を受けきれるとは、到底思えなかった。
……だが巨神の刃は、俺を切り裂くことはなかった。
「キリト君!」
俺よりも先にショックから立ち直ったのだろう。
アスナが俺の腰へと腕を絡め、刃より一瞬速くその場から退避していた。
「しっかりして、キリト君!」
「わ、悪いアスナ。助かった」
アスナの叱咤に、気を引き締める。
対オーヴァン用に考えていた戦術は、もはや意味がない。
加えてこの閉鎖空間で、撤退し仕切り直すこともできない。
幸い翅により飛行は出来るようだが、肝心の攻撃が、あの巨神相手にどこまで通用するのか。
「……………………」
ふと、そんな俺の迷いを見透かしたかのような視線が、巨神から向けられた気がした。
いや、おそらく実際にそうなのだろう。
オーヴァンはあの巨神を通して、俺たちをじっと待ち構えているのだ。
「………ッ! 行くぞ、アスナ!」
「うん! 援護は任せて!」
………迷っている余裕はない。
奴を倒さなければ生き残れないというのなら、全力を尽くして戦うだけだ。
アスナとともに剣を構え、今度は俺たちの方から巨神へと切りかかった――――。
7◆◆◆◆◆◆◆
ワタシの名前はわらべ歌。
トミーサムの可愛い絵本。
マザーグースのさいしょのカタチ。
ワタシはアナタ、アナタはワタシ。
夢見るアナタとワタシのために、
月の海まで浪漫飛行。
ああ、でももうすぐ日が暮れる。
夢の終わりがやってくる。
アナタの終わりがやってくる。
物語である以上、終わりがくるのはあたりまえ。
寂しいアナタに悲しいワタシ。
最期の望みを、叶えましょう――――
§
「たぁっ―――!」
気合一閃。隕鉄の鞴が薙ぎ払われる。
トランプ兵は文字通り紙屑のように吹き散らされる。
「まっくろこげになっちゃえ!」
そこへ放たれる《火吹きトカゲのフライパン》。炎は舐めるようにトランプ兵へと燃え移り、
「セイバーさんなら氷像の方が喜ぶかと」
《呪相・氷天》。セイバーに辿り着くより前に、キャスターの呪術によって鎮火される。
「なに、舞台演出としてならむしろ歓迎だ。炎の扱いなら、ローマの大火で心得ている」
《燃え盛る聖者の泉(トレ・フォンターネ・アーデント)》。
原初の火(アエストゥス・エストゥス)に火が灯り、その切れ味(ATTACK)を向上させる。
「何が心得ている、よ。最後はけっきょく、自分ごとなにもかも燃やし尽くしちゃったくせに!」
《三月兎の狂乱》が風を巻き起こし、千々に切り裂かれたトランプ兵を巻き込み刃へと変える。
「同感です。そんなに炎がお好きなら、存分に舞ってくださいな。もちろん、ご主人様に飛び火しない程度にですが」
だが《呪相・炎天》が風を飲み込んで燃え広がり、刃となったトランプ兵を灰へと変える。
―――まさに炎舞。
舞い散る灰塵の中で、セイバーは炎と戯れるように剣戟を繰り広げる。
容易く切り裂かれ、燃え尽きていくトランプ兵団。
そしてセイバーへと攻め立てるトランプ兵の数が手薄になった瞬間、セイバーは一際大仰に大剣を構え、
「ゆくぞ! 花散る天幕(ロサ・イクトゥス)!」
残るトランプ兵団を蹴散らし、一気にアリス達へと攻め入る。
「あたし(アリス)たちの邪魔をしないで!」
だが《冬の野の白き時》によって氷塊が形成され、セイバーを押し潰すように落下する。
対するセイバーはその軌道を氷塊へと変更し、一撃のもとに打砕く。
「何を言うかと思えば、宝を守る竜しかり、冒険には邪魔者が付きもの。そのくらい貴方達もわかっておいででしょう」
そこへ放たれる《呪相・密天》。呪符を起点に生じた暴風は、砕かれた氷塊の破片を巻き込み雹となってアリス達へと襲い掛かる。
「あたし(ありす)、危ない!」
「きゃっ!」
アリスは咄嗟にありすを庇い、襲い来る氷の礫をその身に受ける。
「あたし(アリス)、だいじょうぶ? 痛くない?」
「ええ、へいきよあたし(ありす)。まだお茶会は終わらないわ」
奏でられる《紅茶のマーチ》。
アリスはその身の傷を癒し、再びセイバーたちへと対峙する。
――――この物語(たたかい)の結末は決まっている。
月の聖杯戦争の三回戦が決着した、あの時にすでに。
ましてや岸波白野は今、セイバーとキャスターの二騎を従えている。
逃げ回るのではなく立ち向かってくる限り、アリスたちに勝ち目はない。
名無しの森を展開しようと、ジャバウォックを呼び出そうと、セイバーたちの刃が少女たちを切り裂く方が早い。
……だが、それでいいのか?
このままありすたちを倒したところで、何も変わりはしない。
ありすたちの探すは見つからないまま、ミアの想いも、誰かの願いも、無意味なものとして消えてしまう。
そうしなければ、自分が、自分の
守りたいものが失われてしまうのだとわかっていても、僅かな躊躇いがある。
何も持っていなかった、何も得られなかった、鏡合わせの夢見る少女。
懸命に自分だけの『宝物(こたえ)』を探す彼女たちを前に、自分は――――
「……ぜったい。ぜったいぜったい、負けないんだから!」
アリスから放たれる、膨大な魔力。現れる巨人の如き怪物。ジャバウォック。
「 !」
ジャバウォックは雄叫びを上げ、トランプ兵を巻き込んでセイバーへと襲い掛かる。
それでも込めた魔力が足りていないのか、空間を軋ませるほどの力は感じられない。
それを証明するかのように、相対したセイバーの剣に振り下ろした右腕を切り落とされ、次いで左脚を断ち切られる。
「ぬるい! このような張りぼてで余は止められんぞ!」
「 」
消滅こそしないまでも、片脚を失ったジャバウォックは地に倒れ臥す。
だがそれで十分。
そうして稼がれた時間の間に、アリス/ナーサリーライムがその宝具を開帳する。
「越えて越えて虹色草原、白黒マス目の王様ゲーム」
「む、宝具か!」
「させません!」
セイバーとキャスターが、それをさせまいとアリス達へと駆け出す。
だがその少女たちへの道を、少女の兵たちがその身をとして立ち塞がる。
「な!? 貴様、まだ―――!」
ジャバウォックが残る左腕でセイバーの脚を掴み取り、勢い良く地面へと叩き付け、
「この、ウザいってば!」
残る数枚のトランプ兵団が、一斉にキャスターへと襲い掛かり、呪術の発動を妨害する。
セイバーは即座にジャバウォックの左腕を切り落として抜け出し、キャスターもトランプ兵団を焼き払うが、一手遅い。
「走って走って鏡の迷宮、みじめなウサギはサヨナラね♪」
完成する詠唱。発動する宝具。
四肢を取り戻し立ち上がるジャバウォック。再び現れる53枚のトランプ兵団。
ヴォーパルバニーの童歌―――“永久機関・少女帝国(クイーンズ・グラスゲーム)”。
自己に類する者の時間を巻き戻すその効果により、彼女の兵たちが蘇る。
「あぁ~もう。弱いクセに、何故殺したし!」
《呪法・吸精》。
「まったくだ。とんだ大盤振舞よな!」
《傷を拭う聖者の泉(トレ・フォンターネ・クラーティオ)》。
暴れ回るジャバウォックを躱しながら、セイバーとキャスターはトランプ兵団を薙ぎ払い、それぞれHPとMPを回復させる。
形勢は逆転した。
アリス/ナーサリーライムの宝具が発動し続ける限り、セイバーたちに勝ち目はない。
たとえどれ程ダメージを与えたところで、即座に回復されてしまうからだ。
この状況を覆すには、宝具の詠唱を止める――すなわちアリスを直接攻撃する必要がある。
だがそのためには、不死身と化した少女たちを守る怪物たちを突破する必要がある。
―――それを可能とする戦術を、セイバーたちへと指示する。
「任せるがよい!」
「お任せください!」
それを受け、セイバーとキャスターが同時に駆け出す。
目指すは巨人、ジャバウォック。声なき咆哮と共に《アリスイーター》を発動し、セイバーたちを迎え撃つ。
ジャバウォックのステータスは変わっていない。
宝具の効果で不死身になろうと、ヴォーパルソードを刺されたように弱体化したまま。
つまり―――
「罪科の剣よ、ここに!」
セイバーの防御(GUARD)であっても、受け止めることが可能という事だ。
振り下ろされるジャバウォックの右腕。
それをセイバーは己が大剣で受け止め、流れるように反撃し、
「彫像の出来上がりです♪」
同時にキャスターが、その巨体を氷漬けにする。
《時を纏う聖者の泉(トレ・フォンターネ・テンプスティス)》と《呪相・氷天》。
二重の対ATTACKスタンが、ジャバウォックの動きを完全に縫い止める。
「さてさて、キリキリ舞って頂きますか」
吹き荒れる暴風。《呪相・密天》により生じた風が、トランプ兵団を吹き飛ばす。
いかな不死身の兵団であろうと、壁になれなければ意味がない。
「さあ、風と消えよ! 花散る天幕(ロサ・イクトゥス)!」
そうして護衛の抜けた隙間を、セイバーが疾風となって駆け抜ける。
放たれる真紅の一撃。振り抜かれた原初の火(アエストゥス エストゥス)」が、アリスの身体を一閃する。
「っぁ、このっ………! 」
その痛み(ダメージ)に宝具の詠唱が止まる。
アリスは即座にバフスキルを使用し、セイバーへと反撃を試みる。
だが発動したスキル《白の女王様のなぞなぞ》の効果は、自身のBREAKに魔力耐性低下効果を付与するもの。
効果が発生したところで魔力ダメージを与えなければ意味がなく、攻撃スキル発動の隙をセイバーが逃すはずもない。
ここに再び、形勢は逆転した。
否。セイバーがアリスに肉薄した以上、大勢は決したと言っていい。
あとはそう時間を掛けることなく、アリス達はセイバーの剣の露と消えるだろう。
――――だが、それでいいのか?
と。その疑問が、再び鎌首を上げる。
この戦いの最中、ずっと胸中にあった迷い。
それが戦いの決着を前にして、明確なものとなって立ち塞がる。
自分は――――
と、その時だった。
ラニとの戦いの時から聞こえていた、もう一つの戦いの音。
いつの間にか視界外へと消えていたその場所から、一際甲高い音と共が聞こえてきた。
何故かその音につられ、そちらへと振り返れば、おそらく弾き飛ばされたのだろう一振りの剣が、ありすへと向かって飛来していた。
ありすはアリスの戦いに気を取られ、気づいていない。
彼女を守るべきアリスもまた、セイバーとの戦いに集中している。
つまりこのままだと、ありすはあの剣に貫かれることになる。
>駆け出す。
踏み止まる。
気が付けば、ありすへと向かって駆け出していた。
「へ!? いけませんご主人様!」
キャスターが静止の声を上げるが、脚は止まらない。
頭では、彼女は敵だと解っている。
そもそもこの戦いが決着すれば、彼女たちは消えることになる。
それをちゃんと理解していながら、それでもこの脚は駆け出すことを止めなかった。
「え? お兄ちゃん?」
不思議そうな表情をしたありす。
……ああ、本当に、自分は何をやっているのか。
気づいたのは早かった。思ったより近かったのも幸いした。
飛来する剣から彼女を助けるために、抱きしめるように背中で庇い、
「ぐ、っ――――!」
刃が肉を貫く音を、確かに聞いた。
……けれど不思議なことに、痛みは全くなかった。
「……ねぇ、あたし(アリス)。どうしたの?」
腕に抱えたありすの言葉に、後ろへと振り返る。
するとそこには、背中から刃を生やした、黒いアリスの姿があった。
どこか遠くで、誰かの叫び声が聞こえた気がした――――。
§
飛来した剣は、アリスの霊核を完全に貫いていた。
いかに本質が霊体であるサーヴァントと言えど、霊核を破壊されては存在できない。
つまりアリスの身体は、もうどうしようもないほどに死んでいた。
「……ああ、いやだわ……。おひさま、かげってきちゃった……。
あたし(アリス)の……あたし(ありす)たちの夢も、もう終わっちゃうのね……」
アリスは力なく地面に横たわる。
いまだに息があるのは、本来は明確な形のない存在ゆえか。
……だがそれも、そう長くは続かない。
アリスの身体は、すでにその末端から崩れ始めていた。
「ごねんね、あたし(ありす)。チェシャ猫さんの言っていた『宝物』、見つけられなかった……。
あたし(アリス)たちはけっきょく、どこにも居場所のない、にせもののまま……」
「ううん……いいんだ、もう。
……お姉ちゃんの言っていた『答え』は見つからなかったけど、なんにもない、からっぽなあたし(ありす)のままだけど、あたし(アリス)のおかげで、あたし(ありす)はとてもしあわせだったから……」
消えかけていく従者(アリス)の手をしっかりと握り締め、主人(ありす)は小さく微笑んだ。
その身体もまた、従者の後を追うように、薄れ始めている。
ありすはアリスの力がなければ生きられず、アリスはありすの夢がなければ動けない。
たとえ聖杯戦争から解放されようと、彼女達だけは、その
ルールから逃れられない。
……今ここにいる、岸波白野と同じように。
「……ねえ、お兄ちゃん。一つだけ教えて。
お兄ちゃんはどうして、あたし(ありす)を助けようとしてくれたの?」
本当に不思議そうな、少女の疑問。
あのままありすを庇わなければ、ありすは剣に貫かれていた。
そうならなかったのは、岸波白野がありすを庇ったため。
それに気付いたアリスが身を挺さなければ、岸波白野自身が、ありすの代わりに剣に貫かれていただろう。
>助けたかったから。
わからない。
そう、助けたいと思ったから。
理由なんてそれだけだ。
恐怖も打算も、あの時の自分にはなかった。
ただありすが危ないと思ったから、助けなきゃと思ったのだ。
「ふふ……おかしなお兄ちゃん……。
にせものでしかないあたし(アリス)たちを助けるいみなんて、どこにも、なんにもなかったのに……」
………………。
>それは違う。
意味なんて、最初から求めていない。
さっきも言ったが、助けたいと思ったから助けた。
本当にただ、それだけなのだ。
「――――――――」
「……………………」
それに、偽物であることのなにが悪い。
……アーチャーの言葉を借りるなら、「偽物が本物に敵わない、なんて道理はない」と言ったところか。
たしかに、どんなに頑張ったところで、偽物は本物になれないかもしれない。
けれど、たとえ偽物のままであろうと、本物以上の価値を持つことはある。
なぜなら、自分の価値を最後に決めるのは、自分自身なのだから。
「……そっか。なんにもなくても、よかったんだ。
なんにもないあたし(ありす)でも、たいせつにしてくれる人が……いるんだ……」
「ほんものになれなくても、よかったんだ。
このあたし(アリス)は、あたし(ありす)の見ているゆめだけど、かがみの中のあたし(ありす)だけど、
今ここにいるあたし(アリス)は、まぎれもないあたし(アリス)だから……」
「……ねえ、あたし(アリス)。びっくりよ。あたし(ありす)たちだけの『宝物』を見つけたわ……。
チェシャ猫さんに……じまんしなきゃ……」
「きぐうね、あたし(ありす)。あたし(アリス)も、あたし(アリス)たちだけの『答え』を見つけたわ……。
お姉ちゃんに……おしえてあげましょう……」
どこにも居場所のなかった、初めからどこにもいなかった、夢を彷徨う少女たち。
二人はやっと見つけた『宝物/答え』に喜びながら、雪解け水のように消えていく。
「ありがとう、お兄ちゃん……。
お兄ちゃんのおかげで、さいごは、さびしくなかったよ……」
「さようなら、優しいアナタ……。
けどふしぎね。アリス(ありす)のさいごを見送るのは、いっつもアナタなんだもの……」
そうして、二人の少女はいなくなった。
ふわふわとした、砂糖菓子のような笑顔を浮かべたまま。
あとに残ったものは、システム的にドロップされたアイテムだけ。
少女たちの存在を示すものは、なに一つ残っていなかった。
「……果報者だな、あの娘たちは。
何も得られなかった生涯だったとしても、その最期に確かな意味を得たのだから。
何もかもを失った身としては、少しだけ羨ましい」
「……たしかに。あれほど幸福な結末は、そうはないでしょう。
ですので、ご主人様が悲しむ必要はございません。
あの者たちはこの先ずっと、互いに寄り添い続けるのですから」
……セイバー達の言葉を背に、ドロップアイテムを回収する。
戦いはまだ終わっていない。
すぐにサチ/ヘレンの下へと戻り、彼女たちを助けなければならない。
急ごう。
感傷に浸るのは、全てが終わってからだ。
【Alice@Fate/EXTRA in Neverland】
最終更新:2016年03月22日 01:29