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空は、一秒ごとに暗くなっていく。
空からは黄昏の残滓がみるみるうちに消えていき、代わりに夜の突き放した静けさが広がっていく。
赤い日差しの代わりに顔を出した、青く巨大な月はまるで支配者のように空に鎮座していた。

そんな夜の世界を、真黒な流星が疾駆していた。

その流星は黒く禍々しく染まった翼を携えている。
ローブをばさばさとはためかせ、その腰には鋭い刃。
その身からは黒点が泡のようにこぼれ落ちている。

その異様な姿を見た者は、まず恐れをなして逃げるだろう。
いかな愚か者であろうとも、
それが災厄をもたらすものであることは、一目でわかるからだ。

フォルテ。

その黒い流星は、そんな名前をしていた。

「――――」

ファンタジーエリア、西方。
つい数時間前に飛んでいた軌道を彼は再び飛んでいる。
その目指すはただ一つ――月海原学園。

そこには彼の敵がいる。
今まで何度も辛酸をなめさせられた因縁の敵がいる。
ゴミとして見向きもしなかった者もいる。あるいは全く見たことのない者もいるだろう。

そのすべてを、彼は破壊しようとしていた。
胸からあふれ出る憎悪と敵意が身体を動かす。
疲れや憔悴など一切ない。そんなものよりもこの力を振るう相手がいないことが歯がゆい。
彼の身体はただ行き場のない力を向ける相手を求めていた。

「――フン」

だが流星は、そこでひとたび足を止めた。
翼を操り制動をかけ、立ちふさがったそれと相対する。

その巨大な体躯は、これまでのゲームにおいて一度も遭遇したことのないほど巨大なものであった。
青銀の両翼を広げるその姿は悠然としたもの。その身の中心にには黄金のリングが据えられている。

その怪物は、かつてとある世界においてザ・ワンシンと呼ばれていた。
イレギュラーのない、純然たる“ゲーム”においてのハイエンドとして設計されたその獣が、フォルテの前に立ちふさがっていた。
ザ・ワンシンはフォルテをターゲットに入れたのだろう。臨戦態勢を取り、けたたましい咆哮を上げた。

そしてザ・ワンシンを中心に他にも無数の獣が出現する。
その中にはフォルテもよく知る電脳世界のウイルスの姿もあった。

「イベント、とか言っていたか」

その姿を冷めた目でフォルテは見下ろす。
いつも読み飛ばしている内容であったが、こいつらはゲームにおけるイベントだろう。

当然、無視してしまっても構わない。
今の彼にしてみれば、こうして現れた有象無象などもはや取るに足らない障害に過ぎない。
とはいえ――おめおめと逃げ帰る必要もまたない。

「良いだろう、肩慣らしに付き合ってある」

故にフォルテはそうつぶやき、そして――エリアを埋め尽くす勢いで増えていくモンスターの群れへと突っ込んでいった。

その姿はまるで――飢えた子どものようでもあった。








「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「予想はしてたけど、やっぱ一気にレベルが上がってるよ、慎二」

ファンタジーエリア最北。
日本エリアとの境目近くで慎二たちは必死に走っていた。

「何だよあのモンスター、いくら何でもレベルが高すぎるだろ!」

慎二はちら、と後ろを振り向きながら叫んだ。
そこには無数の敵が追いかけてきている。
そこにいるのは全高3メートルはある巨人だ。アーマーで身を固めたそいつらは、近くにいる自分たちを猛然と追いかけてきている。
それは加速世界において《帝城》と呼ばれる場所に配置されていたエネミーであったが、慎二たちは知る由もない。

「アーチャーの予想が当たったみたいだ。さっきの低レベルのエネミーはこちらを油断させる罠だ」

揺光が冷静な声で分析を漏らした。
恐らく彼女ならば、あのエネミーと正面から相対しても遅れをとることはないだろうが、
しかしここで無駄な戦闘を積むわけにはいかない。

「そんなことは分かってるけど、あれ、下手なプレイヤーより強いだろ!」

慎二、ミーナの動きは現在加速されている。慎二はコードキャストで、ミーナは快速のタリスマンなるアイテムによって、だ。
揺光はというと、元々身軽なビルドなうえ、単純にステータスがブーストされた恩恵か、何もせずとも彼らに追い付くくらいはできるようだ。

なのでパーティ全体での移動速度は全体的に急上昇しており、モンスターからの逃走も楽になったのだが、
とはいえそれでもギリギリ、といったところだ。

『幸いエリアの境目はすぐそこだ。それまで逃げれば何とかなる。
 ここで時間と戦力を消耗させている時間はないぞ、慎二。死ぬ気で逃げろ』

霊体化したアーチャーが慎二の耳元で囁いた。

「分かってるよ、そんなこと。僕等はアイツらにかまっている時間はないんだ」

走りながら慎二は言う。
この先、この先に――奴がいる。
最後の決着をつけるべく、彼らは走り続けた。





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同時刻、月海原学園では別のイベントが発生していた。
形成された真黒なバトルフィールド内に3対3の形で彼らは向き合っている。

二刀を携えた黒衣の剣士、キリト。
漆黒の艶やかな装甲が映える剣のデュエルアバター、ブラック・ロータス。
そして影のように暗い色彩を身に纏う三体のドッペルゲンガー。

「なーんか黒い奴多くないっすか?」

敵と相対しながら緑衣のアーチャー、ロビンフッドがそうぼやいた。
“黒薔薇”の騎士さんはこの場にはいないが、代わりに入ったキリトとかいう少年も黒い剣士である。

「ふっ、自分だけ浮いていて厭か? 弓兵」
「別に、ただオタクら本当に黒いのが好きだねって思っただけですよ」

アーチャーはやれやれと首を振りつつ、弓を構えた。
すると向こう側でも黒い弓兵が弓をセッティングしているのが見えた。
ドッペルゲンガーだか、シャドウサーヴァントだか知らないが、このイベントはご丁寧にサーヴァントまでコピーするらしい。

「アーチャーって呼ぶと俺の中では別の奴になるから、ちょっと面倒だな」

不意にキリトがそう口にした。
この少年、あっちの紅い方のアーチャーとはこのゲーム中で知り合ったのだという。

「アーチャーっての、名前というよりジョブの名前みたいなものだろ?
 このあと二人で並んだ時に困るから、なんかほかに名前はないのか?」
「ふむ、確かに面倒だ。緑色のアーチャー……ということで“ミドチャ”はどうだ?」

悪戯っぽくロータスが言う。アーチャーは思わず頭を抱えたくなった。
ミドチャ。その名になぜか妙な既視感があったからだ。そしてその時も《黒》がかかわっていた気がする。
いや、まるで覚えてはいないのだが。

「好きに呼んでくれ。アーチャーってのが面倒なら、真名の方でもいい。
 ま、そもそもあっちの方のアーチャーと並んで戦うなんてことはないと思いますがね」

そこでアーチャーは、とん、と地を蹴り一歩下がる。
前衛に二人の剣士、後衛に弓兵。この面子ならば陣形としてはこう組むべきだろう。

「弓兵、このパーティで遠隔持ちはお前だけだ。当然それはコピーである向こうも同じ」
「へいへい、分かってますよ、自分のコピーは自分で押さえろってことだろ?」
「ああ、押さえるだけでいい。俺と黒雪姫のどちらかが前衛を崩せれば、その時点で敵のパーティを崩せる」

最低限の作戦会議を交わしながら、二人の《黒》は剣を抜く。
瞬間、彼らの雰囲気が変わる。研ぎ澄まされた戦意が鋭く場に広がっていく。

「黒雪姫、提案だ。敵はこちらのコピーだけど、こういう場合」
「分かっている――違うタイプをぶつけた方がいい、ということだろう?」

そうして交わした言葉が合図となって――《黒》が戦場を駆け抜けた。
一切の迷いなく、恐れなく、彼らは剣を振るう。

――全く、味方としてはこれ以上ないですわ。

生前、こうした集団戦をほとんど経験してこなかったアーチャーにとって、
信頼できる“騎士”に守ってもらえる状況に、思わず苦笑してしまう。

――ならまぁ、精々仕事をするとしますかね。








いわゆる対戦型ゲーム、あるいは一人のRPGにおいても、
自分と全く同じステータス、武装の敵と戦うというイベントはさして珍しいものではない。

そして――そういう場面にあたって、有効な手段もまた、同じだ。

自分の影、ドッペルゲンガーの最も厄介な点は、自らと同じである、という点だ。
ならばそれを対策するには――自分と相対しなければいい。

「デュエル・アバターと戦うのは、三度目だぜ」

刃と化した両腕を剣で受け止める。キリトは黒雪姫、ブラック・ロータスのドッペルゲンガーと刃を交えていた。
ちら、と辺りを一瞥すると黒雪姫の方もまたキリトのドッペルゲンガーと戦っているのが見える。
先ほどの交わした一言で、彼らの作戦もまた固まっていた。

ドッペルゲンガーが同時に現れ、バトルフィールドに巻き込まれる形になったのは幸運だったとさえ言えるだろう。
敵をシャッフルすれば、自分と同じステータスのエネミー、ではなく、単なる高レベルのエネミー、という構図に持ち込めるのだから。

「とはいえ――強敵だな」

真黒な装甲を見せるロータスのドッペルゲンガーと剣で打ち合いながら、彼はそうぼやく。
その両腕から放たれる剣撃は一撃一撃が重く、そして鋭い。
その威力たるや、タイミングを見計らってカバーしていかなければ、こちらのガードごと吹き飛ばされるだろうと確信できるほどだ。

ただその分連打力にはこちらに分がある。キリトはそう冷静に分析していく。
一撃の重さで向こうが勝っているとしても、受け流すのに二手三手と“間”が使えるのならば、いくらでもやりようはある。

僅か数回の打ち合いでそのことを見破ったキリトであったが、しかしここで安易に攻めに回ることはしなかった。
かつてシルバー・クロウやダスク・テイカ―とやりあった経験から、デュエル・アバターの特徴を把握していたからだ。

「デス・バイ・バラージング」

ドッペルゲンガーが無機質なシステムボイスを漏らす。
途端――連撃がやってきた。刺突、刺突、刺突、刺突、それまでの鋭く重い斬撃から一転しての高速斬撃がキリトを襲う。
一方の剣から放たれる斬撃を必死にパリィし、バックステップして回避に専念する。
くっ、と彼は声を漏らす。
それまでの重い一撃はブラフだ。
緩急をつけられたことで、この高速斬撃が、より速く強烈なものとして感じられる。

デュエル・アバターの特徴は、そのアビリティと《必殺技》の存在だ。
他のアバター――たとえばネットナビの強みがデフォルトの武装の汎用性にあるとすれば、
逆にデュエル・アバターは一点特化だが強力な技を持っている点が挙げられる。
特に《必殺技》は場合によっては一撃で状況が逆転しかねない。

それがシルバー・クロウならば《飛行》だし、ダスク・テイカーならば《争奪》であった。
そして、ブラック・ロータスは――《斬撃》という訳だ。

「上等だぜ、とか言ってみるか」

ロータスのドッペルゲンガーと相対しながら、キリトはニッと笑みを浮かべる。
シルバー・クロウから話には聞いていたが、なるほどこれは手ごわい。
一撃の重さもさることながら、あらゆるタイミングから強発生・連撃の《斬撃》につなげることができる。
特異な付加効果こそないものの、そのシンプルさ故に強い。

――まずはあの《必殺技》を攻略しないことには勝機はない、か。

そう確信したキリトは再び地を蹴った。
あの近接特化アバターに剣で挑む以上、こちらのステータスは当然SAOアバター。
二刀の刃で再びロータスとの打ち合いを挑む。

一つ、デュエル・アバターの《必殺技》の弱点を挙げるとすれば、それはゲージだ。
強力な技であるがゆえに、他のアバターの持つ技――例えばソードスキルなどと比して、《必殺技》は連続使用が効かない。
ならばこそ、一度必殺技を使ったタイミングを狙う。

タイミングを狙って敵の剣劇を弾く。
パリィに成功したのを確認したところで、ソードスキル《バーチカル・スクエア》へと繋げる。
スクエア/正方形を思わせる軌跡を描く四連撃。ロータスのドッペルゲンガーはそれをまともに受ける。
そしてそこから派生させて、さらなる連撃を叩き込もうとしたところで――キリトは気づいた。

「って――スーパー・アーマー!?」

思わず声を出してしまった。
スーパーアーマー。格ゲーやアクションゲームなどに存在する要素で、その効果は一言でいえば“のけぞり無効”となる。
とはいえリアル性を重視したSAOやALOなどにはあまり意識しない要素だ。
ソードスキルの始動にアーマーがついているものはあるが、対人戦において“常時スーパーアーマー”などという状況はまずなかった。

が、しかしロータスは四連撃を受けても、一切行動を阻害されることなく、キリトへのカウンターを叩きこもうとしていた。
その事実がキリトの動きを一拍遅らせた。

もう一つ、キリトの知らないこととして、このドッペルゲンガーにはそのほかにも様々な強化バフをパッシブスキルとして備えている。
その中には速度上昇やHPの回復、それに加えて――ダメージによるゲージ回収率の上昇といったものも存在していた。

「デス・バイ・ピアーシング」

四連撃によるダメージで再びゲージを充填したロータスのドッペルゲンガーは再び《必殺技》を唱えた。
レベル5必殺技であるその技は、ガードもパリィも不可能な貫通攻撃である。

「――なっ」

ソードスキルの硬直で固まっていたキリトに、
《パラメータ全ブースト》《クリティカル率アップ》《HP半減》が付与/バフされた斬撃が炸裂した。








黒雪姫はキリトのドッペルゲンガーと相対しながら、どうしても既視感を拭えないでいた。

「《スラント》」
「《ソニックリープ》」
「《ダブル・サーキュラー》」

黒衣の剣士が放つ数々の剣技を彼女は冷静に処理していく。
どれも初めて見るはずの技だが、対処はさほど難しくなかった。

――偶然、ではないだろうな。

それもその筈だ。
黒雪姫にしてみれば、それらの技はすべて“知って”いるからだ。
ソードスキルと呼ばれるらしいそれらの技は――ほかでもない彼女の師匠たるデュエル・アバターが使っていたものと酷似していたからだ。

――何せ私の師匠、だからな。

かつてネガ・ネビュラスに参加していた《四元素》の一角である、黒の双剣士である。
他の《四元素》メンバーが復帰する中、彼の消息のみ黒雪姫は把握していない。

「ソードアート・オンライン、か」

剣を打ち合う最中、黒雪姫はぼそりとその単語をつぶやく。
その名はもちろん知っている。彼女の“現実”において、凄惨な歴史的事件としてそれは記録されている。
VRMMO黎明期に一人のエンジニアが起こした大量殺人事件。その中心にあったゲームこそ、それだ。

キリトというプレイヤーがあのゲームを体験した世代であることにも驚いたし、
他にも自分たちからみれば過去の人間たちがこのデスゲームに参加していることも学園合流後に知ったことだ。

だがそれ以上に彼女がいま感じていることは――旧友のことだ。

―― お前、一体何者なのだ。

前々から変というか、よくわからない奴だとは思っていたのだが、
こうしてSAOの伝説的プレイヤーと相対し、その技・動作の大半が似通っているという事実に直面した今、いよいよもって彼の正体がわからなくなっていた。

「《バーチカル・スクエア》」

無機質なシステムボイスが敵から流れてくる。
はっ、とした黒雪姫はとっさに両腕を交差し、ガードを取る。
四連撃を受け止めつつも、すべての威力は殺しきれず、じりじりとHPゲージが削られていく。

いまこのデスゲームには直接的に関係しないことだとは思うのだが、どうしてもそちらに気がいってしまう。
彼女の師とキリト。SAOとブレインバースト。
この相似は、果たして何の意味もないのだろうか。

「《ヴォ―パル・ストライク》」

脳裏を過るその疑念につけ込むようにして――キリトのドッペルゲンガーは襲い掛かってきた。
ヴォ―パル・ストライク。それはグラファイト・エッジから黒雪姫へと教えられた心意技《奪命撃》の名だ。
心意技を想起してしまった彼女は思わずその腕に心意の光を灯し、剣で打ち返す。

だがそのヴォ―パル・ストライクは《奪命撃》ではない。
似て非なる――単発の高威力攻撃であった。

そして《武器破壊・部位欠損無効》というパッシブスキルが発動しているドッペルゲンガーにとって、単なる《攻撃威力拡張》の心意は通常攻撃と大差のない威力しかない。
それ故に――ソードスキルに撃ち負けることになる。

「しまっ――」
「《ジ・イクリプス》」

両腕が弾かれる。そしてそこに叩き込まれる更なるソードスキル。
それもまた聞き覚えのある技であり――かつて彼女が届かなかった黒衣の双剣を思わせた。








ゆらめく影のような己のドッペルゲンガーと撃ち合いながら、アーチャーは冷静に考えていた。

「さて、あと何分くらいかねぇ。3、4……5分はまぁいかないわな」

ぼそりと一人呟きながら、己の敵を見定める。
シャドウ・サーヴァントとでも形容すべき敵が相手をする訳だが、
同戦力での戦いである以上、普通にやれば互いに千日手になりかねない。
だが恐らくは――この敵は強化されている。本来の自分たちよりも、戦力・武装面で上回った状態でこちらにぶつけている。
なんともまぁ悪趣味なことだと思うが、同時にこうも思う。

――ま、それくらいでちょうどいいでしょ、マスターたちには

このゲームは確かにイレギュラーな要素や反則じみたスキルが多い場所であるが、
仮に「普通のゲーム」が成立する場所であれば、いま目の前で戦っている《黒》二人は、間違いなく最強格である。
紛れもない、ゲーマーなのだから。









「《デス・バイ・ピアーシング》」

ロータスのドッペルゲンガーが発した無機質なシステムボイス。
それはエンジンの唸りを思わせる金属的なサウンドエフェクトにかきけされ、青紫の光が閃光となってキリトを貫かんとする。

間近でそれを受けることになったキリトが取りうる選択肢は二つ。
刺突を剣を逸らし、でドッペルゲンガーの《必殺技》を受け流すこと。
あるいは剣を交差することでその一撃をブロックし耐え凌ぐこと。

だが――そのどちらもこの《必殺技》を前にしては無意味であることを、キリトは悟った。
その斬撃はそれほどヤワなものではない。
あるいは、この世から重力というものが消えたのであれば、完璧なタイミングでパリィすることで、キリトがノーダメージで受け流すことも可能だったかもしれないが、
しかしその一撃はどこまでも鋭く、そして重かった。

だからキリトは――どちらもしなかった。

「ぐっ……」

思わず悲痛な声が漏れた。
レベル5必殺技をその身に受けたのだから、それも当然だ。
彼のその身は吹き飛ばされ、宙を舞う。

――そして、同時にキリトは虚空に指を滑らせた。

「チェンジ……!」

そして、そのままキリトは飛び続ける。
そこにいたのは翅が映えた影妖精/スプリガン。
飛行が可能となるALOアバターと化したキリトは吹き飛ばされた勢いを利用して――飛ぶ。

「――――」

そしてALOアバターと化したことで、キリトはソードスキル以外の《魔法》が使用可能になる。
幻惑範囲魔法。煙幕をまき散らす《魔法》によって飛び上がったキリトはその身を消す。
その動きに、ロータスのドッペルゲンガーは一瞬動きを止める。

――デュエル・アバターにとって《飛行》というアビリティは希少である。

初めて遭遇したデュエル・アバターがシルバー・クロウであったキリトは意識しづらいが、話を聞くにあれは超レアアビリティなのだとか。
ならばこそ、こうした戦法に敵は戸惑わざるを得ない。
これが本物ならばいざ知らず、AI操作である以上、《飛行》状態からのかく乱戦術というのはどうしても反応が遅れる。

そしてキリトは既にこの敵が敵がスーパ―アーマーを携えていることを知っている。
だからこそ――連撃でなく、一撃で大ダメージを与える技を選択する。

「《ヴォ―パル・ストライク》」

無防備な背中に、単発高威力のソードスキルを叩き込む。
放たれた剣撃はドッペルゲンガーを正確に捉え、斬り裂いた。








「なかなかいいぞ、ロッタ」
「もうひと踏ん張りだ、ロッタ」
「ナイスガッツだ、ロッタ」

師のことを思い出すと、自然とそんな声がよみがえってくる。
その凄烈な剣筋以上に、こちらのことをあやすような――親戚の子供を相手にしているような――声を彼はいつもかけてくる。
まぁ実際、出会った当時の黒雪姫は小学生低学年だったので、それほど不自然という訳でもない。

だがそんな彼の声を思い出すと彼女は、

――いいかげんにしろ。

と、うっとうしく感じてしまう点もなきにしもあらず、なのだった。
というか年齢的にはその彼も大して変わらない筈であるので、
こう、我ながら子供っぽい話でもあるが、兄貴ぶられるのが厭だった覚えがある。

――いいかげんにしろ、グラフ。

グラファイト・エッジ。
《矛盾存在/アノマリー》の名を冠した、《四元素》の一角である。

「負けては――られないな!」

迫りくるドッペルゲンガーの刃を前にして、ロータスは叫びを上げた。
ソードスキルの始動をこのタイミングから邪魔することは難しい。
だがかといって一度連撃を受けてしまえばそこからの脱出も不可能だ。

ならば――真っ向から斬り裂くのみ。

先ほどは半端な心意技を使い、弾かれた。
しかし《絶対切断》たるブラック・ロータスが100%の力を振り絞った剣を放てばどうなるのか。

敵のソードスキルがその身に炸裂する。右半身に強烈なダメージが走っていく。
だがそこまでは読みの内――まだ左の刃が残っている。

どん、風がバトルフィールドを走った。

放たれた漆黒の件は衝撃波となってドッペルゲンガーを襲う。
それは単なる斬撃というだけではない。ヤワなボディなど吹き飛ばしてしまうほどの力強さを持った一撃だ。
超高速で放たれたその斬撃が、地面にひびを入れ、結果としてドッペルゲンガーは態勢を崩す。

「《デス・バイ・エンブレイシング》」

そこに叩き込まれるブラック・ロータスのレベル8必殺技。

――この技は、まだグラフには使っていなかったな。

そうしてキリトのドッペルゲンガーを斬り裂いたとき、
黒雪姫は、いずれグラファイト・エッジと決着をつける日が来ることを願った。









「四分半ってところですか。ま、予想通りだな」

アーチャーの飄々とした声が響いた。
ロータスのドッペルゲンガーを撃破したキリトが顔を上げる。
見れば黒雪姫もドッペルゲンガーを下しているのが見えた。

「観戦者気取りか? 弓兵」
「そう楽なもんじゃありませんでしたよ、こっちも」

二人はそう軽口を叩き合いながら合流する。
マスターとサーヴァントという関係になった彼らだが、そこにはどこか気やすい雰囲気が流れていた。

「とりあえず早くここから出よう。学園の奴らが心配だぜ」

レオやハセヲが外にいるはずなのでまだ大丈夫だと信じたいが、とはいえこんなところで時間を取られるわけにはいかない。

「アーチャーのドッペルゲンガーは――」

そう思いキリトが辺りを確認する。
すると離れた位置に影のようなサーヴァントが立っていたが、

「ああ? あれならもう倒したって」

がた、と倒れ伏した。
アーチャーは欠伸をしながらその光景を眺めていた。

「今更あんな奴に負ける俺じゃないっての。オタクらもそうだろ?」
「まぁ、な」

あのドッペルゲンガーはどうやらこちらとまったく同じステータスと見せかけて、全体的に強化されていた。
普通に戦えば強敵になったのだろうが、とはいえこれからの戦闘と思えば“単なる強敵”どまりだ。
フォルテやオーヴァン、GMたちに比べれば前哨戦にもなりはしないだろう。

パリン、と音がした。
真黒だったバトルフィールドにひびが入り、隙間から光が漏れ出している。
ドッペルゲンガーが全滅したことによるフィールドの消滅だ。
その演出をじれったく眺めながら、キリトは外のことを考えた。

レオやハセヲ、生徒会のメンバー。
ブラックローズたちのダンジョン攻略組。
そして、慎二たちのパーティ。

頼むどうか――誰も欠けていないでくれ。

その願いと共に、彼らは月海原学園へと帰還した。


【ドッペルゲンガー(キリト@ソードアート・オンライン)@.hack//G.U. Delete】
【ドッペルゲンガー(ブラック・ロータス@アクセル・ワールド)@.hack//G.U. Delete】
【ドッペルゲンガー(アーチャー(ロビンフッド) @Fate/EXTRA)@.hack//G.U. Delete】



03_




「おかえりなさい、黒雪姫さんに、そしてキリトさん」

砕けちったフィールドに向こう側にはレオたちが待っていた。
レオは柔和な笑みを浮かべキリトたちの帰還にねぎらいの言葉をかけてくれる。
その隣には大剣を携えるガウェインと、安堵に胸をなでおろしているハセヲの姿があった。

「こっちは一応大丈夫だぜ、ジローの奴も運よくフィールドから出られた」

ハセヲの言葉にキリトもまた安堵する。
自分たちと同様にほかのプレイヤーもドッペルゲンガーイベントに巻き込まれている可能性があった。
戦闘のできるブラックローズたちはまだしも、ジローのような非戦闘用アバターが襲われてはひとたまりもない。
だが幸い、誰も被害は出ていないようだった。

「――しかし別の問題が発生しました」

そこでレオは柔和な笑みを消し、真剣な口調に変わった。
校門の先、暗い夜空を見上げながら彼は言う。

「いま先ほど仕掛けていたコードキャストが反応しました。
 すぐ近くで戦闘が起こっています。この反応はおそらく――ダスク・テイカーです」


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最終更新:2017年05月05日 18:58