「サルバトル愛原を知らない?」
「知らねえな。まぁ俺はそういうの詳しくねえし、外ではんなもん流行ってんのか」
赤い髪の双剣士、揺光の問い掛けに対し、クラインは顎を撫でながらそう答えた。
彼女としては好きな芸能人だったのが、彼は知らないという。
サルバトル愛原。最近ではオンラインジャックという番組で問題を起こして、良くも悪くも話題になっている芸能人だ。
最も彼女はつい最近まで未帰還者だったのでその顛末には詳しくないのだが。

それを知らない。正確にはそれも知らないという。
The Worldのことを始め、様々なことを話し合ってみたが、どうにも会話が噛み合わない。
何度目かの情報交換を経て、二人は互いの常識に大きな隔絶があるということに気付いていた。

「ふぅん」
揺光は腕組みをして、考えを纏める。
夜の街を電灯がチカチカと照らしている。歩き、考えつつも周囲に気を配ることを忘れてはならない。
要はダンジョンに居ると思えばいい。PKが何時何処で襲ってくるか分からないのはThe Worldだって同じだ。
違うのは本当の命が関わっていることだけだ。
隣に歩く男、クラインはどうやらこういった状況――デスゲームに慣れているようで、この状況下においてもそう取り乱しているようには見えなかった。

そうデスゲームだ。
クラインの話を聞くに、彼はSAOなるネットゲームに囚われ、命懸けのゲームを強いられている最中だったらしい。
その話が本当ならば、現在自分たちが置かれている状況とも酷似している。その開発者にして事の首謀者らしい人間が趣向を変え、ゲームを拡張してきたのかもしれない。
そして、それはもしかすると例のメール――ハセヲたちが関わっていた何かにも繋がっている、のだろうか。

(全部を繋げてしまうとそうなるんだけどねえ)

一連の事件が全て繋がっている、というミステリのような展開が果たして現実にもあるのだろうか。

「なあ、クライン。アンタ今年が何年だと思ってる?」
ふと疑問に思った揺光はクラインにそう尋ねた。
未来人のような問い掛けだ。今度はSF染みている、と思いはしたものの、その点は確認しておきたかった。
クラインが囚われていたというSAO。彼の主観では既に年単位の時が経っているという。
だが、揺光の知る限り、そのような事件は聞いたことがない.
The World内に閉じ込められるという事件があったが、似たような事件があるのならもっと騒がれている筈だ。
そこから考えられるのは、現実の時間とSAO内の時間がズレている、という可能性だ。

クラインがゲーム内に囚われてからまだ数分しか経っていないのではないか。揺光はそう考えたのだ。
だとするならば、彼と自分の時間は数年のズレがあることになる。
それを確認する為に尋ねたのだが、クラインの返答は全く予想に反したものだった。

「ん? ああ、閉じ込められたのは2022年で、SAO内の時間じゃ2023年の筈だが……もしかしてズレてんのか?」
問い掛けに含まれたニュアンスを汲み取ったクラインが、恐る恐るという風に尋ね返してきた。
が、その答えは揺光を更なる疑問の渦へと叩き込んだ。
ズレている。
揺光とクラインの認識は確かにズレていた。それも予想外の方向で。

「おい、何だよその顔。今、実際は何年なんだよ。ズレてんのか?」
「あー……ちょっと待って。私もよく分かんないね、コレ」
頭を抱えながら、揺光は「ズレているといえばズレてんだけど……」と歯切れの悪い答えを口にした。
すると、クラインの顔に焦りの色が浮かぶ。彼としてもSAOの外――現実がどうなっているのかが気になっていたのだろう。

「おい、じゃあ何年なんだよ。俺たちが閉じこめられてからどんだけ時間が経ってんだ!?」
「経ってんじゃない。遡ってんだ」
「は?」
「アタシの記憶じゃあ今年は2017年。アンタが閉じ込められたという2022年から5年も前だ」
クラインは絶句した。
彼としても現実とSAO内の時間が隔絶している可能性は考えていたのだろうが、それでもこのような展開は予想もしていなかっただろう。

「おいおい、そりゃあねえだろ。だって俺がSAOに閉じ込められる前の時点で2022年だったのによ」
「分かってるって! そんなこと。だから、混乱してんだ」
二人は互いに声を荒げる。夜の街に声が響き渡り、顔を見合わせ注意し合う。
が、取り乱しても仕方のない事実が明らかになったのも事実だ。
そうして二人は再び頭を捻り合った。

「……確認しておくけど、アンタ、それロールとかじゃないんだろうね? そういう設定を自分で作ってさ」
「当たり前だろ! 言っとくが俺らはマジでこういう状況に陥ってんだぞ。お前こそ嘘言ってんじゃ……」
「アタシも嘘なんか吐いてないさ! ただ……何かこう噛み合わないのは事実だ」
薄々感じていた互いの齟齬だったが、これで決定的なものになった。
文字通り、二人は違う時間を生きているのだ。
常識的に考えるのならば、二人の内どちらかが嘘を吐いているということになるが、こんな状況でそんなことをやる意味がどこにある。
騙すにしても奇妙な方法だ。
目の前の男、クラインがその設定を信じ込んでいる狂人である……という可能性もなくはないが、どうもそうには見えなかった。

「タイムスリップ……いや、パラレルワールド、か」
「ああん? そりゃあ一体」
「分かんないって。ただこの状況が何を意味してんのか考えたら、そんな答えしか出てこなかったんだよ」
SF染みている、だったのが、これでは完全にSFになってしまったな。そうぼんやりと思った。
リアルでは文学少女を自認している揺光にとって、そういう可能性は容易に考え付くことできたが、それに自分が巻き込まれているとなると一気に信憑性が薄れるように思えた。。
無論、こうしてゲームに閉じ込められ殺し合いを強要されている時点で、常識の尺度でも物を考えてはいけないのは分かっている。
だが、それを差し引いても信じがたい可能性だった。

(When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth……て奴、なのか)

そうやって頭を捻っている内に、彼らは目的地に着いた。
ここに至るまで誰にも会わなかったのは幸運といえるのか、それは微妙なところであった。
それよりも、彼らが目を引いたのはそのゲートの形であった。

「は? 電話ボックス?」
揺光が疑問の声を漏らす。クラインも呆気に取られたような顔をしている。
マップに記された座標近く、そこにあったのは一つの電話ボックスであった。
周りのビル群から少し離れた位置にポツンと離れてそれは置かれていた。
何かの間違いかと思うが、ご丁寧にボックスには「GATE」の表記があり、これがワープゲートであるのは間違いないようだ。

「このエリア、何かのネトゲを基にしてんじゃねえのか。FPSとかに使われている街で、そのネトゲじゃあ電話ボックスが転位門になっている、とかよ」
「うぅん。まぁそうかもね。しかし、電話ボックスとは、ちょいと時代錯誤だね」
言いながら、二人はボックス内を色々と調べていく。
中の張り紙がしてあり、そこに複数の言語で書かれた転位門の使い方が記されていた。
こういったディティールを見るに、この場にいるのはどうやら日本人だけじゃないようだ。

「使えるのは一度に一人まで。電話に出ればその時点で転位する。破壊はペナルティ。か」
クラインが張り紙の使い方を纏めていく。
複雑なものではないが、一度に一人しか使えないというのは留意しておく必要があるだろう。

「さて、と」
電話ボックス――ワープゲートを前にして揺光は呟いた。
とんとん、と地を蹴り、ある種緊張を高めていく。見ると、クラインも首を回し似たような動作をしていた。

「ここからウラインターネットとかいう場所に行くんだけど、この感じ、何かアレだね」
アレ、という曖昧な表現だがクラインには伝わったようで、

「んーまぁ確かにな。何というか……RPGのボス戦前みたいな感じがするな」
別にそうと決まった訳ではないが、二人でこれから「秘密がありそうなところ」に赴くのだ。
敵が襲ってくる可能性がある。設定されたボスなどは居ないだろうが、PKが潜んでいる可能性は十分にあった。
実際、門の近くで待ち伏せというのは有効な方法だろう。一度に一人しか転位できないとなれば猶更だ。

「互いの装備を確認しとこうぜ」
「そうだね」
二人は互いの支給アイテムを未だ確認していなかった。
この状況下、初対面の相手を完全に信用する訳にも行かず、自分の戦力を見せることを警戒していたのだ。
だが、こうして乗込む段になった以上、そうも言っていられないだろう。しばらく会話していたことで、警戒も緩んできたところではあった。
それでも完全に信頼を寄せる訳には行かなかっただろうが。

「俺は剣があるから戦えるがよ。揺光はどうだ」
「んーアタシは……」
言って、巨大な剣を取り出したクラインに対し、揺光は顔を曇らせた。
そして、両手を広げ困ったように、

「駄目だ。アタシの職業に合うような武器はなかった」
「……そりゃあ運がなかったな。揺光の職業は?」
「双剣士。文字通り双剣カテゴリじゃないと装備できない職だね。で、私のアイテム欄にあったのは」
こちらにロクな武器がないと告げたが、クラインがこちらを襲おうとしないことに内心で安堵しながら、揺光はメニューを操作し、武器を取り出した。

「刀、だ」
長刀。刀身が光り輝き、美しいグラフィックで表現されている。
名前は『あの日見た夢』。デザインもだが、名前も良い。が、残念ながら揺光には装備することができない。
システム上振るうことはできるだろうが、実戦に耐えうるかは微妙なところだった。
それを見せたところ、クラインは目を見開いた。

「刀……そうか、あーうん……」
「ん? どうしたんだい?」
突然唸り出したクラインを揺光は訝しげに問い質した。
すると、クラインは肩を震わせ、コホンと息を吐いた後、

「いや、あーそうだ、物は相談なんだが、お前のその刀とこの大剣。トレードしねぇか?」
「トレード?」
「ああ……俺、このキャラだと主にカタナ使ってたからよ。剣全体なら何でも扱えるんだが、できればそっちの方が良いんだ」
クラインの提案に対し、揺光は赤髪を弄りながら、悩む素振りを見せた。
自分の手元にある刀と、クラインの持つ大剣とを見比べる。実際、揺光にしてみれば、装備できないという点ではどちらも似たようなものだ。
何も考えずに振るうならば、軽い刀の方が扱いやすいだろうが、パーティ全体の戦力で見れば刀を渡してしまった方が良さそうだ。

「ううん。じゃあ分かった。トレードしよう」
「おう!」
そう言って、二人はトレードを開始した。と言っても、互いのアイテムを直接受け渡ししただけなのだが。
大剣は予想外に重かった。出展ゲームはALOと言うらしいが、The Worldの職業で言うならば撃剣士(ブランディッシュ)あたりならば装備できるできるかもしれない。

(あるいは錬装士だね)

揺光は共に戦った黒衣の錬装士の姿を思い浮かべた。
錬装士――マルチウェポンはThe World R:2の職業の枠の中では例外的な存在だ。
選択した武器を複数使い熟すことができることが売りの職業であり、実装当初は大変な反響を呼んだ。
が、現在のところマルチウェポンはゲーム屈指の不人気ジョブだ。理由は単純、器用貧乏なのだ。
複数の武器が扱えるが故に、レベルが上がれば上がるほど専門職と熟練度の差が開いていく。その差はいかんともしがたく、現環境でマルチウェポンを選ぶのは茨の道といえる。
また最初から選択した武器が選べる訳ではなく、《ジョブ・エクステンド》というイベントを終えなければ複数の装備を扱うことができないのも不人気に拍車を掛けている。

(ま、でもアイツ――ハセヲはそれであんなに強くなったんだ)

ハセヲは不人気ジョブのマルチウェポンでありながら、屈指の強プレイヤーとしてThe Worldで名を馳せている。
聞く所には、アリーナで三冠という偉業も成し遂げたらしい。自分は途中でリタイアしてしまったが、彼はアリーナ制覇をやり遂げたのだ。
その強さにはチート疑惑が持ち上がっているが、揺光はハセヲの強さが本物だということを知っている。
何か、普通とは違うことに関わっている素振りはあったが、その強さ自体は本物だ。

「アイツに負けないよう、アタシも頑張んなきゃね」
大剣を振り回しながら、揺光は言った。クラインも隣で刀の素振りをしている。
上手く扱えているとは言い難いが、振り回せば当たるだろう。これだけ重いのだから、それだけでもかなりの威力が出る筈だ。
そうして二人は武器の使い勝手を確かめた後、電話ボックスを並んで見据えた。

「さぁて、そろそろ行こうか!」
「おう。乗込むとしようぜ」
二人はそう言い合った後、どちらが先に転位するかを話合った。
ゲート前で待ち伏せの可能性を考えると、ここはやはり装備の整った自分が先鋒を務めるべきだろう。
そう言って、クラインは先に行く旨を示した。度胸がある。伊達にデスゲームの中でギルドを率いていた訳ではないようだ。
そう思い、揺光はクラインのことを信用してもいいかもしれないと思い始めていた。

「あのさ」
意気揚々とボックス内に乗込もうとしていたクラインを、揺光は呼び止めた。
彼は手を止め、揺光の方へ顔を向けた。

「アンタさ、三国志って知ってる? 魏呉蜀の」
唐突な質問に、クラインは面を食らったようだが、戸惑いながらも「ん? ああそりゃ知ってはいるが……」と肯定の意を示した。
それを見た揺光は笑って、

「そっか。安心したよ、アンタが実は完全に別世界の人間なんじゃないかって思ってたからさ。
 三国志を知っているなら大丈夫みたいだね――どっかでは繋がってんだよ。アタシとアンタもさ」
色々と噛み合わないことがあったが、それでも繋がりというものを見つけて、揺光はそんなことを言った。
クラインは一瞬、虚を突かれたような顔をしたが、すぐにニッと口元を釣り上げた。

「そうだな。ネットゲームてのはそういうもんだ。実は知り合いだったり、どっかで繋がってたりすんだよ」
そう言って、クラインは電話ボックスに入っていった。
するとコール音が鳴り出し、受話器を取り上げた瞬間、彼の姿は消えていた。転送されたのだ。

それを見届けた後、揺光も意を決してボックス内に入っていった。
すぐに電話が鳴り出した。一人でこのボックス内に入ると、電話が鳴る仕組みらしい。
そしてこれを手に取れば、転送が始まる。ウラインターネット。何となくで決めた目的地だが、何かがありそうなのは事実だ。

「さて、行こうか」
向こうで何が待ち構えているのかは分からない。
案外何もなくて拍子抜けするのかもしれない。RPGよろしくボスが待ち構えているかもしれない。
何にせよ、進むしかない。ここにセーブポイントはないのだから。

そうして、彼女は受話器を取った。






※アメリカエリアのワープゲートは電話ボックスの形をしています。

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最終更新:2013年02月16日 21:31