Story.01「迷走」
SSS Story.01 "Strays" -Straying a Silver Knight-
私の名はアロード・ランディス。元騎士だ。
かつてはゼルキアと呼ばれる王国に仕えていたが、今は国を亡くし、私自身も敵国の刺客に追われる身となっている。
「アロード、あいつ、まだ追ってくるよ」
薄暗い森の中、走っている私のすぐ側を飛ぶファリーが声を潜めて言った。体長20セス(=センチメートル)程度、背中に昆虫の羽根に似たそれを持つ彼女は、羽妖精(フェアリー)と呼ばれる小妖精の一員である。
ザアアァァ――!
何処かで鳥たちの群れが飛び立つ音がした時、私は足を止めた。
(来る――!!)
鬱蒼とした森の中でも伝わってくる鋭い殺気を感じ、私は咄嗟に左手に持った盾を構えた。途端に連続的な軽い金属の衝突音がして、足元に幾本かの投げナイフが落ちる。そして、私がそれに注視している一瞬の隙に、刺客の気配は元から無かったかのように消え失せていた。焦りが全身を包む。
「アロード!」
ファリーの声に振り向くと、刺客の持つ新月刀(シミター)の刃が視界の端で閃くのが見えた。
激しい金属音がして、次に刺客の微かな舌打ちが聞こえる。振り向いた時、姿勢の変化に伴なって移動した私の長剣(ロングソード)が偶然防がなければ、鎧の隙間から右の脇腹を貫かれていたところだ。
……刺客の剣は予想以上に速かった。こちらが一撃繰り出す間にニ撃、三撃と確実に鎧の隙間を狙ってくる。
「――!?」
既にどれだけ切り結んだのか分からなくなってきた時、不意にバランスを崩して私は尻餅をついた。露出していた大樹の根に足を取られたのだ。私の不注意か、それとも刺客がそこまで計算して私を誘導していたのかは判らないが、どちらにせよ絶体絶命の状況になったのは間違い無い。
勝利を確信したのか、刺客は無言のまま私に近付き、新月刀を構えた。そのまま真横に振り抜けば、私の首を刎ねるのは容易い事だろう。気力も体力も消耗し切っていた私は、そこでゆっくりと目を閉じた。
もういいだろうか、と私は思う。
国を亡くし、一生をかけて仕えると誓った王も、その系譜も途絶えた。
諸国を放浪して、いつからか騎士の誇りすらなくし、ただ生き長らえる為だけに仇敵の放つ刺客を、時には欺いてまで討った。
身も心も荒み、薄汚い逃亡者と成り下がってまで生きる事に、一体どれだけの価値があるというのか。
もういいだろう、と私は自問する。
私は充分に戦った。
敵地に潜入し、捕らわれた王妃と王女を救い出そうとしたが、そこにはかつて王妃だった冷たい躯があるだけだった。
共に逃亡した仲間も一人、また一人と討たれ既に亡く、散り散りになった者たちの行方も知れない。
十年に渡る逃亡に、一体どんな意味があったというのか。
もう、いいだろう?
「ダメえぇ――っ!!」
悲痛な叫び声に、私は現実へと引き戻された。見れば、ファリーが私と刺客の間に割って入り、両腕を広げて私を庇おうとしていた。彼女の小さな身体では共に両断されるのがオチの筈だったが、何故か刺客の刃は彼女の寸前で止まり、結果的に私を救う事になる。
次の瞬間、素早く突き出された私の長剣が、刺客の胸に半ばまで埋まり込んだ。
地に倒れ伏す前に、刺客はファリーに向かって何事かを言おうとしたように見えた。しかしその口から溢れ出す鮮血によって、言葉にはならなかったようだった。
血糊を拭った長剣を鞘に収め、私はその場を後にする。気遣ってくれているのか、ファリーは無言で私の後をついてきた。
後には、名前も知れない刺客の屍が残るばかり……
私の名はアロード・ランディス。元騎士だ。
かつてはゼルキアと呼ばれる王国に仕えていたが、今は国を亡くし、私自身も敵国の刺客に追われる身となっている。
私の迷走は、まだ終わる事はないらしい。
最終更新:2018年05月14日 01:44