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Story.03「悲恋」

 SSS Story.03 "Tragic Love" -a Kind Assassin-


 幾つかの軽い金属音と共に、俺の放った手投剣(スローイングダガー)は騎士の盾に弾かれて落ちた。元より当たるとは思っていなかったそれには構わずに、気配を消して次の攻撃に移る。思惑通り、牽制の手投剣に気が逸れた騎士は、同時にかき消した俺の気配を捉え損ねて辺りに目を泳がせた。
(貰ったな)
 勝利を確信しつつ背後から忍び寄って、新月刀(シミター)を奴の鎧の隙間から覗く脇腹へと叩き込む。しかし、こちらに気付いた騎士が振り向きざまに振った長剣に阻まれ、俺の新月刀は激しい金属音を立てて弾かれてしまった。
(運のいい奴だ)
 小さく舌打ちして、俺は次の攻撃に移った。

 その女の名はベルディールといった。初めて出会ったのは、盗賊ギルドの同僚に半ば無理矢理誘われて行ったスラムにある中程度の酒場兼娼館で、彼女はそこで働く女給にして娼婦だった。
 背中まで届く漆黒の髪。夜の暗闇よりもなお黒い瞳と新雪より白い肌。痩せてはいるが貧相という訳ではなく、しなやかな肢体。淡い桃色の唇。何処か悲しげな仕草。全てに心を奪われた。
 同僚と懇意だという女主人によれば、彼女はこの国との戦に敗れたとある王国の貴族の娘で、全てを失い当ても無く放浪していた所を拾われたのだという。
 開放してやりたい、心からそう思った。娼館などにいていい女ではない。俺が開放してやる。その為には身請け金、多額の金が必要だった。
 次の日から、俺はギルドの『仕事』に精を出した。スリ、強盗は言うに及ばず、密輸や密偵までこなし、夜は必ず店に訪れてベルディールを指名した。
 しかし女主人が提示した身請け金は莫大で、なかなか追いつく事ができなかった。
 焦り、ついには暗殺にまで手を染めた俺に、ギルドの幹部から多額の賞金を懸けられた騎士の暗殺を依頼されたのは、一年かけてやっとその三分の一を稼いだ時だった。

 その賞金首が、今俺の目の前にいる騎士だ。
 俺は持ち前の素早さを活かした得意の連携攻撃で相手を追い詰めていく。しかし相手の騎士も相当の手腕で、俺の新月刀を長剣で弾き、あるいは避けられないまでも盾や鎧に護られた部分で受けるなど、確実に防いでいたし、俺に隙があれば迷わず切り込んできた。
 互いに決め手を得ず、拮抗した状態が続いたが、それでも焦りは無かった。手数を減らした代わりにできた余裕で、俺は奴を確実に罠へと誘導していたのだから。
 そして、永遠に続くかと思われた攻防に異変が起こる。狙い通りに足場の悪くなっている位置に誘導された騎士が、露出した大樹の根に足を取られたのだ。勝利を確信した俺が新月刀を水平に構えると、疲れ切って覚悟を決めたらしい騎士は静かに目を閉じた。俺は躊躇う事無く新月刀を振り――

「ダメえぇ――っ!!」
 悲痛な叫び声に、俺の腕が止まった。俺と騎士の間に割って入る者がいたのだ。その黒い髪と瞳、白い肌――ベルディール!?
 それが、体長がわずか20セス(=センチメートル)程度しかない羽妖精で、ベルディールとは似ているが全くの別人である事に気付くほんの一瞬の間に、騎士の長剣は皮製の鎧を突き破って俺の胸に深々と入り込んでいた。
 全身の力が急速に抜けていき、俺は地に膝をついた。次第にぼやけていく視界の正面に、先程の羽妖精が映り、その姿がベルディールとダブった。
(ベルディール……)
 手を伸ばして名を呼ぼうとしたが、口から溢れ出る血の所為で言葉にならなかった。
 力尽きて、俺は地に伏した。

 薄れていく意識の中、俺はベルディールと踊った。
 馴染みになってから彼女が夜毎聴かせてくれた歌が聞こえたような気がした。
 誰か、彼女に伝えてくれないだろうか。
 俺はもう、君の歌を聴く事ができない。
 それでも、君を愛している、と――


最終更新:2018年05月14日 00:12