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Story.02「業炎」

 SSS Story.02 "Atonement Flame" -I don't believe-


「随分と待ちくたびれましたよ、大司祭殿」
 聖堂のドアを開けた自分を迎えたのは、飄々とした中にも嘲るような感情が入り混じった声だった。
 懐かしい筈の声だった。かつて自らの元で信仰を深め、子に恵まれなかった身として、妻にとっても本当の息子のように思っていた男の声。
 しかし数年ぶりに聞いたその声には、倣岸さという不純物が混じり、かつての純真さは失われて、聞いた事はあるのに、違う人間の声のように思えた。
「貴方が私にした事、忘れたとは言わせませんよ」
 何故このような事を? との問いに、かつての弟子は超然と言い放った。
 自らの弟子として育てていた男は、信仰心厚く、次代に大司祭を継ぐ者と周囲にも期待されていた。自分もその一人だ。
 しかし、その類稀なる信仰心に勝るとも劣らない真理への探究心は、彼を邪法へ傾倒させる契機となり、その事実に直面した私は、彼を告発し、異端として追放する結果となった。
 それを屈辱と受け取った彼は、私への復讐を予告し、数年を経てそれを実行に移したのだ。
「私は真理が知りたかった。我々ヒトとは何なのか、神とは何なのか。信仰とは? 奇蹟とは? 我らが異端とする他宗派の神とは? 邪悪とされる神々とは? 我らの聖典に邪神として描かれている神々が、かつて滅んだ国の神であった事実は? そもそも善悪、聖邪の別とは? 真理に迫るには相手の立場に立ってみなければ。そう思った私を異端として告発し、追放して頂いた事、今日まで忘れる事はありませんでしたよ。この烙印のお陰でね!」
 彼はそう言って、前髪をかき上げた。その額には、異端の烙印と呼ばれる、咎人を示す法力による刻印が刻まれてていた。この刻印がある限り、我らが宗派に教化された場所には、入る事すら許されない。
「まあ、昔話は必要ありません。私の望みは貴方に復讐する事。約束通りお越し願えたのですから、奥方はお返ししますよ」
 彼が芝居がかった動作で手を振ると、聖堂の奥の扉が開き、追い求めていた人物が現れる。この世でたった一人、誰にも替えられない最愛の妻。
「あなた!」
 駆け寄る妻に、私も駆け寄る。それを待ち構えていたかのように、物陰から幾つかの小さな影が二人に襲い掛かる。
 予想し得ない罠ではなかった。相手が自分を殺そうとするなら、人質となった妻を取り戻し、気を抜いた瞬間こそ、最高のタイミングであると。
 そして予想していたからこそ、それに対する備えもしてきた。
 耳障りな断末魔を上げて、影は青い炎に包まれる。振り撒いた聖水と浄火の聖句が、邪法によって作り出された妖物を焼き尽くす。
「ああ、あなた……!」
 駆け寄り、縋りついてくる妻を抱きとめ、しかし油断無く身構える。
 かつての弟子であった邪法の使徒は、引きつったような笑みを浮かべて、こちらを見据えている。
「流石は大司祭殿、妖物に対する備えは万全ですか。ですが、ソレに対してはどうですかな?」
「うっ、あああ!」
 突然、妻が苦しみ出す。慌てて治癒や快復の聖句を唱えるが、全く効果が無い。成す術無く、妻の名前を必死に呼ぶと、また突然妻が顔を上げた。
「ナアニ? アナタ……」
 ああ、神よ。
 私がどんな罪を犯したというのでしょう?
 もし私に罪があるとして、何故妻がこのような仕打ちを受けなければならないのですか!?
 顔を上げた妻の、その美しかった相貌は溶け崩れ、身体は異界の妖物へと急激な変化を始めていた。
「ハハハハハハハハハ! 奥方には私の真理探究の手伝いをして頂きましたよ! お陰でまた一つ真理に近付きましたが、異界の毒が強すぎたようで、奥方には気の毒な事をしました。ハハハハハ! いいですよ。実にいい! そうです、その顔です! 貴方の心が絶望と怒りに染まる、その顔が見たかった! いいぞ、実にいい! フハハハハハ! ヒィーハハハハハハ!」
 狂ったように、いや、実際に狂っているのだろう。自身の腹を抱えて笑い転げる男の前で、私は【妻だったもの】に飲み込まれようとしていた。
 ああ、神よ、申し訳ありません。
 私はもう、貴方の信徒ではいられません。
 私は、彼を、許す事が出来ない。

 全てが白い光に飲まれていく。
 光の中心にいる私と妻は勿論、笑い転げていた彼も、否、この寺院全体が、目も眩むほどの光に包まれ、飲まれていく。
 自らを含む全てを浄化する、最大の聖句。
 間も無く、この場にある全てが光によって浄化され、天へ、又は地獄へと召されるだろう。

 ああ、神よ。
 私の何が間違っていたのでしょうか。
 ここに来た事でしょうか。それとも彼を追放した事でしょうか。それとも彼を弟子とした事ですか? それとも妻を愛し、救おうとした事? それとも大司祭となった事? それとも信仰を持った事? それとも……
 それとも、貴方を信じた事……?


最終更新:2018年05月14日 00:45