Story.04「落涙」
SSS Story.04 "Tears" -I want to see you-
短く、鋭い金属音がして私の刀は鍔元近くから断ち折られてしまった。流石は霊身刀といったところだが、それで私の武器がなくなった訳ではない。素早く間合いを詰め、無影体による割りこむ隙を与えぬ連続攻撃で相手を追い詰める。
「ぐっ!」
狙い通りだ。素手による連続攻撃の最後に放った、隠し持っていた拐棍(トンファー)による奇襲を肩口にくらって相手はよろめく。だが私は喜べない。並の相手なら頭蓋を粉砕されて息絶えていた筈のこの攻撃を、相手は僅かに上体を逸らして肩で受ける事によって防いでみせたのだ。
「無影体の他に暗器と拐棍の心得があるでござるか」
隙無く構えを正しつつ相手が問うてくるが、私は答えない。互いに睨み合い、隙をうかがう時が続く……
この任務を受けたのは、娼婦として宿場街に潜み、ある貴族を始末した直後だった。
「鈴鹿、早速で悪いけど、次の仕事だよ」
この酒場兼娼館の女主人、という表の顔を持つ上忍が私の名を呼ぶ。里が滅んだ後、私を含む行く当ての無い忍びたちを束ねて新たに小さな忍軍を起こしたその上忍――名は苛烈の石榴という――は簡素な人相描きを手に話し始めた。
「名前は蔵人の龍威、先に滅んだシレンの国の嫡子で、霊身刀っていう厄介な刀の持ち主さね」
「私の他にも草はいるでしょうに。わざわざ私が出向くほどの相手?」
「災炎の強羅や詛怨の耶麻も斃した相手、と言えば納得してもらえるかい?」
私は心中で唸った。石榴が言った二人は忍軍で私を含む五指に入る殺人術の使い手だ。
その時、私の思考を中断するように戸を叩く音がした。娼館で働く娘――要するに、本物の娼婦――が偽りの娼婦としての私を指名する客が現れた事を告げに来たのだ。
断るかい? という石榴の申し出を断り、私は任務を承知した事だけを告げて部屋を出た。
私を指名した客の見当はついていた。しがない盗賊の男で、国を亡くした貴族の娘という偽りの肩書きに同情し、ほぼ毎日私を指名しては身体も求めずに他愛も無い会話だけをしていくお人好しの男。新たな任務を引き受けたからにはこの関係も終わりにしなければなるまい。
しかし、個室に入るなり私を強く抱きしめてきた男の言葉に対して、私は言葉を失ってしまった。身体や顔が熱く火照り、男の顔をまともに見られなくなる。
男は言った。大きな仕事を見つけた、その仕事で得た金で盗賊稼業から足を洗い、私を身請けする。だから、結婚して欲しい、と。適当な理由をつけて断る筈だった私の口から漏れたのは「はい」という承諾の言葉。一体私はどうしてしまったというのだろうか?
思えば以前からおかしな所はあった。その日どんなに疲れていても、この男に会えば忘れる事ができたし、話し相手になっているうちに何やら胸の奥が疼くのを感じるようになって、それは日毎に増しているような気がする。今日にしても、黙って姿を消せばいいものを、私は自ら進んでここに赴いたのではないか?
私は初心な小娘ではなく、普段は娼婦に身をやつしている。この感情が何なのか、はっきり分かっているつもりだ。だが、そんな事はあり得ない。幼い頃から感情を抑制する訓練を受けてきた私が、そのような感情を抱く筈も無かった。
他人に、懸想するなど……
疑問は解決しないまま、私は任務遂行の為翌朝未明の内に街を出た。
何故か、あの男の顔が瞼に焼き付いて離れなかった。
「尚武・空烈斬!」
相手――蔵人の龍威と言った――の気合いの声で私は我にかえった。何時の間にか回想に耽っていた私の足元に、龍威の刀から放たれた斬撃波が迫る。
軽く跳躍してそれをかわすと、隠し持っていた苦無を投げつけてから拐棍を構えて走り寄る。私が会得している殺人術の中では最強の奥義<極光雷撃棍>の体制だ。
先ずは目の前の獲物を仕留める事に集中しよう。そのあと、もう一度あの男に会って確かめるのだ。
自分の気持ちを。
だが、拐棍が獲物を捉えたかと思った次の瞬間、私はそれがもうかなわない事だと悟った。相手の持つ二振りの刀が一瞬で六度閃き、私を拐棍ごと逆袈裟に斬り飛ばしたからだ。
よろめいて近くにあった大樹にもたれかかると、私はそのまま座り込んだ。全身から流れる血と共に急速に力が抜け、目が霞んでくる。
「尚武・昇龍斬。お主は強かった。故に手加減できなかった。許されよ」
二刀を鞘に収めると、龍威は踵を返して足早に立ち去っていったようだった。
死ぬ事は怖くはない。
だが、もうあの男に会う事ができない。
それが酷く悲しい事のように思えて、涙が頬を伝い落ちた。
最終更新:2025年06月24日 00:02