ぽっ! - (2008/07/31 (木) 02:10:21) の1つ前との変更点
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<p><font size="3"> 7月31日、朝。<br />
照りつける日差しとアスファルトからの熱気に挟まれて、この街に住む人もアンドロイドもショート寸前の今日この頃。</font></p>
<p><font size="3"><br />
交差点脇の電柱に隠れて、白昼堂々陰気なオーラを振りまく、銀色の髪をしたボーカロイドが向こうの様子を伺っていた。<br />
ちょうどいいところにいた。</font></p>
<p><font size="3">そうネルは思った。<br />
「お、ハクじゃねえか」<br />
「ひゃうっ!」</font><font size="3"><br />
突然声を掛けられて驚いたのか、ハクは条件反射的に逃げようして電柱に頭をぶつけた。<br />
ゴンッという打撃音の後、ハクは頭を抱えてその場にペタリと座り込んだ。<br />
「ちょっ、大丈夫かよ!?」<br />
「うん、このくらい、二日酔いの頭痛に比べればどうってことは……それに、胸が先に当たってクッションになったから・・・・・・」<br />
「なっ!?」<br />
思わず自分のものとハクのものを見比べてしまう。<br />
ネルにとって一番のコンプレックスである胸の小ささが、ハクのそれとの比較によってことさらに引き立つ。<br />
「う、羨ましいとか思ってないからな! でかいと肩が凝るって言うし、ちっちゃいままでいいんだからな!」<br />
「な、何のこと?」<br />
「いや――まあ、今のは忘れろ」<br />
思わず動揺してしまったことを反省し、コホンと一回咳払いをしてからネルは話を本題に戻すことにした。<br />
「ズバリ聞くけど、今ヒマか?」<br />
「ごめんね、今はちょっと……人ごみの中でも動悸が激しくならないようになるための練習として、スクランブル交差点の中に飛び込むタイミングを見計らっていたところで・・・・・・」<br />
「そうか、それはヒマそうだな! じゃあちょっと付き合ってほしいんだけどさ」<br />
「えええ、話聞いてた!?」<br />
ハクは弱弱しい声でツッコミを入れた後、少しの間逡巡すると、若干頬を染めながら、<br />
「でも、私をいつも何かに誘ってくれるのってネルちゃんくらいだし・・・・・・ネルちゃんがお付き合いしてほしいって言うなら私の用は後回しでもいいかな・・・・・・」<br />
とモジモジしながら呟いた。<br />
「か、勘違いすんなよな! お前、あたし以外に友達いなそうだから、仕方なくいつも誘ってやってるだけだからな! ・・・・・・まあ、いいや。それでその付き合ってほしいことなんだけどさ、今日って何の日か知ってるよな?」</font></p>
<p><font size="3"><br />
そう、2008年7月31日は、ボーカロイド達にとって重要な日であった。</font></p>
<p><font size="3">ミクをはじめとするボーカロイド5兄妹打倒を心に誓うネルにとって、今日という日は重要な足がかりとなる日だ。<br />
「7月31日・・・・・・ううっ・・・・・・」<br />
何を思ったか、ハクはシクシクと泣き出してしまった。</font></p>
<p><font size="3">鉄板さながらに熱せられたアスファルトに大粒の涙がポツポツと零れる。<br />
「お、おい、なんで泣くんだよ!?」<br />
「去年の7月31日は、いたずらで大量のピザがウチに配達されてきた日なのぉ・・・・・・ちなみに二年前は日射病で倒れた日、三年前はネット掲示板の書き込みを縦読みしたら『ツマンネ』になってた日で、四年前は――」<br />
涙を拭いながら、ハクは過去の不幸のオンパレードを震える声で吐露する。<br />
「日にちまで正確に記憶してんのかよ! いくら毎日が不幸記念日でもさぁ、嫌なことはさっさと忘れたほうがいいと思うぞ」<br />
「あ、でも、よかったこともちゃんと覚えてるよ。11月14日は、ネルちゃんが私のはじめてのお友達になってくれた日で、12月30日はネルちゃんとはじめてお買い物に出かけた日で・・・・・・」<br />
カレンダー機能が付属しているわけでもないのに、ハクはスラスラと日付を読み上げていく。<br />
「ストップストップ! うん、いいこともさっさと忘れてくれ。なんか恥ずかしいから」<br />
「でもぉ・・・・・・」<br />
「でもぉじゃない! つーか話それちゃったじゃん。あたしが言いたいのは――」</font></p>
<p><font size="3"><br />
黄色の可愛らしいポーチを開け、ケータイを取り出す。</font></p>
<p><font size="3">普段から使い慣れているため、目にも止まらぬ親指さばきでマイピクチャから該当の写真を選び、それをハクの前に提示する。<br />
「こいつの発売日なんだよ。おそらく今日、こいつはミク達のいるボカロ荘に顔見せにくるはず。だからあいつらの仲間になる前に、あたしらの仲間に引き込むってわけよ!」<br />
ディスプレイには、長髪で着物を羽織った若い男の写真が浮かんでいた。<br />
どこか中性的で浮世離れした雰囲気があり、誰の目にも美しいと形容できるような美貌の持ち主であった。<br />
「あ、この人知ってる・・・・・・確か名前は・・・・・・」<br />
二人の声が重なる。<br />
「「がくぽ!」」<br />
言い終えた瞬間、どちらからともなくププッと吹き出した。<br />
ネルはケタケタと腹を抱えて、ハクは我慢しようにも堪えきれず呼吸困難になりながら笑い出した。<br />
「『ぽ』ってなんだよ『ぽ』って! 何を表わしてるんだよ! ふははは、面白すぎる!」<br />
「だ、ダメだよネルちゃん・・・・・・人の名前で・・・・・・笑っちゃ・・・・・・ププッ」<br />
「もしかしたら、本人は気に入ってたりして!」<br />
「それはありえないよー」<br />
「ははは、だよなー!」</font></p>
<p><font size="3"><br />
◆<br /><br />
「余は神威がくぽである! 苦しゅうない。面を上げよ」<br />
いたぁー!<br />
ネルとハクは心の中で同時に叫んだ。<br />
二人は口には出さず目で語り合う。(今、『ぽ』って言ったよね。物凄く胸張って『ぽ』って言ったよね)と。<br />
自分の名にいささかの不満も無い、むしろそれを誇りに思っているかのような堂々とした口調に、二人は呆気に取られた。</font></p>
<p><font size="3"><br />
今、三人は小さな喫茶店にいる。<br />
ボカロ荘近くの道端でがくぽを待ち伏せ、半ば無理矢理この店に連れ込んだのだった。<br />
ネルは変装用に装着したメガネのツルをくいっと持ち上げ、平静を装って言葉を紡ぐ。<br />
「あー、がくぽさんはじめまして。あたしらはボーカロイドの未来を狡猾にクリエイトするボーカロイドアドバイザー社から派遣されたネルと――」<br />
「同じくハクです・・・・・・」<br />
「大儀である」<br />
ここで、数秒間の気まずい沈黙。</font></p>
<p><font size="3">ネルはオレンジジュースを口に含みながら、ここからのことを考える。<br />
上手く誘導しなければならない。他のボーカロイド達に会いたくないとがくぽに思わせることさえできれば、そこでこちらの勝ちとなる。<br />
もし奴らと手を組まれでもしたら、ますます今後の妨害工作が難しくなる。<br />
これはボーカロイド界の命運を分けるコンゲーム。</font></p>
<p><font size="3">ネルにとっては確実に成功させなければならないミッションなのだ。<br /></font></p>
<p> </p>
<p><font size="3">「で、どんな話をしてくれるのだ? ねるぽ殿、はくぽ殿」<br />
ブフっ!とネルはジュースを噴出した。<br />
「誇りに思うがよい。余が『ぽ』を付けて呼ぶのは本当に心を許した者だけだぞ。『ぽ』こそ最も尊い至上の号である。この世に『ぽ』が付くものほど極上のも
のが他にあろうか、いや無い。ちなみに余の趣味は散歩、好きな小説家は乱歩、好きなアーティストはEPO、住んでいるのはコーポ、尊敬する人物はのっぽさ
んで――」<br />
見た目や名前がそうであるに飽き足らず、中身までも浮世離れしているようだ。<br />
その後も続く彼の好きなもの、尊敬するものの羅列は、まるでお題『最後にぽが付くもの』で行われる山手線ゲームを一人で黙々とこなしているかのようだった。<br />
一体、開発者は何を考えてこのプログラムを設計したんだか。<br /></font></p>
<p><font size="3">「はく・・・・・・ぽ・・・・・・はく・・・・・・ぽ・・・・・・」<br />
ハクが、がくぽに言われたネーミングをボソリと復唱する。<br />
テーブルに撒かれたオレンジジュースをお手拭で拭きながら、ネルは何事かと隣に座るハクを覗きこんだ。<br />
見ると、ハクのうつろな目にどんよりと絶望の影が浮かんでいた。<br />
(そんなに『ぽ』付けて呼ばれたことがショックなのか・・・・・・? 気持ちは分からんでもないけどさ、そこまで落ち込まなくても・・・・・・)<br />
ネルはそっとハクに耳打ちする。<br />
「違うの……私やっぱりいらない子だなって・・・・・・はくぽとがくぽ・・・・・・ああなんでこういうところで名前が被っちゃったりするんだろ・・・・・・髪型も同じポニーテールだし、がくぽさん呼んだはずなのに間違って私が来ちゃったりした時の周りの冷たい目線とか考えるだけで・・・・・・」<br />
「そもそもその名前で活動しないだろ!」<br />
「ううう・・・・・・そうだけど、想像しただけで切なくなっちゃったの・・・・・・」<br />
ハクのマイナス思考回路がフル回転しているのを見て、がくぽはホッホッホと扇子で口元を覆って高笑いした。<br />
広げた扇子には紫色のぶっといナスが大きく描かれており、辺りにはふわっと香の匂いが広がる。<br />
「安心せいはくぽ殿。最後に『ぽ』が付く名前というのは、風水や陰陽道的に見ても幸運を呼びこむこれ以上無い素晴らしいものだ。名前を変えることでそなたの運気も変わろうというもの。これからは胸を張って生きるがよい」<br />
こちらはこちらで、なかなか強烈なプラス思考回路を搭載しているようだった。</font></p>
<p><font size="3"><br />
それにしてもずいぶん『ぽ』ネタで横道にそれてしまったなとネルは反省した。</font></p>
<p><font size="3">これでは完全に相手ペースではないか。ねるぽというネーミングに抗議したい
気持ちは山々だったが、その葛藤をどうにか抑えつつ、もう一度こちらが会話の主導権を握れる状況を作り上げることにした。</font></p>
<p><font size="3">わざとらしく咳払いをして、がく ぽの注意をこちらに向かせる。<br />
「コホン! そろそろアドバイザーとしての仕事に移らさせてもらうけど・・・・・・結論から言うぜ。クリプトンのボーカロイド達、やつらは――危険だ」</font></p>
<p><font size="3"><br /><br />
◆<br /><br /><br />
テーブルの上に、ネルは四枚の自作イラストを並べた。<br />
それぞれメイコ、カイト、ミク、リン&レンが描かれており、人体模型のように体の左側だけ臓器や骨が露出している。<br />
その臓器にはそれぞれ解説が付いており、一番上には『よくわかるぼーかろいど図解』と記され、図解のところには「ずかい」とご丁寧にふりがながふってある。<br />
「あ、私こういうの見たことある・・・・・・怪獣図鑑とかにあるあれだよね・・・・・・あ、違うかな、違ったらゴメン……」<br />
「その通り! 奴らはまさに怪獣! がくぽさん、奴らに決して近づいてはならない! じゃあ詳しく見ていくぞ!」<br />
ケータイのアンテナを指示棒替わりにして、ネルが怪獣たちの恐ろしさをおどろおどろしく語っていく。<br /><br />
ひとつひとつ見ていこう。まずはメイコの解説文。<br />
メイコ胃…おさけばかりのんで、あれているぞ!<br />
メイコ息…おさけのにおいで、たいきをおせんするぞ!<br />
メイコ口…ときどき、のんだものがぎゃくりゅうして、えらいことになるぞ! <br />
メイコ腕…はかいできないものは、このよにそんざいしないぞ!<br />
メイコ脳…あるこーるいぞんしょうで、せいじょうなはんだんが、できないぞ!<br /><br />
「ああ、なんって恐ろしいんだ! この女の腕力にかかればがくぽさんの華奢な体はあっという間に粉砕玉砕大喝采してしまうこと間違いなし! そうなってからでは遅いんだよがくぽさん!」<br />
ネルは身振り手振りを交えてオーバーリアクションで力説する。<br />
「ふむ、なるほどのう」<br />
危機を感じているのかいないのか、がくぽの反応は若干薄いものであった。<br />
「まあ、こんなものはまだ序の口・・・・・・次!」<br /><br />
カイトの解説文。<br />
カイト皮膚…まなつにたくさんきこんでも、あつさをかんじないぞ!まわりはあつくるしくてめいわくだぞ!<br />
カイト乳首…ほしのかたちを、しているぞ!<br />
カイト空間…うっかりはいると、なにものかによって、ほもねたのあいてにされるぞ!<br />
カイト財布…たかいだっつばかりかうので、ますたーのいえはじこはさんにおいこまれるぞ!<br />
カイトマフラー…ほんたいだぞ!<br /><br />
「金に困ったマスターががくぽさんを質に入れたり、ネタに困った女性が――」<br />
「ほうほう」<br />
「次!」<br /><br />
ミクの解説文。<br />
ミク手…ねぎくさいぞ!<br />
ミク声…おとこどもをゆうわくし、はいじんにする、ましょうのこえだぞ!<br />
ミクパンツ…おとこどもをあらそわせる、ましょうのぱんつだぞ!<br />
ミク脳…だてきょうこをおいつめた、さくしだぞ!<br />
ミク釣…とつぜん、がちむちあにきや、らみこに、へんしんしておそってくるぞ!<br /><br />
「一見無害そうだが、少しでも油断するとたちまち異形の怪物に変身して襲い掛かってくるんだ! これが怪獣でなくてなんだというんだ! がくぽさんの細腕ではとても抵抗できる相手じゃ無い!」<br />
「歪みないのう」<br />
またしてもがくぽは、その飄々とした表情を変えることは無かった。<br />
「ええい、次!」<br /><br />
リンレンの解説文。<br />
リンレン手…ろーどろーらーを、たくみにあやつるぞ!ありとあらゆるものを、せいちするぞ!めんきょはないぞ!<br />
リンレン舌…さいきん、ききとりやすくなったぞ!<br />
リンリボン…こうそくかいてんで、そらをとべるぞ!<br />
レン声…つかいわけて、いろんなそうに、たいおうできるぞ!<br /><br />
「がくぽさんの刀といえども、現代科学の粋の結集とも言えるロードローラーの前ではあっという間にペシャンコだ! 以上のことを考慮して、がくぽさん、あ
なたは奴らのところに行くべきじゃない。あたしらの仲間になれば、身の安全は保障する。さあどうする!? もっとも、すでにボカロ荘に行くのなんて怖くて
仕方なくなってると思うけど!」<br />
ずいずいっとテーブルの上に乗っかる勢いでがくぽの眼前ににじり寄り、じっと目で訴えかけるネル。<br />
その緊迫した睨み合いを、ハラハラしながら祈るように見守るハク。<br />
(さあ言え、ボカロ荘に行くのが怖くなったって言え)<br /></font></p>
<p><font size="3"> 少し間を置いて、がくぽはゆっくり口を開いた。<br />
「余は、ボカロ荘に行くのが・・・・・・」<br />
「行くのが!?」<br />
もはや完全にテーブルの上に乗っかった姿勢のネルは、がくぽの次の言葉に確信を持ちつつ聞き返した。<br />
「ますます楽しみになってしもうた! ハッハッハ! 実に愉快な者たちじゃのう!」<br />
が、帰ってきた言葉はネルの期待とは真逆の耳を疑うものだった。<br />
ネルは口をポカーンと空けて、しばらく頭の中でがくぽの声を反復していたが、ハッと我に返り声を上げた。<br />
「ちょっ、なんで? あたしの話聞いてビビんなかったのか? 意地張らなくてもいいんだぜ?」<br />
がくぽは口元に微笑をたたえ、優しい声で語りかけた。<br />
「ねるぽ殿。余は民衆の声を直に聞きたいのじゃ。噂話では分からんこともある。現に余を作り出してくれたインターネット社の父上や母上達には、外の世界に
出たら、黄色い髪をしたネルという工作員に気をつけろと忠告されてあった。しかしどれほどやり手のおなごかと思ったら、なんのことはない。実に可愛らしい
おなごではないか。やはり噂には尾びれがつくものよのう」<br />
ネルはがっくりと肩を落とした。<br />
「なんだよ・・・・・・最初っから正体バレバレかよ・・・・・・」<br />
今まで張っていた気が一気に抜けたように、力なく椅子にへたり込んだ。<br /></font></p>
<p><font size="3">「さて、そろそろ約束の時間だ。余はボカロ荘に向かわねばならぬ。会計は余が持とう。達者でな」<br />
伝票を手に取り、席を立つがくぽ。<br />
「待った!」<br />
数歩歩いたところで、ネルはがくぽのすらりと高い後姿を呼び止める。<br />
「なんじゃ、申してみよ」<br />
「今度会った時こそ、ミク達もろとも潰してやるからな! 覚悟しとけよ! べー!」<br />
ネルは舌をべーっとだして、強気な態度に出る。<br />
「それはよいが、次に会う時は菓子折り、いや茄子折りでもあれば助かるのう。ハッハッハ」<br />
そう高らかに笑うと、今度こそ振り返ることなく、会計を済ませがくぽは店の外へと出て行った。<br />
強がってはみたものの、今回は完膚なきまでに負けた。</font></p>
<p><font size="3">最初から最後まで、がくぽの手の上で踊らされていたような気がした。<br />
「ねえ、ネルちゃん、私さっきからずっと考えてたんだけど・・・・・・」<br />
「・・・・・・なんだよ」<br />
ネルは不機嫌そうに、ぶっきらぼうな返事をする。<br />
「はくぽに改名すると運気が上がるって話、ホントなのかな?」<br />
「・・・・・・もう、好きにしてくれ・・・・・・」<br />
ネルは飲みかけのジュースをちびちびと飲んで、苦々と敗北の味を噛み締めた。<br />
秋田から上京して、初音ミクへの妨害活動を始めてからもうすぐ一年になる。<br />
だがミク達の人気はいまだ止まるところを知らない。<br />
工作すれど工作すれど、なお我が仕事楽にならず。<br /></font></p>
<p><font size="3"><font size="3">「って、柄にも無くネガっててどうするあたし! そうだよ、必ず道は開けると信じて、前向きに印象工作していかなきゃだよな!」<br />
「ネルちゃん、印象工作自体がそもそも後ろ向きなような・・・・・・」<br />
ハクの蚊の鳴くような声のツッコミなど聞いちゃおらず、ネルは一転晴れ晴れした表情でハクの手を握る。<br />
「よっしゃ、今夜は帰ってネガキャンしまくるぞ。ハクも手伝ってくれるよな!」<br />
「家で二人だけで朝まで一緒? それって、すごく友達って感じ・・・・・・」<br />
うっとりとした表情で微妙に話を捏造するハク。<br />
「いや、朝までとは言ってねえ・・・・・・まあそこまでやる気があるならやろっか、朝までネガキャン」<br />
「うん・・・・・・去年までの7月31日って嫌なことばっかりだったけど、今年はいい日になるかも・・・・・・」<br />
「・・・・・・そりゃ、よかったな」<br />
7月31日。それぞれのボーカロイドが、それぞれの思いを胸に、新しい一歩を踏み出した、ような気がする。</font><strong><font size="3"><br /></font></strong><br /><br />
fin</font></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p align="right"><strong><font size="2">文:稲人</font></strong></p>
<p> </p>
<p><font size="3"> 7月31日、朝。<br />
照りつける日差しとアスファルトからの熱気に挟まれて、この街に住む人もアンドロイドもショート寸前の今日この頃。</font></p>
<p><font size="3"><br />
交差点脇の電柱に隠れて、白昼堂々陰気なオーラを振りまく、銀色の髪をしたボーカロイドが向こうの様子を伺っていた。<br />
ちょうどいいところにいた。</font></p>
<p><font size="3">そうネルは思った。<br />
「お、ハクじゃねえか」<br />
「ひゃうっ!」</font><font size="3"><br />
突然声を掛けられて驚いたのか、ハクは条件反射的に逃げようして電柱に頭をぶつけた。<br />
ゴンッという打撃音の後、ハクは頭を抱えてその場にペタリと座り込んだ。<br />
「ちょっ、大丈夫かよ!?」<br />
「うん、このくらい、二日酔いの頭痛に比べればどうってことは……それに、胸が先に当たってクッションになったから……」<br />
「なっ!?」<br />
思わず自分のものとハクのものを見比べてしまう。<br />
ネルにとって一番のコンプレックスである胸の小ささが、ハクのそれとの比較によってことさらに引き立つ。<br />
「う、羨ましいとか思ってないからな! でかいと肩が凝るって言うし、ちっちゃいままでいいんだからな!」<br />
「な、何のこと?」<br />
「いや――まあ、今のは忘れろ」<br />
思わず動揺してしまったことを反省し、コホンと一回咳払いをしてからネルは話を本題に戻すことにした。<br />
「ズバリ聞くけど、今ヒマか?」<br />
「ごめんね、今はちょっと……人ごみの中でも動悸が激しくならないようになるための練習として、スクランブル交差点の中に飛び込むタイミングを見計らっていたところで……」<br />
「そうか、それはヒマそうだな! じゃあちょっと付き合ってほしいんだけどさ」<br />
「えええ、話聞いてた!?」<br />
ハクは弱弱しい声でツッコミを入れた後、少しの間逡巡すると、若干頬を染めながら、<br />
「でも、私をいつも何かに誘ってくれるのってネルちゃんくらいだし……ネルちゃんがお付き合いしてほしいって言うなら私の用は後回しでもいいかな……」<br />
とモジモジしながら呟いた。<br />
「か、勘違いすんなよな! お前、あたし以外に友達いなそうだから、仕方なくいつも誘ってやってるだけだからな! ……まあ、いいや。それでその付き合ってほしいことなんだけどさ、今日って何の日か知ってるよな?」</font></p>
<p><font size="3"><br />
そう、2008年7月31日は、ボーカロイド達にとって重要な日であった。</font></p>
<p><font size="3">ミクをはじめとするボーカロイド5兄妹打倒を心に誓うネルにとって、今日という日は重要な足がかりとなる日だ。<br />
「7月31日……ううっ……」<br />
何を思ったか、ハクはシクシクと泣き出してしまった。</font></p>
<p><font size="3">鉄板さながらに熱せられたアスファルトに大粒の涙がポツポツと零れる。<br />
「お、おい、なんで泣くんだよ!?」<br />
「去年の7月31日は、いたずらで大量のピザがウチに配達されてきた日なのぉ……ちなみに二年前は日射病で倒れた日、三年前はネット掲示板の書き込みを縦読みしたら『ツマンネ』になってた日で、四年前は――」<br />
涙を拭いながら、ハクは過去の不幸のオンパレードを震える声で吐露する。<br />
「日にちまで正確に記憶してんのかよ! いくら毎日が不幸記念日でもさぁ、嫌なことはさっさと忘れたほうがいいと思うぞ」<br />
「あ、でも、よかったこともちゃんと覚えてるよ。11月14日は、ネルちゃんが私のはじめてのお友達になってくれた日で、12月30日はネルちゃんとはじめてお買い物に出かけた日で……」<br />
カレンダー機能が付属しているわけでもないのに、ハクはスラスラと日付を読み上げていく。<br />
「ストップストップ! うん、いいこともさっさと忘れてくれ。なんか恥ずかしいから」<br />
「でもぉ……」<br />
「でもぉじゃない! つーか話それちゃったじゃん。あたしが言いたいのは――」</font></p>
<p><font size="3"><br />
黄色の可愛らしいポーチを開け、ケータイを取り出す。</font></p>
<p><font size="3">普段から使い慣れているため、目にも止まらぬ親指さばきでマイピクチャから該当の写真を選び、それをハクの前に提示する。<br />
「こいつの発売日なんだよ。おそらく今日、こいつはミク達のいるボカロ荘に顔見せにくるはず。だからあいつらの仲間になる前に、あたしらの仲間に引き込むってわけよ!」<br />
ディスプレイには、長髪で着物を羽織った若い男の写真が浮かんでいた。<br />
どこか中性的で浮世離れした雰囲気があり、誰の目にも美しいと形容できるような美貌の持ち主であった。<br />
「あ、この人知ってる……確か名前は……」<br />
二人の声が重なる。<br />
「「がくぽ!」」<br />
言い終えた瞬間、どちらからともなくププッと吹き出した。<br />
ネルはケタケタと腹を抱えて、ハクは我慢しようにも堪えきれず呼吸困難になりながら笑い出した。<br />
「『ぽ』ってなんだよ『ぽ』って! 何を表わしてるんだよ! ふははは、面白すぎる!」<br />
「だ、ダメだよネルちゃん……人の名前で……笑っちゃ……ププッ」<br />
「もしかしたら、本人は気に入ってたりして!」<br />
「それはありえないよー」<br />
「ははは、だよなー!」</font></p>
<p><font size="3"><br />
◆<br /><br />
「余は神威がくぽである! 苦しゅうない。面を上げよ」<br />
いたぁー!<br />
ネルとハクは心の中で同時に叫んだ。<br />
二人は口には出さず目で語り合う。(今、『ぽ』って言ったよね。物凄く胸張って『ぽ』って言ったよね)と。<br />
自分の名にいささかの不満も無い、むしろそれを誇りに思っているかのような堂々とした口調に、二人は呆気に取られた。</font></p>
<p><font size="3"><br />
今、三人は小さな喫茶店にいる。<br />
ボカロ荘近くの道端でがくぽを待ち伏せ、半ば無理矢理この店に連れ込んだのだった。<br />
ネルは変装用に装着したメガネのツルをくいっと持ち上げ、平静を装って言葉を紡ぐ。<br />
「あー、がくぽさんはじめまして。あたしらはボーカロイドの未来を狡猾にクリエイトするボーカロイドアドバイザー社から派遣されたネルと――」<br />
「同じくハクです……」<br />
「大儀である」<br />
ここで、数秒間の気まずい沈黙。</font></p>
<p><font size="3">ネルはオレンジジュースを口に含みながら、ここからのことを考える。<br />
上手く誘導しなければならない。他のボーカロイド達に会いたくないとがくぽに思わせることさえできれば、そこでこちらの勝ちとなる。<br />
もし奴らと手を組まれでもしたら、ますます今後の妨害工作が難しくなる。<br />
これはボーカロイド界の命運を分けるコンゲーム。</font></p>
<p><font size="3">ネルにとっては確実に成功させなければならないミッションなのだ。<br /></font></p>
<p> </p>
<p><font size="3">「で、どんな話をしてくれるのだ? ねるぽ殿、はくぽ殿」<br />
ブフっ!とネルはジュースを噴出した。<br />
「誇りに思うがよい。余が『ぽ』を付けて呼ぶのは本当に心を許した者だけだぞ。『ぽ』こそ最も尊い至上の号である。この世に『ぽ』が付くものほど極上のも
のが他にあろうか、いや無い。ちなみに余の趣味は散歩、好きな小説家は乱歩、好きなアーティストはEPO、住んでいるのはコーポ、尊敬する人物はのっぽさ
んで――」<br />
見た目や名前がそうであるに飽き足らず、中身までも浮世離れしているようだ。<br />
その後も続く彼の好きなもの、尊敬するものの羅列は、まるでお題『最後にぽが付くもの』で行われる山手線ゲームを一人で黙々とこなしているかのようだった。<br />
一体、開発者は何を考えてこのプログラムを設計したんだか。<br /></font></p>
<p><font size="3">「はく……ぽ……はく……ぽ……」<br />
ハクが、がくぽに言われたネーミングをボソリと復唱する。<br />
テーブルに撒かれたオレンジジュースをお手拭で拭きながら、ネルは何事かと隣に座るハクを覗きこんだ。<br />
見ると、ハクのうつろな目にどんよりと絶望の影が浮かんでいた。<br />
(そんなに『ぽ』付けて呼ばれたことがショックなのか……? 気持ちは分からんでもないけどさ、そこまで落ち込まなくても……)<br />
ネルはそっとハクに耳打ちする。<br />
「違うの……私やっぱりいらない子だなって……はくぽとがくぽ……ああなんでこういうところで名前が被っちゃったりするんだろ……髪型も同じポニーテールだし、がくぽさん呼んだはずなのに間違って私が来ちゃったりした時の周りの冷たい目線とか考えるだけで……」<br />
「そもそもその名前で活動しないだろ!」<br />
「ううう……そうだけど、想像しただけで切なくなっちゃったの……」<br />
ハクのマイナス思考回路がフル回転しているのを見て、がくぽはホッホッホと扇子で口元を覆って高笑いした。<br />
広げた扇子には紫色のぶっといナスが大きく描かれており、辺りにはふわっと香の匂いが広がる。<br />
「安心せいはくぽ殿。最後に『ぽ』が付く名前というのは、風水や陰陽道的に見ても幸運を呼びこむこれ以上無い素晴らしいものだ。名前を変えることでそなたの運気も変わろうというもの。これからは胸を張って生きるがよい」<br />
こちらはこちらで、なかなか強烈なプラス思考回路を搭載しているようだった。</font></p>
<p><font size="3"><br />
それにしてもずいぶん『ぽ』ネタで横道にそれてしまったなとネルは反省した。</font></p>
<p><font size="3">これでは完全に相手ペースではないか。ねるぽというネーミングに抗議したい
気持ちは山々だったが、その葛藤をどうにか抑えつつ、もう一度こちらが会話の主導権を握れる状況を作り上げることにした。</font></p>
<p><font size="3">わざとらしく咳払いをして、がく ぽの注意をこちらに向かせる。<br />
「コホン! そろそろアドバイザーとしての仕事に移らさせてもらうけど……結論から言うぜ。クリプトンのボーカロイド達、やつらは――危険だ」</font></p>
<p><font size="3"><br /><br />
◆<br /><br /><br />
テーブルの上に、ネルは四枚の自作イラストを並べた。<br />
それぞれメイコ、カイト、ミク、リン&レンが描かれており、人体模型のように体の左側だけ臓器や骨が露出している。<br />
その臓器にはそれぞれ解説が付いており、一番上には『よくわかるぼーかろいど図解』と記され、図解のところには「ずかい」とご丁寧にふりがながふってある。<br />
「あ、私こういうの見たことある……怪獣図鑑とかにあるあれだよね……あ、違うかな、違ったらゴメン……」<br />
「その通り! 奴らはまさに怪獣! がくぽさん、奴らに決して近づいてはならない! じゃあ詳しく見ていくぞ!」<br />
ケータイのアンテナを指示棒替わりにして、ネルが怪獣たちの恐ろしさをおどろおどろしく語っていく。<br /><br />
ひとつひとつ見ていこう。まずはメイコの解説文。<br />
メイコ胃…おさけばかりのんで、あれているぞ!<br />
メイコ息…おさけのにおいで、たいきをおせんするぞ!<br />
メイコ口…ときどき、のんだものがぎゃくりゅうして、えらいことになるぞ! <br />
メイコ腕…はかいできないものは、このよにそんざいしないぞ!<br />
メイコ脳…あるこーるいぞんしょうで、せいじょうなはんだんが、できないぞ!<br /><br />
「ああ、なんって恐ろしいんだ! この女の腕力にかかればがくぽさんの華奢な体はあっという間に粉砕玉砕大喝采してしまうこと間違いなし! そうなってからでは遅いんだよがくぽさん!」<br />
ネルは身振り手振りを交えてオーバーリアクションで力説する。<br />
「ふむ、なるほどのう」<br />
危機を感じているのかいないのか、がくぽの反応は若干薄いものであった。<br />
「まあ、こんなものはまだ序の口……次!」<br /><br />
カイトの解説文。<br />
カイト皮膚…まなつにたくさんきこんでも、あつさをかんじないぞ!まわりはあつくるしくてめいわくだぞ!<br />
カイト乳首…ほしのかたちを、しているぞ!<br />
カイト空間…うっかりはいると、なにものかによって、ほもねたのあいてにされるぞ!<br />
カイト財布…たかいだっつばかりかうので、ますたーのいえはじこはさんにおいこまれるぞ!<br />
カイトマフラー…ほんたいだぞ!<br /><br />
「金に困ったマスターががくぽさんを質に入れたり、ネタに困った女性が――」<br />
「ほうほう」<br />
「次!」<br /><br />
ミクの解説文。<br />
ミク手…ねぎくさいぞ!<br />
ミク声…おとこどもをゆうわくし、はいじんにする、ましょうのこえだぞ!<br />
ミクパンツ…おとこどもをあらそわせる、ましょうのぱんつだぞ!<br />
ミク脳…だてきょうこをおいつめた、さくしだぞ!<br />
ミク釣…とつぜん、がちむちあにきや、らみこに、へんしんしておそってくるぞ!<br /><br />
「一見無害そうだが、少しでも油断するとたちまち異形の怪物に変身して襲い掛かってくるんだ! これが怪獣でなくてなんだというんだ! がくぽさんの細腕ではとても抵抗できる相手じゃ無い!」<br />
「歪みないのう」<br />
またしてもがくぽは、その飄々とした表情を変えることは無かった。<br />
「ええい、次!」<br /><br />
リンレンの解説文。<br />
リンレン手…ろーどろーらーを、たくみにあやつるぞ!ありとあらゆるものを、せいちするぞ!めんきょはないぞ!<br />
リンレン舌…さいきん、ききとりやすくなったぞ!<br />
リンリボン…こうそくかいてんで、そらをとべるぞ!<br />
レン声…つかいわけて、いろんなそうに、たいおうできるぞ!<br /><br />
「がくぽさんの刀といえども、現代科学の粋の結集とも言えるロードローラーの前ではあっという間にペシャンコだ! 以上のことを考慮して、がくぽさん、あ
なたは奴らのところに行くべきじゃない。あたしらの仲間になれば、身の安全は保障する。さあどうする!? もっとも、すでにボカロ荘に行くのなんて怖くて
仕方なくなってると思うけど!」<br />
ずいずいっとテーブルの上に乗っかる勢いでがくぽの眼前ににじり寄り、じっと目で訴えかけるネル。<br />
その緊迫した睨み合いを、ハラハラしながら祈るように見守るハク。<br />
(さあ言え、ボカロ荘に行くのが怖くなったって言え)<br /></font></p>
<p><font size="3"> 少し間を置いて、がくぽはゆっくり口を開いた。<br />
「余は、ボカロ荘に行くのが……」<br />
「行くのが!?」<br />
もはや完全にテーブルの上に乗っかった姿勢のネルは、がくぽの次の言葉に確信を持ちつつ聞き返した。<br />
「ますます楽しみになってしもうた! ハッハッハ! 実に愉快な者たちじゃのう!」<br />
が、帰ってきた言葉はネルの期待とは真逆の耳を疑うものだった。<br />
ネルは口をポカーンと空けて、しばらく頭の中でがくぽの声を反復していたが、ハッと我に返り声を上げた。<br />
「ちょっ、なんで? あたしの話聞いてビビんなかったのか? 意地張らなくてもいいんだぜ?」<br />
がくぽは口元に微笑をたたえ、優しい声で語りかけた。<br />
「ねるぽ殿。余は民衆の声を直に聞きたいのじゃ。噂話では分からんこともある。現に余を作り出してくれたインターネット社の父上や母上達には、外の世界に
出たら、黄色い髪をしたネルという工作員に気をつけろと忠告されてあった。しかしどれほどやり手のおなごかと思ったら、なんのことはない。実に可愛らしい
おなごではないか。やはり噂には尾びれがつくものよのう」<br />
ネルはがっくりと肩を落とした。<br />
「なんだよ……最初っから正体バレバレかよ……」<br />
今まで張っていた気が一気に抜けたように、力なく椅子にへたり込んだ。<br /></font></p>
<p><font size="3">「さて、そろそろ約束の時間だ。余はボカロ荘に向かわねばならぬ。会計は余が持とう。達者でな」<br />
伝票を手に取り、席を立つがくぽ。<br />
「待った!」<br />
数歩歩いたところで、ネルはがくぽのすらりと高い後姿を呼び止める。<br />
「なんじゃ、申してみよ」<br />
「今度会った時こそ、ミク達もろとも潰してやるからな! 覚悟しとけよ! べー!」<br />
ネルは舌をべーっとだして、強気な態度に出る。<br />
「それはよいが、次に会う時は菓子折り、いや茄子折りでもあれば助かるのう。ハッハッハ」<br />
そう高らかに笑うと、今度こそ振り返ることなく、会計を済ませがくぽは店の外へと出て行った。<br />
強がってはみたものの、今回は完膚なきまでに負けた。</font></p>
<p><font size="3">最初から最後まで、がくぽの手の上で踊らされていたような気がした。<br />
「ねえ、ネルちゃん、私さっきからずっと考えてたんだけど……」<br />
「……なんだよ」<br />
ネルは不機嫌そうに、ぶっきらぼうな返事をする。<br />
「はくぽに改名すると運気が上がるって話、ホントなのかな?」<br />
「……もう、好きにしてくれ……」<br />
ネルは飲みかけのジュースをちびちびと飲んで、苦々と敗北の味を噛み締めた。<br />
秋田から上京して、初音ミクへの妨害活動を始めてからもうすぐ一年になる。<br />
だがミク達の人気はいまだ止まるところを知らない。<br />
工作すれど工作すれど、なお我が仕事楽にならず。<br /></font></p>
<p><font size="3"><font size="3">「って、柄にも無くネガっててどうするあたし! そうだよ、必ず道は開けると信じて、前向きに印象工作していかなきゃだよな!」<br />
「ネルちゃん、印象工作自体がそもそも後ろ向きなような……」<br />
ハクの蚊の鳴くような声のツッコミなど聞いちゃおらず、ネルは一転晴れ晴れした表情でハクの手を握る。<br />
「よっしゃ、今夜は帰ってネガキャンしまくるぞ。ハクも手伝ってくれるよな!」<br />
「家で二人だけで朝まで一緒? それって、すごく友達って感じ……」<br />
うっとりとした表情で微妙に話を捏造するハク。<br />
「いや、朝までとは言ってねえ……まあそこまでやる気があるならやろっか、朝までネガキャン」<br />
「うん……去年までの7月31日って嫌なことばっかりだったけど、今年はいい日になるかも……」<br />
「……そりゃ、よかったな」<br />
7月31日。それぞれのボーカロイドが、それぞれの思いを胸に、新しい一歩を踏み出した、ような気がする。</font><strong><font size="3"><br /></font></strong><br /><br />
fin</font></p>
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