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悪ノ召使~誰も知らない物語~ - (2008/06/14 (土) 00:24:39) のソース

<p> </p>
<p> 黄の王国に 双子が生まれた</p>
<p> 女児と男児</p>
<p> だが、その男児は男になる事は出来なかった<br />
 子を成せない男、欠落した男児を王に据える事はできない</p>
<p> ならば</p>
<p> 女児を王女に。<br />
 男児は召使に。</p>
<p> 同じ顔なら、いずれ身代わりにも使えるだろう</p>
<p> 生まれたのは女児一人だけ<br />
 そういう事にしてしまえば良い</p>
<p> 王家に劣悪なる血が生まれたなど、あってはならないのだから</p>
<p> </p>
<p><br /><br /><br /><br /><br />
    悪 ノ 召使</p>
<p> </p>
<p><br />
 僕たちは双子だった。<br />
 よく覚えている。二人だけで遊んだ日々を。</p>
<p> あれは、いつの事だったろう。</p>
<p> 大人たちが、遊んでいる僕たちを引き裂いた。</p>
<p> 積み木が、乾いた音を立てて崩れた。<br /><br />
 君は、連れて行かれる僕を呆然と見ていた。</p>
<p><br /><br /><br /><br />
 引き裂かれて数年が経った。</p>
<p><br /><br /><br /><br />
 僕は召使として教育され、孤獨の中をただキミの姿だけを思う。</p>
<p> そしてついに出逢った。<br />
 真赤なドレスを着た王女。<br />
 キミは―――</p>
<p>「よろしくね」</p>
<p> ―――そう言った</p>
<p>「よろこんで」</p>
<p> 僕はそう答えた。</p>
<p> もう名前で呼び合う事が無くても</p>
<p> キミと触れ合う事さえなくなったとしても</p>
<p> ただ、キミは居てくれたなら<br />
 キミの側に居れたなら それだけで</p>
<p>   何もいらない</p>
<p><br /><br /><br />
 君は王女 僕は召使</p>
<p> それだけで充分。それ以上、何を望む?</p>
<p> だから、君が君であるためならば</p>
<p> 僕は―――君を守り続けると誓う</p>
<p> 僕は君の召使。</p>
<p> 不完全な僕は、君にすべてを押し付けてしまった。<br />
 ならば、僕は君が笑い続けられるように生きていこう。</p>
<p> 喩え、悪となってでも。</p>
<p> </p>
<p><br />
 君との再会から数年が経ち<br />
 君と共に隣国へと行った時</p>
<p> 緑のドレスを着た女の子が<br />
 僕に微笑んだ</p>
<p> 豪奢で寂しい城しか知らない僕は<br />
 その柔らかい笑顔に</p>
<p> 生まれてはじめて 恋をした</p>
<p> でも、緑の彼女の隣に居たのは 青い髪の男<br />
 海の向こうの国の青<br />
 その青は、王女の思い人</p>
<p> 青と緑の恋が 仲睦まじげなその二人から感じられた</p>
<p> 王女は何も言わなかった<br />
 でも、その瞳の奥に冷たい炎が滾っているのを<br />
 僕は 知っていた</p>
<p>「緑の国を滅ぼしなさい」</p>
<p> そう大臣に告げた後、君は僕に向かって言った</p>
<p>「あの女は 生きていてはいけないと思わない?」</p>
<p> その瞳は 言葉以上の意思を 僕に伝える</p>
<p> 僕は、君に頭を垂れた<br /><br />
 君がそう望むのなら、僕はそれを叶えよう</p>
<p> 脳裏に浮かぶ、あの柔らかな笑顔<br />
 赤い絨毯に音も無く染みた水<br />
 僕は、自分が泣いているのだと 気付いた</p>
<p> </p>
<p><br />
 赤い鎧を着た女剣士。<br />
 近衛隊長をしていた女傑の剣士。<br />
 彼女が、烏合の民を率いて城を目指している。</p>
<p> 長年に渡る戦で、兵は疲弊していた。<br />
 戦慣れしていない民に推されてしまう程に</p>
<p> 近づいていた。<br />
 破滅の足音が。</p>
<p> これが報いなのだろうか。<br />
 この国への 君への 僕への</p>
<p> そしてその報いが、君の命を奪おうというのなら<br />
 僕はあえて それに抗おう</p>
<p> まだ新しい給仕服を持って、僕は王女の部屋の扉を開けた<br />
 気丈な振りをして、それでも怯える君</p>
<p> 僕は、持っていた服を差し出した</p>
<p>「僕の服を着て、早くお逃げください」</p>
<p> 君は、驚いた顔をして、僕を見た。</p>
<p>「幸い、僕たちは双子です。召使の格好をしていたなら、誰にも分からないでしょう」</p>
<p> 君は、泣いた<br />
 安堵なのか、気が抜けたのか、それとも―――</p>
<p>「大丈夫だよ、リン」</p>
<p> 僕は、そっと君の肩に僕の上着をかけた。</p>
<p>「ほら、泣かないで。早くしないと、誰かが来てしまう。だから」</p>
<p> 僕は、髪を結っていたリボンをほどいた。<br />
 そして、君の髪留めを外す。</p>
<p> リボンで、君の髪を結った。</p>
<p>「ね。見てごらん、リン。こうしたら僕そっくりだよ。だから安心して」</p>
<p> 君は、うなずいた。</p>
<p> そして、僕は君の最後のお召し替えをした。<br />
 絹の絢爛な黒のドレスから、使用人の粗末な男物の服へ。<br />
 そう。これが、最後のお召し替え。</p>
<p> 最後に、わざと髪を乱し、これで僕と見分けがつかなくなる。</p>
<p>「レン」</p>
<p> ―――ありがとう</p>
<p> そう言って君は、泣き笑いの顔をした。</p>
<p> ―――どういたしまして</p>
<p> 僕は、そう答えた</p>
<p> ―――後でまた会おう</p>
<p> 僕はそう 嘘 をついた</p>
<p> ―――どこで?</p>
<p> そう君は聞いてくる</p>
<p> ―――じゃあ、城下の広場、その西のはずれで</p>
<p> ―――わかった。待ってるから</p>
<p> 僕は、クロゼットを開ける<br />
 クロゼットには、秘密の抜け道<br />
 それは、城下の郊外にある森へと続いている</p>
<p> 抜け道の入り口をくぐりながら、君は僕を振り返った<br />
 そして、僕の手を握る</p>
<p>「レン。絶対待ってるから」</p>
<p> そう言った君は、王女の君じゃなく―――引き裂かれる前に触れ合った―――リン</p>
<p> </p>
<p>「リン。絶対追いかけるから」</p>
<p> 追いかけたりは出来ない。また、嘘をついた。<br />
 抜け道を進むリンに、僕は思わず呼び止めてしまった。</p>
<p>「……リン!」</p>
<p> リンが振り向く。<br />
 王女ではなくなったリンに、僕は</p>
<p>「―――またね」</p>
<p> そう言って、抜け道の隠し戸を閉じた。</p>
<p> 椅子の背にかけたリンのドレス<br />
 ほどいたままの髪。</p>
<p> 僕は、もう決めていた。</p>
<p> 素肌に、まだリンのぬくもりが残ったドレスに袖を通す。</p>
<p> 髪を梳いた。<br />
 ヒールを履いた。<br />
 ドレスの裾を広げ、形を正す。<br /><br />
 いつも僕がリンにしていた事を、今は僕自身にする。</p>
<p> 最後に髪留めを留めようとして、指を切った。<br /><br />
 赤い血。<br />
 君と同じ血。<br /><br />
 髪留めを留め、僕はその血で、そっとくちびるをなぞった</p>
<p> </p>
<p><br />
 リン。君が悪だと言うのならば、僕にだって同じ血が流れている。</p>
<p><br /><br /><br /><br /><br />
 ついに、破滅がやってきた。<br />
 扉が破られ、赤い鎧が僕を見た。<br />
 瞠目する、女剣士。</p>
<p>「この、無礼者っ!!」</p>
<p> 僕は、リンの声でそう言った。<br />
 あとは―――言うまでも無い。</p>
<p> 女剣士が止める間もなく、怒れる民たちは僕を取り押さえた。</p>
<p> 牢へと連れて行かれる間に思った。<br /><br />
 前にリンと呼んだのは、いったい何時の事だったろうか。<br />
 前にその手に触れたのは、いったい何時の事だったろうか、と。<br /><br />
 最後に、リンの名前を呼べて<br /><br />
 最後に、リンの手に触れられて<br /><br />
 それだけで、僕はもう大丈夫だった。<br />
 たとえこの先に待ち受けるのが、死だったとしても―――。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> 広場には断頭台。<br />
 僕は牢に入れられて数時間もしないうちに連れ出された。<br /><br />
 ドレスは着たまま。<br /><br />
 女剣士が、言葉も無く僕を見ていた。<br />
 ドレスを剥ぎ取ろうとした民を止めたのは、彼女だった。</p>
<p> 教会の時計は間もなく三時</p>
<p> もうすぐ、鐘が鳴る。</p>
<p> 鐘楼から視線をさっと走らせて、ただ一箇所に、目が吸い込まれた。<br />
 使用人の姿をした君が、そこに居た。<br />
 君は、何かを叫んでいる。<br />
 だけど、その声は怒れる民衆の怒号に消える。</p>
<p> 首切りが、僕を断頭台に連れて行く。</p>
<p>「空を見ていたいわ。うつ伏せは嫌」</p>
<p> 僕はそう言った。<br />
 首切りは、眉をしかめ、女剣士をうかがう。<br />
 彼女は、うなずいた。</p>
<p> 首を断頭台に乗せる。</p>
<p> 青い空。<br />
 留め具が、僕の首をしっかりと押さえる。</p>
<p> そして―――鐘が鳴り響く。</p>
<p> 終わりを告げる三時の鐘が。</p>
<p> 君なら……リンなら、何を言っただろうか。<br /><br />
 僕のくちびるは、知らず、君の口癖を紡いでいた。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> ―――――あら。おやつの時間だわ―――――</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> 西のはずれの森で、わたしは待っていた。</p>
<p> いつまで待っても来ない。来ない。</p>
<p> やがて、森の外が騒がしくなってきた。</p>
<p><br />
 ―――悪の娘の処刑―――</p>
<p><br />
 すべてが、消える感覚。<br />
 <br />
 あの時、なぜレンは残ったの。<br />
 なんでレンは、自分の服をわたしに着せたの。</p>
<p> なんで、わたしは……それに気付かなかったの。</p>
<p><br />
 ただ一人の、双子の姉弟なのに―――。</p>
<p><br />
 わたしは、広場に駆けていった。<br /><br />
 お父さまが作った広場。<br />
 民の幸福を願った広場に、古い断頭台が、見えた。</p>
<p> 人の波に飲まれながら、わたしは必死に前へと進む。</p>
<p> 民たちの頭のむこう、わたしのドレスを着た、わたしの写し身。</p>
<p>「レン!!!」</p>
<p> 怒りに震える民たちの揺らめきで、レンの姿が見えなくなる。</p>
<p>「わたしよ! わたしが悪の娘!! だからお願い、殺さないでぇッ!!」</p>
<p> 自分でも、自分の声が聞こえない。</p>
<p>「双子なの! 双子の弟なの……お願い、お願いします! やめてぇーッ!!!」</p>
<p> もし神がいるというのなら、お願い。<br />
 レンをたすけて</p>
<p>「レェェェンッ!!」</p>
<p> 叫びはとどかない。</p>
<p> レンは、断頭台へと歩みを進める。<br />
 臆した様子もなく、いっそ凛として。</p>
<p> 断頭台のそばで、レンはあたりを見渡すように―――そして、目が合った。</p>
<p>「レン…! レン!!」</p>
<p> 見えているはずなのに、声は届かない。<br />
 レンは、ほのかに微笑んだ。<br />
 赤茶けた口紅を引いたくちびるが、その目が、一瞬だけ優しげに笑った。</p>
<p> 君は首切り役に何かを囁き、断頭台へと乗った。</p>
<p><br /><br />
 仰向けで、空と断頭台の刃を見つめながら。</p>
<p><br /><br />
 首を押さえる留め金が閉じる。</p>
<p> いくら叫んでも、わたしの声は誰の耳にもとどかない。</p>
<p> </p>
<p> 清浄な鐘の音が、響いた。</p>
<p> </p>
<p> 教会の鐘。午後三時。</p>
<p> 場違いな清らかな音色に、人々は声を失った。<br /><br />
 わたしも、またその一人。</p>
<p> 鐘が鳴り響く中、わたしは、わたしの声を聞いた。</p>
<p><br />
 ―――――あら。おやつの時間だわ―――――</p>
<p><br /><br /><br />
 刃を吊った紐が断たれる。</p>
<p> 陽を照り返し、一瞬だけ煌く断頭の刃。</p>
<p> わたしと同じ色をした髪が、落ちるのを――――――</p>
<p><br />
 わたしは、叫んだのだろう。</p>
<p><br /><br />
 人々の歓声の中、ただ一人、慟哭の叫びを挙げた。</p>
<p><br />
 わたしの召使。<br />
 わたしの、ただ一人の、双子の弟。</p>
<p> 慟哭の叫びさえ、響くことを許されない。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> 森のはずれ。</p>
<p> 気付けば、わたしは森を抜ける所だった。</p>
<p> 足には、草で切れた無数の傷。</p>
<p><br />
 歓び詠う民たちの姿に、耐えられなかった。</p>
<p> わたしが死ぬはずだったのに。</p>
<p><br />
 レンは分かっていたんだ。</p>
<p> 王女がいなくなれば、民たちはかならず召使を探すと。<br />
 顔の似た召使に、王女が化けたかも知れないと疑われると。</p>
<p> だから、王女は死ななければならない。</p>
<p> 召使が生き残るために。</p>
<p> わたしを、生かすために―――</p>
<p> </p>
<p> 森を抜けた時、目の前に立った赤い影。</p>
<p> 赤い、鎧。</p>
<p><br /><br /><br />
 わたしは、語る言葉を持たなかった。</p>
<p> 彼女もまた、そうなのだろう。</p>
<p><br />
 だけど、通り過ぎようとするわたしに、彼女はこう言った。</p>
<p> </p>
<p>「あれが、彼の望みだった」</p>
<p> </p>
<p> 足が、止まる。</p>
<p> </p>
<p>「王女の声で、彼は言ったわ。無礼者、ってね」</p>
<p> わたしは、何も言えない。</p>
<p>「止める間も無かった。ただ、もう止まらないと言うのなら……私は彼の望みを通してあげたかった」</p>
<p> だから、ドレスは脱がさなかった。</p>
<p> だから、真相を知りながら、処刑した。</p>
<p> ―――悪の娘とうそぶいて、わたしのレンを処刑した―――</p>
<p>「もう、王女はいないわ」</p>
<p> 冷たい声で、彼女は言った。</p>
<p> 後ろで、シャンという剣を抜く音。</p>
<p> 首に向けられた、冷たく鋭い気配。</p>
<p> </p>
<p> 風が、無情に流れる。</p>
<p><br />
 冷たい刃をつきつけたまま、時が止まる。</p>
<p> </p>
<p> やがて、鋭い冷気をわたしの首に残したまま、剣をおさめる音。</p>
<p> </p>
<p>「行きなさい」</p>
<p> </p>
<p> 彼女は、森の中へと消えていく。</p>
<p> </p>
<p> わたしは、その場にくずおれた。</p>
<p> とめどなく流れ落ちる涙。</p>
<p> 泣き叫びたいのに、もう声も出ない。</p>
<p> ただただあふれ出す涙だけが、止まらない。</p>
<p> </p>
<p> 民はきっと、同じ涙を流したのだろう。</p>
<p> わたしがそれを知らなかったから、今度はわたしが流すことになった。</p>
<p><br />
 レン。</p>
<p> もし、わたしたちがただの双子だったら……ただの双子になれたなら―――。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> 教会の鐘。<br />
 僕の姿をした、君の姿。</p>
<p> 鳴り響く鐘の音を聴きながら、僕は空へと思いを馳せた。</p>
<p><br />
 もしも、生まれ変わったら―――また、双子に生まれたら。</p>
<p> その時はまた、遊んでね。リン―――――</p>
<p> </p>
<p><br />
 運命の糸が切れる音を、聴いた。</p>
<p> どうか君は 君だけは いつまでも わらっていて――――</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><br />
 ある国に生まれた双子</p>
<p> 姉は王女に 弟は召使に</p>
<p> 運命を分かたれた 哀れな双子の狂おしい物語</p>
<p> 悪逆非道の王国</p>
<p> その頂点に立った少女と その召使</p>
<p> 王女の身代わりとなって死んだ召使のことを</p>
<p> 誰も知らない</p>
<p> fin</p>
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