山下勝充
- 本名:山下勝己
- 1977年5月19日生 大阪府八尾市出身 右投右打
- 楽天在籍時の背番号は「38」
- 2004年の分配ドラフトにて近鉄から入団した球団創設メンバーの一人。
- この男の実績は凄まじい。近鉄時代の2003年、本塁打王と首位打者の二冠王に加え最高出塁率を記録。
さらに楽天移籍後の2006年にも再び本塁打王のタイトルに輝いている。
- ただひとつ問題がある。
これらのタイトルは全て二軍でのものであるということだ。
両リーグ? ウエスタンとイースタンに決まってるじゃないすかwwwww
- 二軍での成績は凄まじいが一軍ではからっきし。ついたあだ名が二軍の帝王。
- ちなみにウエスタン・イースタンでの両リーグ本塁打王は彼が史上二人目。
そしてこれを初めて達成した選手、河野亮は何の因果か楽天で二軍総務をやっている。
- ロマン集まりすぎだろ。
- 楽天での初年度は、紅白戦で4番に入り初打席で本塁打を放ち開幕一軍を勝ち取った
――が、4月にならないうちに二軍落ち。
- 二軍ではチームトップとなる12本塁打を放っている。一軍では(ry
- 翌2006年は怪我もあって一軍と行ったり来たりだったとはいえ、昨年に続いて開幕一軍を勝ち取ったり、
6年ぶりの100打席を達成して打率も.278とまずまず。
- なおこのシーズン二軍では35試合に出場し、打率.341、13本塁打、長打率.715のハイアベレージを記録。
余談だが本塁打タイでホームランキングとなった竹原(鴎)の出場は82試合だった。
- ……そろそろ怒っていいよな?
- この年のオフ、草野が入団するなど三塁のポジション争いが激化。
2007年は一軍出場もなかったうえ、二軍でも44試合出場、打率.296、1本塁打と抑え目な成績に終わる。
- ポジション争いの影響で二塁手を始めるが、やらかしが非常に多かった。
- 2008年オフに戦力外通告。
このシーズンはサヨナラヒットを打って初めてお立ち台に上がったり、一軍では8年ぶりとなるホームランを打つなど、
最後の輝きを見せた。
- そのサヨナラヒットを打った時、ノムさんはトイレに行って見ていなかった。
- トライアウトを受験するも獲得球団がなく引退。
- 引退後、四国・九州IL(当時)の福岡レッドワーブラーズでコーチに就任したが、球団がリーグ参加を休止したため退団。
- 2010年からは楽天のジュニアコーチに就き、後進の指導にあたっていた。
- 2011年5月1日放送の「Going」(日テレ)で、東日本大震災の被災地での野球に関する活動という特集が組まれる。
その一環として亀梨和也が避難所の中学生と野球対決をした際、亀梨の捕手役を務めた。
- 現在は楽天のスカウト(中国・四国地方)を務めている。
- 2013年春季キャンプではお手伝いでバッティングピッチャーもする姿も。スケジュール表には「Pうめ」と表記。
平石曰く、テンポもコントロールも良いらしい。
最終更新:2013年03月01日 07:01