河本育之
- 1967年10月21日生まれ 山口県熊毛田布施郡出身 左投左打
- 在籍時の背番号は「14」
- トライアウトを経て入団した創設メンバーの一人。
- そのマユゲのない風貌から「組長」と呼ばれる。
- 高校までは軟式野球部で、地区大会で3試合連続ノーヒットノーランを達成するなど色々凄まじい記録を持つ。
- まったくの余談だが、中学では松村邦洋とバッテリーを組んでいた。
- 硬式に転向したのは社会人から。1991年ドラフトで千葉ロッテに2位指名で入団。
- 「わかっていても打てない」と言われたムービングファストボールを武器に、成本年秀とともにダブルストッパーを形成した。
しかし肩を壊してからは自慢の快速球がなりをひそめ、打たせて取る投球スタイルに変化。中継ぎへと配置転換される。
- しかし故障前と比べるとやはり精彩を欠き、「違う球団でやり直したい」と巨人へ移籍。
巨人では中継ぎとして2度の優勝を経験する。
- その後2004年シーズン途中に日ハムへトレードされる。同年オフ、球団に自由契約を申し入れ、退団。
- トライアウトでホークスとイーグルス、双方が手を挙げるが、選手層の薄さなどから後者を選ぶ。
- 一年目はイマイチだったものの、2006年は40試合に登板して防御率4.88と健闘。
2007年には節目となる500試合登板を達成。だがこれが最終登板となり、同年オフに戦力外通告を受けた。
- 引退後は古巣巨人に戻り、野球教室のコーチや打撃投手などをつとめる。
- 韓国・三星ライオンズで研修を受けた後、2010年から二軍投手コーチに就任した。
最終更新:2011年11月04日 01:24